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第四十三章
サンドラの艶のある金色の髪も鮮やかなロイヤル・ブルーの瞳も、彼女が王家と近い血筋にあることを示していた。
「貴女の夫には、殿下が随分と無理をさせているようね。申し訳なく思っているのよ」
そう言ったサンドラは、移動中にたまたまここを通りかかったのか。
少なくとも、エバーシェリンが庭を散策する三人と離れたところで声をかけるほどには、城内のことを把握しているようだった。
外回廊の真ん中で向かい合い、立ち姿のまま貴人と対話することに、エバーシェリンは微かに緊張を覚えた。
それがわかったのだろう。サンドラは、ほんの少し眉を下げた。
美しいひとである。清々しく聡明であるだろう彼女の気質が窺われるようだった。
「子爵家でのことは聞き及んでおります。残念なことだったわ。それで、貴女はどう思っているのかしら」
こんな人目につきそうな回廊で、サンドラが口にしたのは非常に繊細なことだった。
「私がご令嬢に何かするなんて、考えたこともなくてよ」
辺りを窺う様子もなく、サンドラは穏やかな顔をしてエバーシェリンに言った。それは、子爵不明の中、一人取り残されていたマリールイーズのことだった。
エバーシェリンには迂闊なことを口にすることはできなかった。自分もまた、ヘンリーから頼まれ子爵邸を訪れて、マリールイーズと深く関わっている。
だがサンドラの様子からは、それでエバーシェリンを警戒するような気配は感じられなかった。
サンドラが、ふっと笑みを漏らしたことで、エバーシェリンは肩の力が抜けていった。
「殿下ばかりか王妃様まで関わっては、貴女もさぞ警戒したことでしょうね」
確かにマリールイーズの周りは、王家の思惑に塗れて見えた。
「尊いお力の数々に、マリールイーズ様は守られておいででした」
エバーシェリンは、サンドラの瞳を見つめてそう答えた。ロイヤル・ブルーの瞳はマリールイーズと同じであり、二人は辿れば同じ祖にあることがわかる。
それがサンドラをより身近に感じさせた。
「確かに私の生家が根回しをしたようですけれど、そればかりは仕方のないことですもの。何もしないというわけにはいかないの」
「面倒なことよね」と言って、サンドラは薄く笑った。
それから彼女は、
「リチャードは良い夫になるでしょう。貴女もそう思うでしょう?」
と言った。
彼女はそこで初めて、エバーシェリンの肩の向こう側へと視線を移した。庭園の奥のほう、フェルナンドがマリーローズの手を引いて歩いている方向だろう。
「あの時、殿下は私にも、生家にもお詫びをなさったわ。尊い御身で頭をお下げになられたの」
サンドラは極めてセンシティブなことを口にした。咄嗟に彼女の周囲を確かめれば、背後に控える侍女と護衛騎士のほかには、人影は見えなかった。すでに辺りは人払いがされていた。
この先のことを、果たして自分が耳にしてもよいものか。エバーシェリンは内心、身構えたが、すぐに気がついた。
サンドラはきっと、これまで誰にも明かさずにいたことを、今ここで独白しようとしている。
ロングフォール子爵邸へ向かい、当事者と関わり、マリールイーズと親交を深め、子爵の弔いを見届けた。
サンドラは、そんなエバーシェリンを見込んで内心を打ち明けようとしている。
「噂通りの可憐なご令嬢だったの。殿下が御心を寄せたのも、わかる気がした」
サンドラは多分、学園に入学する前から、フェルナンドとパトリシアの関係を知っていたのだろう。
「あんな儚い姿をして、引き際は鮮やかなものだったわ。誰も手出しなんかできなかった。あのご令嬢ったら殿下まで放り出して、そうやって、宿したお子を守り抜いたのでしょうね」
サンドラの口から聞くマリールイーズという名は、どこか知らない人の名前のようだった。
「なにより殿下こそ、可憐な恋人を大切に愛していらしたのに、それで目が眩むようなお方ではないのよ」
パトリシアばかりでなく、フェルナンドもまた、自身の立場も生まれもあるべき姿も見失うことはなかった。
恋は永遠の美しさを保ったまま、今も彼の胸の内に仕舞われているのだろう。
「私を唯一の妃としてお認めくださったわ。ご自分が私心を通してはいられない身であると、誰よりもおわかりなのですもの」
エバーシェリンには、そういうサンドラこそ、私心を胸の奥底に押し込めてフェルナンドに寄り添い生きてきたのだと思った。
「あのお方に、私はあんな可愛らしい子を抱かせて差し上げることができなかった」
「妃殿下……」
その先を言わせてはいけない気がして、思わず声が出てしまった。
「いいのよ。お気になさらないで。健康体だと医師は言うのだから、確かにそうなのでしょう。誰も私を表立っては責めはしないわ」
だからこそ、彼女の苦悩は深い。フェルナンドに子を成す能力があることはマリールイーズが証明しており、非を探すとするならサンドラだろう。
「私のことは殿下がお守りくださっているの。あのお方は、私を唯一の妃とお認めくださっているわ。これからも、私をお側に置いてくださるでしょう」
パトリシアと通わせた愛情があったように、サンドラだから分かち合えたものがある。孤独な為政者には、すべてを呑み込み腹に収めて、ともに政に向き合う伴侶は、サンドラのような人だったのだろう。
「狡いわね、殿下ったら。あれではまるで独り占めだわ」
そう言ってからサンドラは、涼し気な目元をちょっと下げて、こちらを覗き見るような表情をした。
「貴女をお茶にお誘いしたいのだけれど、よろしいかしら。そのときは、マリーローズ嬢をお連れいただきたいの」
いい?というような素振りをしたサンドラに、なんとも言えない切なさと、友愛めいた気持ちが湧いてくる。
目の前には、ままならない物事を真正面から受け止めて、懸命に努力しただろう女性がいる。
置かれた立場で正しくあろうとした彼女とは、不思議な縁から、この先も長く付き合うことが予感されるのだった。
「貴女の夫には、殿下が随分と無理をさせているようね。申し訳なく思っているのよ」
そう言ったサンドラは、移動中にたまたまここを通りかかったのか。
少なくとも、エバーシェリンが庭を散策する三人と離れたところで声をかけるほどには、城内のことを把握しているようだった。
外回廊の真ん中で向かい合い、立ち姿のまま貴人と対話することに、エバーシェリンは微かに緊張を覚えた。
それがわかったのだろう。サンドラは、ほんの少し眉を下げた。
美しいひとである。清々しく聡明であるだろう彼女の気質が窺われるようだった。
「子爵家でのことは聞き及んでおります。残念なことだったわ。それで、貴女はどう思っているのかしら」
こんな人目につきそうな回廊で、サンドラが口にしたのは非常に繊細なことだった。
「私がご令嬢に何かするなんて、考えたこともなくてよ」
辺りを窺う様子もなく、サンドラは穏やかな顔をしてエバーシェリンに言った。それは、子爵不明の中、一人取り残されていたマリールイーズのことだった。
エバーシェリンには迂闊なことを口にすることはできなかった。自分もまた、ヘンリーから頼まれ子爵邸を訪れて、マリールイーズと深く関わっている。
だがサンドラの様子からは、それでエバーシェリンを警戒するような気配は感じられなかった。
サンドラが、ふっと笑みを漏らしたことで、エバーシェリンは肩の力が抜けていった。
「殿下ばかりか王妃様まで関わっては、貴女もさぞ警戒したことでしょうね」
確かにマリールイーズの周りは、王家の思惑に塗れて見えた。
「尊いお力の数々に、マリールイーズ様は守られておいででした」
エバーシェリンは、サンドラの瞳を見つめてそう答えた。ロイヤル・ブルーの瞳はマリールイーズと同じであり、二人は辿れば同じ祖にあることがわかる。
それがサンドラをより身近に感じさせた。
「確かに私の生家が根回しをしたようですけれど、そればかりは仕方のないことですもの。何もしないというわけにはいかないの」
「面倒なことよね」と言って、サンドラは薄く笑った。
それから彼女は、
「リチャードは良い夫になるでしょう。貴女もそう思うでしょう?」
と言った。
彼女はそこで初めて、エバーシェリンの肩の向こう側へと視線を移した。庭園の奥のほう、フェルナンドがマリーローズの手を引いて歩いている方向だろう。
「あの時、殿下は私にも、生家にもお詫びをなさったわ。尊い御身で頭をお下げになられたの」
サンドラは極めてセンシティブなことを口にした。咄嗟に彼女の周囲を確かめれば、背後に控える侍女と護衛騎士のほかには、人影は見えなかった。すでに辺りは人払いがされていた。
この先のことを、果たして自分が耳にしてもよいものか。エバーシェリンは内心、身構えたが、すぐに気がついた。
サンドラはきっと、これまで誰にも明かさずにいたことを、今ここで独白しようとしている。
ロングフォール子爵邸へ向かい、当事者と関わり、マリールイーズと親交を深め、子爵の弔いを見届けた。
サンドラは、そんなエバーシェリンを見込んで内心を打ち明けようとしている。
「噂通りの可憐なご令嬢だったの。殿下が御心を寄せたのも、わかる気がした」
サンドラは多分、学園に入学する前から、フェルナンドとパトリシアの関係を知っていたのだろう。
「あんな儚い姿をして、引き際は鮮やかなものだったわ。誰も手出しなんかできなかった。あのご令嬢ったら殿下まで放り出して、そうやって、宿したお子を守り抜いたのでしょうね」
サンドラの口から聞くマリールイーズという名は、どこか知らない人の名前のようだった。
「なにより殿下こそ、可憐な恋人を大切に愛していらしたのに、それで目が眩むようなお方ではないのよ」
パトリシアばかりでなく、フェルナンドもまた、自身の立場も生まれもあるべき姿も見失うことはなかった。
恋は永遠の美しさを保ったまま、今も彼の胸の内に仕舞われているのだろう。
「私を唯一の妃としてお認めくださったわ。ご自分が私心を通してはいられない身であると、誰よりもおわかりなのですもの」
エバーシェリンには、そういうサンドラこそ、私心を胸の奥底に押し込めてフェルナンドに寄り添い生きてきたのだと思った。
「あのお方に、私はあんな可愛らしい子を抱かせて差し上げることができなかった」
「妃殿下……」
その先を言わせてはいけない気がして、思わず声が出てしまった。
「いいのよ。お気になさらないで。健康体だと医師は言うのだから、確かにそうなのでしょう。誰も私を表立っては責めはしないわ」
だからこそ、彼女の苦悩は深い。フェルナンドに子を成す能力があることはマリールイーズが証明しており、非を探すとするならサンドラだろう。
「私のことは殿下がお守りくださっているの。あのお方は、私を唯一の妃とお認めくださっているわ。これからも、私をお側に置いてくださるでしょう」
パトリシアと通わせた愛情があったように、サンドラだから分かち合えたものがある。孤独な為政者には、すべてを呑み込み腹に収めて、ともに政に向き合う伴侶は、サンドラのような人だったのだろう。
「狡いわね、殿下ったら。あれではまるで独り占めだわ」
そう言ってからサンドラは、涼し気な目元をちょっと下げて、こちらを覗き見るような表情をした。
「貴女をお茶にお誘いしたいのだけれど、よろしいかしら。そのときは、マリーローズ嬢をお連れいただきたいの」
いい?というような素振りをしたサンドラに、なんとも言えない切なさと、友愛めいた気持ちが湧いてくる。
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