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✻残酷シーンがございます。苦手な方は後半部分は読み飛ばして下さい。
リシャールの妻となって降嫁した姫君は、この国での暮らしをすっかり気に入った。
母国の城内の様に、見張る視線に晒される事は無い。使用人達もよく仕えてくれて、嘗ての使用人達の様に目も合わせないなどと云う失態は皆無であった。
皆、誰も彼もが自分のこの顔に頬を染めて、可憐である天使の様だと褒めそやす。
何より夫の熱いこと。
夜通し交わり愛し合う。
大きな身体で伸し掛かかり、姫様姫様と耳元で囁く。熱く大きな手が身体中を這い回り不埒な悪戯を仕掛ける。可愛い男。わたくしの男。
妾は春の楽園に堕としてやった。国元から連れて来た侍女を使ってそう云う者達を手配させた。
どうやら子を孕めぬ身体であるそうだから、楽園では重宝されているらしい。
良かったわね、役に立てて。ここでは散々穀潰しだったのでしょう?
死ぬまで汚され絶望すればいい。わたくしの男を十年も独占したツケを払ってもらわねば。
ああそうだ、そろそろあの女を堕としてやろう。
生意気な前妻。才媛?なにそれ。女だてらに会頭などと。再婚した夫とは共同経営者だと聞いたが、下賤な商いの事など興味は無い。
それより再婚したその夫が、なかなか凛々しい男だと言うではないか。
生意気な女ね。リシャールの妻であっただけでも罰してやりたいのに、社交の華?流行の先端?経営者の鑑?
殺してやろう。目障りだ。
そうだわ、その顔切り刻んでやろう。
死ぬより辛い目に合わせて、廃人にしてやろう。
あの公爵家令息の婚約者には、顔をぱっくり切ってやって大きな傷を贈ってあげた。
忌々しいのは、その後二人が婚姻したことかしら。あの傷を晒して公爵令息夫人?笑わせるわ。廃人どころか、元から大した見目ではないから気にしないだなんて減らず口にも程がある、あの顔を晒して社交界にも顔を出していた。
あの醜女のせいで隣国に飛ばされたけれど、リシャールを得たのは幸運よ。
ねえ、リシャール。お前、悩まされたのでしょう?前妻に。わたくしが成敗してくれるから待っていてね。
ああ、楽しみ。またあの騎士を使おう。金を送ってこちらへ呼ぼう。何ならわたくしの護衛に付けても良いわね。時々可愛がってやれば悦ぶでしょう。
目を細めた姫君は、夫の膝に抱かれながら楽しい思惑に歓喜していた。
これから夫の生家が商う商会に、ドレスを選びに行くのだ。
王都で最も人気が高いのが、あの忌々しい前妻の商会だと言うのが腹立たしいが、嫁いだ侯爵家でも商会を経営している。
母国の王家からは、多額の持参金も得ているのだから、直に夫の家の商会こそこの国一番になるだろう。
ああ、楽しみ。
何度目か分からない呟きを胸の内で繰り返した。
馬車が止まって扉が開き、先に夫が降りた。
夫が振り返ってこちらへ手を伸ばす。その手を取って馬車を出て、ステップから地面に降りた。
目の前に商会の入口があるのだと思ったら、今日は珍しく客で混み合い少し離れた所に馬車を停めたのだと云う。
「姫様、僕が抱き上げるから大丈夫です。」
可愛い夫が可愛い事を言う。
「宜しくてよ。わたくし自分で歩けるわ。貴方の店をゆっくり見てみたいもの。」
そう答えてリシャールに手を取られ、入口を目指して歩き出した時であった。
暴漢に襲われた。いや、暴漢ではなくて喧嘩の巻き添えとなったらしい。
全ては後から解った事だが、商会のある通りで男二人の喧嘩が始まった。
どちらも貴族であるらしく、些細な事が切っ掛けで口論となった様だ。片方が手袋を相手の足元目掛けて投げ捨てて、もう片方がそれを拾い上げた。
共に帯剣していたらしく、互いに剣を抜く。
決闘が始まる。
周囲は固唾を呑んで見守って、誰かが衛兵を呼びに行ったが衛兵は未だ来ない。
両者睨み合いが続き、僅かに空気が揺らいだと思ったら、片方がやあ!と斬りつけた。
対する相手がそれをひらりと身を翻して受け流したのを、斬りつけた男の方は勢い余って止められず思わず前に走り出た。剣を頭上から振り下ろしながら。
そこには真逆の姫君が居合わせた。
何と不運な偶然であろう。
振り下ろされた刃は、姫君の眉間から弧を描く様に左の目を切り潰し、頬を通って唇を上下斜めに真っ二つに切って割った。そのまま顎まですっかり切り終えて、漸く刃は力を失った。
四方から轟く悲鳴に衛兵を呼ぶ声。
医者を頼む、誰か誰かと叫ぶ声。
幼子の泣き声が響く。
そうしてその中央には、血飛沫を空高く舞い上がらせ貴族夫人が仰向けに仰け反っていた。
四方八方泉の様に真っ赤な鮮血が飛び跳ねる。いつまで湧くのか止まらぬ鮮血。
それを抱える夫君も、顔も身体も真っ赤に染まって、血飛沫を真正面から受けていた。
直に担架に乗せられた夫人が医院へと運ばれる。血塗れの妻に血塗れの夫が付き従う。
姫様、姫様、声を枯らして叫ぶ夫の声が辺り一帯に響いていた。
惨状の後に残された人々は、決闘の巻き添えをまともに受けた貴族夫人を気の毒に思った。
街は騒然となっていたから、誰も彼も気が付かなかった。
あの決闘をしていた二人は、一体何処ヘ行ったのか。
剣を振り上げるた男が、頭上に高く掲げた剣を夫人の正面で振り降ろしたのは多くの人々が目撃していた。
剣が振り降ろされると同時に、夫人の顔面は血飛沫の源泉となり、辺りは血の海と化した。
その肝心の男達が見当たらない。
何処から来て、どうしてこんな大通りのど真ん中で決闘話になったのか。そして彼等は一体何処に消えたのか。二人共、それほど逃げ足が速かったのか。
衛兵は何をしていた、詰所は直ぐそこであるのに。
謎だらけの惨事であったが、ひとつだけ確かに分かっていたのは、うら若き貴族の夫人が刃でもってそのお顔を真っ二つに切り裂かれてしまったと言うことだろう。
リシャールの妻となって降嫁した姫君は、この国での暮らしをすっかり気に入った。
母国の城内の様に、見張る視線に晒される事は無い。使用人達もよく仕えてくれて、嘗ての使用人達の様に目も合わせないなどと云う失態は皆無であった。
皆、誰も彼もが自分のこの顔に頬を染めて、可憐である天使の様だと褒めそやす。
何より夫の熱いこと。
夜通し交わり愛し合う。
大きな身体で伸し掛かかり、姫様姫様と耳元で囁く。熱く大きな手が身体中を這い回り不埒な悪戯を仕掛ける。可愛い男。わたくしの男。
妾は春の楽園に堕としてやった。国元から連れて来た侍女を使ってそう云う者達を手配させた。
どうやら子を孕めぬ身体であるそうだから、楽園では重宝されているらしい。
良かったわね、役に立てて。ここでは散々穀潰しだったのでしょう?
死ぬまで汚され絶望すればいい。わたくしの男を十年も独占したツケを払ってもらわねば。
ああそうだ、そろそろあの女を堕としてやろう。
生意気な前妻。才媛?なにそれ。女だてらに会頭などと。再婚した夫とは共同経営者だと聞いたが、下賤な商いの事など興味は無い。
それより再婚したその夫が、なかなか凛々しい男だと言うではないか。
生意気な女ね。リシャールの妻であっただけでも罰してやりたいのに、社交の華?流行の先端?経営者の鑑?
殺してやろう。目障りだ。
そうだわ、その顔切り刻んでやろう。
死ぬより辛い目に合わせて、廃人にしてやろう。
あの公爵家令息の婚約者には、顔をぱっくり切ってやって大きな傷を贈ってあげた。
忌々しいのは、その後二人が婚姻したことかしら。あの傷を晒して公爵令息夫人?笑わせるわ。廃人どころか、元から大した見目ではないから気にしないだなんて減らず口にも程がある、あの顔を晒して社交界にも顔を出していた。
あの醜女のせいで隣国に飛ばされたけれど、リシャールを得たのは幸運よ。
ねえ、リシャール。お前、悩まされたのでしょう?前妻に。わたくしが成敗してくれるから待っていてね。
ああ、楽しみ。またあの騎士を使おう。金を送ってこちらへ呼ぼう。何ならわたくしの護衛に付けても良いわね。時々可愛がってやれば悦ぶでしょう。
目を細めた姫君は、夫の膝に抱かれながら楽しい思惑に歓喜していた。
これから夫の生家が商う商会に、ドレスを選びに行くのだ。
王都で最も人気が高いのが、あの忌々しい前妻の商会だと言うのが腹立たしいが、嫁いだ侯爵家でも商会を経営している。
母国の王家からは、多額の持参金も得ているのだから、直に夫の家の商会こそこの国一番になるだろう。
ああ、楽しみ。
何度目か分からない呟きを胸の内で繰り返した。
馬車が止まって扉が開き、先に夫が降りた。
夫が振り返ってこちらへ手を伸ばす。その手を取って馬車を出て、ステップから地面に降りた。
目の前に商会の入口があるのだと思ったら、今日は珍しく客で混み合い少し離れた所に馬車を停めたのだと云う。
「姫様、僕が抱き上げるから大丈夫です。」
可愛い夫が可愛い事を言う。
「宜しくてよ。わたくし自分で歩けるわ。貴方の店をゆっくり見てみたいもの。」
そう答えてリシャールに手を取られ、入口を目指して歩き出した時であった。
暴漢に襲われた。いや、暴漢ではなくて喧嘩の巻き添えとなったらしい。
全ては後から解った事だが、商会のある通りで男二人の喧嘩が始まった。
どちらも貴族であるらしく、些細な事が切っ掛けで口論となった様だ。片方が手袋を相手の足元目掛けて投げ捨てて、もう片方がそれを拾い上げた。
共に帯剣していたらしく、互いに剣を抜く。
決闘が始まる。
周囲は固唾を呑んで見守って、誰かが衛兵を呼びに行ったが衛兵は未だ来ない。
両者睨み合いが続き、僅かに空気が揺らいだと思ったら、片方がやあ!と斬りつけた。
対する相手がそれをひらりと身を翻して受け流したのを、斬りつけた男の方は勢い余って止められず思わず前に走り出た。剣を頭上から振り下ろしながら。
そこには真逆の姫君が居合わせた。
何と不運な偶然であろう。
振り下ろされた刃は、姫君の眉間から弧を描く様に左の目を切り潰し、頬を通って唇を上下斜めに真っ二つに切って割った。そのまま顎まですっかり切り終えて、漸く刃は力を失った。
四方から轟く悲鳴に衛兵を呼ぶ声。
医者を頼む、誰か誰かと叫ぶ声。
幼子の泣き声が響く。
そうしてその中央には、血飛沫を空高く舞い上がらせ貴族夫人が仰向けに仰け反っていた。
四方八方泉の様に真っ赤な鮮血が飛び跳ねる。いつまで湧くのか止まらぬ鮮血。
それを抱える夫君も、顔も身体も真っ赤に染まって、血飛沫を真正面から受けていた。
直に担架に乗せられた夫人が医院へと運ばれる。血塗れの妻に血塗れの夫が付き従う。
姫様、姫様、声を枯らして叫ぶ夫の声が辺り一帯に響いていた。
惨状の後に残された人々は、決闘の巻き添えをまともに受けた貴族夫人を気の毒に思った。
街は騒然となっていたから、誰も彼も気が付かなかった。
あの決闘をしていた二人は、一体何処ヘ行ったのか。
剣を振り上げるた男が、頭上に高く掲げた剣を夫人の正面で振り降ろしたのは多くの人々が目撃していた。
剣が振り降ろされると同時に、夫人の顔面は血飛沫の源泉となり、辺りは血の海と化した。
その肝心の男達が見当たらない。
何処から来て、どうしてこんな大通りのど真ん中で決闘話になったのか。そして彼等は一体何処に消えたのか。二人共、それほど逃げ足が速かったのか。
衛兵は何をしていた、詰所は直ぐそこであるのに。
謎だらけの惨事であったが、ひとつだけ確かに分かっていたのは、うら若き貴族の夫人が刃でもってそのお顔を真っ二つに切り裂かれてしまったと言うことだろう。
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