お飾り王妃の日常

桃井すもも

文字の大きさ
32 / 34

お飾り王妃の食宅

 尼僧、もとい王妃ブリジットは粗食である。

 それは幼い頃からの習慣で、別に東の国にいる、「一日ニ玄米四合ト味噌ト少シノ野菜ヲタベる」という吟遊詩人に影響されたのではない。

 極少量のライ麦パンと塩味のスープに温野菜は、元より彼女の好物であったし、公爵家でも王城でも幼い頃からこのメニューが基本であった。

 勿論、賓客を招く晩餐の席では相手の国の特産物を献立に盛り込み、和やかな歓談でもてなすし、ちゃんと美味しいものは美味だと感じている。

 唯、粗食が好きなだけなのである。
 それが最近、食の好みに変化が見られるようになった。

 飯が旨い。育ち盛りの男子おのこのような台詞であるが、朝から食事が楽しみになった。

「今日は何かしら」

 それまでは、ミルク多めの紅茶のほかは、朝は果実をつまむくらいで済ませていた。
 それが今では、先立って国王に即位した隣国元王太子より贈られた『Newふわふわ最高級羽毛布団Autumn』にくるまって、朝から忍び寄る夫の不埒なお手々をガードしながら、

「今日は何が出るのかしら」
 と、朝のメニューを考える。

 お腹ぺこぺこ。何かな?何かな?

「最近、食事の量が増えたね」
「ええ、涼しくなってから量をほんのちょっと増やしたつもりが、何だかとっても美味しいのよ」
「良いじゃないか。今まで食が細すぎたのさ」

 そういう夫は朝はブラックコーヒーのみである。
 甘いマスクで苦味ばしった珈琲って全然似合わないけれど、彼は甘いものが苦手であった。

「羽毛布団のお蔭かしら。それとも、ミシェルの薬草茶かしら」

 夏でも冷えた身体であったのが、秋口のこの時期に、それを感じずにいる。
 気が付いたら久しく「冷える」という感覚をしばらく感じていない。指先も足先もお腹もぽかぽかしている。

 そして兎に角、飯が旨い。
 それほど好んで食することのなかった肉も魚も貝類も、量こそ少ないけれど全て美味しく食べられる。

 そんな絶好の機会を見逃さない料理長がすかさず献立を変えて、毎食肉やら魚やら、これまでの分を取り返すように品目を増やして御自慢の料理を作ってくれる。

 まず、温かな湯気に立ち上る香りを楽しむ。もう食欲をそそらられるぅ。

 ひとくち含んでゆっくり噛む。
 美味しい(しみじみ)。

 シンプルな素材の滋味であったり、料理人達が腕に縒りをかけたソースの複雑な味わいであったり、残ったソースまでも惜しくてライ麦パンで拭って食す。
 勿論、ミシェルの煎じた薬草茶も欠かさない。

「ありがとう。今日もとても美味しかったわ。料理長にそう伝えてね」

 配膳の者に言うのも毎度のことである。

 なんだかそうなると力が湧いてくるし、力が湧けば動きたくなる。

 自称「役立たずのお飾り王妃」であるが、普通に公務を熟しているブリジットである。それまで使用人に任せていた連絡事も自ずから訪ったり届けてみたり。城内をアクティブに動きまわるようになった。

 お腹の大きなメリーが心配で、ちょいちょい厩舎まで様子を見にいくのは日課となった。
 それまで王城サーチは耳と目から入る情報であったのを、直に赴くことが増えていった。

 サーチ中にいつも「あったらいいな」と思う『念力』であるが、そんな能力などないのだから、気になることは直接に話そうとばかりに現場へ出向く。

 鷹揚なのは態度ばかりで、本質が尼僧であるブリジットは、傲慢でもなければ無理難題をふっ掛けることもない。素直に傾聴出来る王妃なのだ。

 結果、良く動き・人と接し・良く話すのが功を奏して、お食事時にはすっかりお腹はぺこぺこで、旨い~ともりもり食べる。

「ん?」

 なんだかキツいわね。
 最近、ドレスがキツくなった。

「ドレスを作り直すなんて無駄遣いはできないわ」
「そうでもないさ。君が落とす金は市井に流れる。散財とばかりは言えないよ」
「でもぉ」
「サイズが変わらずとも、予算を組んで年度ごとに新調するものはあるだろう?先に作ったと思えば良いよ。今年度の予算はまだ残ってるだろう」

 そうなのである。
 王も王妃も、当然被服費は計上されている。
 反物代も、仕立てのお針子たちや刺繍職人といった人件費も、結果そこから給金やらを生み出している。

 そうして王侯貴族達の装いは流行の源であるのだから、民へも絶大なる影響を与えている。

 年の初めにお披露目されるロビンとブリジットの絵姿であったが、着用しているジャケットやドレスは、商会がレプリカを製作してはショーウィンドウに飾り、手頃な価格の模倣品として売出しては、その年必ず流行るのであった。

「それに、ブリジット」 

 そう言いながらロビンがさわさわと胸元に手を伸ばす。

「君、触り心地が凄くいい。ここも」

 むにむにとお胸を揉む不埒なお手々。

「ちょっとロビン!」

 いいだろう?僕の楽しみはこれだけなんだ、と全然可愛くないことを可愛い感じで言う夫。

 寝不足だけは解消されないブリジットなのであった。


あなたにおすすめの小説

死ぬまでに叶えたい十の願い

木風
恋愛
「あなたを妻として、愛することはない。おそらく、生涯抱くこともないだろう」 三年間の白い結婚——捨て置かれた王太子妃エリアーナに、側妃が『死の呪い』をかけ余命一年を宣告する。 離縁を願うも拒否され、代わりに「死ぬまでに十の願いを叶えて」と契約する—— 二人きりの外出、星空、海…ささやかな願いが王太子の心をほどいていく。

新婚初夜に『白い結婚にしてほしい』と言われたので論理的に詰めたら夫が泣きました

ささい
恋愛
「愛人がいるから、白い結婚にしてほしい」 政略結婚の初夜にそう告げた夫ルーファス。 妻カレンの反応は—— 「それ、契約不履行ですよね?」 「あなたの感情論、論理的に破綻してますよ?」 泣き落としは通じない。 そして初夜の翌朝、夫は泣いていた。 逃げ道は全部塞がれ、気づけば毎日論破されていた。 これは、論破され続けた夫がなぜか幸せになる話。

彼の過ちと彼女の選択

浅海 景
恋愛
伯爵令嬢として育てられていたアンナだが、両親の死によって伯爵家を継いだ伯父家族に虐げられる日々を送っていた。義兄となったクロードはかつて優しい従兄だったが、アンナに対して冷淡な態度を取るようになる。 そんな中16歳の誕生日を迎えたアンナには縁談の話が持ち上がると、クロードは突然アンナとの婚約を宣言する。何を考えているか分からないクロードの言動に不安を募らせるアンナは、クロードのある一言をきっかけにパニックに陥りベランダから転落。 一方、トラックに衝突したはずの杏奈が目を覚ますと見知らぬ男性が傍にいた。同じ名前の少女と中身が入れ替わってしまったと悟る。正直に話せば追い出されるか病院行きだと考えた杏奈は記憶喪失の振りをするが……。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。