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お飾り王妃の姉
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「王妃が薬を?」
「はい。どうやら姉君を介されたようです」
「ああ、ジェームズ、馬の毛が、」
そう言ってロビンが指差すのを、ジェームズは側近として有り得ない眼差しでロビンを睨み返す。
「失礼致します」と、頭髪をぱっぱと払うとひらりんと馬の毛が落ちてきた。
くそ、メリーめ。
「ん?何か言ったかな?」
王にそう尋ねられて、いいえ何も、と言う声は暗い。
「で、王妃が薬を入手したとは?」
「⋯⋯はい。公国に嫁がれました姉君様より届けられた模様です」
「アンゼリカ妃か」
面倒だな、とロビンは呟く。
アンゼリカはブリジットの二番目の姉である。王国の東に位置する公国に嫁いでいる。
ロビンやブリジットととは一歳しか年が違わないのに、二人が学園に入学した時には、既に学園ツートップの第二位として君臨していた。
第一位がブリジットの長姉エリザベスである。名前からして女王っぽい。
鮮やかな金髪がうねる様に縦ロールに巻かれて、青い瞳が硝子玉の如く輝く。ロビンは彼女が神話のメデューサにしか見えなかった。幼い頃から恐ろしくて恐ろしくて、一歩どころか半歩も近寄れなかった。何時ぞやは片方の口角だけを上げた笑みで小童呼ばわりされて、その晩は悪夢に魘された。
学園でピンクの髪にピンクの瞳の男爵令嬢が、アンゼリカに虐められてるなどと虚言を吐こうとするのをブリジットが止めたことがある。
あの後ピンク令嬢が方向転換しなければ、彼女は今頃この世には存在していないだろう。きっちりお下げ頭に渦巻き眼鏡の転身ぶりが天晴で、アンゼリカが面白がって見逃してくれたのだから。
そんな恐ろしいアンゼリカをブリジットは「お姉様、お姉様」と慕い懐いている。
大体にして姉が二人いるのだから、ブリジットが「お姉様」と呼べばエリザベスとアンゼリカの二人共出張って来るのだから、堪ったものではないのだが。
ブリジットの鷹揚で高飛車な物言いは、アンゼリカをリスペクトしているとしか思えなかった。
そんなブリジットに悪影響しか及ぼさないメデューサ、違った、アンゼリカを思い浮かべて、ロビンはちょっとぶるった。
「で、魔女、違った、アンゼリカ妃の寄越した薬とは?」
「何やら怪しい薬のようです」
「彼女が贈るものに怪しくないものなどないだろう」
「はあ、しかしながらその薬、」
どうも厄介なのです、とジェームズが続けた。
一通り聞いたロビンは「成る程」と言って、仕掛りであった手元の書類に目を戻した。
ブリジットは、兄と二人の姉の下に生まれた末っ子である。美しい両親と兄と姉たち。その絞りカスが自分なのだと幼い頃より認識していた。
なのに、両親は当然、兄も二人の姉も、とにかくブリジットを可愛がった。
兄は騎士の如くブリジットを護ったし、姉のエリザベスとアンゼリカは「私の姫」と呼んであれこれ着せ替えてみたり髪を結ってみたり、生身のお人形の如く愛でては連れ歩いていた。
学園に入る頃には、妹の為に地ならししてやろうと、学園カーストツートップに君臨し、クラレンス公爵家末姫のブリジットに対して、何人も足を向けて寝られないほどの教育と指導を全生徒に施していた。
そこには、ブリジットと同い年の王太子殿下が一緒に入学することへの配慮など微塵もない。
色が薄い・目立たない・面白みの無い、無い無い尽くしを自負するブリジットが入学して、妙に達観して「諸行無常」などと説いている尼僧の様な彼女の様子に、どれ程の学生達が胸を撫で下ろしたことか。
学園カーストスリートップをクラレンス公爵家に掌握されるものと覚悟をしていたのだから。
兎にも角にもブリジットは、メデューサと何処かの命知らずが呼んでいるらしい姉・アンゼリカに、殊のほか愛され可愛がられているのであった。
「はい。どうやら姉君を介されたようです」
「ああ、ジェームズ、馬の毛が、」
そう言ってロビンが指差すのを、ジェームズは側近として有り得ない眼差しでロビンを睨み返す。
「失礼致します」と、頭髪をぱっぱと払うとひらりんと馬の毛が落ちてきた。
くそ、メリーめ。
「ん?何か言ったかな?」
王にそう尋ねられて、いいえ何も、と言う声は暗い。
「で、王妃が薬を入手したとは?」
「⋯⋯はい。公国に嫁がれました姉君様より届けられた模様です」
「アンゼリカ妃か」
面倒だな、とロビンは呟く。
アンゼリカはブリジットの二番目の姉である。王国の東に位置する公国に嫁いでいる。
ロビンやブリジットととは一歳しか年が違わないのに、二人が学園に入学した時には、既に学園ツートップの第二位として君臨していた。
第一位がブリジットの長姉エリザベスである。名前からして女王っぽい。
鮮やかな金髪がうねる様に縦ロールに巻かれて、青い瞳が硝子玉の如く輝く。ロビンは彼女が神話のメデューサにしか見えなかった。幼い頃から恐ろしくて恐ろしくて、一歩どころか半歩も近寄れなかった。何時ぞやは片方の口角だけを上げた笑みで小童呼ばわりされて、その晩は悪夢に魘された。
学園でピンクの髪にピンクの瞳の男爵令嬢が、アンゼリカに虐められてるなどと虚言を吐こうとするのをブリジットが止めたことがある。
あの後ピンク令嬢が方向転換しなければ、彼女は今頃この世には存在していないだろう。きっちりお下げ頭に渦巻き眼鏡の転身ぶりが天晴で、アンゼリカが面白がって見逃してくれたのだから。
そんな恐ろしいアンゼリカをブリジットは「お姉様、お姉様」と慕い懐いている。
大体にして姉が二人いるのだから、ブリジットが「お姉様」と呼べばエリザベスとアンゼリカの二人共出張って来るのだから、堪ったものではないのだが。
ブリジットの鷹揚で高飛車な物言いは、アンゼリカをリスペクトしているとしか思えなかった。
そんなブリジットに悪影響しか及ぼさないメデューサ、違った、アンゼリカを思い浮かべて、ロビンはちょっとぶるった。
「で、魔女、違った、アンゼリカ妃の寄越した薬とは?」
「何やら怪しい薬のようです」
「彼女が贈るものに怪しくないものなどないだろう」
「はあ、しかしながらその薬、」
どうも厄介なのです、とジェームズが続けた。
一通り聞いたロビンは「成る程」と言って、仕掛りであった手元の書類に目を戻した。
ブリジットは、兄と二人の姉の下に生まれた末っ子である。美しい両親と兄と姉たち。その絞りカスが自分なのだと幼い頃より認識していた。
なのに、両親は当然、兄も二人の姉も、とにかくブリジットを可愛がった。
兄は騎士の如くブリジットを護ったし、姉のエリザベスとアンゼリカは「私の姫」と呼んであれこれ着せ替えてみたり髪を結ってみたり、生身のお人形の如く愛でては連れ歩いていた。
学園に入る頃には、妹の為に地ならししてやろうと、学園カーストツートップに君臨し、クラレンス公爵家末姫のブリジットに対して、何人も足を向けて寝られないほどの教育と指導を全生徒に施していた。
そこには、ブリジットと同い年の王太子殿下が一緒に入学することへの配慮など微塵もない。
色が薄い・目立たない・面白みの無い、無い無い尽くしを自負するブリジットが入学して、妙に達観して「諸行無常」などと説いている尼僧の様な彼女の様子に、どれ程の学生達が胸を撫で下ろしたことか。
学園カーストスリートップをクラレンス公爵家に掌握されるものと覚悟をしていたのだから。
兎にも角にもブリジットは、メデューサと何処かの命知らずが呼んでいるらしい姉・アンゼリカに、殊のほか愛され可愛がられているのであった。
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