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第一章
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自分が幽閉されたのだと、ルドヴィカにもわかっていた。
王都から馬車で十日も揺られてきた、ここは王国の北に位置する王領である。
屋敷の窓から麓が見えている。白い雪に覆われた麓の街には関所があって、堅牢な要塞である門の周囲は常に憲兵が見回りをしている。
ルドヴィカがどれほど小柄であっても、あそこを掻い潜る隙間なんてものはないだろう。
石造りの屋敷は山の中腹にあって、背後にはせり立つ険しい山肌が見えている。冬の今は雪に覆われ、まるで天まで届く真っ白な壁に阻まれているように見えた。
たとえ山の頂まで辿り着いたとして、その向こうには更なる雪原が広がるだけだろう。
ここは王国の北に位置しており、南に下るにはあの関所を越えて遥か向こうの大地を進まなければならない。
側妃になることを拒んだ。
それで離縁されても構わなかった。むしろ、そうしてくれたらよかったのに。そうすれば、こんな雪と氷に閉ざされた、王領なんて名ばかりの僻地に使用人まで連れてこなくても済んだのに。
使用人たちと言っても、それほど数は多くない。ルドヴィカは門扉より外へ出ることはないのだから、夫の寵愛を失った妃一人につける従者は極限られた人数しかいない。
執事と侍女とメイドと護衛騎士が一人ずつ、それから料理人と庭師のほかは馬番を兼ねた門番が一人。
ここは元は某伯爵家の山荘で、血縁者が途絶えた最後の女伯爵が終の棲家にしていた屋敷だという。
彼女の没後は領地とともに山荘も王家に返還されて、すでに数十年が経っていることは、マクシミリアンと婚約していた頃に聞いた話である。
あれは夏の盛りのことで、北の大地と聞いただけで、風光明媚な風景が思い浮かんで夏の暑さも柔らぐように思えたのだ。
婚約していたと言っても、それほど前のことではない。ルドヴィカがマクシミリアンに輿入れしてから、まだ二年しか経っていないのだから。
ルドヴィカは、バーナーズ侯爵家の子女だった。
夫となったマクシミリアンは王国の第一王子で、二人が婚約したときには、彼はすでに立太子していた。
王国には三人の王子がおり、彼らはいずれも王妃腹である。王には妃は王妃ただ一人で、王太子のマクシミリアンにしても、側妃の話なんてものは初めはなかったことである。
マクシミリアンとルドヴィカはともに二十歳。婚礼から二年が経っていても、まだ新婚と言っても差し支えないだろう。
子には恵まれてはいなかったが、二人の関係は決して悪いものではなかったと思う。
ルドヴィカは考える。
どれが正解だったのだろう。
大人しくマクシミリアンの言葉に頷けばよかったのか。側妃となって、彼と正妃の執務の補佐でもすればよかったのか。
仮に離縁を求めるにしても、生家の父を頼ってもっと穏便に話を進めていたらよかったのか。
なにせ、ルドヴィカは即答してしまったのだ。今すぐ離縁してほしいと。
その結果の幽閉である。
王都には郊外に王族専用の幽閉塔がある。同じ幽閉だとしても、せめてそこなら馴染んだ王都の風を感じながら老いさばらえることもできただろう。
なにもわざわざこんな冬の最中に十日も日をかけて、凍てつく土地に追いやる徒労をかける必要があったのだろうか。
しかも、ここまで来るには王家直轄の近衛騎士の精鋭が護衛に就いてくれた。
彼らとは妃時代からの顔馴染みであったから、ルドヴィカは自分の巻き添えを食った彼らに申し訳ない気持ちを抱いた。
ルドヴィカ様、お加減は如何ですか。
ルドヴィカ様、もう間もなく休憩となります。
彼らは最後までルドヴィカを労って敬うことを忘れずに、もうそれだけで「恐縮です」と思わずにはいられなかったのである。
しかも彼らとは別に、ルドヴィカには護衛騎士が付けられた。
ルドヴィカは、彼のことを王家の見張りだと思っているのだが、彼は自分のことを「護衛」だと言って憚らない。
付き合わされるように帯同してきた侍女は、ルドヴィカが輿入れの際に生家から伴った侍女である。
メイドは三十前後とおぼしき土地の女性で、彼女は麓から通っていたのだが、凍てつく雪道は通いに不便だろうと泊まることを勧めたら、その日から屋敷に住み込んでいる。
かつて、女伯爵が最後の日々を過ごした山間の山荘で、今は王太子に捨てられた妃が女主という名の囚われ人となったのである。
王都も雪は降るけれど、振り積もるのは稀である。ここでは、眼下に見える屋敷の庭木も雪を被って、深い雪は麓の要塞まで覆い隠している。うっかりすると、逃げ出せるのでは?と思わせる。
それが無理なことは、短い妃時代の公務で得た知識でわかっている。
ここは元々、王国の北の護りを担っていた。関所が要塞なのではなくて、元から要塞であったところを関所にしただけなのである。
古い時代、元々の国境線がここであり、今は山脈の向こうに位置する北の辺境伯爵領は、王国が長い戦の末に勝ち取った占領地である。
下っても要塞、登っても極寒の辺境伯爵領。
マクシミリアンは、ルドヴィカが逃げ場のない絶望を抱くことを知りながら、ここに封じ込めることを決めたのだろう。
王都から馬車で十日も揺られてきた、ここは王国の北に位置する王領である。
屋敷の窓から麓が見えている。白い雪に覆われた麓の街には関所があって、堅牢な要塞である門の周囲は常に憲兵が見回りをしている。
ルドヴィカがどれほど小柄であっても、あそこを掻い潜る隙間なんてものはないだろう。
石造りの屋敷は山の中腹にあって、背後にはせり立つ険しい山肌が見えている。冬の今は雪に覆われ、まるで天まで届く真っ白な壁に阻まれているように見えた。
たとえ山の頂まで辿り着いたとして、その向こうには更なる雪原が広がるだけだろう。
ここは王国の北に位置しており、南に下るにはあの関所を越えて遥か向こうの大地を進まなければならない。
側妃になることを拒んだ。
それで離縁されても構わなかった。むしろ、そうしてくれたらよかったのに。そうすれば、こんな雪と氷に閉ざされた、王領なんて名ばかりの僻地に使用人まで連れてこなくても済んだのに。
使用人たちと言っても、それほど数は多くない。ルドヴィカは門扉より外へ出ることはないのだから、夫の寵愛を失った妃一人につける従者は極限られた人数しかいない。
執事と侍女とメイドと護衛騎士が一人ずつ、それから料理人と庭師のほかは馬番を兼ねた門番が一人。
ここは元は某伯爵家の山荘で、血縁者が途絶えた最後の女伯爵が終の棲家にしていた屋敷だという。
彼女の没後は領地とともに山荘も王家に返還されて、すでに数十年が経っていることは、マクシミリアンと婚約していた頃に聞いた話である。
あれは夏の盛りのことで、北の大地と聞いただけで、風光明媚な風景が思い浮かんで夏の暑さも柔らぐように思えたのだ。
婚約していたと言っても、それほど前のことではない。ルドヴィカがマクシミリアンに輿入れしてから、まだ二年しか経っていないのだから。
ルドヴィカは、バーナーズ侯爵家の子女だった。
夫となったマクシミリアンは王国の第一王子で、二人が婚約したときには、彼はすでに立太子していた。
王国には三人の王子がおり、彼らはいずれも王妃腹である。王には妃は王妃ただ一人で、王太子のマクシミリアンにしても、側妃の話なんてものは初めはなかったことである。
マクシミリアンとルドヴィカはともに二十歳。婚礼から二年が経っていても、まだ新婚と言っても差し支えないだろう。
子には恵まれてはいなかったが、二人の関係は決して悪いものではなかったと思う。
ルドヴィカは考える。
どれが正解だったのだろう。
大人しくマクシミリアンの言葉に頷けばよかったのか。側妃となって、彼と正妃の執務の補佐でもすればよかったのか。
仮に離縁を求めるにしても、生家の父を頼ってもっと穏便に話を進めていたらよかったのか。
なにせ、ルドヴィカは即答してしまったのだ。今すぐ離縁してほしいと。
その結果の幽閉である。
王都には郊外に王族専用の幽閉塔がある。同じ幽閉だとしても、せめてそこなら馴染んだ王都の風を感じながら老いさばらえることもできただろう。
なにもわざわざこんな冬の最中に十日も日をかけて、凍てつく土地に追いやる徒労をかける必要があったのだろうか。
しかも、ここまで来るには王家直轄の近衛騎士の精鋭が護衛に就いてくれた。
彼らとは妃時代からの顔馴染みであったから、ルドヴィカは自分の巻き添えを食った彼らに申し訳ない気持ちを抱いた。
ルドヴィカ様、お加減は如何ですか。
ルドヴィカ様、もう間もなく休憩となります。
彼らは最後までルドヴィカを労って敬うことを忘れずに、もうそれだけで「恐縮です」と思わずにはいられなかったのである。
しかも彼らとは別に、ルドヴィカには護衛騎士が付けられた。
ルドヴィカは、彼のことを王家の見張りだと思っているのだが、彼は自分のことを「護衛」だと言って憚らない。
付き合わされるように帯同してきた侍女は、ルドヴィカが輿入れの際に生家から伴った侍女である。
メイドは三十前後とおぼしき土地の女性で、彼女は麓から通っていたのだが、凍てつく雪道は通いに不便だろうと泊まることを勧めたら、その日から屋敷に住み込んでいる。
かつて、女伯爵が最後の日々を過ごした山間の山荘で、今は王太子に捨てられた妃が女主という名の囚われ人となったのである。
王都も雪は降るけれど、振り積もるのは稀である。ここでは、眼下に見える屋敷の庭木も雪を被って、深い雪は麓の要塞まで覆い隠している。うっかりすると、逃げ出せるのでは?と思わせる。
それが無理なことは、短い妃時代の公務で得た知識でわかっている。
ここは元々、王国の北の護りを担っていた。関所が要塞なのではなくて、元から要塞であったところを関所にしただけなのである。
古い時代、元々の国境線がここであり、今は山脈の向こうに位置する北の辺境伯爵領は、王国が長い戦の末に勝ち取った占領地である。
下っても要塞、登っても極寒の辺境伯爵領。
マクシミリアンは、ルドヴィカが逃げ場のない絶望を抱くことを知りながら、ここに封じ込めることを決めたのだろう。
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