名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【35】

アンドリューとカロライナの関係と、それがアテーシアに及ぼす結末について、それらに関してをアテーシアが今の今まで考えなかった訳では無い。

それはあの日、微笑み寄り添い合う二人の姿を目にした時に、瞬時に悟った事である。だから、両親にも自身の状況について目にした事を含めて明かしたし、父は諸々を鑑みてアテーシアが辺境伯領に赴く事を許してくれた。

アテーシアは覚悟を決めて此処へ来た。
騎士としての道を真剣に模索していたから、アンドリューから望まれていない婚約者という立場については、辺境伯領での日々に飽かせて熟考するのをすっかり放棄していた。それがアンドリューからの文への返事を書かなかった理由の一つでもあった。

シアで生きてみて思ったのは、息がしやすい事だった。
領地を持たない子爵位というのは、アテーシアにとって程良い身分に思われた。騎士としての道が開けるのなら、婚約者から降ろされて疵の付いた独り身となっても、新たな婚姻の為に頭を悩ませずとも良いだろう。

アンドリューとの視察の間、アテーシアは放り投げていた課題、アンドリューとの関係の終息とその先の人生についてを考えていた。
視察はどれもアテーシアがシアとして、既に見聞きし確かめ報告していたもので、やはりアンドリューはその裏取りの為に辺境伯領へ来たらしかった。
決してアテーシアに会う為ではないのに、そこにアテーシアがいるものだから婚約者に会うという名目にすり替えたのだろう。


要するに。お互い無理に関係を深めようと、これ以上見せ掛けの婚約者におもねることは無用だろう。
偽りに偽りを重ねる苦しさなら、つい先日嫌と言うほど味わった。
思い切りの良さが取り柄であるアテーシアは、きっぱりすっぱり割り切った。

だから、思考を深めるあまり窓の景色を眺めるばかりのアテーシアに、

「君は辺境の風景が余程お気に召したのか、私を忘れる程には。」

アンドリューから掛けられた皮肉めいた言葉に心底驚いた。

どの口が言ってるんだ?
偽りの愛であるからと、価値がある様に見せ掛けて欠陥品を贈るだなんて、そんな明白あからさまなことをしておいて。
あれは無い。アンドリューは、本命カロライナに贈る為の前段階の試作品を、つまりは紛い物をアテーシアに充てがった。

アテーシアにとっては記念すべき成人に達する誕生日であった。よくそんなえげつない事を思い付くな。考えれば考えるほど呆れ返るし哀しくなる。
そう、アテーシアだって哀しくなるのだ。伴侶として生きる事を自身に与えられた命だと理解して励んできた。

望まない婚姻であるなら、アンドリューは正攻法で堂々と婚約解消してくれれば良かったのだ。アテーシアはそれで傷付いたかも知れないが、その方が余程すっきりしただろう。
囲うように生徒会室でこそこそこそこそ、コソコソしてたのだろう?

何故、目の前のアンドリューが眉を下げて見つめてくるのか全然理解出来ない。
アンドリューの巫山戯た問い掛けるには、
「気の所為ですわ」と微笑みで答えた。


アテーシアが嘆願した諸々は、アンドリューが対応する事案となって、改革された事柄はアンドリューの王太子としての実績になるらしかった。そうしてもう一つ、王太子の差配による事業についても進展があった。

「薔薇が、品種改良を重ねていた薔薇が、漸く完成出来そうなんだ。」

その日も近郊を視察する予定で、朝餉の席で大凡のスケジュールを聞いていた流れで、アンドリューは『Queen's rose 王妃の薔薇』が完成間近である事を伝えてきた。

アテーシアは、それにどう返答すれば良いのか少しばかり思案して、「お目出度うございます」と答えた。

「実に美しい色なんだよ。」

誕生祝いに贈られた紫の差す青い花弁を思い出す。完成品には至らなくても既に十分美しい薔薇であった。アンドリューがカロライナに向ける確かな思慕と熱意が窺われた。

アテーシアは、それには答えずお茶のお代わりを給仕に頼んだ。辺境伯領は茶葉の名産地で、今はセカンドフラッシュの紅茶を楽しめる。初摘みの青々しさから香りを深めた茶葉は、ストレートでもミルクを加えても美味である。

パトリシアには、文と一緒に茶葉を送っていた。彼女は多分寮に戻っているだろうから、宛先は学園寮にした。
パトリシアはどうしているだろう。無性に彼女に会いたいと思った。

「興味は無いのかな。」

アテーシアが薔薇の完成を喜ばないのを指しているのか、アンドリューは話題を終いにしなかった。

「殿下のご尽力が実り、誠にお目出度い事であると思っております。」
「ふうん。」

アンドリューも二杯目のお茶をもらって、その香りを楽しみながらひと口含む。

「見たいと、思わない?」

薔薇の話題はまだ続いていた様で、アンドリューは余程完成した事が嬉しいのだろう。それはカロライナへ贈られるものであるから、アテーシアには答える事が憚れた。

「機会があれば。」

『Queen's rose 王妃の薔薇』は何れ市場に流通する。いつかアテーシアが目にする事もあるだろう。

その頃には、今はアテーシアを見つめる鮮やかな青い瞳を、見ることは無くなっているのだろうけれど。




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