サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第13章 サマードレスに憧れて ②

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 ――夏の終わりに。

「明日は何する?」

 キスの後、カナが尋ねてきた。俺は窓の外を眺め、潮風の余韻を思い出す。

「海に、もう一度行こうか」

 カナは一瞬驚いた後、柔らかな表情になる。

「いいね。でも今度は、ドレスはなしで」
「わかった。普通の二人として」

 普通。その言葉が胸に染みる。もう映画のための演出じゃない。俺たちは単なる監督と役者ではなく、ただ互いを想い合う、恋人同士として海を訪れるのだ。

 カナが俺のベッドに座り、手招きした。隣に腰を下ろすと、彼の頭が俺の肩に優しく寄りかかる。

「でも、カメラは持っていこう」
 俺の言葉にカナがフフッと声を漏らす。

「やっぱりね。監督は休みなしか。俺もカメラ持って行くよ」

「撮り合おう。喧嘩しないように、撮る・撮られるを交代で。二人の思い出を記録しよう」

 カナは満足げに頷き、指を絡ませてきた。温かな手の感触に、幸福感が全身を包む。

 工学寮の廊下からは学生たちの笑い声が響き、窓の外の木々には秋の風が通り過ぎる。夏は去っても、俺たちの物語はこれからも紡がれていく。

「明日も、これからも」

 カナの囁きに、俺は静かに応える。

「うん、永遠に」

 二人の間に流れる静かな時間が、この瞬間を特別なものにしていた。夏の記憶と共に、新しい季節の始まりを感じながら。

 ◇

 数週間後、上映会の審査結果が発表された。優秀賞は俺とユナの作品が選ばれ、特例で二作品ともコンテストに出品されることが決定。俺とカナはその知らせに喜び抱き合う。次はコンテストで予選通過し、スクリーンでの上映を目指す。

 新たな希望を胸に、俺たちは次作『冬物語』の構想に取り掛かり始めた。カナと共に創る次の物語に胸が高鳴る。

「マリ、ちょっとこれ見て」

 ある日、カナが俺の部屋に一枚の写真を持ってきた。砂浜に寝転がる俺の姿を捉えたショット。遠くを見つめ、何かを夢見るような表情が映っている。

「これ、いつ撮ったの?」
「覚えてない?あの日、マリが脚本を考えてた時」

 思い出す。波の音を聞きながら、脚本の構想を練っていた時のこと。

「この表情、好きなんだ」カナが優しく言った。
「何かを見つけた人の顔」
「そうか……」

「映画祭に出られたら、次は二人で監督しない?」
 カナの突然の提案に驚く。
「二人で?」

「うん。マリのアイデアと、俺の写真の感覚を合わせれば、もっといい作品ができると思うんだ。ウォン・カーウァイとクリストファー・ドイルみたいに」

 その言葉から、新たな可能性が広がる。カナと共同で作品を創造する道。それは役者と監督という枠を超えて、創作を共有する関係だ。

「いいね、やってみよう」
 決意の言葉に、カナは満足げに頷いた。
「約束だぞ」

 そして彼の指が、俺の頬に触れる。その感触が、これからも続いていく二人の関係を確かなものにしているようだった。

 ◇

 インディーズ映画祭の当日。会場となった小さな劇場は満員だった。俺たちの『サマードレスに憧れて』は、無事に予選通過を果たし、学生部門で上映される。

 舞台の袖で、カナと俺は互いの手を握りしめている。

「緊張する?」カナが小声で尋ねる。
「ああ、心地よい高揚感だ」

 間もなく俺たちの名前がアナウンスされ、スクリーンに映画が映し出される。客席からの反応を感じながら、俺はカナの手をさらに強く握る。

 映画が終わると、会場から温かい拍手が湧き起こる。映像で人の心を動かせたこと、それが何より嬉しい。

 審査結果の発表が始まる。まさか自分たちの名前が呼ばれるとは思わなかった。学生部門の奨励賞受賞。舞台上で賞状を受け取るとき、カナと視線が合う。彼の目には誇らしさと、これからの期待が輝いていた。

 リョウやスタッフとして手伝ってくれた後輩たちも大喜び。ユナも笑顔で受賞を祝福してくれた。俺は込み上げる思いを抑えながら、受賞インタビューに答える。

「この作品に込められた思いを教えてください」

 俺は少し考えてから答える。

「夏の終わりに生まれた、純粋な感情の記録を撮ったつもりでしたが...それは終わりではなく始まりだったんです」

 カナが横で静かに頷くのが見えた。

 映画祭の後、俺たちはいくつかの映像関係の仕事のオファーも受け、大学生ながら小さな実績を積み始めていた。それは将来への足がかりになるかもしれない。

 帰り道、カナと手を繋ぎながら歩いていると、俺は突然立ち止まった。

「カナ、覚えてる?俺が言ってたこと」
「どんなこと?」カナが首を傾ける。

 俺はいつもより真面目に話始めた。

「夏の終わりに、何かを得て、何かを失う物語って」

 撮影前に物語の本質について語り合った夜、カナに話したコンセプトだ。

「確かに、俺たち夏そのものを失ったね」とカナは言う。

 俺が続ける。
「あの海辺の日々も、あのライトブルーのドレスも、あの特別な時間も、もう戻ってこない」

 カナは静かに頷く。季節は巡り、二度と同じ夏は訪れない。あの輝くような日々は過去のものになった。

「でも、カナ」
 俺が彼の方を向き、真っ直ぐに目を見つめた。

「その代わりに、俺たちは何かを得たよね」

 カナの瞳に映る確かな思いに、心が震える。
「ああ。お互いを得た。そして...未来を」とカナは答えた。

 単なる夏の思い出ではなく、これからも続いていく関係。一時的な輝きではなく、永続する灯り。それが俺たちの得たものだった。

「映画の中じゃなく、現実の中で生きていく、俺たちの物語」

 俺がそう言うと、カナは優しく微笑んだ。夏の光は失われても、手に入れたものはもっと大切だった。永遠に色褪せない、心の中の映画のように。

 ◇

 季節は巡り、冬になった。俺たちは約束通り『冬物語』の撮影に取り掛かった。今度はカナがカメラを、俺が演出を担当する。互いの強みを活かした共同作業だ。

 雪の降る日、カナが俺の手を引いている。木に積もった雪を掴んでは俺にたまに投げて来る。おふざけモードのカナを微笑ましく見守った。

 二人で雪の中を歩きながら、俺は思う。あの映画がなければ出会えなかった感情。『サマードレスに憧れて』で始まった物語が、いつしか俺たちの現実になっていた。

「マリ」カナが足を止めて言う。
「次の夏も、その次も、ずっと一緒に映画を撮ろう」

 雪の結晶が二人の間に舞い、白い息が重なり合う冬の朝。俺たちは新しい季節を生きていた。

「うん、ずっと一緒に」

 俺たちは映画制作のために出会い、現実では真実の愛を紡いでいく。

 いつか俺たちの映画が、誰かの人生を変えるかもしれない。あの日の俺がオゾンの映画に心を奪われたように。

 ライトブルーのサマードレスはクローゼットの奥に眠ったままだけど、あの夏の記憶は色褪せない。これからも俺たちだけの物語が続いていく。

 季節が巡り、また新しい夏が来ても。そして、その先の季節が来ても。



             Fin.            



    フランソワ・オゾン監督と映画に愛をこめて。  



           tommynya



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