サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第11章 フィルムに刻まれた告白 ①

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 撮影二日目の早朝。波の音と潮風の香りで目を覚ました。コテージを出て一人、静かな海辺に向かう。

「今日はいよいよクライマックスか」
 砂浜に腰を下ろし、揺らめく波を見つめながら呟く。カナの最も重要なシーンの撮影日。彼のあのセリフを、俺のカメラに収めるのだ。

「マリ先輩、こちらですよ!」
 振り向くと、映画サークルの後輩たちがすでに機材を準備していたので、慌てて駆け寄った。
「ごめん、今行く!」

 緊張と期待で呼吸が浅くなる。昨夜はほとんど眠れなかった。上映会で俺の映画とユナの映画、どちらがコンテストに選ばれるのか。カナのためにも絶対に、良い作品に仕上げ、みんなに認められたい。

「カナはどこ?」
「着替え中だよ」リョウが小屋の方を指差す。
「緊張してんの?顔真っ赤だぞ」

 慌てて頬に手を当てる。熱い。
「うるさい。監督なんだから当然だろ」

 機材をチェックしていると、不穏な空気が漂ってきた。視線を上げると、ユナが見知らぬ男性を連れて近づいてくる。

「マリ先輩、紹介します。演劇サークルの高山くんです。今日のシーン、彼に演じてもらうのはどうですか?奏多君より演技も上手いですよ」

 ユナの言葉に、堪忍袋の緒が切れた。まだ諦めていなかったのだ。しつこすぎる。

「勝手なことするな。主役はカナだ」
「でも、マリ先輩の作品は演技力が必要ですし、プロっぽい高山くんじゃないと、上映会で恥をかきますよ?」

 ユナの言葉には反応しない、絶対負けない、もう引かないと決めたのだから。

「黙って見ていろ」

 静かに告げ、8ミリカメラを手に取る。このシーンは深い感情を伝えたいので、三脚は使わずに、手持ちで撮影する。全盛期のウォン・カーウァイ風の演出だ。

「リョウ、カナを呼んでくれ」
 リョウは笑みを浮かべながら小屋へ走った。

 数分後、一人の姿が現れ、俺は息を呑む。

 ライトブルーのドレスを纏ったカナが、朝日に照らされて輝いている。その姿は昨日よりも洗練され、研ぎ澄まされていた。そよ風にドレスの裾をなびかせ、素足で白い砂浜に柔らかな足跡を残しながら近づいてくる。朝日が生地を透かし、カナのシルエットが波と溶け合う。

 波に消される前の砂上の足跡—それは彼の存在が儚くも美しいことを物語っていた。昨日も撮影したが、今日が実質本番だ。セリフを収めるため、カナも俳優としての表情を完璧に作り上げている。

 8ミリカメラを握る手に汗が滲む。これを撮らずして何を撮るというのか。

「カナ……」

 思わず声が漏れる。オゾンの『サマードレス』へのオマージュだが、もはや独自の世界が展開していた。まったく違う角度から『サマードレス』を解釈し、自由に表現する。

 カナが目の前で足を止めると、周囲の空気が凍りつく。彼の瞳が俺だけを見つめ、唇が動いた。

「マリが撮りたいのは俺だ」

 その一言でユナの表情が硬直した。高山と名乗る男も困惑した様子で立ち尽くしている。カナの代わりにこの役ができるなど、本人も思っていないだろう。

「はい、みんなスタンバイして。準備はいいか?」

 カメラを構え直す。緊張で手が震えるが、今は迷いを見せるわけにはいかない。照明スタッフがレフ板の位置を調整し、音声係、デジタルビデオカメラもセット完了。

「あそこから歩いてくれ。波打ち際から砂浜を横切るように」
 カナは無言で頷き、指定した場所へ移動し、瞳を閉じて集中している。

「シーン七。第一カット!レディ...アクション!」

 カナが瞳を開き、歩き始める。ドレスの裾が風にたなびき、彼の全身が物語を紡ぎだす。

 突然、海からの風が強まり、三脚に固定したカメラが揺れ始める。リョウが機材に飛びついて支える。ここは長回しだから途中で止められない。

「大丈夫、撮り続けろ!」
 リョウの声にうなずき、カナを捉え続ける。風は強くなる一方だが、カナは歩みを止めない。むしろ風がドレスをより美しく舞わせている。自然が味方についたようだ。

「このまま行け!」
 カナはまるで風と一体化したように、優雅に砂浜を進む。背後では、メンバーたちが必死に機材を守っている。

 少し離れた場所で、ユナが腕を組んで見つめているのが視界の端に入った。「絶対に負けない」と再び心の中で誓う。

 ファインダー越しのカナは、これまで見たどんな俳優よりも美しい。幽玄の美の化身そのものだった。彼の一挙手一投足がカメラを通して魂に刻まれていく。

「ここで振り返って」
 カナがゆっくり振り返る。彼の表情をクローズアップしていく。その瞳が俺を捉えた瞬間、カナの言葉が自然と溢れ出た。

「Do you love me?」

 カナが振り返った瞬間から言い終わるまで、俺は息をすることさえ忘れていた。時が止まったような静寂の中、心臓だけが脈動を続けている。

 カナは完璧に指導通りの演技で、説明できない複雑な表情を見せ、感情豊かな芝居を披露してくれた。
 この後「No, thank you」と書かれたテロップを映してシーンは完成する。

「カット!」

 周囲から拍手が沸き起こる。リョウが俺の肩を叩いた。
「マリ、すげえ!最高傑作だろこれ!」

 メンバーたちも興奮した表情で集まってくる。
「マリ先輩、素晴らしいです!」

「これ、コンテストで賞取れるんじゃない?」
「奏多の演技に引き込まれた!」

 ファインダーから目を離し、カナを見る。彼は少し照れた表情で佇んでいた。視線を感じて振り返ると、ユナがこちらを見ている。彼女は唇を噛みしめ、高山の腕を引いて去っていく。

「……悔しい」
 かすかに聞こえた言葉だった。彼女の背中が小さくなる中、一度だけこちらを振り返る。目に宿るのは涙か、それとも悔しさか。

 一瞬だけ同情を覚えたが、すぐにカナの方へ視線を戻し、歩み寄る。白い肌に映えるライトブルーのドレスを着たカナの姿は、一生忘れられないだろう。

「カナ、最高だったよ。ありがとう」

 言葉にならない想いが込み上げた。カナの表情が柔らかくなる。

「マリ……」
 彼が近づき、俺の頬を両手で包み、頬に流れる涙を指で優しく拭う。ドレスの裾が俺の脚に触れる。

「"Do you love me?" 上手く出来てた?」
 カナの問いに頷く。
「うん。凄く良かった。気持ちが伝わってきた」

 カナの瞳が揺らめく。何かを言おうとした時、リョウが声をかけてきた。
「おーい!次のシーンの準備するぞ!」このタイミングで...。苦笑しながらカナに耳打ちする。
「また後で話そう。今日の夜にでも」

 カナは小さく頷く。その表情には、何かが始まるという予感に満ちていた。

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