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第三十三章
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囚われの身であるクセに、堂々と上座に座りやがったラィードをキッと睨みつけてから、ルドヴィカはマクシミリアンと共に下座のソファに座った。
アーチボルトとウォルターが二人の背後を護っている。ラィードには、見張りの騎士が付けられていたが、手も足も拘束されている様子は見えなかった。
見張られているクセにわざわざ上座に座るかね。見張りの騎士をどうやって往なしたのか。ルドヴィカは、目の前の厚顔青年にすっかり呆れてしまった。
するとそこにブレンダが入室して、お茶の支度を始めた。ルドヴィカはその姿に、彼女が無事だったことに安堵した。
ブレンダは作法に則って、上座に座るラィードへお茶を出し、それからマクシミリアン、ルドヴィカへとサーブした。
こんな場面で若い侍女なら、どの順に出すべきか、迷いに迷って慌てるだろう。
ルドヴィカが視線を上げると、ブレンダは目を潤ませて、二人は無言のまま互いの無事を気遣い合った。
ラィードは心臓に毛が生えて老成して見えるが、ルドヴィカたちとそれほど歳は変わらないだろう。それを裏打ちしたのは、マクシミリアンだった。
マクシミリアンは、ラィードと同じようにゆったりと足を組み、笑みを浮かべて挨拶をした。
『今更ではあるが、初めましてというべきか、それとも二度目ましてというべきかな?ラィード第二王子』
第二王子?
驚いたルドヴィカを、ラィードは楽しそうに眺めている。
やはり彼は身分のある人物だった。それは教会で出会ったときに感じられたことだった。
だからこそ、ウォルターも老司祭も彼に傷を負わせるようなことをしなかったのだろう。彼への扱いが、後々問題を引き起こすと予見していた。
南の大国に王子が二人いることは知っていた。
王太子である第一王子は二歳ほど年上で、彼にはルドヴィカも会っていた。それは、隣国の王太子の婚姻式だった。
そこで南の大国の王太子は、当時懐妊中だった妃の代わりに妹姫を連れて参列していた。
婚姻式にはマクシミリアンとルドヴィカも招かれており、そこでルドヴィカは、マクシミリアンと一緒に初めて彼らと挨拶を交わした。
その邂逅が、のちの妃騒動となる。
姫君は、あろうことかあの場でマクシミリアンに一目惚れをして、それが此度の「正妃としての求婚」に繋がった。
ルドヴィカも、付け焼き刃ではあったが言語を覚えて、片言ながら会話をしていた。
だから、王太子と姫君の顔は憶えている。
ラィードと同じ、褐色の肌に吊り目がちな琥珀色の瞳。亜麻色の髪は艶やかで、そしてどちらも上背があり、姫君は豊満な胸まで見事だった。
だが、ラィードなんて会っていない。では、マクシミリアンは彼とどこで会ったのだろう。
『君には、いろいろ言いたいことはあるんだが、どれから話そうか』
マクシミリアンの言葉もそよ風と思うのか、ラィードはブレンダの淹れたお茶を口に含むと目を細めた。こんな場であるのに、芳醇な茶葉の香りを楽しんでいる。
『美味いね』
そうだろう、そうだろう。我が国の茶葉は香りの高さと爽やかな味わいに定評があるのだ。
思わずふふん、と言いそうになるのを堪えて、ルドヴィカは厚顔ラィードを見つめた。
『君のお陰で、すっかり翻弄させられたよ。我が国も、君の母国も。それから、姫君も』
ラィードは、琥珀色の目を糸のように細めて笑みを浮かべた。愉楽が滲む表情にゾクリと背中が冷えるようだった。
『やり方も無茶苦茶だ。君、死にたいのかな?』
どういうこと?
ルドヴィカはマクシミリアンの言葉が何を指しているのか理解できずにいた。
『我が国はこの度、法改正に踏み切った。君のお陰かな』
『ほう』
『緊急の閣議を設けてね、側妃制度を撤廃することにしたんだ』
え?とルドヴィカはマクシミリアンを見上げた。
『だから、姫君の席はここにはないんだよ。どうか彼女には他に良縁を探してやってくれ』
王国には側妃制度がある。だが、実際に側妃がいたのは現国王より数代前のことだった。
形骸化された古い制度は、手つかずのまま今も王室典範として残っていた。
王国は現在、議会が開催される季節である。マクシミリアンも本来なら、今も議会に参席していなければならない。
それがこんな王都から離れた北の地にいるのは、何もかも南の大国からもたらされた厄災紛いの騒動があったからだ。
だが、それと側妃制度の撤廃は、繋がりそうで繋がらない。ルドヴィカに側妃となるよう求めたのは、マクシミリアンである。なにより、姫君が求めたのは正妃の座だ。
「どういうこと?マクシミリアン様」
「君を守る為には、側妃にするしかなかった。あの時は」
王都から移されたあの日、ルドヴィカはマクシミリアンから側妃なるよう求められた。それを拒み、離縁を求め、認められないのなら毒を呑んでも構わないとルドヴィカは思い切っていた。
だが、マクシミリアンはそれを許さず、毒はどこかに処分をされて、ルドヴィカは夜のうちに王都から出された。
「あの時?」
「正妃がいる王太子に正妃を望む。そんなことがまかり通るはずはない。だが、陛下が即決せずに静観したのは、南の大国の思惑が見えなかったからだ」
思惑、という言葉に、ルドヴィカは何が思惑なのかと考えた。
「そもそも南の大国は、戦を望んでいたのだろうか?正妃を拒む我が国に、武力でものを言うほど能無しだろうか」
婚姻式の場で会った王太子は、そんな愚かしい人物には見えなかった。だが、人を一面だけで判断できないことは、目の前のラィードで学んだばかりだ。
『目的の一つは確かに、姫君の婚姻だったのだろうな』
マクシミリアンはそこで、ラィードに向けて言った。
『だがそれで、人の妻を掠め取ろうだなんて愚かだよ』
人の妻と言ったことに、誰の妻?と考えた。だがどう考えても、マクシミリアンの妻とはルドヴィカである。
「そうだよ、ルドヴィカ。彼の目的のもう一つは、君だった。全く腹の立つことだよね」
「ええ!?」
ルドヴィカは、ここに来てからずっと驚きっぱなしとなっていた。だから、もうこれ以上は驚くことはないと思っていたのに、盛大に驚いた。
アーチボルトとウォルターが二人の背後を護っている。ラィードには、見張りの騎士が付けられていたが、手も足も拘束されている様子は見えなかった。
見張られているクセにわざわざ上座に座るかね。見張りの騎士をどうやって往なしたのか。ルドヴィカは、目の前の厚顔青年にすっかり呆れてしまった。
するとそこにブレンダが入室して、お茶の支度を始めた。ルドヴィカはその姿に、彼女が無事だったことに安堵した。
ブレンダは作法に則って、上座に座るラィードへお茶を出し、それからマクシミリアン、ルドヴィカへとサーブした。
こんな場面で若い侍女なら、どの順に出すべきか、迷いに迷って慌てるだろう。
ルドヴィカが視線を上げると、ブレンダは目を潤ませて、二人は無言のまま互いの無事を気遣い合った。
ラィードは心臓に毛が生えて老成して見えるが、ルドヴィカたちとそれほど歳は変わらないだろう。それを裏打ちしたのは、マクシミリアンだった。
マクシミリアンは、ラィードと同じようにゆったりと足を組み、笑みを浮かべて挨拶をした。
『今更ではあるが、初めましてというべきか、それとも二度目ましてというべきかな?ラィード第二王子』
第二王子?
驚いたルドヴィカを、ラィードは楽しそうに眺めている。
やはり彼は身分のある人物だった。それは教会で出会ったときに感じられたことだった。
だからこそ、ウォルターも老司祭も彼に傷を負わせるようなことをしなかったのだろう。彼への扱いが、後々問題を引き起こすと予見していた。
南の大国に王子が二人いることは知っていた。
王太子である第一王子は二歳ほど年上で、彼にはルドヴィカも会っていた。それは、隣国の王太子の婚姻式だった。
そこで南の大国の王太子は、当時懐妊中だった妃の代わりに妹姫を連れて参列していた。
婚姻式にはマクシミリアンとルドヴィカも招かれており、そこでルドヴィカは、マクシミリアンと一緒に初めて彼らと挨拶を交わした。
その邂逅が、のちの妃騒動となる。
姫君は、あろうことかあの場でマクシミリアンに一目惚れをして、それが此度の「正妃としての求婚」に繋がった。
ルドヴィカも、付け焼き刃ではあったが言語を覚えて、片言ながら会話をしていた。
だから、王太子と姫君の顔は憶えている。
ラィードと同じ、褐色の肌に吊り目がちな琥珀色の瞳。亜麻色の髪は艶やかで、そしてどちらも上背があり、姫君は豊満な胸まで見事だった。
だが、ラィードなんて会っていない。では、マクシミリアンは彼とどこで会ったのだろう。
『君には、いろいろ言いたいことはあるんだが、どれから話そうか』
マクシミリアンの言葉もそよ風と思うのか、ラィードはブレンダの淹れたお茶を口に含むと目を細めた。こんな場であるのに、芳醇な茶葉の香りを楽しんでいる。
『美味いね』
そうだろう、そうだろう。我が国の茶葉は香りの高さと爽やかな味わいに定評があるのだ。
思わずふふん、と言いそうになるのを堪えて、ルドヴィカは厚顔ラィードを見つめた。
『君のお陰で、すっかり翻弄させられたよ。我が国も、君の母国も。それから、姫君も』
ラィードは、琥珀色の目を糸のように細めて笑みを浮かべた。愉楽が滲む表情にゾクリと背中が冷えるようだった。
『やり方も無茶苦茶だ。君、死にたいのかな?』
どういうこと?
ルドヴィカはマクシミリアンの言葉が何を指しているのか理解できずにいた。
『我が国はこの度、法改正に踏み切った。君のお陰かな』
『ほう』
『緊急の閣議を設けてね、側妃制度を撤廃することにしたんだ』
え?とルドヴィカはマクシミリアンを見上げた。
『だから、姫君の席はここにはないんだよ。どうか彼女には他に良縁を探してやってくれ』
王国には側妃制度がある。だが、実際に側妃がいたのは現国王より数代前のことだった。
形骸化された古い制度は、手つかずのまま今も王室典範として残っていた。
王国は現在、議会が開催される季節である。マクシミリアンも本来なら、今も議会に参席していなければならない。
それがこんな王都から離れた北の地にいるのは、何もかも南の大国からもたらされた厄災紛いの騒動があったからだ。
だが、それと側妃制度の撤廃は、繋がりそうで繋がらない。ルドヴィカに側妃となるよう求めたのは、マクシミリアンである。なにより、姫君が求めたのは正妃の座だ。
「どういうこと?マクシミリアン様」
「君を守る為には、側妃にするしかなかった。あの時は」
王都から移されたあの日、ルドヴィカはマクシミリアンから側妃なるよう求められた。それを拒み、離縁を求め、認められないのなら毒を呑んでも構わないとルドヴィカは思い切っていた。
だが、マクシミリアンはそれを許さず、毒はどこかに処分をされて、ルドヴィカは夜のうちに王都から出された。
「あの時?」
「正妃がいる王太子に正妃を望む。そんなことがまかり通るはずはない。だが、陛下が即決せずに静観したのは、南の大国の思惑が見えなかったからだ」
思惑、という言葉に、ルドヴィカは何が思惑なのかと考えた。
「そもそも南の大国は、戦を望んでいたのだろうか?正妃を拒む我が国に、武力でものを言うほど能無しだろうか」
婚姻式の場で会った王太子は、そんな愚かしい人物には見えなかった。だが、人を一面だけで判断できないことは、目の前のラィードで学んだばかりだ。
『目的の一つは確かに、姫君の婚姻だったのだろうな』
マクシミリアンはそこで、ラィードに向けて言った。
『だがそれで、人の妻を掠め取ろうだなんて愚かだよ』
人の妻と言ったことに、誰の妻?と考えた。だがどう考えても、マクシミリアンの妻とはルドヴィカである。
「そうだよ、ルドヴィカ。彼の目的のもう一つは、君だった。全く腹の立つことだよね」
「ええ!?」
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