幽閉妃ルドヴィカ

桃井すもも

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第五章

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 マクシミリアンとの婚姻は、当然ながら政略である。
 家格も派閥も所有財産も、一族の素行も全て隅々まで調べ上げられた末に、ルドヴィカとその生家が安全な駒であることを認められて定まったのだろう。

 マクシミリアンは高貴な身分にありながら、人間ができていた。だから彼は、そんな政治の匂いを一度もルドヴィカに嗅き取らせることはしなかった。

 婚約を結ぶ初見の席から、ときに紳士的にときにフレンドリーに、言葉と態度のどちらも惜しむことなく接してくれた。
 輿入れしてからは、蜜のような愛情を惜しむことなく注いでくれた。

 自国で麗しく聡明と評される王子は、外遊で赴く諸外国でも評価を落とすことはなかった。

 マクシミリアンは人心を惹きつける魅力に溢れている。それに驕らない賢明さも彼の評価を上げるばかりであった。
 たとえその横に、ちんまりとダークブロンドの妃が並んでいようが、そんなのは、吹けば飛ぶような塵芥ちりあくたである。

 だから、隣国王太子の婚礼の儀に参列して、その場で大国の姫君に見初められてしまっても仕方のないことだった。

 すでにルドヴィカという妃を娶っているマクシミリアンに、大陸の南に広い国土を擁する大国の姫君が輿入れを願った。
 彼女が願ったのは、マクシミリアンの正妃であった。

 南の大国と王国とは、国土は遠く離れている。
 王国は大陸の北側に位置しており、南の大国との間には幾つもの国を隔てている。
 長い歴史の間にも、南の大国との戦の歴史はなかった。

 戦に明け暮れ国土を奪い合う時代はとうに過ぎている。だが、その中にあって南の大国は武に秀でた国として、今なお権勢を誇っている。

 マクシミリアンに姫君の輿入れを願う南の大国の使者が訪れたときに、ルドヴィカはその詳細を知らされることはなかった。ただ、

「そんな馬鹿な話は通さない」

 そう言ったマクシミリアンを信じるほかはなかった。

 通さない。
 そう彼は、確かに言ったのである。



「ルドヴィカ様、お身体が冷えます。さあ、暖炉のそばへ。すぐに温かなお茶をご用意いたします」

 窓辺に立ったまま、眼下に広がる雪景色を見つめていたルドヴィカに、ブレンダが声をかけた。

 その声に、はっとして我に返った。
 考えても仕方のないことだと思いながら、気を抜くとすぐに考えてしまう。

 マクシミリアンは、今、どうしているのだろう。ルドヴィカとは離縁をしないまま、姫君を正妃に迎え入れるのだろうか。

 ルドヴィカは、真冬の雪と氷に閉ざされたこの屋敷に、離縁も死も許されず幽閉されてしまった。

 ここに来てすでに数日が経っていた。
 王城から持ち出した荷物なんて、寝間着一枚しかなかったのに、衣服も身繕いに必要なものも屋敷に着いたときには揃っていた。

 麓には街があるから、ここに来るまでの十日の間に、執事のウォルターとメイドのヘレーネで用意をしてくれたのだろう。

 北国仕様の二重になった窓のさんに霜が降りている。ルドヴィカは邸宅が内側から凍る様を初めて見た。
 窓辺に立つだけで足元から冷気が立ちのぼり、そのまま凍りついてしまうようである。

 こんな寒さの厳しいなかで一人晩年を過ごした女伯爵も、こんなふうに窓から外を眺めていたのだろうか。

 振り返れば、赤々と燃える暖炉の前にはローテブルと布張りのソファがあり、足元には毛足の長い絨毯が敷かれている。

「ブレンダ、アーチーも。一緒にお茶にしましょう」

 王都にいたなら、使用人とお茶を飲むなんて機会はなかったことである。

 ブレンダは、少女の頃から知るルドヴィカの心細い内心を察してか、微笑んで頷いてくれた。

「アーチー。貴方もよ」

 アーチーは、そんなことをしていては気が抜けてしまうだとか、護衛の意味がないだとか四の五の言ったが、誰が好き好んでこんな雪に覆われた屋敷に来るというのだろう。盗っ人だって、頼まれても嫌だろう。

 ウォルターとヘレーネは、昼すぎから麓に買い出しに出掛けている。

「ビクターとティムズは?寒くはないかしら。温かいお茶を差し入れしましょうか」

 庭師のビクターと門番のティムズを案ずれば、アーチーが答えた。

「ビクターには庭師小屋があります。ティムズにしても詰所が整えられておりますゆえ、ルドヴィカ様がご心配なさらずとも大丈夫です」

「貴方、案外ケチなのね」
「は?」
「お茶の一杯や二杯、減るものでもあるまいし」

 無理やりソファに座らせて、無理やりティータイムに巻き込んでおきながら、ルドヴィカはアーチーをケチ呼ばわりした。

「ルドヴィカ様。外は貴女が思う以上に厳しい寒さです。貴女の細腕でお茶をお持ちしても、彼らのところに着くころには、間違いなくアイスティーをお見舞いすることになるでしょう」

 アーチーの言うことは尤もだった。
 夜通し暖炉の火を落とさないこの部屋でさえ、内側から霜が降りるのである。

「ねえ、アーチー、凍死なんてしないわよね。この屋敷の使用人になったばかりに死人になるなんて、あんまりなことだわ」

「ご安心ください。彼らは鍛え抜かれた北の猛者です。ビクターはバリバリ雪を掻いて、ティムズは張り切って門を護っております」

 アーチーは、なにも心配いらないと言った。
 北国では、庭師はバリバリ雪を掻くのか、門番は張り切って門を護るのか、どちらもルドヴィカには預かり知らぬことだった。

 こんなふうに全ての使用人の名前を覚えて暮らすのは、マクシミリアンに嫁いでからはなかったことだった。

 あれほど多くの人々に囲まれていた王城での日常が嘘のように、今は片手で足りるほどの使用人たちと暮らしている。

 相変わらず、外の世界のことはわからなかった。
 マクシミリアンがどうしているのかも、姫君とどうなっているのかも、真っ白な世界にはなにも聞こえてはこなかった。



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