名前が強いアテーシア

桃井すもも

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【53】

「パ、パトリシア、頭を上げて頂戴っ」

「そうは参りません。知らなかった事とは云え、これまで貴女様に気安く接しておりました無礼をお侘び申し上げます。」

「お願いっ、辞めて下さい、そんなのではないのです、全て私の我が儘だったのです。殿下と疎遠になり過ぎて、今更一緒に学園に通うだなんて考えられなくて、それで、それで従属爵位を貰い受けて、」

「まあ、シア、貴女、本当に子爵位を譲られていたの?」

思わず慣れ親しんだ口調になってしまって、はっと互いに顔を見合わせた。

「ふふ」「ふふふ」

二人同時に笑いを漏らす。

「騙すつもりは無かったのです。元より何れは家を出て、辺境騎士になるのだろうと覚悟をしておりました。そうして貴女を、何としてでも侯爵家から連れ出したかった。貴女が夢を叶えるのを少しでも手助けしたいと。真逆ライバルエドモンドが現れるだなんて思わなかったから。貴女を救い出すナイトは私だけだと過信しておりました。でも、貴女が幸せになるのだと殿下から聞いて、それで私...」

紺碧の瞳がみるみる内に潤んでゆく。瞬きしたならぽろりと雫が零れてしまうと、アテーシアは目を見開て瞬きを堪えた。

「パトリシア、貴女は私の大切な友人1号です。今までもこれからも、変わることなんて有り得ない。」

「シア、いえアテーシア様、」「して下さい、敬称なんて無用です。アテーシアと、呼んで下さる?」

大きな瞳を潤ませて上目遣いにするのは、老若男女共通で心を擽る威力がある。
パトリシアは密かに思った。この大きな瞳に上目遣いにされてはアンドリュー殿下もたまったものでは無かっただろう。

それからアテーシアは、アンドリューとの幼い頃からの経緯を掻い摘んでパトリシアに話した。途中、残念なものを見るような眼差しを向けられたのは気付かないフリをした。

残念なアンドリューに残念なアテーシア。不器用さんが二人揃ってしまうと、これほど拗れて面倒な事となってしまうのか。まあ、結果良ければ何とやら。パトリシアは、賢く清廉で聡明な二人が、とてもよく似ていると思った。そうして、道理でちょいちょいアンドリューが学園で絡んで来た筈だと納得した。

「それで、パトリシア。私は貴女の口から是非ともお聞きしたかったのです。」
「...何を?」
「しらばっくれても駄目ですわ。エドモンド様との経緯をつまびらかにお教え下さいませ。」

大きな瞳を上目遣いにして強請られて、パトリシアは白状せずには居られなかった。

「夏季休業に入って、邸に戻ったその日に、エドモンド様から文が届いたの。それで婚約したわ。」
「短いっ。それって起承転結の承と転が抜けてますよね!何事も経緯とは大切です。そこをもっと詳細にっ」

粘るアテーシアにパトリシアはその内情を吐かされた。

「その、ええっと、幼い頃から私の事を、何というのかしら、ええっと、」

ううう、もう、じれったいっ!でも、これよこれよね、恋路の醍醐味とは!
『週刊貴婦人』を熟読しているアテーシアは、ついつい恋愛小説と友人のコイバナを並べ比べて感激してしまう。

「その、私の事をお気に召して下さっていたようで、それで、って、私の事より貴女よ、アテーシア!いつ何処でどうなってあんなに殿下とのラブラブになったの?!」

ラブラブとは、最近王都で流行りの言葉で、LOVEにLOVEが重なって猛烈LOVEになった状態を言うらしい。

思わぬ展開で矛先がこちられ向かって、アテーシアは焦った。殿下とLOVE、殿下とLOVE。頭の中にラブラブコールが鳴り響く。

こうしてアンドリューの執務室の応接間で、乙女達はコイバナに花を咲かせた。
アンドリューが扉に耳を押し当てて、盗み聞きしようとするのはエドモンドが引き剥がした。


漸く王城を辞する事を許されたのは…夕刻になってからだった。辞したのは確かなのだが、当たり前の様にアンドリューが付いて来た。
今だパーテーションが設置されたままの馬車内で向かい合わせに座りながら、アンドリューは「婚約者を、送り届けるのは婚約者の役目だよ」とやたら『婚約者』を強調した。

邸に帰るのは久しぶりで、初めての長旅の事や辺境伯領での暮らしや、美しい自然に辺境伯夫妻との交流など、話したい事は山ほどあった。

「山ほどあったのは分かったが、そこに私の話題が無いのはどうしてだろう。」

余程読心術に長けているのか、アテーシアの思考を正確に読み取ったアンドリューが抗議する。全く以て侮れない婚約者である。心持ちパーテーションを爪先で押しやって、抗議の仕返しをした。

押されたら押し返すの鉄則で、アンドリューが爪先でパーテーションを押し返してくる。元の位置より大分こちら側にずらして来るところが小賢しい。
殿下のくせに生意気だな、ほら、どうだとアテーシアが再度押し返す。押しては寄せる波のようにパーテーションが二人の間を行き来する内に馬車は公爵家に着いていた。



家族総出のお出迎えであった。
玄関ポーチが賑やかに感じられた。何故兄が帯剣しているのかは、深く考えない事にした。

公爵邸に到着して、パーテーションを避けながらアンドリューが先に馬車を降りて、こちらに向かって手を差し出した。両手を差し出して来たので、右?左?どっち?とアテーシアが迷う内に、両脇に手がするりと入って抱っこの体勢で降ろされた。

それからは、ベンジャミンとボンジャミンがちょっと有り得ない近さでアテーシアに付き従い、たかだか馬車から玄関ポーチまでの距離であるのに、通路はピリピリとした厳戒ムードが漂っていた。

「おかえりなさい、アテーシア。収まるところに収まったわね。それは目出度いのかどうか私には迷うところよ。詳しい話し?いいえ結構よ、王妃陛下から逐一お話しを伺っていたから。旦那様は黙っていて頂戴な。丁度良いところなの。この盆暗王子様に話して聞かせたい事が幾つかあるの。いつくかとは「章」ですわよ。「章」から更に「話」へ細分化されるから、無数と言っても良いかしら。」

公爵夫人の追及は厳しいものであった。
それにアンドリューが一つ一つ丁寧に答えて行くうちに、夫人の眼差しは和らぎながら残念な者向けられるものと化していった。それはアテーシアに対しても同様で、不器用さんが二人揃ってしまうと、これほど拗れて面倒な事となってしまうのかと、パトリシアと同じ考察に辿り着いたのであった。


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