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グレースは庭園を巡ったその足で、王城に隣接する王立美術館へ向かっていた。
今日は一日この瞳を美しいものを映して楽しませてあげよう。そう決めて気持ちを切り替えた。
貴族夫人でありながら職業婦人でもあるグレースは、追われる様に雑事に塗れる日も多い。そんな時間の隙間を縫って、美しいものに触れる機会を時折り持つ。
グレースの商いは美をテーマとしている。美は感動であり喜びである。この世の一人でも多くの女性に美しいものに触れて欲しい。纏う喜びを体感して欲しい。それがグレースが商会を興した時からの理念であった。
美術館や絵画集はグレースにとって発想の泉であった。時を経て尚時間も空間も超えて、輝きを失うことなくグレースを魅了し引き込む。
思えば幼い頃も、度々母に手を引かれて美術館を訪れた。
きっと、若き頃の母も迷い立ち止まる時があったのだろう。古の美に触れては、先に進むか後に戻るか、自身の信念と相談していたのかも知れない。
何かに没頭する時間は雑念を払ってくれる。後に残るのは、至極シンプルな、「美しいものを発信する」その一点に帰結させてくれるのだ。
心を踊らせる歌劇であったり、思わず感情移入して涙を零す小説であったり。方法は何でも良くて、心を鼓舞し震わせる感動がグレースを突き動かすのであった。
自分の原点がこの世界に生きる喜びを体感すると云う、とてもシンプルな事なのだと気が付いて、グレースは迷いをひとつ振り払った。
「フランシス、お待たせ。疲れたでしょう。何処かこの近くでお茶でも頂きましょう。」
「はい、グレース様。それでは馬車を呼んで参ります。」
フランシスが馬車を用意する間、グレースは美術館の玄関ホールから通りを眺める。
行き交う人々の装い。ドレスに帽子、日傘にバッグ。
世界は多彩な色で溢れている。
深く思考に入り込むと、ほんの囁かな揺らぎの様なものが閃いて、そこから次のアイデアが湧き起こる。それからアイデアが膨らんで、これだというものに出会える喜び。
不意の瞬間に湧くアイデアの片鱗を探るのは、グレースの喜びであり癖であった。
だから思考の海に沈み込んで、声を掛けられるまで気が付かなかった。
「グレース。」
ロバートであった。
昨日のうちに粗方の仕事を片付けていたから、彼も諸用を足しに外へ出ていたのだろう。
「そこから君が見えたから。」
通りを指差しロバートが言う。
「絵画を鑑賞していたのかな?」
「ええ。先程王立庭園の薔薇を眺めておりましたの。折角近くまで来たので、此処へも。」
「美術鑑賞が好きなのか?」
「ええ、幼い頃にも良く来ていたものですから。」
「ふうん。」
ロバートは何か考えた風であったが、
「これから時間があるかい?良ければ案内したいところがある。」
そう提案して来た。
「フランシスが馬車を呼んでいるのです。」
「ああ、それでは私の馬車は帰そう。君の馬車に便乗しても?」
ロバートが馬車を戻すと言うので、結局フランシスを伴ってグレースの馬車で移動する事となった。
「まあ、此処は。」
到着したのは、真逆のアーバンノット伯爵邸であった。ロバートの生家である。
ロバートの邸を初めて訪れたのは、父に彼を紹介された直ぐ後のことであった。共同経営者として、諸々の契約事項の確認をしようと招かれた。
それからも幾度か訪問する機会があり、伯爵当主へ挨拶をしたり声を掛けられることも幾度かあった。
夫人とは、元は茶会の場で母を介して挨拶する程度であったのが、ロバートと商会を興してからは親しく言葉を交わす機会が増えた。
テラスに通されお茶を頂いていると、
「グレース、お久しぶりね。」
ロバートの母である伯爵夫人に声を掛けられた。
「マリア様、お久しぶりでございます。ロバート様にお声を掛けて頂いて、本日はお邪魔させて頂いております。」
そう挨拶をすれば、
「畏まらないで頂戴。嬉しいわ、元気そうね。」
夫人は穏やかな笑みで答えてくれた。
「我が邸の絵画をお見せしたいとかロバートが言っているわ。」
「ええ、先程王立美術館でばったりお会いしましたの。」
「なかなか良いものが揃っているのよ。どれも主人の自慢の品だから観てやって頂戴。」
と、伯爵自慢の品である事を教えてくれた。
「光栄ですわ。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そんな事を話していると、
「グレース。待たせたね。」
ロバートが現れた。
「御婦人をお待たせするなんて、殿方失格よ。」
夫人が苦言を呈すれば、
「はは、父上に奥の鍵を借りていたのでね。」
「まあ、奥の?」
何やら親子にしか分からぬ会話をしている。
「それは素晴らしい。グレース、是非ともゆっくりご覧になってね。良ければその後お茶をご一緒したいわ。」
そう夫人に送り出された。
「さあ、レディ。ご案内致しましょう。」
ロバートがまるで舞踏会のエスコートのように、戯けた風に腕を差し出す。
「ふふ、宜しくお願いします。」
それに乗ってグレースも、差し出され腕に手を添えて、伯爵邸の回廊を夜会会場に見立てて進むのであった。
今日は一日この瞳を美しいものを映して楽しませてあげよう。そう決めて気持ちを切り替えた。
貴族夫人でありながら職業婦人でもあるグレースは、追われる様に雑事に塗れる日も多い。そんな時間の隙間を縫って、美しいものに触れる機会を時折り持つ。
グレースの商いは美をテーマとしている。美は感動であり喜びである。この世の一人でも多くの女性に美しいものに触れて欲しい。纏う喜びを体感して欲しい。それがグレースが商会を興した時からの理念であった。
美術館や絵画集はグレースにとって発想の泉であった。時を経て尚時間も空間も超えて、輝きを失うことなくグレースを魅了し引き込む。
思えば幼い頃も、度々母に手を引かれて美術館を訪れた。
きっと、若き頃の母も迷い立ち止まる時があったのだろう。古の美に触れては、先に進むか後に戻るか、自身の信念と相談していたのかも知れない。
何かに没頭する時間は雑念を払ってくれる。後に残るのは、至極シンプルな、「美しいものを発信する」その一点に帰結させてくれるのだ。
心を踊らせる歌劇であったり、思わず感情移入して涙を零す小説であったり。方法は何でも良くて、心を鼓舞し震わせる感動がグレースを突き動かすのであった。
自分の原点がこの世界に生きる喜びを体感すると云う、とてもシンプルな事なのだと気が付いて、グレースは迷いをひとつ振り払った。
「フランシス、お待たせ。疲れたでしょう。何処かこの近くでお茶でも頂きましょう。」
「はい、グレース様。それでは馬車を呼んで参ります。」
フランシスが馬車を用意する間、グレースは美術館の玄関ホールから通りを眺める。
行き交う人々の装い。ドレスに帽子、日傘にバッグ。
世界は多彩な色で溢れている。
深く思考に入り込むと、ほんの囁かな揺らぎの様なものが閃いて、そこから次のアイデアが湧き起こる。それからアイデアが膨らんで、これだというものに出会える喜び。
不意の瞬間に湧くアイデアの片鱗を探るのは、グレースの喜びであり癖であった。
だから思考の海に沈み込んで、声を掛けられるまで気が付かなかった。
「グレース。」
ロバートであった。
昨日のうちに粗方の仕事を片付けていたから、彼も諸用を足しに外へ出ていたのだろう。
「そこから君が見えたから。」
通りを指差しロバートが言う。
「絵画を鑑賞していたのかな?」
「ええ。先程王立庭園の薔薇を眺めておりましたの。折角近くまで来たので、此処へも。」
「美術鑑賞が好きなのか?」
「ええ、幼い頃にも良く来ていたものですから。」
「ふうん。」
ロバートは何か考えた風であったが、
「これから時間があるかい?良ければ案内したいところがある。」
そう提案して来た。
「フランシスが馬車を呼んでいるのです。」
「ああ、それでは私の馬車は帰そう。君の馬車に便乗しても?」
ロバートが馬車を戻すと言うので、結局フランシスを伴ってグレースの馬車で移動する事となった。
「まあ、此処は。」
到着したのは、真逆のアーバンノット伯爵邸であった。ロバートの生家である。
ロバートの邸を初めて訪れたのは、父に彼を紹介された直ぐ後のことであった。共同経営者として、諸々の契約事項の確認をしようと招かれた。
それからも幾度か訪問する機会があり、伯爵当主へ挨拶をしたり声を掛けられることも幾度かあった。
夫人とは、元は茶会の場で母を介して挨拶する程度であったのが、ロバートと商会を興してからは親しく言葉を交わす機会が増えた。
テラスに通されお茶を頂いていると、
「グレース、お久しぶりね。」
ロバートの母である伯爵夫人に声を掛けられた。
「マリア様、お久しぶりでございます。ロバート様にお声を掛けて頂いて、本日はお邪魔させて頂いております。」
そう挨拶をすれば、
「畏まらないで頂戴。嬉しいわ、元気そうね。」
夫人は穏やかな笑みで答えてくれた。
「我が邸の絵画をお見せしたいとかロバートが言っているわ。」
「ええ、先程王立美術館でばったりお会いしましたの。」
「なかなか良いものが揃っているのよ。どれも主人の自慢の品だから観てやって頂戴。」
と、伯爵自慢の品である事を教えてくれた。
「光栄ですわ。お言葉に甘えさせて頂きます。」
そんな事を話していると、
「グレース。待たせたね。」
ロバートが現れた。
「御婦人をお待たせするなんて、殿方失格よ。」
夫人が苦言を呈すれば、
「はは、父上に奥の鍵を借りていたのでね。」
「まあ、奥の?」
何やら親子にしか分からぬ会話をしている。
「それは素晴らしい。グレース、是非ともゆっくりご覧になってね。良ければその後お茶をご一緒したいわ。」
そう夫人に送り出された。
「さあ、レディ。ご案内致しましょう。」
ロバートがまるで舞踏会のエスコートのように、戯けた風に腕を差し出す。
「ふふ、宜しくお願いします。」
それに乗ってグレースも、差し出され腕に手を添えて、伯爵邸の回廊を夜会会場に見立てて進むのであった。
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