28 / 55
【28】
嘗て無いほど超の付く忙しさを乗り越えて、グレースはロバートと共に商会の2号店を立ち上げた。
自身に疵を付けた曰く付きの物件であったが、外観ばかりでなく内観も素晴らかった。
漆喰の白壁は色褪せ一つ無い。その白い壁を伝って天井を仰げば、繊細な花弁モチーフが浮き彫りにされており、聞くところによるとその技法は今は廃れて同じ仕様のものは造る事は出来ないのだと言う。
家財は全て侯爵家本邸に移した後であるし、それ以外の残置物は父が処分をしていたから邸内はもぬけの殻であるのに、漂う空気と空間が既に美を纏って、グレースは美しい館の中で立ち竦んだまま暫く動けぬ程であった。
学園を卒業したばかりのリシャールがイザベルを囲って八年程を住まいとしていた邸である。
この美しい空間にいたのなら、本邸への足が遠のくのも頷ける。単純に恋人との生活を楽しんでいただけなのであろうけれど。
東向きのサンルームは二連アーチの仕切りの造形が美しい。そこから入る朝の日差しは尚の事であった。
壁が半円の曲面になっている部分があり、これは外から見ると塔にも見えるのだが、その内側は縦長の四面窓が嵌められた出窓となっている。
2階へ続く階段部分は、明かり取りの窓が壁一面に嵌められており、眩しい陽の光が燦々と入り込んでいた。
グレースはロバートと何度も相談して、時にはロバートの生家のアーバンノット伯爵夫人やグレースの母にも知恵を借りて、この邸を飾るカーテンから家具、飾る絵画に至るまで二ヶ月程を掛けてしつらえた。
同時に新たな職人達を採用し、増産体制を整えた。被服と宝飾品はこれまでと変わらず、今は1号店となった元の商会の工房で製作をする。
新たな試みとして設けたカフェの為に、アーバンノット伯爵家・エバーンズ伯爵家の両伯爵家から料理人と配膳の為の使用人をこちらへ回した。両家の両親が共に快く人員を回してくれたのは有難い事であった。
夫人達の教育が行き届いた使用人達は、一言頼めば理解が早くきりきりと立ち回る。多忙なロバートとグレースが何かを教える必要が無いのにも助けられた。
そうして聖夜を迎える月にグランドオープンを迎えるのだが、この2号店の特色は併設されたカフェばかりでは無かった。
婦人服専門店であったR&G商会の新たな試みである。婦人服と揃いの紳士服、夜会や舞踏会へ揃いで身に着ける衣装と宝飾品を取り揃えていた。
これまでのロバートとグレースの装いは既に貴族達の間では話題となっていたから、それがプレタポルテとして売り出されるのは好意的に受け入れられた。当然、オートクチュールも請け負うことから、婦人等の間でも話題を集めた。
学園の卒業を迎える若きカップルの間でもそれは評判であったようで、開店当日からギャラリーもカフェも満員御礼、予想以上の盛況を迎えたのであった。
人気店が犇めく目抜き通りにあって馬車を停めるのは難しい。その難題は玄関ポーチ脇の庭園を一部馬車止まりに作り変え、円形に一方通行の通路を設けて入口と出口を定めた事で、敷地内までスムーズに入れるばかりか出るのも容易く、周辺の道路を塞がずに馬車を停める事が出来た。
これほどの優良物件を手に入れた父の目利きに、グレースは感謝した。
自身の三年に渡る時間と負った疵の代償であるのが複雑な思いを抱かせるも、終わり良ければ全てがまるく収まった。
今年最後の月。王都は冬の最中に最も華やかな季節を迎えていた。
聖夜が近づくにつれてあちらこちらで夜会や舞踏会が開かれて、貴族も平民もその慌ただしさすら愉しむ様は、この時期ならの光景であった。
工房もギャラリーも厨房も、一人くらい倒れてしまって可怪しくない程の忙しさであったから、ロバートとも相談して使用人達への臨時の手当を用意した。
生き馬の目を抜く年末商戦の忙しさも、過ぎてしまえば年の瀬には懐がほかほかと懐の暖まる手当となる。
皆、家族と過ごす年越しの団欒に思いを馳せながら励んでくれるのだから、働き者の使用人達はやはり得難い宝であるとグレースは改めて思うのであった。
聖夜の前日には、王城で舞踏会が催された。公の舞踏会としては今年最後のイベントである。
聖夜の晩は、貴族も平民も身内で祝うのが常であるから、その前に催される王家主催の舞踏会は取り分け華やかな祭典となる。
グレースとロバートも、二人の連名で招待状を受け取っていたから、多忙の間の空き時間を継ぎ接ぎして、二人揃いの衣装を設えた。
今年一年の集大成である。
この日の装いは、貴族達が殊更華やかに装う中で、ロバートとグレース達はその先駆けとして表舞台に立つ晴れの舞台なのであった。
布地は黒のコーティングジャージを選んだ。シルクサテンは華やぎの場の装いには王道であるが、敢えて廉価なジャージ生地を選んだ。
ジャージ生地は最近平民の間で好まれる話題の素材で、気鋭のデザイナーもデイドレスとして売り出していた。伸縮性に富み皺になり難く柔らかい。その独特の滑らかな手触りが特徴で、体型を選ばず美しいシルエットを生むところが人気となっていた。
今回のドレスは、襟は浅く胸元から臍下辺りまでをぴたりと身体に添う仕様にした。上半身だけで裸体のラインが思い浮かぶ大胆なデザインである。
腰から下は極く細かなプリーツを寄せてそれが裾まで流れる。足元で広がるラインと歩く度にプリーツが揺れるのが美しい。
腰の切り替え部分には、最早グレースを代表する大粒パールを繋ぎ合わせたものを二連、ベルトに見立てて緩く巻いている。
首元には、バロックパールを五連に重ねて、前は短めに背中側に長めに垂らして飾っている。耳朶に大粒のパールを一粒。
今宵のグレースは、宵の闇から真珠が生まれる様な清らかな光を放って見えた。
自身に疵を付けた曰く付きの物件であったが、外観ばかりでなく内観も素晴らかった。
漆喰の白壁は色褪せ一つ無い。その白い壁を伝って天井を仰げば、繊細な花弁モチーフが浮き彫りにされており、聞くところによるとその技法は今は廃れて同じ仕様のものは造る事は出来ないのだと言う。
家財は全て侯爵家本邸に移した後であるし、それ以外の残置物は父が処分をしていたから邸内はもぬけの殻であるのに、漂う空気と空間が既に美を纏って、グレースは美しい館の中で立ち竦んだまま暫く動けぬ程であった。
学園を卒業したばかりのリシャールがイザベルを囲って八年程を住まいとしていた邸である。
この美しい空間にいたのなら、本邸への足が遠のくのも頷ける。単純に恋人との生活を楽しんでいただけなのであろうけれど。
東向きのサンルームは二連アーチの仕切りの造形が美しい。そこから入る朝の日差しは尚の事であった。
壁が半円の曲面になっている部分があり、これは外から見ると塔にも見えるのだが、その内側は縦長の四面窓が嵌められた出窓となっている。
2階へ続く階段部分は、明かり取りの窓が壁一面に嵌められており、眩しい陽の光が燦々と入り込んでいた。
グレースはロバートと何度も相談して、時にはロバートの生家のアーバンノット伯爵夫人やグレースの母にも知恵を借りて、この邸を飾るカーテンから家具、飾る絵画に至るまで二ヶ月程を掛けてしつらえた。
同時に新たな職人達を採用し、増産体制を整えた。被服と宝飾品はこれまでと変わらず、今は1号店となった元の商会の工房で製作をする。
新たな試みとして設けたカフェの為に、アーバンノット伯爵家・エバーンズ伯爵家の両伯爵家から料理人と配膳の為の使用人をこちらへ回した。両家の両親が共に快く人員を回してくれたのは有難い事であった。
夫人達の教育が行き届いた使用人達は、一言頼めば理解が早くきりきりと立ち回る。多忙なロバートとグレースが何かを教える必要が無いのにも助けられた。
そうして聖夜を迎える月にグランドオープンを迎えるのだが、この2号店の特色は併設されたカフェばかりでは無かった。
婦人服専門店であったR&G商会の新たな試みである。婦人服と揃いの紳士服、夜会や舞踏会へ揃いで身に着ける衣装と宝飾品を取り揃えていた。
これまでのロバートとグレースの装いは既に貴族達の間では話題となっていたから、それがプレタポルテとして売り出されるのは好意的に受け入れられた。当然、オートクチュールも請け負うことから、婦人等の間でも話題を集めた。
学園の卒業を迎える若きカップルの間でもそれは評判であったようで、開店当日からギャラリーもカフェも満員御礼、予想以上の盛況を迎えたのであった。
人気店が犇めく目抜き通りにあって馬車を停めるのは難しい。その難題は玄関ポーチ脇の庭園を一部馬車止まりに作り変え、円形に一方通行の通路を設けて入口と出口を定めた事で、敷地内までスムーズに入れるばかりか出るのも容易く、周辺の道路を塞がずに馬車を停める事が出来た。
これほどの優良物件を手に入れた父の目利きに、グレースは感謝した。
自身の三年に渡る時間と負った疵の代償であるのが複雑な思いを抱かせるも、終わり良ければ全てがまるく収まった。
今年最後の月。王都は冬の最中に最も華やかな季節を迎えていた。
聖夜が近づくにつれてあちらこちらで夜会や舞踏会が開かれて、貴族も平民もその慌ただしさすら愉しむ様は、この時期ならの光景であった。
工房もギャラリーも厨房も、一人くらい倒れてしまって可怪しくない程の忙しさであったから、ロバートとも相談して使用人達への臨時の手当を用意した。
生き馬の目を抜く年末商戦の忙しさも、過ぎてしまえば年の瀬には懐がほかほかと懐の暖まる手当となる。
皆、家族と過ごす年越しの団欒に思いを馳せながら励んでくれるのだから、働き者の使用人達はやはり得難い宝であるとグレースは改めて思うのであった。
聖夜の前日には、王城で舞踏会が催された。公の舞踏会としては今年最後のイベントである。
聖夜の晩は、貴族も平民も身内で祝うのが常であるから、その前に催される王家主催の舞踏会は取り分け華やかな祭典となる。
グレースとロバートも、二人の連名で招待状を受け取っていたから、多忙の間の空き時間を継ぎ接ぎして、二人揃いの衣装を設えた。
今年一年の集大成である。
この日の装いは、貴族達が殊更華やかに装う中で、ロバートとグレース達はその先駆けとして表舞台に立つ晴れの舞台なのであった。
布地は黒のコーティングジャージを選んだ。シルクサテンは華やぎの場の装いには王道であるが、敢えて廉価なジャージ生地を選んだ。
ジャージ生地は最近平民の間で好まれる話題の素材で、気鋭のデザイナーもデイドレスとして売り出していた。伸縮性に富み皺になり難く柔らかい。その独特の滑らかな手触りが特徴で、体型を選ばず美しいシルエットを生むところが人気となっていた。
今回のドレスは、襟は浅く胸元から臍下辺りまでをぴたりと身体に添う仕様にした。上半身だけで裸体のラインが思い浮かぶ大胆なデザインである。
腰から下は極く細かなプリーツを寄せてそれが裾まで流れる。足元で広がるラインと歩く度にプリーツが揺れるのが美しい。
腰の切り替え部分には、最早グレースを代表する大粒パールを繋ぎ合わせたものを二連、ベルトに見立てて緩く巻いている。
首元には、バロックパールを五連に重ねて、前は短めに背中側に長めに垂らして飾っている。耳朶に大粒のパールを一粒。
今宵のグレースは、宵の闇から真珠が生まれる様な清らかな光を放って見えた。
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。
だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。
失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。
どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。
「悪女に、遠慮はいらない」
そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。
「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。
王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」
愛も、誇りも奪われたなら──
今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。
裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス!
⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。