11 / 60
【11】
しおりを挟む
騒ぎに教師は直ぐに気が付いた。
しかし、彼はアテーシアの言葉に胸を打たれて直ぐには動かなかった。
彼は元は辺境を護る騎士であったが、怪我が元で現役から退いた。それからは、後進の指導育成の為に、王立貴族学園にて教職に就いたのである。
『本懐の為なら我が身を捨てる勇気とは、言葉で言うより重いものです。彼等は恐怖も痛みも乗り越えて主に仕える』
アテーシアは騎士を称してそう言った。そうしてそんな騎士を尊いとも。
騎士とは兵士とは、戦場では使い捨てとなる身の上である。国家の為に主君の為に、生涯の忠誠を誓いその身を捧げるのである。
だが、その存在価値をどれ程の人間が認めているのだろう。
王城勤めの近衛騎士なら舞台男優並みの人気であるが、土臭い、血と汗と泥に塗れた騎士を、と、尊い、尊い(大事なことだから2回言ってみた)だなんて、そう言ってくれるだなんて。
しかもアテーシアは、最初の素振り稽古1000回を、997回まで終えていた。それをあの小童が邪魔立てするから最後まで出来なかったじゃないか。
教師はそこで決意した。
良いだろう。どちらが果たして舐め腐っているのか、真正面から対戦してみれば解るだろう。
「何を騒いでいる?」
何気に今気が付きました的な風を装って近寄れば、
「ちっ」
パトリックが舌打ちをする。
小童。恥を知れ。
「諍いか?」
「いえ、リンジー侯爵令息様に騎士を舐めているのかと問われましたので、違うとお答えしておりました。」
そうだろう、そうだろう。私も確かに聞いていた。教師はふむふむと頷く。
「丁度良かろう。騎士科らしく諍い事は模擬戦にて決着を付けよう。」
「はっ」
教師の言葉にパトリックが軽薄な笑いを漏らした。こんなぱっつん娘、一捻りだ。泣かせてやろう的な笑いである。
パトリックの剣も当然模擬剣であるが、彼の剣はロングソードである。ただ、グリップには華美な装飾が施されており、そんなゴテゴテしていては両手で握るのに邪魔になるのではないかと思われた。
両手剣のロングソードは長く重い。そもそも剣に慣れるまで訓練が必要であるし、上手く扱える様になるまでも鍛錬を要する。そうして重い剣を扱う体力も要る。模擬剣とは云えロングソードを携えているというのは、それだけで剣の熟練、実力者だと言って良い。
対してアテーシアのレイピアは、一般的な剣であり、小柄な女子が持つにも適していた。
ヒルト部分が芸術的な装飾のレイピアが貴族の間では人気であるが、アテーシアのそれは無駄の無いシンプルな、そうして小柄な彼女に合わせて小さめに造られた剣であった。
教師が間に立ち、二人が向き合う。
ギャラリーは、二人を取り囲む生徒達ばかりではない。騒ぎに気付いた他の学年の生徒達も、校舎の窓を開けて眺めている。その中には職員室も含まれた。
勝負は一瞬であった。
やあ!と両手で大きく剣を振り被ったパトリックが、試合開始の掛け声が終わるや否や一気に距離を詰めて切り込んで来た。そのガラ空きの腹を、アテーシアは真正面から踵で蹴り倒した。手にしたレイピアは、パトリックが両手で振り被ったロングソードを片手で受け止めていた。
打ち重なった剣から火花が散った。
令嬢相手にどれ程の力で振り被ったのか。真逆、本気で殺めようとしたのか。それが真であるなら余りに卑怯、騎士道から外れている。
振り被る剣、受け止めるレイピア、同時にアテーシアの踵がパトリックの腹にめり込む。僅かな一瞬の情報量が多過ぎて、観ていた者は何が起こったか判断が追いつかなかった。
ただ、パトリックが騎士道にも貴族紳士にも外れる卑劣な行動に出た事と、それを乙女の片手で往され蹴り転ばされた事の二点ばかりは確かであった。
「お言葉は?」
「くっ、ま、参ったっ」
パトリックは、暫く声を殺していた。
踵が入った腹が痛むのだろう。
背中から転がり後頭部を打ち付けたのだから、頭も背中も痛むだろう。
アテーシアは、土埃に塗れたパトリックが痛みを逃すのを待っていた。そうして、そろそろもう良いかな?と云う頃合いで尋ねてみた。
痛みか屈辱か、その両方か。
パトリックは悔しげに負けを認めたのである。
「シア嬢!やったな!」
フランシスが駆け寄って来て、そこで膠着が解けた様に皆が正気に返る。おおぉぉ!!と歓声が湧き上がり、フランシスに両手で頭をくしゃくしゃに撫でられながら、アテーシアは「ふふ」と笑った。
いつもの鍛錬通りに動いただけが、こんなに褒めてもらえるだなんて。
学園ってパラダイスだわ。
まるで女軍神アテーナが、ぴたりと寄り添い歓びを分かち合う様であった。
未だ転がるパトリックに、エドモンドが手を差し出す。直ぐには起き上がれない様で、リチャードが肩を貸して起き上がらせた。
騎士科はアンドリューも選択していた。よって彼の側近候補のエドモンド、パトリック、リチャードの三人も共に騎士科にいた。
彼等が側近候補の失態をどう思うのか、アテーシアには解らない。何故なら彼女は、それから集まった生徒達に持ち上げられんばかりの勢いで揉みくちゃにされていたから。
しかし、彼はアテーシアの言葉に胸を打たれて直ぐには動かなかった。
彼は元は辺境を護る騎士であったが、怪我が元で現役から退いた。それからは、後進の指導育成の為に、王立貴族学園にて教職に就いたのである。
『本懐の為なら我が身を捨てる勇気とは、言葉で言うより重いものです。彼等は恐怖も痛みも乗り越えて主に仕える』
アテーシアは騎士を称してそう言った。そうしてそんな騎士を尊いとも。
騎士とは兵士とは、戦場では使い捨てとなる身の上である。国家の為に主君の為に、生涯の忠誠を誓いその身を捧げるのである。
だが、その存在価値をどれ程の人間が認めているのだろう。
王城勤めの近衛騎士なら舞台男優並みの人気であるが、土臭い、血と汗と泥に塗れた騎士を、と、尊い、尊い(大事なことだから2回言ってみた)だなんて、そう言ってくれるだなんて。
しかもアテーシアは、最初の素振り稽古1000回を、997回まで終えていた。それをあの小童が邪魔立てするから最後まで出来なかったじゃないか。
教師はそこで決意した。
良いだろう。どちらが果たして舐め腐っているのか、真正面から対戦してみれば解るだろう。
「何を騒いでいる?」
何気に今気が付きました的な風を装って近寄れば、
「ちっ」
パトリックが舌打ちをする。
小童。恥を知れ。
「諍いか?」
「いえ、リンジー侯爵令息様に騎士を舐めているのかと問われましたので、違うとお答えしておりました。」
そうだろう、そうだろう。私も確かに聞いていた。教師はふむふむと頷く。
「丁度良かろう。騎士科らしく諍い事は模擬戦にて決着を付けよう。」
「はっ」
教師の言葉にパトリックが軽薄な笑いを漏らした。こんなぱっつん娘、一捻りだ。泣かせてやろう的な笑いである。
パトリックの剣も当然模擬剣であるが、彼の剣はロングソードである。ただ、グリップには華美な装飾が施されており、そんなゴテゴテしていては両手で握るのに邪魔になるのではないかと思われた。
両手剣のロングソードは長く重い。そもそも剣に慣れるまで訓練が必要であるし、上手く扱える様になるまでも鍛錬を要する。そうして重い剣を扱う体力も要る。模擬剣とは云えロングソードを携えているというのは、それだけで剣の熟練、実力者だと言って良い。
対してアテーシアのレイピアは、一般的な剣であり、小柄な女子が持つにも適していた。
ヒルト部分が芸術的な装飾のレイピアが貴族の間では人気であるが、アテーシアのそれは無駄の無いシンプルな、そうして小柄な彼女に合わせて小さめに造られた剣であった。
教師が間に立ち、二人が向き合う。
ギャラリーは、二人を取り囲む生徒達ばかりではない。騒ぎに気付いた他の学年の生徒達も、校舎の窓を開けて眺めている。その中には職員室も含まれた。
勝負は一瞬であった。
やあ!と両手で大きく剣を振り被ったパトリックが、試合開始の掛け声が終わるや否や一気に距離を詰めて切り込んで来た。そのガラ空きの腹を、アテーシアは真正面から踵で蹴り倒した。手にしたレイピアは、パトリックが両手で振り被ったロングソードを片手で受け止めていた。
打ち重なった剣から火花が散った。
令嬢相手にどれ程の力で振り被ったのか。真逆、本気で殺めようとしたのか。それが真であるなら余りに卑怯、騎士道から外れている。
振り被る剣、受け止めるレイピア、同時にアテーシアの踵がパトリックの腹にめり込む。僅かな一瞬の情報量が多過ぎて、観ていた者は何が起こったか判断が追いつかなかった。
ただ、パトリックが騎士道にも貴族紳士にも外れる卑劣な行動に出た事と、それを乙女の片手で往され蹴り転ばされた事の二点ばかりは確かであった。
「お言葉は?」
「くっ、ま、参ったっ」
パトリックは、暫く声を殺していた。
踵が入った腹が痛むのだろう。
背中から転がり後頭部を打ち付けたのだから、頭も背中も痛むだろう。
アテーシアは、土埃に塗れたパトリックが痛みを逃すのを待っていた。そうして、そろそろもう良いかな?と云う頃合いで尋ねてみた。
痛みか屈辱か、その両方か。
パトリックは悔しげに負けを認めたのである。
「シア嬢!やったな!」
フランシスが駆け寄って来て、そこで膠着が解けた様に皆が正気に返る。おおぉぉ!!と歓声が湧き上がり、フランシスに両手で頭をくしゃくしゃに撫でられながら、アテーシアは「ふふ」と笑った。
いつもの鍛錬通りに動いただけが、こんなに褒めてもらえるだなんて。
学園ってパラダイスだわ。
まるで女軍神アテーナが、ぴたりと寄り添い歓びを分かち合う様であった。
未だ転がるパトリックに、エドモンドが手を差し出す。直ぐには起き上がれない様で、リチャードが肩を貸して起き上がらせた。
騎士科はアンドリューも選択していた。よって彼の側近候補のエドモンド、パトリック、リチャードの三人も共に騎士科にいた。
彼等が側近候補の失態をどう思うのか、アテーシアには解らない。何故なら彼女は、それから集まった生徒達に持ち上げられんばかりの勢いで揉みくちゃにされていたから。
4,749
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
過去に戻った筈の王
基本二度寝
恋愛
王太子は後悔した。
婚約者に婚約破棄を突きつけ、子爵令嬢と結ばれた。
しかし、甘い恋人の時間は終わる。
子爵令嬢は妃という重圧に耐えられなかった。
彼女だったなら、こうはならなかった。
婚約者と結婚し、子爵令嬢を側妃にしていれば。
後悔の日々だった。
眠りから目覚めた王太子は
基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」
ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。
「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」
王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。
しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。
「…?揃いも揃ってどうしたのですか」
王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。
永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる