サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第11章 フィルムに刻まれた告白 ②

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 その日の撮影は順調に進む。カナのドレス姿は想像以上に、美しく映像に収まり、スタッフも達成感にあふれていた。

 ユナ達のその後は、撮影現場には戻る事は無く、長かった彼女の嫌がらせがようやく終わりを告げたようだ。

「お疲れ、終わりだ」

 最後のカットを撮り終えても、俺は8ミリカメラが切れるまでカナの姿を追い続けた。少しでも多く彼の姿を収めたくて。そして、カラカラと最後のフィルムの巻き終わる音を確認した。

 撤収が終わる頃、夕陽が海面を赤く染め始める。

「マリ」
 背後からのカナの声に振り返ると、彼はもう普段着に戻っていた。少し寂しい気持ちになる。

「どうした?もう休憩してていいよ」
「さっきの...あのセリフのこと」カナの目が真剣だ。
「あれは本当に...」

 続きを聞きたかったが、またしてもリョウが割り込んできた。
「おーい!打ち上げするぞ!機材片付けたら海辺でバーベキューだ!」

「また後でな。今夜、必ず話そう」
 カナに小声で告げると、彼は少し不満そうな顔をして頷く。

 打ち上げのバーベキューは賑やかだった。皆で今日の撮影を褒め合い、コンテストでの受賞を夢見る。でも、俺の意識はずっとカナに向いていた。彼は少し離れた場所で、一人海を見つめている。

「なあマリ」リョウが肩に手を置く。
「お前とカナ、何かあったのか?」

「え?何が?」

「隠すなよ。あの"Do you love me?"って何?あの意味深なセリフ。現実と映画が並行してんじゃないのか?」

 リョウの鋭い指摘に動揺する。
「...俺の気持ちが映像に映り込んでいたのかも」

「お前らしいな。恋愛体質の監督みたいでちょっとオモロい」
 リョウはいつものふざけた調子でからかう。しかし、真面目なトーンに変わる。

「でも、今日のカナは特別だったぜ。お前の映画の中のカナは、いつもと違っていた」
 リョウの言葉に何も返せず、ただ頷く。彼は遠くにいるカナの方を見て、にやりと笑った。
「がんばれよ」

 夜も更け、メンバーたちが次々とコテージに戻っていく。最後に残ったのは俺とカナとリョウだけだった。

「俺、先に戻るわ」リョウがわざとらしく伸びをしながら言う。

「二人でゆっくり話せよ」リョウは意味ありげな笑みを浮かべると、砂浜から立ち去った。

 静寂に包まれた浜辺。波の音だけが響く中、カナが俺の隣に座る。

「今日は...ありがとう」海を見つめながら言う。

「なんで?」

「あのドレスを着てくれて。ユナが連れてきた奴じゃなくて、お前が出演してくれて」

 カナはしばらく沈黙していた。そして、ぽつりと漏らす。

「マリが撮りたいのは俺しかいないのに、他の人に代わるなんてあり得ないだろ」その言葉に胸が高鳴る。

「本当に...そう思ってる?」振り向くと、カナの瞳が月明かりに照らされてキラキラと輝いていた。

「"Do you love me?"って何で俺に言わせたの?」

「『サマードレス』にも使われてるからかな...。意味合いは違うけど」

 心臓の鼓動が早まる。カナが近づくにつれ、呼吸が苦しくなっていく。触れたら何かが壊れてしまうのではないかという恐れと、この瞬間が夢なら、目覚めたくないという願いが同時に押し寄せた。

「どういう意味合い?」

 カナの指先が砂浜に置いた俺の手に触れる。その接触点から温かさが広がっていく。徐々に二人の距離が縮まり、膝が触れ合う位まで近づいていた。

「本当は、『愛してる?』って聞いて『うるさい』って返すんだけど、『No, thank you...』『いらない』って感じに変えてみたんだ」

「ふーん。愛してる?って俺に聞いて欲しいってこと?」

 そう言って、カナは真っ直ぐな熱い視線を向けてきた。俺の心はその熱に溶かされ、本音がこぼれ落ちた。

「俺が、カナに聞いてみたい言葉かも」

「ふーん。俺は、"No, thank you"じゃないけど」

 カナの指が俺の手の甲から腕へとゆっくり這い上がり、そっと身体を引き寄せる。月光を浴びた彼の肌は磁器のように白く、琥珀色の瞳は神秘的な輝きを放っていた。俺は彼の顔の輪郭を指でなぞりたいという衝動に駆られる。

 そして――彼の唇が俺の唇に重なった。

 その瞬間、時は止まり異次元へ誘われる。波の音だけが鼓膜を震わせ、世界には俺とカナしか存在していないかのような夢幻的な時間。彼の唇は驚くほど柔らかく、かすかに塩味を帯びていた。海の香りだ。

「これが答えだ」

 キスの後、カナが囁いた。その声が波音に溶け込む。月明かりに照らされた彼は、現世のものとは思えない美しさだった。温かい手のひらが俺の首筋に触れ、ゆっくりと髪に差し入れられる。その感触に全身が震えた。

「理解できた?」
 カナの瞳が俺を見つめる。

「ああ……カナの気持ち、わかったよ。俺の気持ちもわかった?」
 今度は俺がカナの顔を覗き込む。

「うん……好きって言えるようになった?」

 カナの声が少し震えている。俺は心臓の鼓動を抑えながら、勇気を出して本当の気持ちを初めて語る。

「待たせたけど……ずっと好きだったんだ」

 告白の言葉を紡ぐと、カナの表情が満ち足りた微笑みに変わっていく。彼の笑顔は砂浜に降り注ぐ月明かりよりも明るい。

「窓から覗いてたもんね」

「ああ。毎日見てた。本当変態だな俺」
 カナは柔らかく笑った。その笑い声は海風に乗って心地よく響く。

「俺もマリのこと、変態って言えない...裸の写真いっぱい撮ったし」俺も笑みをこぼす。

「あの写真撮影の時から俺のこと好きだったの?」

「うん。撮ってる途中から確信に変わった。俺、興味ある人しか、あんな写真撮りたいって思わないから」

 二人は数分間見つめ合った後、砂浜に横たわって空を仰ぐ。夏の夜空は無数の星で彩られている。星空を見ているカナの横顔を観察すると、いつも以上に魅力的だと思った。

「星、綺麗だな」

 カナの言葉に頷く。だが、俺の視線は星空ではなく彼に釘付けだった。すると突然、カナが上体を起こし、俺の上に覆いかぶさるように位置を変えた。

「見つめすぎだろ。いつもだけど」

 俺はバレてたかと思い笑ってしまう。しかし、カナは真剣な表情で続けた。

「でも、今日一番綺麗だったのはマリだよ」

 カナの言葉に鼓動が加速する。彼の手が俺の頬を撫で、髪を耳に掛ける。その指先が耳たぶを撫でると、鳥肌が立った。

「カナ……」

 言葉を失う。彼が俺の上にかがみ込み、首筋に唇を寄せる。暖かい吐息が肌を撫で、全身に小さな電流が走った。カナの手が俺の胸元に触れる。

「いい?」

 その問いかけに頷くことしかできない。カナの指先が胸元を優しく辿り、首筋に続く唇の感触に言葉を失う。

 やがてカナが俺の背中に両手を回し、静かに抱き寄せた。その温もりに幸福感が全身を包み込む。肌と肌が触れ合う感覚は、これまで味わったことのない特別なものだった。カナの心臓の鼓動が俺の胸に伝わってくる。

 そして再び唇を重ね、互いを求め合う。波の音を伴奏に、二人の心が通じ合うように気持ちを確かめ合っていく。言葉以上に多くのことを、その夜の海辺で分かち合った。

 カナの手が俺の背中を滑り、腰に回っていく。その感触に呼吸が乱れる。星空の下、波の音に包まれながら、二人は初めての愛を確かめ合った。

 ◇

 月が西に傾き始めた頃、二人は砂浜から立ち上がった。服装の乱れを直しながら、互いの身体についた砂を払い合う。そして視線を交わす。言葉なしでも通じ合えるようになっていた。

「冷えてきたな」
 カナが俺にピッタリと、寄り添う。二人でコテージへ戻る道すがら、勇気を出して切り出した。

「上映会が終わったらさ……」
 言葉の続きを探していると、カナがさっと手を取ってきた。彼の指が俺の指と絡み合う。その感触だけで満たされる。

「うん、一緒に何かしよう。映画撮影が終わってもこのままでいたい」
 カナの手が温かい。指が絡み合う。この繋がりが永遠に続くことを願った。

「ああ、もちろんだ」
 夜道を二人で歩きながら、星空を見上げる。満天の星が未来を照らしているような気がした。静寂の中、砂を踏みしめる音だけが響く。

「でもさ、マリ」カナが立ち止まって見つめてきた。彼の眼差しに魅了される。
「今度はドレスなしでいいよね?あれ、めちゃくちゃ恥ずかしいんだぞ」

 思わず笑い出した。緊張が一気に解ける。カナも笑い、その笑顔は星明かりの下でキラキラと輝く。

「ドレスも似合ってたけど、普段のお前で充分だ」

 コテージのライトが見えてきた。明日から編集作業が本格的に始まり、上映会に間に合わせる。これからが本番だ。カナの手を強く握る。

「でも、またマリの裸の写真は撮りたいかな」
「変態だな」二人は笑い合う。
 カナが俺の唇に優しくキスをする。

「好きだよ」
「俺も好きだ」

 二人の指が強く絡まり、夏の終わりに交わしたその言葉が、確かに未来へと繋がっていく。

 俺は幸せを感じていた。砂浜に残る二人の足跡は、やがて波に消されるだろう。でも、映像に残るカナの姿と、今夜の記憶は永遠に消えることはない。

 夏の始まりから育ち始めた恋は、夏の終わりに、ついに両思いとなり幕を閉じた。今年の夏は一生忘れられないだろう。指を絡ませたまま歩く二人の影が、月明かりに長く伸びていく。
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