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光と闇
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「…誰にも言ってないよな?」
雅史の優しげな声が頭上から聞こえてきた。
明美は顔を上げ、真剣な瞳で雅史を見詰めた。
「言ってないよ。警察にも、誰にも」
「そうか…安心したよ」
雅史は眉を上げ、笑顔を作った。
明美は気付いた。そして不思議に思った。
「…雅史君、なんでカッパなんか着てるの?…その下、もしかして裸なの?」
本当に逃げてきたと思っている明美は、本気でそう思ったようだ。
「あぁ、これか?裸じゃないよ…汚れるからだよ」
雅史は顔の皺を濃くし、歯を見せて笑い掛けた。
「汚れる?」
明美は意味が分からなかった。
「あぁ…お前の血でな」
「えっ?」
より意味が分からなくなった。
痛みを感じた。激しい痛みだ。明美は痛みを感じる場所を見る為に、視線を落とした。脇腹に何か刺さっている。直ぐには分からなかった。しかし、愛する者の声がそれがなんなのかを教えてくれた。
「ナイフだよ」
そう告げた雅史は、笑っている。
脳が理解した。その途端、人生で一番の痛みを明美にもたらした。
明美の口が大きく開いた。本能が助けを求める為に、叫び声を上げさせようとしている。しかし、その声は塞がれた。雅史の手が明美の口を塞いだ。
「夜だから大声出したら迷惑だよ?」
握り締めるナイフをこねくり回し、雅史はにっこりと微笑んだ。
雅史が笑っている。雅史が自分を突き刺すナイフを握っている。明美ははっきりと理解した。
明美の顔は痛そうだ。その顰めた顔の中にある、細くなったその目は、信じられないと語っている。信頼から絶望に変わった瞬間だ。
雅史の体にぞくりとするものが流れた。堪らない。雅史は恍惚の表情をその歪んだ笑顔に浮かべた。
明美の両手が自分を助けだそうと動いた。しかし、それを青木の両手が邪魔をした。
後ろから青木に両手を押さえ付けられ、雅史に口を塞がれている明美には、もう救いの道は見出せなかった。
雅史の顔が近付いてきた。食い入るように自分を見ている。明美は絶望する瞳で間近にある雅史の目を見詰めた。
ナイフを動かせば新たなうめき声が産まれる。雅史は楽器を弾くようにナイフを動かし続けた。
青木が押さえ付けている。明美は倒れ込む事もできない。されるがままに、この記憶をその脳に刻むしかできなかった。
ラストは胸だった。雅史は明美の胸にナイフを突き刺した。
青木が手を離した。支えを失った明美の体が崩れ落ちた。もう、息はしていなかった。胸を刺される前に、既に死んでいたのかもしれない。
明美の両手を後ろから押さえ付けていた青木は、久しぶりに雅史の顔を見た。美しい。返り血を浴びたその姿に愛が溢れた。青木は雅史の唇にキスをした。
雅史は青木を押し退けた。それはキスされた事に対する行動ではなかった。明美の顔を見る為に押し退けたのだ。
雅史は明美の顔をより近くで見る為にしゃがみ込んだ。そして、苦しそうなその死に顔を見続けた。
いつまでも立ち上がろうとしない雅史に、青木が声を掛けた。
「…おい、行くぞ」
しかし、雅史は聞こえていないかのように、明美を見詰めたまま動かない。
雅史の優しげな声が頭上から聞こえてきた。
明美は顔を上げ、真剣な瞳で雅史を見詰めた。
「言ってないよ。警察にも、誰にも」
「そうか…安心したよ」
雅史は眉を上げ、笑顔を作った。
明美は気付いた。そして不思議に思った。
「…雅史君、なんでカッパなんか着てるの?…その下、もしかして裸なの?」
本当に逃げてきたと思っている明美は、本気でそう思ったようだ。
「あぁ、これか?裸じゃないよ…汚れるからだよ」
雅史は顔の皺を濃くし、歯を見せて笑い掛けた。
「汚れる?」
明美は意味が分からなかった。
「あぁ…お前の血でな」
「えっ?」
より意味が分からなくなった。
痛みを感じた。激しい痛みだ。明美は痛みを感じる場所を見る為に、視線を落とした。脇腹に何か刺さっている。直ぐには分からなかった。しかし、愛する者の声がそれがなんなのかを教えてくれた。
「ナイフだよ」
そう告げた雅史は、笑っている。
脳が理解した。その途端、人生で一番の痛みを明美にもたらした。
明美の口が大きく開いた。本能が助けを求める為に、叫び声を上げさせようとしている。しかし、その声は塞がれた。雅史の手が明美の口を塞いだ。
「夜だから大声出したら迷惑だよ?」
握り締めるナイフをこねくり回し、雅史はにっこりと微笑んだ。
雅史が笑っている。雅史が自分を突き刺すナイフを握っている。明美ははっきりと理解した。
明美の顔は痛そうだ。その顰めた顔の中にある、細くなったその目は、信じられないと語っている。信頼から絶望に変わった瞬間だ。
雅史の体にぞくりとするものが流れた。堪らない。雅史は恍惚の表情をその歪んだ笑顔に浮かべた。
明美の両手が自分を助けだそうと動いた。しかし、それを青木の両手が邪魔をした。
後ろから青木に両手を押さえ付けられ、雅史に口を塞がれている明美には、もう救いの道は見出せなかった。
雅史の顔が近付いてきた。食い入るように自分を見ている。明美は絶望する瞳で間近にある雅史の目を見詰めた。
ナイフを動かせば新たなうめき声が産まれる。雅史は楽器を弾くようにナイフを動かし続けた。
青木が押さえ付けている。明美は倒れ込む事もできない。されるがままに、この記憶をその脳に刻むしかできなかった。
ラストは胸だった。雅史は明美の胸にナイフを突き刺した。
青木が手を離した。支えを失った明美の体が崩れ落ちた。もう、息はしていなかった。胸を刺される前に、既に死んでいたのかもしれない。
明美の両手を後ろから押さえ付けていた青木は、久しぶりに雅史の顔を見た。美しい。返り血を浴びたその姿に愛が溢れた。青木は雅史の唇にキスをした。
雅史は青木を押し退けた。それはキスされた事に対する行動ではなかった。明美の顔を見る為に押し退けたのだ。
雅史は明美の顔をより近くで見る為にしゃがみ込んだ。そして、苦しそうなその死に顔を見続けた。
いつまでも立ち上がろうとしない雅史に、青木が声を掛けた。
「…おい、行くぞ」
しかし、雅史は聞こえていないかのように、明美を見詰めたまま動かない。
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