名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【12】

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「シア、凄かったわ、というより、弟が申し訳なかったわ。ご免なさい。勝利を祝う言葉が先かお詫びが先か迷ってしまうわ。」

選択授業が終わって教室に戻れば、パトリシアが先に戻って待っていた。彼女は「淑女科」を選択していたので、着替えもなく教室には直ぐに戻ってこれらる。

「それから、その、何だか凄い御髪おぐしになってるわね。」

アテーシアのお下げ髪は、片方で三本、両方合わせて計六本に増えていた。

「有難うございます。あれを勝利と言うのかどうかは甚だ疑問でありますが、弟君の事でしたらお気になさらず。貴女がお謝りになる事などございませんわ。それから、この複数形の三つ編みは、騎士科の女子の皆様が結って下さったのです。その、乱れてしまいましたので。」

パトリックを蹴り倒してから、熱狂する学生達にわしゃわしゃ頭を撫でられたアテーシアは、頭が鳥の巣状態であったのを着替えの際に女子等が結い直してくれた。
「お下げ髪でお願いします」とリクエストをしたら、本数が三倍に増えていた。

「いや、シア嬢、あれは凄かったよ。あの勢いをどうやって受け止めたの?」

アテーシアより早く教室に戻っていたフランシスの問い掛けに、「重心の位置でしょうか」と答えれば、

「あの体勢で?君、片足立ちだったよね」
と返された。

「それにしても鮮やかだったよ。見惚れてしまった。まあ、一瞬の事で見惚れるのも一瞬しか出来なかったけど。レイピア大丈夫だった?刃こぼれしてない?」

「大丈夫です。元より刃を潰しておりますし。あの剣は腕の良い刀鍛冶が作刀しましたの。ああ云う場面で良く堪えてくれます。」

深く聞けば聞くほど質問したい事が増えてくる。シア嬢一体何者?アテーシア達三人の会話を周囲は耳を象にして聞き耳を立てていた。


そうこうする内に、高貴な集団が戻って来た。
三つ編みする訳でも無いのに随分お着替えに時間が掛かるのね、やはり見目の麗しいお方とは身支度も入念なのだわ。

そう思ったアテーシアの席、厳密にはアテーシアと机を並べるフランシスの席の横を集団が通る。
アンドリューは、教室に入るのにいつも後ろ側を通る。彼は中央席なので、前からでも後ろからでも良いのだろうが、大抵後ろから、しかもフランシスの席側の通路を通るから、毎回毎回パトリックに「ちっ」と舌打ちをお見舞いされるのだ。

疲れないのかね、毎回律儀に舌打ちしちゃって。全く以ってご苦労な事だ。

しかしこの時は、恒例の舌打ちは聴こえて来なかった。
そうして、あれ?パトリックがいないぞと気が付いたと同時に、通り過ぎた筈のアンドリューが立ち止まり、そうしてくるりと振り返った。

振り返る素振りすら王族の風格を纏って見える。凄いわ、と感心するアテーシアをアンドリューが見る。

「済まなかったね、シア嬢。此度は迷惑を掛けた。」

それはパトリックの事かしら。
思い当たるのはそれしか無かったから、

「殿下から謝罪を頂戴する事ではございません。」
と、答えた。

「彼には少し反省してもらう事にしたよ。無礼な行為が過ぎたからね。」

アンドリューの言葉に、どう答えて良いのか迷ってしまう。アテーシアは別にパトリックに謹慎を望んではいなかった。

アンドリューは数秒アテーシアを見つめてから、前に向き直り席へと歩いて行った。

「何か答えるべきだったのかしら。」
「う~ん、微妙なとこだよね、下手を言っては不敬になるし。」
「あそこはシア、有難うございますで宜しかったのではなくて?」
「え?」
「確かに。君、殿下の謝罪を受け取らなかったからね。」
「え!」

あの間合いは、謝罪を受け取りましたとアテーシアが答えるのを待っていたと言うのだろうか。

「会話って難しいですわね。私、どうやらそういう機微と言いましょうか、気配を読むのが不得手なのです。」

「どれだけ純粋培養されてたの?」

「確かに。言われてみれば温室栽培に近い養育をされておりましたわ。」

「自覚があるんだ。」

フランシスと会話をしながら、アテーシアは気が付いた。

「心配なので?ええっと、パ、パトリシア。」

最近、アテーシアとパトリシアは敬称呼びを辞めて名前で呼び合っている。パトリシアがそうして欲しいと言うので承知したが、アテーシアはそれが照れくさくて慣れないでいた。

「ああ、弟?いいえ。反省が必要なのは確かだわ。お兄様がご覧になったら厳しい注意を受けたと思うし。実際、今夜あたりお叱りを受けるのではないかしら。ああ、私達の兄はとても厳しいお人なの。
それに、ご免なさい。弟が貴女に無礼を重ねるのは私と関わっているからね。それってとても迷惑な事よね。」

パトリシアが眉を下げる。
アテーシアは彼女がこの表情をする度に胸がつきんと疼く。彼女にこんな表情は似合わない。

「貴女は私のお友達ですわ。自慢じゃあ無いけれど、私、お友達が0ゼロでしたの。貴女はお友達第1号です。」

「ふうん、じゃあ僕は2号になろうかな。」
「二号さん?」
「まあ、シア、それは危ない呼び名ね。」
「君の愛人って、ふっ、照れるね。」

そんな不埒な会話を交わしていたからか、

「んっ、んっ、」

誰かが咳払いをした。
しまった、注意を受けてしまったわ。
そう思いさっと前方を見渡すと、碧の瞳とぶつかった。

アンドリューの側近候補エドモンドが、こちらを振り向いていた。アンドリューの耳に下世話な会話が届かぬ様に注意を促しているのだろう。

凄い地獄耳だわ、と驚きながら、取り敢えずすみませんの意味を込めてアテーシアはちょんと頭を下げた。




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