22 / 48
【22】
今日こそフレデリックを恐ろしいと思った事は無い。フレデリックとは、無慈悲なのか残酷なのか。
今日、テレーゼの婚約者となった大公令息アンソニーが王城を訪れた。
アンソニーとテレーゼの初見の会合にはフレデリックが立ち会った。彼はやはりこの婚姻の立役者であった様だ。
護衛も侍女も最低限に絞り込み、貴賓室は限られた者だけの機密性の高い空間となっていた。
クリスティナはテレーゼに願われて側に侍る事となった。フレデリックには侍従とアランが側付きとして付いている。ローレンは出迎えの場にもその姿はなかった。
出迎えの際、アンソニーの姿を見たクリスティナは唖然とした。
たちの悪い冗談なのか。それならば悪趣味が過ぎる。
王子然とした麗しい風貌は表側だけで、内側は研ぎ澄まされた刃であるフレデリックの性根を疑った。
燦めく金の髪に鮮やかな蒼い瞳。
その髪は、顎のラインで綺麗に切り揃えられている。まるで何処かの誰かの様に。
背丈も体型も声の質も、ローレンとは似て非なる人物であるのに、纏う色が髪の形が彼そのもので、見ている内に何処かローレンと似通っていて、そのうちローレンと重なり始めた。
アンソニーは25歳。テレーゼの兄フレデリックよりも二つ年上である。
細身の身体は靭やかそうで、長い手足がすらりと伸びる。佇まいが美しく、何よりその風貌は年齢よりも若々しく、少年の名残を残す中性的な面立ちであった。
まるで少年騎士の様な見目麗しい公子である。
フレデリックはいつ彼と知り合ったのだろう。アンソニーに目を付けたのはフレデリックだろう。目的など決まっている。まるでローレンを模したような見目の貴公子。
これで諦めろと言わんばかりに、髪の形まで似せて来た。
なんて残酷なのだろう。アンソニーは人形ではない。身代わりでも無い。そして、テレーゼは幼子ではないのだ。こんな子供騙しに騙される筈が無いではないか。
クリスティナの立腹は全くの無駄に終わった。
テレーゼは、初見のアンソニーにひと目で恋に落ちてしまった。子供騙しの様な変わり身に、そっくり心を移してしまった。真逆の子供騙しに騙された。
クリスティナは、生まれて始めて目の前で人が恋に落ちる瞬間を見た。そして唖然となったのである。
アンソニーはその見目とは異なって、中身は成熟した青年貴族であった。
テレーゼが舞い上がってしまい、取り留めもなく話す要領を得ない話にも、飽きる風も見せず耳を傾けていた。
始終微笑みを絶やさずに、テレーゼの瞳を見つめて頷きながら話に聴き入る。
普段は控えめなテレーゼが、この日ばかりは嬉々として話す姿は、既に恋をする乙女のそれであった。
気が付けば、話す割合は八割方がテレーゼで、初めにフレデリックがアンソニーを紹介して、アンソニーがテレーゼに改めて自己紹介をしてからは、テレーゼの為の舞台となっていた。
果たしてフレデリックは、最初からこうなることが解っていたのだろうか。
アンソニーは、最初からローレンと云う存在を周知していたのだろうか。
そのどちらも答えは「正」だと思えた。
クリスティナとアランはフレデリックに踊らされていたのか。自分達だけでは無く、ローレンもそしてテレーゼも、この王太子の手の平で転がされていたのか。
テレーゼの語りは続いている。
アンソニーとフレデリックが、共に微笑ましいものを見つめる優しげな眼差しでテレーゼを見守っている。
胡散臭い茶番劇に鼻白んでいるのはクリスティナだけではないらしく、途中目が合ったアランも、訝しげな表情を隠せずにいた。
兎にも角にも、フレデリックの思惑はその通りに着地した。流石は兄である。
妹の気質も好みも全て理解して、追い詰めながら不足を正して、覚悟を持たせた上で極上の褒美を与えた。
テレーゼは幸福な王女である。
地位も名誉も容姿も愛も、ありとあらゆるこの世の幸福を享受する星の下に生まれた。
足りないばかりのクリスティナが、精一杯仕えた主は、誰よりも幸福な至宝の珠であった。愛でられ磨かれ輝き続ける。
これで良かったのだ。
クリスティナは改めて考え直した。
テレーゼは幸せに嫁いで行ける。流石はフレデリック。鮮やかなお手並みであった。ローレンばかりが哀れであるも、王女を単身連れ出した罪も、きっとこれで手打ちとされる事だろう。
クリスティナは肩の荷が一気に降りて、そうして何だか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
あれこれ考えあぐねた事も、ただの考え損であった。アランと信頼出来る間柄になれたのだけはフレデリックの差配のお陰であるが、何とも呆気無い幕切れとなった。
久しぶりに見るテレーゼの笑顔。溌剌とした表情。
テレーゼ王女はこうあるべきお方だ。
愛されて愛でられる人生が誰より似合っておられる。
良かった、良かった。
王女の尽きない笑い声に、クリスティナはもう全てが許される様に思えた。
勤めを終えて自室に戻る途中、見覚えのある背中を前方に見つけた。
王女宮からは離れて、他にも文官や侍女達が行き来する回廊であったから何の不思議もないのだが、クリスティナは彼がクリスティナを待っていたのではないかと思った。
今日の出来事を、フレデリックにしてやられた笑い話にしてしまおうと互いに思っているのだと分かった。
「アラン様。」
「クリスティナ嬢。」
どちらともなく声を掛けて立ち話しの体(てい)となった。ここで立ち話しも何だから、連絡会よろしく例の仮眠室を使おうかという事になって、早速そちらへ向かった。
全く以て浮足立っていた二人は、仮眠室の隣の住人に注意を払う事を失念していた。
アランが扉を開けて先に室内に入った。後から続こうとしてクリスティナは、刺す視線を感じた。
覚えのある感覚に、思わず馴染んだ方向に目をやった。
仮眠を取っていたのだろうか。今、扉を開けて部屋から出て来たらしい。
白銀の燦めく髪は、日の落ちた薄暗い回廊にあって眩しく輝いて見えた。
今日、テレーゼの婚約者となった大公令息アンソニーが王城を訪れた。
アンソニーとテレーゼの初見の会合にはフレデリックが立ち会った。彼はやはりこの婚姻の立役者であった様だ。
護衛も侍女も最低限に絞り込み、貴賓室は限られた者だけの機密性の高い空間となっていた。
クリスティナはテレーゼに願われて側に侍る事となった。フレデリックには侍従とアランが側付きとして付いている。ローレンは出迎えの場にもその姿はなかった。
出迎えの際、アンソニーの姿を見たクリスティナは唖然とした。
たちの悪い冗談なのか。それならば悪趣味が過ぎる。
王子然とした麗しい風貌は表側だけで、内側は研ぎ澄まされた刃であるフレデリックの性根を疑った。
燦めく金の髪に鮮やかな蒼い瞳。
その髪は、顎のラインで綺麗に切り揃えられている。まるで何処かの誰かの様に。
背丈も体型も声の質も、ローレンとは似て非なる人物であるのに、纏う色が髪の形が彼そのもので、見ている内に何処かローレンと似通っていて、そのうちローレンと重なり始めた。
アンソニーは25歳。テレーゼの兄フレデリックよりも二つ年上である。
細身の身体は靭やかそうで、長い手足がすらりと伸びる。佇まいが美しく、何よりその風貌は年齢よりも若々しく、少年の名残を残す中性的な面立ちであった。
まるで少年騎士の様な見目麗しい公子である。
フレデリックはいつ彼と知り合ったのだろう。アンソニーに目を付けたのはフレデリックだろう。目的など決まっている。まるでローレンを模したような見目の貴公子。
これで諦めろと言わんばかりに、髪の形まで似せて来た。
なんて残酷なのだろう。アンソニーは人形ではない。身代わりでも無い。そして、テレーゼは幼子ではないのだ。こんな子供騙しに騙される筈が無いではないか。
クリスティナの立腹は全くの無駄に終わった。
テレーゼは、初見のアンソニーにひと目で恋に落ちてしまった。子供騙しの様な変わり身に、そっくり心を移してしまった。真逆の子供騙しに騙された。
クリスティナは、生まれて始めて目の前で人が恋に落ちる瞬間を見た。そして唖然となったのである。
アンソニーはその見目とは異なって、中身は成熟した青年貴族であった。
テレーゼが舞い上がってしまい、取り留めもなく話す要領を得ない話にも、飽きる風も見せず耳を傾けていた。
始終微笑みを絶やさずに、テレーゼの瞳を見つめて頷きながら話に聴き入る。
普段は控えめなテレーゼが、この日ばかりは嬉々として話す姿は、既に恋をする乙女のそれであった。
気が付けば、話す割合は八割方がテレーゼで、初めにフレデリックがアンソニーを紹介して、アンソニーがテレーゼに改めて自己紹介をしてからは、テレーゼの為の舞台となっていた。
果たしてフレデリックは、最初からこうなることが解っていたのだろうか。
アンソニーは、最初からローレンと云う存在を周知していたのだろうか。
そのどちらも答えは「正」だと思えた。
クリスティナとアランはフレデリックに踊らされていたのか。自分達だけでは無く、ローレンもそしてテレーゼも、この王太子の手の平で転がされていたのか。
テレーゼの語りは続いている。
アンソニーとフレデリックが、共に微笑ましいものを見つめる優しげな眼差しでテレーゼを見守っている。
胡散臭い茶番劇に鼻白んでいるのはクリスティナだけではないらしく、途中目が合ったアランも、訝しげな表情を隠せずにいた。
兎にも角にも、フレデリックの思惑はその通りに着地した。流石は兄である。
妹の気質も好みも全て理解して、追い詰めながら不足を正して、覚悟を持たせた上で極上の褒美を与えた。
テレーゼは幸福な王女である。
地位も名誉も容姿も愛も、ありとあらゆるこの世の幸福を享受する星の下に生まれた。
足りないばかりのクリスティナが、精一杯仕えた主は、誰よりも幸福な至宝の珠であった。愛でられ磨かれ輝き続ける。
これで良かったのだ。
クリスティナは改めて考え直した。
テレーゼは幸せに嫁いで行ける。流石はフレデリック。鮮やかなお手並みであった。ローレンばかりが哀れであるも、王女を単身連れ出した罪も、きっとこれで手打ちとされる事だろう。
クリスティナは肩の荷が一気に降りて、そうして何だか馬鹿馬鹿しくなってしまった。
あれこれ考えあぐねた事も、ただの考え損であった。アランと信頼出来る間柄になれたのだけはフレデリックの差配のお陰であるが、何とも呆気無い幕切れとなった。
久しぶりに見るテレーゼの笑顔。溌剌とした表情。
テレーゼ王女はこうあるべきお方だ。
愛されて愛でられる人生が誰より似合っておられる。
良かった、良かった。
王女の尽きない笑い声に、クリスティナはもう全てが許される様に思えた。
勤めを終えて自室に戻る途中、見覚えのある背中を前方に見つけた。
王女宮からは離れて、他にも文官や侍女達が行き来する回廊であったから何の不思議もないのだが、クリスティナは彼がクリスティナを待っていたのではないかと思った。
今日の出来事を、フレデリックにしてやられた笑い話にしてしまおうと互いに思っているのだと分かった。
「アラン様。」
「クリスティナ嬢。」
どちらともなく声を掛けて立ち話しの体(てい)となった。ここで立ち話しも何だから、連絡会よろしく例の仮眠室を使おうかという事になって、早速そちらへ向かった。
全く以て浮足立っていた二人は、仮眠室の隣の住人に注意を払う事を失念していた。
アランが扉を開けて先に室内に入った。後から続こうとしてクリスティナは、刺す視線を感じた。
覚えのある感覚に、思わず馴染んだ方向に目をやった。
仮眠を取っていたのだろうか。今、扉を開けて部屋から出て来たらしい。
白銀の燦めく髪は、日の落ちた薄暗い回廊にあって眩しく輝いて見えた。
あなたにおすすめの小説
〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?
ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」
その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。
「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
【完結】亡くなった人を愛する貴方を、愛し続ける事はできませんでした
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【おかげさまで完全完結致しました。閲覧頂きありがとうございます】
いつか見た、貴方と婚約者の仲睦まじい姿。
婚約者を失い悲しみにくれている貴方と新たに婚約をした私。
貴方は私を愛する事は無いと言ったけれど、私は貴方をお慕いしておりました。
例え貴方が今でも、亡くなった婚約者の女性を愛していても。
私は貴方が生きてさえいれば
それで良いと思っていたのです──。
【早速のホトラン入りありがとうございます!】
※作者の脳内異世界のお話です。
※小説家になろうにも同時掲載しています。
※諸事情により感想欄は閉じています。詳しくは近況ボードをご覧下さい。(追記12/31〜1/2迄受付る事に致しました)
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。