囚われて

桃井すもも

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今日こそフレデリックを恐ろしいと思った事は無い。フレデリックとは、無慈悲なのか残酷なのか。

今日、テレーゼの婚約者となった大公令息アンソニーが王城を訪れた。

アンソニーとテレーゼの初見の会合にはフレデリックが立ち会った。彼はやはりこの婚姻の立役者であった様だ。

護衛も侍女も最低限に絞り込み、貴賓室は限られた者だけの機密性の高い空間となっていた。

クリスティナはテレーゼに願われて側に侍る事となった。フレデリックには侍従とアランが側付きとして付いている。ローレンは出迎えの場にもその姿はなかった。

出迎えの際、アンソニーの姿を見たクリスティナは唖然とした。
たちの悪い冗談なのか。それならば悪趣味が過ぎる。

王子然とした麗しい風貌は表側だけで、内側は研ぎ澄まされた刃であるフレデリックの性根を疑った。

燦めく金の髪に鮮やかな蒼い瞳。
その髪は、顎のラインで綺麗に切り揃えられている。まるで何処かの誰かの様に。

背丈も体型も声の質も、ローレンとは似て非なる人物であるのに、纏う色が髪の形が彼そのもので、見ている内に何処かローレンと似通っていて、そのうちローレンと重なり始めた。

アンソニーは25歳。テレーゼの兄フレデリックよりも二つ年上である。
細身の身体は靭やかそうで、長い手足がすらりと伸びる。佇まいが美しく、何よりその風貌は年齢よりも若々しく、少年の名残を残す中性的な面立ちであった。
まるで少年騎士の様な見目麗しい公子である。

フレデリックはいつ彼と知り合ったのだろう。アンソニーに目を付けたのはフレデリックだろう。目的など決まっている。まるでローレンを模したような見目の貴公子。
これで諦めろと言わんばかりに、髪の形まで似せて来た。

なんて残酷なのだろう。アンソニーは人形ではない。身代わりでも無い。そして、テレーゼは幼子ではないのだ。こんな子供騙しに騙される筈が無いではないか。

クリスティナの立腹は全くの無駄に終わった。

テレーゼは、初見のアンソニーにひと目で恋に落ちてしまった。子供騙しの様な変わり身に、そっくり心を移してしまった。真逆の子供騙しに騙された。

クリスティナは、生まれて始めて目の前で人が恋に落ちる瞬間を見た。そして唖然となったのである。


アンソニーはその見目とは異なって、中身は成熟した青年貴族であった。

テレーゼが舞い上がってしまい、取り留めもなく話す要領を得ない話にも、飽きる風も見せず耳を傾けていた。

始終微笑みを絶やさずに、テレーゼの瞳を見つめて頷きながら話に聴き入る。

普段は控えめなテレーゼが、この日ばかりは嬉々として話す姿は、既に恋をする乙女のそれであった。
気が付けば、話す割合は八割方がテレーゼで、初めにフレデリックがアンソニーを紹介して、アンソニーがテレーゼに改めて自己紹介をしてからは、テレーゼの為の舞台となっていた。

果たしてフレデリックは、最初からこうなることが解っていたのだろうか。
アンソニーは、最初からローレンと云う存在を周知していたのだろうか。

そのどちらも答えは「正」だと思えた。
クリスティナとアランはフレデリックに踊らされていたのか。自分達だけでは無く、ローレンもそしてテレーゼも、この王太子の手の平で転がされていたのか。

テレーゼの語りは続いている。
アンソニーとフレデリックが、共に微笑ましいものを見つめる優しげな眼差しでテレーゼを見守っている。

胡散臭い茶番劇に鼻白んでいるのはクリスティナだけではないらしく、途中目が合ったアランも、訝しげな表情を隠せずにいた。

兎にも角にも、フレデリックの思惑はその通りに着地した。流石は兄である。
妹の気質も好みも全て理解して、追い詰めながら不足を正して、覚悟を持たせた上で極上の褒美を与えた。

テレーゼは幸福な王女である。
地位も名誉も容姿も愛も、ありとあらゆるこの世の幸福を享受する星の下に生まれた。

足りないばかりのクリスティナが、精一杯仕えた主は、誰よりも幸福な至宝の珠であった。愛でられ磨かれ輝き続ける。


これで良かったのだ。
クリスティナは改めて考え直した。
テレーゼは幸せに嫁いで行ける。流石はフレデリック。鮮やかなお手並みであった。ローレンばかりが哀れであるも、王女を単身連れ出した罪も、きっとこれで手打ちとされる事だろう。


クリスティナは肩の荷が一気に降りて、そうして何だか馬鹿馬鹿しくなってしまった。

あれこれ考えあぐねた事も、ただの考え損であった。アランと信頼出来る間柄になれたのだけはフレデリックの差配のお陰であるが、何とも呆気無い幕切れとなった。

久しぶりに見るテレーゼの笑顔。溌剌とした表情。
テレーゼ王女はこうあるべきお方だ。
愛されて愛でられる人生が誰より似合っておられる。

良かった、良かった。
王女の尽きない笑い声に、クリスティナはもう全てが許される様に思えた。



勤めを終えて自室に戻る途中、見覚えのある背中を前方に見つけた。
王女宮からは離れて、他にも文官や侍女達が行き来する回廊であったから何の不思議もないのだが、クリスティナは彼がクリスティナを待っていたのではないかと思った。

今日の出来事を、フレデリックにしてやられた笑い話にしてしまおうと互いに思っているのだと分かった。

「アラン様。」
「クリスティナ嬢。」

どちらともなく声を掛けて立ち話しの体(てい)となった。ここで立ち話しも何だから、連絡会よろしく例の仮眠室を使おうかという事になって、早速そちらへ向かった。

全く以て浮足立っていた二人は、仮眠室の隣の住人に注意を払う事を失念していた。

アランが扉を開けて先に室内に入った。後から続こうとしてクリスティナは、刺す視線を感じた。
覚えのある感覚に、思わず馴染んだ方向に目をやった。

仮眠を取っていたのだろうか。今、扉を開けて部屋から出て来たらしい。


白銀の燦めく髪は、日の落ちた薄暗い回廊にあって眩しく輝いて見えた。



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