お飾り王妃の日常

桃井すもも

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お飾り王妃の献上品

「まあ、お前が薬草を煎じたの?」

 ブリジットは、目の前にいる少年の言葉に驚いた。

 榛色の瞳がくりくりと愛らしい少年は、頬をほんのり紅く染めて、はにかみながら答えた。

「はい、王妃様。薬師様に就いて習いました」

 塩を盛られてその罰として、ミシェルの命を預かったロビンは、彼に教育を施した。ロビンの命を受けた、食と医と毒の専門家である薬師から、ミシェルは直々に教えを授かっている。

 ミシェルはその薬師と共に、ブリジットの為に薬草茶を煎じた。

 夏でも手先が冷えるブリジット。凍える身体を芯から温めるその茶葉は、身体ばかりか心の強張りまで解す効能を持つ。

 幾種もの野草を集めて丁寧に煎じ、薬草同士の相乗効果を引き出す為に、配合には何度も試行錯誤を重ねてきた。
 更には、苦味を取り除き香りを楽しめる、心憎い配慮も忘れない。

 ミシェルは、薬師から得た知識をフルに活かしてブリジットへ献上する茶葉を煎じた。

 こう見えて幼子おさなごキラーのブリジットは、自身も幼子にめっぽう弱い。メロメロである。
 ミシェルがその幼く小さな手で煎じたという言葉に、涙を誘われた。

「ありがとうミシェル。大切に飲ませてもらうわ」

 そう言って、柔らかな手でミシェルの両頬を包む。

 見上げるミシェルの大きな瞳が潤む。
 可愛い。超可愛い。ふにふにと柔らかな頬の感触を楽しんで、そっとおでこにキスをひとつ落としてから、ブリジットは帰っていった。

 耳も首も真っ赤に染まったミシェルは、ブリジットの姿が小さくなって回廊の角を曲がって見えなくなるまで、その姿を見つめていた。


 ブリジットは酷い冷え性である。
 冬場は勿論、夏場であっても、夜半に足先の冷えを感じて眠れなくなる。

 ロビンととこを共にするようになって初めて、人肌の温かさに驚いた。体温の高いロビンにぴとりとくっ付くと、温かくてとっても気持ち良い。結局その直後には襲われてしまうのだから、眠れなくなるのに変わりはない。

 ロビンはそんなブリジットの体質を幼い頃から熟知しているので、一年中暖かな寝具でブリジットの身体を包み、我が身を以って妻の身体を温めている。
 ちょっと方法がアレだけれど。

 幼い頃から粗食を好むブリジットは、どうやら血の巡りが悪いらしい。

 そこで宮廷医も料理人たちも、あれこれ食事には気を配るのだが、ブリジットは粗食しか受け付けない。 
 薬も無用と頑ななブリジットに、周囲は手をこまねくばかりであったのもまた事実である。

 血管まで透けて見える白い肌は、身体が冷えている所為もあるだろう。 
 ほっそりと肉が薄く、どこもかしこも淡い色のブリジットが、今にも儚く消えていなくなってしまうのではないか。

 幼いロビンはその恐怖に怯えた。そんなロビンを案じて抱き締めるブリジットは、どこまでもロビンの心を温かく包み込んだ。

 ブリジットの冷え対策は、国家の命題と捉えているロビンであった。

「その薬草茶、確かなのか?」
「はい。小僧に付けた薬師は、漢方の調合に長けた者であります。」
「妙な物で王妃に害を与えはしないか」
「そこは心配御無用かと」
「真逆お前、試したのか?」
「我が身を以って試しました。ぽかぽかのぽっかぽかですね」
「ちゃっかり拝借しただけだろう、たわけ者が」
「王妃の御身体を思えばこそ。褒めて頂けるとばかり思っておりました」

 全く以って小憎たらしい侍従である。
 ああ言えばこう言う。
 侍従に与える次なる罰は何にしようか思案していたロビンに、己の危機に気づかぬ朴念侍従が続ける。

「なかなか手に入らぬ薬草ばかりであったらしく、小僧は師である薬師と共にほうぼう歩いて収集したようです。時には獣の棲家の穴ぐらにしか生えない希少な苔を採る為に、大人が難儀するところをあの小さな身体で潜り込み、命からがら採取したこともあったとか」

 侍従の言葉をロビンは静かに聞いている。

「それらを天日に晒し乾燥させて、それぞれ粒の大きさを考慮しながら丁寧に煎じ、仕上げた茶葉を先ずは我が身を使って試していたらしく、幾度か危うい目に遭った模様です。薬とは加減を誤れば毒にもなります。先日も、胃の腑を痛めたと臥せっていたのも、薬草の効きが強すぎたからと思われます。小さな身体でさぞ辛かった事でしょう。漸く仕上がった茶葉は、薬師も納得の出来栄えとの報告が上がっております」

 癖のある栗色の巻き毛に大きな瞳。
 ミシェルの顔が思い浮かぶ。あどけなく愛らしい顔立ちをした少年である。

 王妃を敬愛する幼子を思い浮かべるロビンの口元にも、柔らかな笑みが浮かんでいた。


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