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第六章
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執事のウォルターは四十絡みの壮年の男で、大きな体躯に厳めしい顔立ちをしている。
だが、物腰は柔らかく穏やかで、ルドヴィカは初めて会ったその日から、ウォルターに信頼を寄せられた。
そんな彼は有能で、屋敷の細々としたこと熟しながら、その上、腕の良い料理人でもあった。
「ウォルター、今日のスープ、とても美味しいわ。いえ、そうではなくて、いつも美味しいのだけれど、今夜は格別に美味しいわ」
その日のスープは鹿肉を煮込んだ具沢山のものだった。あく抜きが丁寧にされて、野趣味のある獣肉が滋味深く、スパイスが効いて身体を温めてくれる。
執事服にエプロンをして、晩餐の料理を配膳するウォルターにそう言えば、彼は青い瞳を細めた。
「ルドヴィカ様のお口に合いまして、なによりです」
晩餐のテーブルには、ブレンダとアーチーも一緒に着く。そして、麓から通っていたのを泊まりに変えたメイドのヘレーネもまた同じ食卓で食事をとる。
ウォルターとヘレーネが配膳をして、それが終われば二人も加わり、女主人と使用人たちは一緒に食事をするのである。
それはここに来てすぐにルドヴィカが望んだことだった。
もう自分はこれまでの身分ではない。幽閉されながら、いずれは廃妃となるのだろう。離縁されればここからは生家に戻されるだろうし、それさえ、いつのことかもわからない。
だから傅かれる必要はないのだと言った。
「できれば、ビクターとティムズも呼びたいのだけれど」
「ルドヴィカ様のそのお気持ちだけで、彼らの励みになりましょう」
庭師と門番は持ち場を離れることはないのだという。必要なものは全て庭師小屋と詰所に揃っており、食事もウォルターが届けているという。
身を清めるのも庭師小屋で済ませるようで、どうやらビクターとティムズは、互いに交代しながら仕事をしているようだった。
ルドヴィカは、ここに来てから一度も屋敷の外に出たことがない。一応、幽閉の身であるからこの数日は大人しくしていた。
マクシミリアンに言われたように、ちゃんと大人しくしていたのである。
もしかしたら彼の使いが来るのではないか、文の一通でも届けられるのではないかと、屋敷の二階に充てがわれた自室の窓から、一日立ち尽くしたまま外を見ていた。
結局ここへは、麓から物資を運ぶ荷馬車が一度来たきりだった。あとは、ウォルターかヘレーネが麓に降りて用を足す。
郵便配達人なんて、ここでは一度も見たことがない。
ルドヴィカは、日に日に諦めを重ねていた。
ここに来るまでに覚悟を決めたつもりだったが、どこかでマクシミリアンが動くことを期待していた。
マクシミリアンは、そんな期待を抱かせるほどルドヴィカを大切にしてくれていたのである。
それなのに、こんなにも呆気なく離され、連絡も途絶えてしまうなんて。
もしかしたら、ルドヴィカは愛されていると思い込まされていたのだろうか。あの聡明で優しい夫は、妃となったルドヴィカに、そう思い込ませるのが巧みだったのだろうか。
けれど彼はあの日、初めて声を荒らげた。
離縁を望んだルドヴィカに「馬鹿を言うな」と叱ったのである。
そんなマクシミリアンに、ルドヴィカは驚きそして傷ついた。気持ちを落ち着けて、また向き合って話ができるようにと、その日は夫婦の寝室ではなく妃の部屋で就寝した。結局、それが彼との最後になってしまった。
夕刻から降り出した雪が窓を叩く。ぼすぼすと音を立てる雪つぶてに、それを初めて耳にした時には驚いた。雪とはふわふわと舞い降りるものだと思っていた。
こんな雪の中、麓から通う筈だったヘレーネは、怖くはないのかと思った。
「ヘレーネ、貴女のお家は遠いの?」
ヘレーネは、三十前後と思われる女性である。北国の人間は身長が高いらしく、ウォルターもそうなのだがヘレーネも背が高い。
二人とも雪のように白い肌に白金の髪と濃く青い瞳をしている。
幼い頃に童話の挿絵で見た雪の女王もそんな姿をしていたから、彼らは辿れば神話の神に通じるのではないかと、そんなことを思わせた。
「私は関所の近くに住んでおります。ここからは確かに距離はありますが、慣れておりますので。ですがルドヴィカ様から住み込みのお誘いを頂いてお部屋までお借りして、本当に助かっております」
そう言って、ヘレーネは笑みを見せた。
彼女は寡黙な質をしており、日中も黙々と働いているようだった。食事の席でこんなふうに話ができるのは、ルドヴィカには限られた楽しみでもあった。
「麓のお話を聞かせてくれる?街はどんなところなのかしら」
マクシミリアンに嫁いでからは、王都の街も自由に歩くことはなくなっていた。ルドヴィカが動くには事前に周到な用意がなされて、相応の人員が配置される。勝手気ままは許されない。
考えてみれば、王都にいた頃も自由ばかりの暮らしとはほど遠いものだった。
屋敷はそれほど大きくはない。それでもルドヴィカが使用人たちと暮らすには広いくらいである。庭園とは言えない小さな庭から門扉まではそれほど遠くなく、なにもかもがコンパクトな造りとなっている。
ルドヴィカは、思い切って尋ねてみた。誰に尋ねたというものではない、誰かが応えてくれればそれでよかった。
「明日、雪が止んだら少しだけ外に出てみたいのだけれど、いいかしら。門扉からは出ないから」
「私がお供いたします」
即座に応えたのはアーチーだった。
彼はルドヴィカの護衛であるから、確かにそう言うだろう。
「ありがとう。アーチー」
ルドヴィカは思わず笑みが零れた。
それが数日ぶりの笑みであることは、ルドヴィカ自身は気がつかないことだった。
だが、物腰は柔らかく穏やかで、ルドヴィカは初めて会ったその日から、ウォルターに信頼を寄せられた。
そんな彼は有能で、屋敷の細々としたこと熟しながら、その上、腕の良い料理人でもあった。
「ウォルター、今日のスープ、とても美味しいわ。いえ、そうではなくて、いつも美味しいのだけれど、今夜は格別に美味しいわ」
その日のスープは鹿肉を煮込んだ具沢山のものだった。あく抜きが丁寧にされて、野趣味のある獣肉が滋味深く、スパイスが効いて身体を温めてくれる。
執事服にエプロンをして、晩餐の料理を配膳するウォルターにそう言えば、彼は青い瞳を細めた。
「ルドヴィカ様のお口に合いまして、なによりです」
晩餐のテーブルには、ブレンダとアーチーも一緒に着く。そして、麓から通っていたのを泊まりに変えたメイドのヘレーネもまた同じ食卓で食事をとる。
ウォルターとヘレーネが配膳をして、それが終われば二人も加わり、女主人と使用人たちは一緒に食事をするのである。
それはここに来てすぐにルドヴィカが望んだことだった。
もう自分はこれまでの身分ではない。幽閉されながら、いずれは廃妃となるのだろう。離縁されればここからは生家に戻されるだろうし、それさえ、いつのことかもわからない。
だから傅かれる必要はないのだと言った。
「できれば、ビクターとティムズも呼びたいのだけれど」
「ルドヴィカ様のそのお気持ちだけで、彼らの励みになりましょう」
庭師と門番は持ち場を離れることはないのだという。必要なものは全て庭師小屋と詰所に揃っており、食事もウォルターが届けているという。
身を清めるのも庭師小屋で済ませるようで、どうやらビクターとティムズは、互いに交代しながら仕事をしているようだった。
ルドヴィカは、ここに来てから一度も屋敷の外に出たことがない。一応、幽閉の身であるからこの数日は大人しくしていた。
マクシミリアンに言われたように、ちゃんと大人しくしていたのである。
もしかしたら彼の使いが来るのではないか、文の一通でも届けられるのではないかと、屋敷の二階に充てがわれた自室の窓から、一日立ち尽くしたまま外を見ていた。
結局ここへは、麓から物資を運ぶ荷馬車が一度来たきりだった。あとは、ウォルターかヘレーネが麓に降りて用を足す。
郵便配達人なんて、ここでは一度も見たことがない。
ルドヴィカは、日に日に諦めを重ねていた。
ここに来るまでに覚悟を決めたつもりだったが、どこかでマクシミリアンが動くことを期待していた。
マクシミリアンは、そんな期待を抱かせるほどルドヴィカを大切にしてくれていたのである。
それなのに、こんなにも呆気なく離され、連絡も途絶えてしまうなんて。
もしかしたら、ルドヴィカは愛されていると思い込まされていたのだろうか。あの聡明で優しい夫は、妃となったルドヴィカに、そう思い込ませるのが巧みだったのだろうか。
けれど彼はあの日、初めて声を荒らげた。
離縁を望んだルドヴィカに「馬鹿を言うな」と叱ったのである。
そんなマクシミリアンに、ルドヴィカは驚きそして傷ついた。気持ちを落ち着けて、また向き合って話ができるようにと、その日は夫婦の寝室ではなく妃の部屋で就寝した。結局、それが彼との最後になってしまった。
夕刻から降り出した雪が窓を叩く。ぼすぼすと音を立てる雪つぶてに、それを初めて耳にした時には驚いた。雪とはふわふわと舞い降りるものだと思っていた。
こんな雪の中、麓から通う筈だったヘレーネは、怖くはないのかと思った。
「ヘレーネ、貴女のお家は遠いの?」
ヘレーネは、三十前後と思われる女性である。北国の人間は身長が高いらしく、ウォルターもそうなのだがヘレーネも背が高い。
二人とも雪のように白い肌に白金の髪と濃く青い瞳をしている。
幼い頃に童話の挿絵で見た雪の女王もそんな姿をしていたから、彼らは辿れば神話の神に通じるのではないかと、そんなことを思わせた。
「私は関所の近くに住んでおります。ここからは確かに距離はありますが、慣れておりますので。ですがルドヴィカ様から住み込みのお誘いを頂いてお部屋までお借りして、本当に助かっております」
そう言って、ヘレーネは笑みを見せた。
彼女は寡黙な質をしており、日中も黙々と働いているようだった。食事の席でこんなふうに話ができるのは、ルドヴィカには限られた楽しみでもあった。
「麓のお話を聞かせてくれる?街はどんなところなのかしら」
マクシミリアンに嫁いでからは、王都の街も自由に歩くことはなくなっていた。ルドヴィカが動くには事前に周到な用意がなされて、相応の人員が配置される。勝手気ままは許されない。
考えてみれば、王都にいた頃も自由ばかりの暮らしとはほど遠いものだった。
屋敷はそれほど大きくはない。それでもルドヴィカが使用人たちと暮らすには広いくらいである。庭園とは言えない小さな庭から門扉まではそれほど遠くなく、なにもかもがコンパクトな造りとなっている。
ルドヴィカは、思い切って尋ねてみた。誰に尋ねたというものではない、誰かが応えてくれればそれでよかった。
「明日、雪が止んだら少しだけ外に出てみたいのだけれど、いいかしら。門扉からは出ないから」
「私がお供いたします」
即座に応えたのはアーチーだった。
彼はルドヴィカの護衛であるから、確かにそう言うだろう。
「ありがとう。アーチー」
ルドヴィカは思わず笑みが零れた。
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