名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【50】

途中の休憩ポイントで、アテーシアはパトリシアに宛てて文を書いた。辺境伯領からの帰路にある事、元気にしていたことを書き記した。
パトリシアからは何も聞いていないから、エドモンドとの婚約についても、彼女が寮を出たことにも、触れることはしなかった。

送り先をどうしようか思案していると、アンドリューが預かると言う。王城へ送る書簡と一緒に送ってくれるのだと言う。

友人への文を王城経由で送るだなんて。
だがアテーシアは、もう難しい事を考えるのは辞めにした。どんなに足掻いてもこの婚約者にアテーシアは敵わない。
アンドリューはアテーシアに「敵わない」と言ったが、それはこちらの台詞である。アテーシアは既に降参していた。

アンドリューは賢明な王子である。腹黒さも彼のアイデンティティであると思えた。アンドリューが考える事に、アテーシアが遠く及ばないのはもう解っていた。

「お願い致します。」
「確かに。」

抗議したい事なら一つだけあった。
アテーシアは子爵令嬢シアとしてパトリシアに文を書いた。本来の身分を明かすのは、直接会って話したかった。

それなのに。

「便箋は私のを使いたまえ。」

流石にそれは不味いだろう。
便箋には鮮やかなロイヤルブルーのラインが入っている。封筒には王家の紋が押されている。そんなの子爵令嬢が使えるものでは無いだろう。

「そんなの無理に決まっているでしょう!貴方からくすねたと疑われてしまいます!」

「大丈夫だよ。私がそう言って大丈夫でなかったことがあったかな?」

「そ、それはっ、」

「君はもっと私を信用するべきだ。そうだな、王都に着いたなら君の邸にパトリシア嬢を呼ぼう。聡い彼女はそれで全てを悟るだろう。君は何も説明ぜすとも良い。一石二鳥というやつだ。」

何が一石二鳥だ。ツッコミどころ満載だ。

「そうだな。ついでにエドモンドも呼ぼうかな。」
「それだけは勘弁なさって。」

王国の筆頭公爵家に、王太子とその婚約者である公爵令嬢と、それに加えて公爵令息と侯爵令嬢が集結する。濃すぎだろう。なんなら家には兄もいる。アンドリューの御代の中心人物ばかりである。

何とかアンドリューの暴挙を収めたアテーシアに、アンドリューはほんの少し真面目な表情で教えてくれた。

「パトリシア嬢は、君が思う様な冷遇は受けていない。」
「それは本当ですの?」
「ああ。彼女の両親も兄も、勿論パトリックも。」
「えっ、でもパトリック様はいつも失礼な態度でいたわ。」
「パトリックは不器用なんだ。姉を嫌っている訳では無い。」
「全くそうは見えませんでした。」
「うん、不器用だからね。リンジー侯爵夫妻は寮にいる方が彼女にとっては過ごしやすいと考えたのだろう。パトリックはそれが面白くなかった。追い出した訳では無いのだと、彼女がもっと堂々としているべきだと、少しばかり強く当たったのだろう。」
「あれの何処が少し?」
「まあ、不器用な男だからね。激昂が過ぎて君に本気で斬りつけるくらいには。」
「あれしき。」
「君ならそう言うと思った。私はその点だけは今も許していないがね。」

うっかりパトリックの話しで肝心なパトリシアの話題から逸れてしまった。

「殿下。パトリシア自身は家族とは疎遠であると思っているわ。だから私は彼女を自由にしてあげたかった。学園を卒業したなら帝国に渡って大学に入るのだと、そうして学者か教育者となって独り立ちするのだと言った彼女が、家からも身分からも、理由の分からない可怪しな言い伝えからも自由になって、彼女らしい幸せを掴んで欲しいと思っていたの。」

「知っているよ。」

「パトリシアの夢が潰えてしまったわ。エドモンド様と結ばれて公爵夫人となるのを不幸と言っているのではないのです。ただ、パトリシアが未来を語る姿が忘れられないの。どちらが幸せだなんて解らないけれど、もうパトリシアは学者にも教育者にも、帝国大学に通う事も出来なくなる..」

「帝国大学には行けるだろうよ。勿論合格したならではあるが。」
「それはどう言う意味?」
「エドモンドも帝国大学へ進学する。彼には帝国で色々学んでもらわねばならない。それは私の治世の為にも。パトリシア嬢はエドモンドに帯同する事になる。二人には、帝国で学んでこの国に新たな風を運んでもらおうと思っている。だからこそ、学園を卒業するまでに公爵家で夫人としての教育を受けるのだろう。」

そう言ってアンドリューは、驚くアテーシアの頬を撫でた。今、撫でる必要あったかな?

「アテーシア。パトリシア嬢を疎んじていたのは前侯爵夫人だ。彼女の祖母だよ。信仰が過ぎる余りにいにしえの伝説に傾倒していた。
彼女はなかなか苛烈な気質でね。幼いパトリシア嬢への当たりが強いのを、母方の祖父母が案じて彼女を金銭的に支援する程には、厳しい態度であったのだろうな。
彼女と他の家族の居室を離したのもその祖母だ。彼女の両親はそれを止める事が出来なかった。せめてパトリシア嬢が気楽に過ごせる様にと寮に入れたのだろう。
だから、彼女が帝国大学に進学して独り立ちしたとしても、きっと反対はしなかっただろう。」

「パトリシア嬢は、彼女が思うよりは、ちゃんと家族に愛されている。」

アンドリューの言葉に、アテーシアは折角止まった涙が再び溢れ出た。それを甲斐甲斐しくハンカチでアンドリューが拭うのも、されるがままになっていた。


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