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【46】
ローレンが予想をしていた通り、エリザベス王女とアランの婚約が整うと、兄のトーマスは宰相家へキャサリンとの婚約を願い出た。
驚く事に、願いはあっさり叶えられたから驚きである。十年越しの恋の成就である。
二人が長く心を通わせ合っていたのは、両家もよく知るところであった。
いつの時点で兄が最初の申し出をして、どんな理由でそれが許されなかったのか、その詳しいところをクリスティナは知らない。
兄の憔悴が酷かった頃だと思い返せば、多分兄達が学園を卒業した頃が最初の申し込みの頃であろう。
それから既に九年が経っていた。
その間にキャサリンは立派な行き遅れ令嬢として噂をされる身となってしまった。
王城の回路の先に兄の後ろ姿を認めて、クリスティナは声を掛けた。
「お兄様。」
「ん?なんだクリスティナか。どうした?」
「その、良かったわね。」
「ああ、うん。」
兄の頬が緩む。
少しばかり話をしようと、回廊の脇に寄り、太い柱の陰に二人で入り込んだ。
「お兄様、良かったわね。お目出度う。」
「ああ、まあね。」
「何故許されたの?」
兄妹は会話も単刀直入である。
「王女が降嫁するからね。キャサリンがいては困るんだろう。」
「酷い!」
「全くだ。あの老いぼれ婆め。」
「なんて言葉を!と言うか誰それ!」
「閣下の母上だよ。キャサリンの祖母だ。」
「真逆、」
「その真逆。婆さんが邪魔してた。子爵家の見習い文官なんぞにやれないと。」
「でもお父様と閣下は公私共に盟友よ。ついでに陛下も。」
「ああ、あの三人婆さんに弱いんだ。幼少期のトラウマかな。」
「...それが何故今になって?」
「王女の降嫁で欲求が満たされたんじゃないか?そこに小姑がいては困ると思ったんだろう。」
「酷い。」
「鬼籍に入ってくれるのを毎日神に願ってたんだ。しぶといよな。」
「滅多な事を言わないで!」
「まあ、それも終わり良ければなんとやらだ。」
「キャサリン様、よくぞ今まで...」
「ああ、彼女は大丈夫だ。婆さんに可愛がられているからな。」
「えー、」
「実は似てるんだよ、あの二人。陰陽、表裏、そんなところ。実は私も可愛がられているぞ。私は婆さんのお気に入りだ。」
「えっ、なにそれ、なのに何故!」
「側近見習いでは駄目なんだとさ。」
「お兄様は立派な側近になられたわ。」
「だから許された。」
許されたと云うより、兄の立身を待っていてくれたのではなかろうか。
何はともあれ、目出度し目出度しである。
「まあ、あと一年待つけどな。」
「この上、まだ待たされるの?」
「義母上がキャサリンの為に婚礼のドレスを用意するんだ。思い入れがあるらしくてな。仕立てるのに一年を要するそうだ。母の愛だな、愛。」
行く行くは婚姻させる腹づもりであったなら、先に用意しても良いのでは?
気長な二人の家族は、やはり気の長い人々であるらしい。そこでアランの顔が思い浮かんで、妙に腑に落ちたクリスティナであった。
「お前こそ、どうするんだ。母上が心配していたぞ。」
そうだろう。碌に生家にも戻らず相談らしい相談もしていない。
そしてクリスティナは、ローレンの領地での婚姻式を希望している。
「私、親不孝者な娘なのね。」
「もっと甘えてやれば良かろう。お前はいつも自分を後回しにする。父上はそこを認めているようだが、母上は寂しいんじゃないかな。もっと我が儘言ってやれ。」
兄と姉がしっかり者で(兄はちゃっかり者でもあるが)あった為か、クリスティナも幼い頃より二人を追うように成長した。
何事も一人で熟して、自分の事を家族にもあまり話さずに来たように思う。王城務めでそれに拍車が掛かったかもしれない。
「ドレスかあ。」
兄と別れて戻る途中、言うとはなしに言葉が漏れた。
引き摺る様なロングトレーンにしたい訳では無いが、白い無垢のドレスは憧れである。
「どうしょうかな。」
クリスティナは、たった今、母に頼ろう甘えようと思い直していたのに、またまた一人で解決しようと悩んでいるのに気付いていないのだった。
「次の休みを空けておいてくれ。私の邸に来てほしい。迎えに行く。」
ローレンの両親、セントフォード伯爵夫妻との顔合わせである。
当日、ガチガチになるクリスティナにローレンは、
「君の周りは王族だらけであるのに、伯爵風情に緊張する必要は無いだろう」
などと軽口を言う。
確かに。けれども義父母は別次元。
先立って前伯爵夫妻、ローレンの祖父母には面会出来たクリスティナであるも、こういう席に全く全然慣れることは無い。
歩けばガチガチと音がしそうな歩みで貴賓室に通されて、初見でカーテシーをした際に、面を上げて驚いた。
ローレン様の生き写しだわ。
誰がと聞かれれば父も母も。
二人とも兄妹の様に良く似た夫婦であった。
白金の髪にロイヤルブルーの瞳。何処もかしこもローレンの面影がある。というより、ローレンは正しくこの夫妻の子なのだと分かった。
恐ろしいほど美が集結した家族である。
しかし、冷やか容貌とは異なって、伯爵夫妻は穏やかな人物であった。中身はローレンと大違いである。
長く領地に住んでいたことから、宮廷貴族にありがちの棘々しさも無く、領地領民と共に暮す二人の実直な様子に、クリスティナはほっと安堵した。
どっぷり王宮に浸かって生きてきたが、自分こそカントリーハウスでの暮らしの方が性に合っているように思うのであった。
驚く事に、願いはあっさり叶えられたから驚きである。十年越しの恋の成就である。
二人が長く心を通わせ合っていたのは、両家もよく知るところであった。
いつの時点で兄が最初の申し出をして、どんな理由でそれが許されなかったのか、その詳しいところをクリスティナは知らない。
兄の憔悴が酷かった頃だと思い返せば、多分兄達が学園を卒業した頃が最初の申し込みの頃であろう。
それから既に九年が経っていた。
その間にキャサリンは立派な行き遅れ令嬢として噂をされる身となってしまった。
王城の回路の先に兄の後ろ姿を認めて、クリスティナは声を掛けた。
「お兄様。」
「ん?なんだクリスティナか。どうした?」
「その、良かったわね。」
「ああ、うん。」
兄の頬が緩む。
少しばかり話をしようと、回廊の脇に寄り、太い柱の陰に二人で入り込んだ。
「お兄様、良かったわね。お目出度う。」
「ああ、まあね。」
「何故許されたの?」
兄妹は会話も単刀直入である。
「王女が降嫁するからね。キャサリンがいては困るんだろう。」
「酷い!」
「全くだ。あの老いぼれ婆め。」
「なんて言葉を!と言うか誰それ!」
「閣下の母上だよ。キャサリンの祖母だ。」
「真逆、」
「その真逆。婆さんが邪魔してた。子爵家の見習い文官なんぞにやれないと。」
「でもお父様と閣下は公私共に盟友よ。ついでに陛下も。」
「ああ、あの三人婆さんに弱いんだ。幼少期のトラウマかな。」
「...それが何故今になって?」
「王女の降嫁で欲求が満たされたんじゃないか?そこに小姑がいては困ると思ったんだろう。」
「酷い。」
「鬼籍に入ってくれるのを毎日神に願ってたんだ。しぶといよな。」
「滅多な事を言わないで!」
「まあ、それも終わり良ければなんとやらだ。」
「キャサリン様、よくぞ今まで...」
「ああ、彼女は大丈夫だ。婆さんに可愛がられているからな。」
「えー、」
「実は似てるんだよ、あの二人。陰陽、表裏、そんなところ。実は私も可愛がられているぞ。私は婆さんのお気に入りだ。」
「えっ、なにそれ、なのに何故!」
「側近見習いでは駄目なんだとさ。」
「お兄様は立派な側近になられたわ。」
「だから許された。」
許されたと云うより、兄の立身を待っていてくれたのではなかろうか。
何はともあれ、目出度し目出度しである。
「まあ、あと一年待つけどな。」
「この上、まだ待たされるの?」
「義母上がキャサリンの為に婚礼のドレスを用意するんだ。思い入れがあるらしくてな。仕立てるのに一年を要するそうだ。母の愛だな、愛。」
行く行くは婚姻させる腹づもりであったなら、先に用意しても良いのでは?
気長な二人の家族は、やはり気の長い人々であるらしい。そこでアランの顔が思い浮かんで、妙に腑に落ちたクリスティナであった。
「お前こそ、どうするんだ。母上が心配していたぞ。」
そうだろう。碌に生家にも戻らず相談らしい相談もしていない。
そしてクリスティナは、ローレンの領地での婚姻式を希望している。
「私、親不孝者な娘なのね。」
「もっと甘えてやれば良かろう。お前はいつも自分を後回しにする。父上はそこを認めているようだが、母上は寂しいんじゃないかな。もっと我が儘言ってやれ。」
兄と姉がしっかり者で(兄はちゃっかり者でもあるが)あった為か、クリスティナも幼い頃より二人を追うように成長した。
何事も一人で熟して、自分の事を家族にもあまり話さずに来たように思う。王城務めでそれに拍車が掛かったかもしれない。
「ドレスかあ。」
兄と別れて戻る途中、言うとはなしに言葉が漏れた。
引き摺る様なロングトレーンにしたい訳では無いが、白い無垢のドレスは憧れである。
「どうしょうかな。」
クリスティナは、たった今、母に頼ろう甘えようと思い直していたのに、またまた一人で解決しようと悩んでいるのに気付いていないのだった。
「次の休みを空けておいてくれ。私の邸に来てほしい。迎えに行く。」
ローレンの両親、セントフォード伯爵夫妻との顔合わせである。
当日、ガチガチになるクリスティナにローレンは、
「君の周りは王族だらけであるのに、伯爵風情に緊張する必要は無いだろう」
などと軽口を言う。
確かに。けれども義父母は別次元。
先立って前伯爵夫妻、ローレンの祖父母には面会出来たクリスティナであるも、こういう席に全く全然慣れることは無い。
歩けばガチガチと音がしそうな歩みで貴賓室に通されて、初見でカーテシーをした際に、面を上げて驚いた。
ローレン様の生き写しだわ。
誰がと聞かれれば父も母も。
二人とも兄妹の様に良く似た夫婦であった。
白金の髪にロイヤルブルーの瞳。何処もかしこもローレンの面影がある。というより、ローレンは正しくこの夫妻の子なのだと分かった。
恐ろしいほど美が集結した家族である。
しかし、冷やか容貌とは異なって、伯爵夫妻は穏やかな人物であった。中身はローレンと大違いである。
長く領地に住んでいたことから、宮廷貴族にありがちの棘々しさも無く、領地領民と共に暮す二人の実直な様子に、クリスティナはほっと安堵した。
どっぷり王宮に浸かって生きてきたが、自分こそカントリーハウスでの暮らしの方が性に合っているように思うのであった。
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