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第四章
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十日に及ぶ馬車の旅でルドヴィカが薄々わかったことは、どうやら自分は離縁されるのではないということだった。
生家に向かうと思った馬車は、あっさり王都を抜けてしまった。生家どころか、郊外にある王族の幽閉塔すら立ち寄ることはなかった。
それではどこかの修道院に送られるのだろうかと考えて、そうではないと思い直した。修道院には侍女も護衛も連れてはいけない。
もしかしたら、修道院預かりというような、曖昧な保護を頼んだのかとも考えた。
高位貴族の令嬢には、たまにそういう扱いがあるのを聞いたことがある。修道院に入れたと見せかけて、実質は保護が名目というものである。
だがそれも、ルドヴィカが知る名だたる幾つかの修道院を通り越して、どうやらそうではなかったとわかった。
そうこうするうちに夜が明けてきた。
アーチーの前で着替えることもできないまま、ルドヴィカはブレンダが用意したらしい毛布にぐるぐる巻になった姿で、馬車が休憩で止まるまでを過ごした。
その後も、一日馬車に揺られて二日目になって、三日が過ぎる頃にはわかってしまった。
離縁されるなら、とっくに早馬が追いついている。たとえ移動中であっても、途中で馬車を停めてでも離縁誓約書に署名を求められただろう。
どうやら離縁ではない。そうなれば、この先のどこかに囚われるのか。そんなまどろっこしいことをするくらいなら、初めから離縁してくれればよかったのに。
ルドヴィカは、最初から離縁を求めた。馬車に揺られながらも、側妃なんてなるくらいなら離縁か毒杯を呷るほうかマシだと思っていた。
一体どこに運ばれているのだろう。
誰からもなにも聞かされぬまま、途中で宿に泊まるなんてことは一度もなかった。街道沿いの貴族の屋敷に宿泊を頼むこともなかった。
顔と手足を拭くのがせいぜいで、あとは日に日に身体は汚れ疲れが増すまま、結局、十日も馬車に揺られていた。
その間、馬車の四方を守る近衛騎士は一騎も欠けることはなかった。ただ彼らは近衛の騎士服を身に着けてはいなかった。馬車も王家のものではなくて、大型ではあるが紋のない質素なものだった。
傍目からは、まるで貴族の咎人を移送するようにも見えただろう。
進めば進むほど窓から見える風景は、雪深い冬景色となっていく。そこで思い出したのだ。
まだ婚約していたころに、マクシミリアンから聞かされた、かつての女伯爵の山荘について。
そこは今は王領となっている。山脈の向こう側は北の辺境伯領で、辺境伯領までは街道沿いに山裾をぐるりと迂回しても行けるのだが、その手前にそびえる山の中腹に、山荘が今も残されているのだと聞かされた。
「いつか視察の名目で、避暑に行こうか。その山荘から見渡す眺めはきっと素晴らしいんだろうな」
そうマクシミリアンは言ったのだった。
マクシミリアンは確かに「避暑」と言っていた。こんな凍てつく厳冬なんて言ってはいなかった。
別れ際に、「逃げ出そうなんてするんじゃないぞ」と言われたが、そんなところから逃げ出しても半刻で凍え死ぬ自信がある。
十日経ってようやく山荘に辿り着いたときに、
「ああ、私はここに幽閉されたんだわ」
と、自然と独り言が零れ落ちた。
ブレンダもアーチーもなにも言わなかった。だからそれで、正解に辿り着いてしまったのだとわかったのである。
ルドヴィカの幽閉のために手配させたのだろう。屋敷にはすでに執事とメイドに庭師と門番が揃えられていた。メイドは麓の街から雇われたらしく、あとは一体どこから寄越されたのかは、聞き出すことはできなかった。
そんなことを聞いてもなにも変わらない。
もしかしたらルドヴィカは、ここに生涯幽閉されてしまうのかもしれない。
なにせ、王都からはなんの便りもない。もしかしたら一通くらいあったのかもしれないが、ルドヴィカには夫からの手紙なんてものは届かなかった。
何気にアーチーにも探りを入れてみたが、「私はそんな書簡など知りません」とはっきり言われてしまった。
まさかマクシミリアンは、ここにルドヴィカばかりでなくブレンダもアーチーも閉じ込める気なのだろうか。
ブレンダは王都に夫と子供を残している。上の子息は寄宿学校で学んでいるが、学校はここよりずっと王都に近い場所にある。
アーチーなんてまだ青年である。こんなところにいてよいわけがない。
そう考えれば、庭師も門番も若々しく、執事のウォルターにしても壮年といったところだろう。
それはまるで、ルドヴィカが老いてゆくのに付き合えるように、若い世代から使用人を選んだように思えた。
そんなお付き合いなんて、彼らにしたら真っ平ごめんというところだろう。
ルドヴィカは、ちらっと脱走を考えなかったわけではない。マクシミリアンには間違ってもそんなことはするなと言われていたし、大人しくしていろとまで彼は言った。
大人しくしようがしまいが、ここにはルドヴィカと数人の使用人しかいないのだ。マクシミリアンは遠く離れた王都にいて、もうすぐ正妃を迎えるのだろう。
「それならここで、私がなにをしても構わないのではないかしら」
そんなことをルドヴィカが思いついたとしても、誰が咎めることができるだろう。
「そんなこと、誰もできるはずがないわ」
だってここには、ルドヴィカのために逃亡を図る者なんて一人もいないのだから。
せめてブレンダは王都に返してあげたい。若いアーチーは特に、いつまでもこんなところにいてはいけない。
それでも彼らが傍にいてくれることは、独り雪の世界に囚われたルドヴィカには、明るい灯明のように思えるのだった。
生家に向かうと思った馬車は、あっさり王都を抜けてしまった。生家どころか、郊外にある王族の幽閉塔すら立ち寄ることはなかった。
それではどこかの修道院に送られるのだろうかと考えて、そうではないと思い直した。修道院には侍女も護衛も連れてはいけない。
もしかしたら、修道院預かりというような、曖昧な保護を頼んだのかとも考えた。
高位貴族の令嬢には、たまにそういう扱いがあるのを聞いたことがある。修道院に入れたと見せかけて、実質は保護が名目というものである。
だがそれも、ルドヴィカが知る名だたる幾つかの修道院を通り越して、どうやらそうではなかったとわかった。
そうこうするうちに夜が明けてきた。
アーチーの前で着替えることもできないまま、ルドヴィカはブレンダが用意したらしい毛布にぐるぐる巻になった姿で、馬車が休憩で止まるまでを過ごした。
その後も、一日馬車に揺られて二日目になって、三日が過ぎる頃にはわかってしまった。
離縁されるなら、とっくに早馬が追いついている。たとえ移動中であっても、途中で馬車を停めてでも離縁誓約書に署名を求められただろう。
どうやら離縁ではない。そうなれば、この先のどこかに囚われるのか。そんなまどろっこしいことをするくらいなら、初めから離縁してくれればよかったのに。
ルドヴィカは、最初から離縁を求めた。馬車に揺られながらも、側妃なんてなるくらいなら離縁か毒杯を呷るほうかマシだと思っていた。
一体どこに運ばれているのだろう。
誰からもなにも聞かされぬまま、途中で宿に泊まるなんてことは一度もなかった。街道沿いの貴族の屋敷に宿泊を頼むこともなかった。
顔と手足を拭くのがせいぜいで、あとは日に日に身体は汚れ疲れが増すまま、結局、十日も馬車に揺られていた。
その間、馬車の四方を守る近衛騎士は一騎も欠けることはなかった。ただ彼らは近衛の騎士服を身に着けてはいなかった。馬車も王家のものではなくて、大型ではあるが紋のない質素なものだった。
傍目からは、まるで貴族の咎人を移送するようにも見えただろう。
進めば進むほど窓から見える風景は、雪深い冬景色となっていく。そこで思い出したのだ。
まだ婚約していたころに、マクシミリアンから聞かされた、かつての女伯爵の山荘について。
そこは今は王領となっている。山脈の向こう側は北の辺境伯領で、辺境伯領までは街道沿いに山裾をぐるりと迂回しても行けるのだが、その手前にそびえる山の中腹に、山荘が今も残されているのだと聞かされた。
「いつか視察の名目で、避暑に行こうか。その山荘から見渡す眺めはきっと素晴らしいんだろうな」
そうマクシミリアンは言ったのだった。
マクシミリアンは確かに「避暑」と言っていた。こんな凍てつく厳冬なんて言ってはいなかった。
別れ際に、「逃げ出そうなんてするんじゃないぞ」と言われたが、そんなところから逃げ出しても半刻で凍え死ぬ自信がある。
十日経ってようやく山荘に辿り着いたときに、
「ああ、私はここに幽閉されたんだわ」
と、自然と独り言が零れ落ちた。
ブレンダもアーチーもなにも言わなかった。だからそれで、正解に辿り着いてしまったのだとわかったのである。
ルドヴィカの幽閉のために手配させたのだろう。屋敷にはすでに執事とメイドに庭師と門番が揃えられていた。メイドは麓の街から雇われたらしく、あとは一体どこから寄越されたのかは、聞き出すことはできなかった。
そんなことを聞いてもなにも変わらない。
もしかしたらルドヴィカは、ここに生涯幽閉されてしまうのかもしれない。
なにせ、王都からはなんの便りもない。もしかしたら一通くらいあったのかもしれないが、ルドヴィカには夫からの手紙なんてものは届かなかった。
何気にアーチーにも探りを入れてみたが、「私はそんな書簡など知りません」とはっきり言われてしまった。
まさかマクシミリアンは、ここにルドヴィカばかりでなくブレンダもアーチーも閉じ込める気なのだろうか。
ブレンダは王都に夫と子供を残している。上の子息は寄宿学校で学んでいるが、学校はここよりずっと王都に近い場所にある。
アーチーなんてまだ青年である。こんなところにいてよいわけがない。
そう考えれば、庭師も門番も若々しく、執事のウォルターにしても壮年といったところだろう。
それはまるで、ルドヴィカが老いてゆくのに付き合えるように、若い世代から使用人を選んだように思えた。
そんなお付き合いなんて、彼らにしたら真っ平ごめんというところだろう。
ルドヴィカは、ちらっと脱走を考えなかったわけではない。マクシミリアンには間違ってもそんなことはするなと言われていたし、大人しくしていろとまで彼は言った。
大人しくしようがしまいが、ここにはルドヴィカと数人の使用人しかいないのだ。マクシミリアンは遠く離れた王都にいて、もうすぐ正妃を迎えるのだろう。
「それならここで、私がなにをしても構わないのではないかしら」
そんなことをルドヴィカが思いついたとしても、誰が咎めることができるだろう。
「そんなこと、誰もできるはずがないわ」
だってここには、ルドヴィカのために逃亡を図る者なんて一人もいないのだから。
せめてブレンダは王都に返してあげたい。若いアーチーは特に、いつまでもこんなところにいてはいけない。
それでも彼らが傍にいてくれることは、独り雪の世界に囚われたルドヴィカには、明るい灯明のように思えるのだった。
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