サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第12章 俺の墓の上で踊ってくれる? ①

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 月明かりがコテージの木造の窓枠を淡く照らす夜。やっと想いが通じた俺たちはここに戻り、砂まみれの身体をシャワーで流してから眠りについた。周囲に気づかれぬよう、こっそり手を繋いで。

 明日は撤収予定だが、インサートカット撮影の名目でコテージ予約は残してある。そして、カナと二人きりで過ごすために。

 翌朝、まぶたを開けるとリョウや後輩スタッフたちが荷造りに追われていた。リョウが俺の肩を揺らす。

「そろそろ起きろよ」

 目をこすりながら尋ねる。
「みんなもう帰るの?」

「編集作業に入るからな。お前はもう少し撮影するんだろ?」

「うん、少しね。足りないと困るから、水中からのカットもちょっと撮っておくよ」

「おう、任せた」リョウは耳元に身を寄せ、小声で囁く。
「カナと上手くいったのか?帰ったら、たっぷり聞かせろよ。楽しみにしてるからな」と下品な笑みを浮かべながら去っていく。

「嫌だ、秘密だ。また明日な!」

 俺とカナだけが残り、みんなはコテージを後にする。窓の外を見渡しながらカナが呟く。
「みんな帰ったね」

 二人の間に微妙な空気が漂う。昨日のことを思い出し、どう振る舞えばいいか戸惑っていた。

「コーヒー、飲む?」カナが唐突に提案した。
「うん、いいね」

 彼はキッチンスペースへ移動し、湯を沸かし始めた。俺は椅子に腰掛け、その背中を眺める。見とれているうちに、二人が想いを確かめ合ったことが徐々に実感となって広がる。俺たちは付き合っているのだ。

 まだ現実感が薄い中、日常が静かに始まっていく。

「コーヒー入ったよ。パン食べる?」
「うん、食べる」

 本当にカップルみたいだと感じながら、テラスで朝食を共にした。食後も他愛もない会話で穏やかで心地よい時間が流れていく。

 ゆっくりした後、水着とラッシュガードに着替えて海へ向かった。アクションカメラで水中からの撮影を試みる。水底から見上げる太陽の光が幻想的で、映画に使いたくなる輝き。数時間かけて海や砂浜、空の映像も収め、撮影は終了。カナも一眼レフでの撮影を楽しんでいた。

 ランチは軽く済ませ、照りつける日差しを避けて午後は部屋で編集作業に取り組む。

 夕暮れ時、海が茜色に染まる頃、二人で海岸を散歩する。並んで座り、水平線に沈む夕日を眺めていた。言葉を交わさず、ただ無言で過ごす時間。不意にカナが顔を近づけ、唇を重ねてきた。この感覚がまだ新鮮で、実感が湧かない。本当に二人は恋人同士になったのだ。

「マリ、飯、どうする?」カナの声で我に返った。
「そうだな、コンビニで適当に買ってくるか」
「いや、作るよ。材料、一応買ってある」

 カナが料理するなんて知らなかった。編集している間に材料も買ってきてくれたらしい。ありがたく作ってもらうことにして、部屋のキッチンへ向かう。

「手伝おうか?」
「いいよ。見ているだけでいい」

 キッチンカウンターに腰掛け、カナの料理する姿を眺めた。意外な一面だ。包丁を握る手つきが洗練されている。この手が昨夜俺の肌に触れたのだと思うと、全身に電流が走る。

「おい、じっと見るなよ」カナが照れた様子で言った。
「悪い。でも、カナの知らない一面を見ている気がして」
「何言ってんだよ。ただの料理だろ」そう言いつつも、耳が赤くなっているのが見えた。

「そういえば、お前が撮った俺のほぼ裸の写真、どうなった?」ふと思い出して尋ねる。カナは玉ねぎを切る手を止めた。

「ちゃんと現像してある。マリに見せようと思ってた」
「え、マジで?見たい」
「今じゃないよ。飯食ってからな」

 料理が完成するまでの間、俺たちは映画の話をした。普段通りの会話だが、空気感が違う。さっきのキスもあり、二人の間には甘い空気が流れているようだ。

「できた。パスタだけど」カナが皿を置いた。シンプルなトマトパスタだが、香りだけで食欲をそそられる。

「いただきます」
「いただきます」
 最初の一口で、声が漏れる。
「うまっ!カナ、これ本気で美味いぞ」

「まあな。そんなに難しくないけど」
「俺より料理上手いじゃん」
「当たり前だろ。マリは、インスタントばっかり食ってるもんな」
 笑い合う瞬間。この自然な距離感が心地よい。

 食事を終え、二人で食器の片づけを終えた後、カナがワインを取り出した時は少し驚く。
「おい、それどこで?」

「買っておいた。乾杯しよう、撮影成功に」
「お前、意外とロマンチストだよな」

「うるさいな」照れる彼の表情に、心が穏やかになる。こんな感情、初めての経験だ。

 グラスに注がれた深紅の液体で俺たちは乾杯した。
「撮影成功」
「ああ、最高の夏だったな」

 ワインを飲みながら、ソファに腰掛ける。窓の外は完全に闇に包まれ、月明かりだけが海面を照らしていた。波の音が静かに響いている。

「なあ、マリ」カナが不意に切り出した。
「何?」

「あの日、オゾンの『サマードレス』観てた時、どう思ってた?」
 突然の質問に戸惑う。

「どうって、カナのこと?映画出て欲しいなーって思ってた。ゲイとバイのカップルの話だから、もしかして焦った?刺激的すぎるよな?キッチンであんなこと…。それに、カナがゲイって知らなかったから...」

「フフッ、うん。あの時、お前のリアクション見て思ったんだ」
「何を?」
「お前なら、俺の気持ちを理解してくれるかもって」カナの表情が真剣さを帯びる。

「マリ、前に高校の時ゲイバレした話したの覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。大変だったな」
 カナはワインをグラスに注ぎながら静かに語り始めた。

「高校二年の夏。写真を撮り始めた頃。クラスの男子が...気になってた」
「気になる...男子?」

「うん。友達としてじゃなく……もっと別の意味で」
 彼の声が次第に小さくなる。

「それで?」
「その子の写真をこっそり撮っていたんだ。部活中とか、下校途中とか。芸術作品のつもりだった。でも...」

 カナの手の動きが止まる。
「ある日、クラスメイトに写真フォルダを見られてしまって、変な噂が広がった。『奏多はストーカーだ』って」

 ワイングラスを手に持ったまま、カナは苦しそうな表情のまま続ける。
「最悪だった。友達も減ったし、あいつも俺を避けるようになって。結局、写真も全部消してしまった」
 言葉を失う。カナの過去は想像以上に辛かったのだろう。

「それからは、友達と遊ぶことも無くなって、一人で映画ばかり見ていたよ」
 カナが少し視線を逸らして語る。

「どんな映画?」
「マリが好きなフランソワ・オゾンの作品とか。『Summer of 85』が特に好きだった」

「そうなんだ。趣味合うな。どこが良いと思った?」
「海辺の町で出会った二人の男の子の夏の恋と……死」
 カナの声がわずかに沈んだ。

「墓の上で踊るシーンがあるだろ?主人公、頭おかしいだろって思うけど...何か惹かれた」

「そうだな。墓の上で踊るよな」
「亡くなった恋人との約束を果たすために」

 俺は眉をひそめた。
「頭おかしくないよ。むしろロマンチックじゃないか」
 カナは微笑み、悪戯な表情を浮かべる。

「じゃあさ、俺が死んだらサマードレス着て俺の墓の上で踊ってくれないか?」

「バカか、お前」思わず笑ってしまう。
「まあ、生きているうちに撮れればいいけどな...記録として」

 カナが真摯な瞳を俺に向ける。

「だから...」
「お前の写真なら、良いのが撮れると思ったんだ」

 その言葉に心の奥底が疼いた。

「ヌードモデルの条件も...本当は意地悪だけで言ったわけじゃない。マリの姿を撮ってみたくなった。封印していた欲望を解放して、永遠に残したいと思えたんだ」

 そう言って、カナは目を逸らした。

「そうなんだ...お前も色々考えてたんだな。俺もあの日お前の欲望を受け取った気がする」

 笑みがこぼれた。あの日のカナは、普段では考えられない強さを見せていたから。

「そういえば、初めて会った時、覚えてる?」唐突な質問だった。

「もちろん。真剣な顔で写真の話してたな。去年の春の、入寮パーティーの時だよな」

「うん。マリが真面目に話聞いてくれて嬉しかった」

「お前の目が……凄い真剣で自分の事話してくれて、俺も嬉しかった。俺も映画が好きだから近いものを感じた。その時からカナを撮りたいって思ってたのかも」

「そうだったのか。でも、あの時から、マリに興味があったよ俺も」

 カナの告白を受け止めながら、俺も彼の手を取った。

「斜め前の部屋だと気づいた時嬉しかったし、見放題で」
 俺たちは笑い合う。

「途中から気づいてだけど、気づかないフリしてあげたからね...」

「今はこんなに近くで見つめられるようになって嬉しいんだ」

「俺も見つめたいよ、もっと。ねぇ……本当に、俺の墓の上で踊ってくれない?本気なんだ」

「あぁ。わかったよ。もし、俺の方が早く死んだら、俺の墓の上で踊れよ」

 俺たちは熱い視線を交わした。『Summer of 85』に影響されすぎかもしれないが、この映画の運命的な夏の恋の結末は悲しい……。俺たちとは違う。1つの愛の形としてロマンチックで、憧れてしまうのも無理はない。

 その時、カナが顔を近づけ、唇にキスをしてきた。柔らかな感触とワインの甘く渋い風味が交わる。
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