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オークとコーラ
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本日は日曜日。
昨日結花は店長からお客さんが来ると聞いていた。
久々のお客さんに結花の掃除の腕がなる。
隅々までピカピカにしておいた。
そのお客さんは昼過ぎになると現れた。
例のごとく、結花は店長にどんなお客さんか知らされていない。
扉の開く独特な音と共に聞こえて来たのは、少し重そうな足音。
人数は3人ぐらいだろうか。
「た、頼もぉぉぉ!」
部屋のドアを勢いよく開ける音がすると、今回のお客さんがやってきた。
人数は3人。
先頭にいるのが一番若く強そうに見える。
そして両脇には、歳を召した老人とまだまだ若そうな少年。
しかし、彼らは人間ではなかった。
「よぉ。もう新しい部族長を決める時期か」
「天上様。今回もよろしくお願いしますえぇ」
店長が手を上げながら3人に声をかけた。
老人が言葉を発すると深々と店長にお辞儀をする。
一緒にいた2人も老人を真似て頭を下げた。
分厚い鎧に隠れているが、彼らの肌はやや緑色。
見るからに筋肉隆々だろう。
耳は少し長く生えており、口からは牙が見える。
武器の類は一切持っていない。
その姿は結花も知識だけはあった。
「オーク……さんですか?」
ファンタジーでよく見かけるオーク。
一説によれば、女騎士をあーだこーだしたり、人食いだったりと怖いイメージがある。
結花の言葉に驚いたかのように3人が振り返った。
その目は結花を捉えて離さない。
「に、ニンゲン……人間!?」
「うわああああ!」
老人以外のオークが驚いたように声を張り上げ、ソファの後ろに隠れてしまった。
これには結花もびっくりだ。
普通なら結花が叫び声をあげてもおかしくない。
しかし驚いたのはオーク達だ。
そんな2人に老人が近付き、持っていた杖で地面を突いた。
「若よ! これから人間達の目の前でその度胸を試すのですぞ! 今からビビってはなりませぬ!」
「だ、だってよーじぃ? 人間だぜ? あの俺たちを狩り尽くすって噂の……」
「ここの人間たちは安全ですじゃ。さぁ隠れておらず出て来なさい」
どうやら2人のオークは人間に恐ろしいイメージを持っているらしい。
狩り尽くす……と気になる単語はあるものの、結花も警戒されないように挨拶をした。
「はじめましてオークさん。結花って言います!」
「お、俺はダガント……です」
「僕は……ギミー……」
若と老人に呼ばれた大きなオークがダガント、細身のオークがギミーと言う。
ソファから恐る恐る出てきた2人に老人も頷いていた。
しかし頷いたのは最初だけ。
そこから「全く若は……」とか「真のオークとは……」とお説教が始まる。
そんな彼らは何処に向かうのだろうか。
「店長、今日はどちらに?」
「おう。今日は東京大タワーに行くぞ!」
東京大タワー。
そこはテレビのアンテナ塔として君臨している場所だ。
観光名所としても有名で、展望台から見る景色は昼も夜も美しい。
最近はスカイ超タワーに高さを抜かれてしまったが、それでも根強い人気がある。
日本に来たなら一度は見ておきたい場所だ。
さっそく結花達は準備をして目的地へと向かいはじめた。
しかし向かう途中から前途多難。
昼過ぎで人がそこまで多くはないとはいえ、ダガント達には見るもの全てが恐ろしく見えるらしい。
たまに立ち止まっては深呼吸する声も聞こえてくる。
さらに移動手段は徒歩だけではない。
電車。しかも電車に乗る前に改札がある。
さらにその前にはエスカレーター。オーク達が見たことないものばかりだ。
しかし老人は慣れているのかスイスイと登っていく。
エスカレーターのように動く床を初めて見たダガントとギミーは階段を選択した。
意外と階段量は多い。
分厚い鎧は脱いで来たものの、初めて見る衝撃と階段で少し疲れていそうだ。
「若はまだまだですの。わしが若い頃は……」
階段の上で演説をしている老人。
側から見れば外国人が仲間に向かって何か話しているようにしか見えないが、ダガント達からすれば中々辛いものがあるだろう。
なんとか登り切ると、今度は改札だ。
結花が店長に言われて人数分の切符を買ってくる。
一人一人に渡して通り方も説明する。
まずは老人が改札を通った。
……慣れた通り方だ。
ダガント達が苦戦しているのを見ながら結花が口を開いた。
「ねね、店長。オークさん達は何をしに?」
「族長を決める……儀式みたいなものだ」
店長に結花話しかけると、今回の目的を教えてくれた。
オークは先代が後継者を指名して族長となる。
しかし族長となるオークは腕っ節だけが評価されるわけではない。
人徳などの内面や、今回のように度胸試しをするらしい。
「なるほどですねー。電車とか鉄の塊が動くってなると怖いですもんね」
「まぁそれだけじゃないんだけどな」
少し含んだ笑いをする店長。
なんとか改札を抜けたオーク達に追いつくため、結花達も改札通り電車へと向かった。
◇
東京大タワー。
目的の駅である赤羽根橋駅に到着すると、改札を出た目の前に聳え立っている。
まだ少し歩く距離はあるが、ここまでくればもう目と鼻の先だ。
ダガントとギミーは電車の窓から見える景色に大興奮していたが、そのせいでどうやら疲れてしまったらしい。
少し休憩してから向かう事にした。
自販機で適当に飲み物を買う。
結花は異世界のオークが何を好むかは知るはずもない。
ただ体の大きさからも500mlのペットボトルがいいだろうと考えた。
買っていったのはコケコーラとガルピス、そして口に合わなかった場合の水だ。
店長からはなんでも飲むとは聞いていたが……。
コケコーラに反応したのは老人だ。
それの蓋を開け、ダガントに手渡す。
初めて見る色の液体にダガントは困惑気味だ。
「じぃ、これは……」
「神の奇跡じゃ。飲んでみろ」
ニヤニヤしながら老人がダガントに勧めている。
ダガントが不安になりながら口をつけ、コーラを口に含む。
その瞬間炭酸が彼の口の中を襲って来た。
声にならない声を上げるダガント。
だが吐き出すわけにはいかない。
老人が勧めたものを吐き出せば、また説教が始まるだろう。
新感覚に困惑しながらもダガントはコーラを一口、二口と飲んだ。
「ゴホッゴホッ。じぃ、これで文句はーーあれ? うまい?」
「ふっふっふ。わしがこっちに来た時に必ず飲む神の奇跡じゃ!」
口の中で弾ける感覚。
喉を通った後に訪れる爽快感と甘さ。
ドス黒い色をした液体は、ダガントの心を鷲掴みにした。
カルピスはギミーがいたく気に入っていた。
甘くてさっぱりとした味わい。
誰にも渡すまいと、抱えながら飲んでいる。
飲み終わるとタワーに向かって歩きはじめた。
どうやらダガントはコーラを非常に気に入り、帰りにも絶対に買いに行くと宣言している。
その姿には老人もなんだか嬉しそうだ。
東京大タワー内部。
チケットを買い、エレベーターで展望台フロアへ向かう。
乗ったのは結花達とエレベーターガールだけだ。
電車とは違い、上に上がって行く四角い箱にダガント達も興奮している。
そこで老人がキリっとした顔で口を開きはじめた。
「若よ。これから最後の試練に入りますぞ」
「最後の……試練……」
ダガントが生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
ここに来るまでも大変だったのに、さらに試練があるという。
老人の目が怪しく光り、もう一度口を開いた。
「若にはこれから空中を歩いていただきますぞ!」
展望フロアに到着した。
結花もここに来るのは初めてだ。
辺りを一望できるようにガラス張りになっているので、景色が非常にいい。
高い場所から見下ろす風景というのは、いつも人に興奮を与える。
それはダガント達も同じだった。
いつもは樹や川などを見ているが、発展した街並みを見るのは初めてなのだろう。
ガラスに精一杯近づいて風景を堪能している。
眼下には電車や車が走っており、人も米粒のように小さい。
しばらくは周りの景色を見ながら歩いていた。
「若、ここですぞ」
ふと老人がダガントを呼ぶ。
老人の目の前にはガラス張りになった床があった。
そこから真下が見えており、高所恐怖症の人なら絶対に無理だろう。
「若にはここを歩いていただきますぞ」
「こ、ここを……か」
今までも何十人何百人と踏まれているガラスの床。
まず間違いなく安全なのは確かだ。
しかし老人はダガントの気持ちを踏みにじるように不安を与えてくる。
「子供達が乗っておりますね。あの子達は軽いですが、若は……」
「もし、もし万が一ヒビが入ってもゆっくり動くのですぞ! 床が抜けてそのまま……」
「わしが聞いた話じゃと、過去にも挑んだ勇敢な族長が……」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ……」
まるで懐中電灯で顔をしたから写しているような怖い顔。
結花は比較的高いところでも問題はないが、さすがにあの雰囲気には戸惑いを覚える。
一瞬安全性を疑ったぐらいだ。
ギミーが心配そうな目でダガントを見ている。
その目線に気付いたのか、ダガントは笑顔を作ってギミーの頭に手を乗せた。
「大丈夫だ。にーちゃんは必ずやり切る!」
自分にも言い聞かせたのだろう。
順番が来たので、ダガント1人だけでガラスの床に向かう。
そして意を決して一歩、また一歩と踏み出した。
乗った。ガラスの床に乗ったのだ。
しかし目は瞑っている。
老人がダガントに声をかけ、ようやくゆっくりと目を開けた。
恐ろしい。
高い。
下に突き抜けそう。
怖い。
降りたい。
楽になりたい。
色んな感情がダガントを襲う。
しかしその不安を全て振り払いながらさらに進む。
ゆっくりだが確実に一歩ずつ。
そして長い時間をかけてダガントは渡りきった。
「じぃ……ギミー! 俺はやったぞ!」
「若っ!! 立派になられて……グスッ」
「にーちゃん凄いや!」
その場で抱き合う3人。
何故か見ていた結花まで目頭が熱くなる。
オーク達は恐怖を乗り越えて、今を勝ち取ったのだ。
「毎回……なんだが、いいねぇ家族ってのは」
店長もその様子を見ながらしみじみと呟く。
もしかしたら周りには笑われるような事なのかも知れない。
だが、まったく知らない地で恐ろしい体験を克服したのは自信となる。
3人はしばらくの間、抱き合っていた。
◇
オーク族の村。
全員が集められ、壇上には老人とダガントが立っていた。
ダガントはいつも通り分厚い鎧だが、頭には羽飾りの帽子を被っている。
少しおめかしをしているのだ。
「皆の者! 我が部族の新しい長、ダガントがここに誕生した!」
「ダガントは辛く苦しい試練に耐え、今ここに族長として名を挙げる!」
「皆の者、異論はないか!?」
「「「うおおおお!!!」」」
大歓声。
オーク族全員がダガントを族長として認めた。
これから先にも辛く苦しい時は来るだろう。
それを跳ね除ける強靭な心を持ったオーク、それがダガントだ。
それからオークの宴が始まった。
それぞれが新しい族長を祝い、部族として発展することを願いながら。
その宴は朝まで続いた。
「ねぇ族長? いつも飲んでるそれなーに?」
オークの子供の1人がダガントの持っている黒い液体を指差しながら聞いて来た。
飲んでいた手を止め、一度ウィンクをしながらダガントが答える。
「これはな……族長だけが飲める、神の奇跡だよ」
そう言ったダガントからは、大きなゲップが出て来たという。
昨日結花は店長からお客さんが来ると聞いていた。
久々のお客さんに結花の掃除の腕がなる。
隅々までピカピカにしておいた。
そのお客さんは昼過ぎになると現れた。
例のごとく、結花は店長にどんなお客さんか知らされていない。
扉の開く独特な音と共に聞こえて来たのは、少し重そうな足音。
人数は3人ぐらいだろうか。
「た、頼もぉぉぉ!」
部屋のドアを勢いよく開ける音がすると、今回のお客さんがやってきた。
人数は3人。
先頭にいるのが一番若く強そうに見える。
そして両脇には、歳を召した老人とまだまだ若そうな少年。
しかし、彼らは人間ではなかった。
「よぉ。もう新しい部族長を決める時期か」
「天上様。今回もよろしくお願いしますえぇ」
店長が手を上げながら3人に声をかけた。
老人が言葉を発すると深々と店長にお辞儀をする。
一緒にいた2人も老人を真似て頭を下げた。
分厚い鎧に隠れているが、彼らの肌はやや緑色。
見るからに筋肉隆々だろう。
耳は少し長く生えており、口からは牙が見える。
武器の類は一切持っていない。
その姿は結花も知識だけはあった。
「オーク……さんですか?」
ファンタジーでよく見かけるオーク。
一説によれば、女騎士をあーだこーだしたり、人食いだったりと怖いイメージがある。
結花の言葉に驚いたかのように3人が振り返った。
その目は結花を捉えて離さない。
「に、ニンゲン……人間!?」
「うわああああ!」
老人以外のオークが驚いたように声を張り上げ、ソファの後ろに隠れてしまった。
これには結花もびっくりだ。
普通なら結花が叫び声をあげてもおかしくない。
しかし驚いたのはオーク達だ。
そんな2人に老人が近付き、持っていた杖で地面を突いた。
「若よ! これから人間達の目の前でその度胸を試すのですぞ! 今からビビってはなりませぬ!」
「だ、だってよーじぃ? 人間だぜ? あの俺たちを狩り尽くすって噂の……」
「ここの人間たちは安全ですじゃ。さぁ隠れておらず出て来なさい」
どうやら2人のオークは人間に恐ろしいイメージを持っているらしい。
狩り尽くす……と気になる単語はあるものの、結花も警戒されないように挨拶をした。
「はじめましてオークさん。結花って言います!」
「お、俺はダガント……です」
「僕は……ギミー……」
若と老人に呼ばれた大きなオークがダガント、細身のオークがギミーと言う。
ソファから恐る恐る出てきた2人に老人も頷いていた。
しかし頷いたのは最初だけ。
そこから「全く若は……」とか「真のオークとは……」とお説教が始まる。
そんな彼らは何処に向かうのだろうか。
「店長、今日はどちらに?」
「おう。今日は東京大タワーに行くぞ!」
東京大タワー。
そこはテレビのアンテナ塔として君臨している場所だ。
観光名所としても有名で、展望台から見る景色は昼も夜も美しい。
最近はスカイ超タワーに高さを抜かれてしまったが、それでも根強い人気がある。
日本に来たなら一度は見ておきたい場所だ。
さっそく結花達は準備をして目的地へと向かいはじめた。
しかし向かう途中から前途多難。
昼過ぎで人がそこまで多くはないとはいえ、ダガント達には見るもの全てが恐ろしく見えるらしい。
たまに立ち止まっては深呼吸する声も聞こえてくる。
さらに移動手段は徒歩だけではない。
電車。しかも電車に乗る前に改札がある。
さらにその前にはエスカレーター。オーク達が見たことないものばかりだ。
しかし老人は慣れているのかスイスイと登っていく。
エスカレーターのように動く床を初めて見たダガントとギミーは階段を選択した。
意外と階段量は多い。
分厚い鎧は脱いで来たものの、初めて見る衝撃と階段で少し疲れていそうだ。
「若はまだまだですの。わしが若い頃は……」
階段の上で演説をしている老人。
側から見れば外国人が仲間に向かって何か話しているようにしか見えないが、ダガント達からすれば中々辛いものがあるだろう。
なんとか登り切ると、今度は改札だ。
結花が店長に言われて人数分の切符を買ってくる。
一人一人に渡して通り方も説明する。
まずは老人が改札を通った。
……慣れた通り方だ。
ダガント達が苦戦しているのを見ながら結花が口を開いた。
「ねね、店長。オークさん達は何をしに?」
「族長を決める……儀式みたいなものだ」
店長に結花話しかけると、今回の目的を教えてくれた。
オークは先代が後継者を指名して族長となる。
しかし族長となるオークは腕っ節だけが評価されるわけではない。
人徳などの内面や、今回のように度胸試しをするらしい。
「なるほどですねー。電車とか鉄の塊が動くってなると怖いですもんね」
「まぁそれだけじゃないんだけどな」
少し含んだ笑いをする店長。
なんとか改札を抜けたオーク達に追いつくため、結花達も改札通り電車へと向かった。
◇
東京大タワー。
目的の駅である赤羽根橋駅に到着すると、改札を出た目の前に聳え立っている。
まだ少し歩く距離はあるが、ここまでくればもう目と鼻の先だ。
ダガントとギミーは電車の窓から見える景色に大興奮していたが、そのせいでどうやら疲れてしまったらしい。
少し休憩してから向かう事にした。
自販機で適当に飲み物を買う。
結花は異世界のオークが何を好むかは知るはずもない。
ただ体の大きさからも500mlのペットボトルがいいだろうと考えた。
買っていったのはコケコーラとガルピス、そして口に合わなかった場合の水だ。
店長からはなんでも飲むとは聞いていたが……。
コケコーラに反応したのは老人だ。
それの蓋を開け、ダガントに手渡す。
初めて見る色の液体にダガントは困惑気味だ。
「じぃ、これは……」
「神の奇跡じゃ。飲んでみろ」
ニヤニヤしながら老人がダガントに勧めている。
ダガントが不安になりながら口をつけ、コーラを口に含む。
その瞬間炭酸が彼の口の中を襲って来た。
声にならない声を上げるダガント。
だが吐き出すわけにはいかない。
老人が勧めたものを吐き出せば、また説教が始まるだろう。
新感覚に困惑しながらもダガントはコーラを一口、二口と飲んだ。
「ゴホッゴホッ。じぃ、これで文句はーーあれ? うまい?」
「ふっふっふ。わしがこっちに来た時に必ず飲む神の奇跡じゃ!」
口の中で弾ける感覚。
喉を通った後に訪れる爽快感と甘さ。
ドス黒い色をした液体は、ダガントの心を鷲掴みにした。
カルピスはギミーがいたく気に入っていた。
甘くてさっぱりとした味わい。
誰にも渡すまいと、抱えながら飲んでいる。
飲み終わるとタワーに向かって歩きはじめた。
どうやらダガントはコーラを非常に気に入り、帰りにも絶対に買いに行くと宣言している。
その姿には老人もなんだか嬉しそうだ。
東京大タワー内部。
チケットを買い、エレベーターで展望台フロアへ向かう。
乗ったのは結花達とエレベーターガールだけだ。
電車とは違い、上に上がって行く四角い箱にダガント達も興奮している。
そこで老人がキリっとした顔で口を開きはじめた。
「若よ。これから最後の試練に入りますぞ」
「最後の……試練……」
ダガントが生唾を飲み込む音が聞こえてきた。
ここに来るまでも大変だったのに、さらに試練があるという。
老人の目が怪しく光り、もう一度口を開いた。
「若にはこれから空中を歩いていただきますぞ!」
展望フロアに到着した。
結花もここに来るのは初めてだ。
辺りを一望できるようにガラス張りになっているので、景色が非常にいい。
高い場所から見下ろす風景というのは、いつも人に興奮を与える。
それはダガント達も同じだった。
いつもは樹や川などを見ているが、発展した街並みを見るのは初めてなのだろう。
ガラスに精一杯近づいて風景を堪能している。
眼下には電車や車が走っており、人も米粒のように小さい。
しばらくは周りの景色を見ながら歩いていた。
「若、ここですぞ」
ふと老人がダガントを呼ぶ。
老人の目の前にはガラス張りになった床があった。
そこから真下が見えており、高所恐怖症の人なら絶対に無理だろう。
「若にはここを歩いていただきますぞ」
「こ、ここを……か」
今までも何十人何百人と踏まれているガラスの床。
まず間違いなく安全なのは確かだ。
しかし老人はダガントの気持ちを踏みにじるように不安を与えてくる。
「子供達が乗っておりますね。あの子達は軽いですが、若は……」
「もし、もし万が一ヒビが入ってもゆっくり動くのですぞ! 床が抜けてそのまま……」
「わしが聞いた話じゃと、過去にも挑んだ勇敢な族長が……」
「ヒーッヒッヒッヒッヒ……」
まるで懐中電灯で顔をしたから写しているような怖い顔。
結花は比較的高いところでも問題はないが、さすがにあの雰囲気には戸惑いを覚える。
一瞬安全性を疑ったぐらいだ。
ギミーが心配そうな目でダガントを見ている。
その目線に気付いたのか、ダガントは笑顔を作ってギミーの頭に手を乗せた。
「大丈夫だ。にーちゃんは必ずやり切る!」
自分にも言い聞かせたのだろう。
順番が来たので、ダガント1人だけでガラスの床に向かう。
そして意を決して一歩、また一歩と踏み出した。
乗った。ガラスの床に乗ったのだ。
しかし目は瞑っている。
老人がダガントに声をかけ、ようやくゆっくりと目を開けた。
恐ろしい。
高い。
下に突き抜けそう。
怖い。
降りたい。
楽になりたい。
色んな感情がダガントを襲う。
しかしその不安を全て振り払いながらさらに進む。
ゆっくりだが確実に一歩ずつ。
そして長い時間をかけてダガントは渡りきった。
「じぃ……ギミー! 俺はやったぞ!」
「若っ!! 立派になられて……グスッ」
「にーちゃん凄いや!」
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店長もその様子を見ながらしみじみと呟く。
もしかしたら周りには笑われるような事なのかも知れない。
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3人はしばらくの間、抱き合っていた。
◇
オーク族の村。
全員が集められ、壇上には老人とダガントが立っていた。
ダガントはいつも通り分厚い鎧だが、頭には羽飾りの帽子を被っている。
少しおめかしをしているのだ。
「皆の者! 我が部族の新しい長、ダガントがここに誕生した!」
「ダガントは辛く苦しい試練に耐え、今ここに族長として名を挙げる!」
「皆の者、異論はないか!?」
「「「うおおおお!!!」」」
大歓声。
オーク族全員がダガントを族長として認めた。
これから先にも辛く苦しい時は来るだろう。
それを跳ね除ける強靭な心を持ったオーク、それがダガントだ。
それからオークの宴が始まった。
それぞれが新しい族長を祝い、部族として発展することを願いながら。
その宴は朝まで続いた。
「ねぇ族長? いつも飲んでるそれなーに?」
オークの子供の1人がダガントの持っている黒い液体を指差しながら聞いて来た。
飲んでいた手を止め、一度ウィンクをしながらダガントが答える。
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