28 / 29
第13章 サマードレスに憧れて ①
しおりを挟む
「これで本当にいいのか?」
奥底から湧き上がる不安を抑えながら、モニターに映る自分の作品を見つめる。映像は既に完成し、あとは上映するだけだ。
「マリ、大丈夫だよ」
カナの声に振り向くと、普段のクールな表情とは違う、緊張の色が浮かんでいる。上映会用のパリッとした白いシャツを着ていても、いつもの儚げな雰囲気は変わらない。
「本当に新人俳優みたいだな」
俺が言うと、カナは照れたような笑顔になる。
9月に入り、大学は夏休みから戻って間もない時期。映画サークルの部室に集まった仲間たちは、それぞれの夏の作品を持ち寄っている。
待ちに待った、伝統行事「夏の上映会」の日だ。
この日の優秀賞が全国映像コンテストに出品され、予選通過作品はインディーズ映画祭で上映される特別な機会を得る。
「真梨野の作品、楽しみだな」
サークルの先輩がニヤリとする。カナがドレスを着ていると聞いて、からかう気満々の様子。
「普通に撮りました。でも、自信あります」
そう返しながらも、脈拍が早まるのを感じる。俺の映画『サマードレスに憧れて』は単なる学生映画のはずが、いつしか俺とカナの関係を変えてしまった作品だ。スタッフ総出で編集を重ね、コンテストに相応しい芸術性の高い短編映画に仕上がっている。
「上映開始します」
部室が暗転し、最初に映し出されたのはユナの作品。彼女が連れてきた演劇サークルの男子が主演の恋愛ドラマだ。予想以上の出来栄えに驚く。ユナの繊細なカメラワークとデジタルアートは、彼女の感性の良さを証明していた。
「次は、真梨野くんの作品です」
司会役の先輩の声に、全身に緊張が走る。カナは俺の隣で静かに座っている。
スクリーンに映し出されたのは、海辺を歩くライトブルーのドレス姿のカナ。髪が風になびき、振り返るたびに陽の光が横顔を照らす。
逆光が彼の輪郭を金色に縁取り、8ミリフィルムの粒子が肌を詩的に染めている。それは、オゾンの『サマードレス』へのオマージュでありながら、完全に俺たちだけの映像になっていた。
登場人物はカナ一人。テロップと会話する構成にしたことで、カナの魅力がより鮮明に伝わる。砂浜に残る足跡、波の音、潮風でなびくドレス。すべてが調和している。
そしてカナがゆっくりと振り返る。
「Do you love me?」
画面が切り替わり、テロップが映る。
「No, thank you」
表現不可能なカナの表情のクローズアップ。静かな音楽と共に、ドレスのまま海に向かって歩いていく後ろ姿。ゆっくりとフェードアウトして映画は終わる。
部室に明かりが灯ると、一瞬の沈黙の後、拍手が巻き起こった。
「すげえ……これマジで単館系の芸術作品みたいだぞ」
「奏多くん、めちゃくちゃ様になってる」
「真梨野、センスあるな」
その瞬間、漠然とした映像制作への憧れが確かな決意にかわる。
称賛の声が飛び交う中、隅の方でじっと映像を見つめていたユナが立ち上がった。彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄り、照れくさそうに視線を落とす。
「マリ先輩」
ユナの声には、これまでの敵意が消えていた。
「……感動しました。私、間違ってたみたい。この役は奏多くんにしか出来ませんね」
彼女の言葉は素直で、以前の険悪な空気が嘘のよう。
「ユナの作品も良かったよ。あの光の使い方とデジタルアート、本当に素晴らしかった」
俺の言葉に彼女は少し照れた様子で、小さく頭を下げる。
「奏多くんが着たいって言ってたドレス、すごく似合ってましたね。ライトブルーと海が合わさると夏そのものという感じで。8ミリフィルムとデジタルの融合も面白い編集でした」
そう言ってユナは微笑む。彼女の表情には、純粋に映像作品を愛する者としての輝きがあった。
ユナとの会話を見ていたリョウも「あいつと仲直り出来たみたいで良かったな!」と俺の肩を叩く。リョウにはこの件で、かなりメンタル面のサポートをしてもらった。親友がいて良かったと、リョウに感謝している。カナとの恋も応援してくれたし。
試写会では他のメンバーの作品も続々と上映され、合評会へと移っていく。先輩たちからの鋭い指摘や後輩たちからの素朴な感想があり、それぞれの視点から映像について語り合った。俺の作品は「芸術性が高くて斬新」と評価され、カナの演技は「自然で表情が豊か」と称賛された。
「今年の夏の上映会、レベル高いな。審査が難しそうだ」
部長が満足げに言いながら、最後の挨拶をして会は終了した。観客の投票結果、講師と外部の審査委員長の評価で、数週間後に結果が出る。
「お疲れさま、みんな!このあと懇親会やるけど、来れる人は来てね!」
副部長の元気な声に、サークルメンバーが応答する。カナと目を合わせると、彼は小さく首を振った。懇親会に行く気はない様子だ。
「僕たち、先に失礼します」
カナが周りに声をかける。俺も「お先に」と手を振ると、先輩の一人が意味ありげに笑いながら「楽しんできなよ」と言った。どこまで俺たちのことを察しているのか分からないが、気にしないことにした。
部室を出て、夜の大学構内を歩き始める。初秋の風が肌に心地よく、木々の間から覗く月が静かに輝いている。
「マリ、みんな映画を気に入ってくれたね」
カナの声には安堵感があった。彼の横顔を見ると、緊張から解放された柔らかな表情をしている。
「うん、良かった。あんなに拍手もらえるとは思わなかった」
「でも、マリの力だよ。監督が上手だったから」
カナの言葉に、頬に熱が走る。
「お前がいなきゃ撮れなかった」
そう返すと、カナは優しく微笑んだ。
「ユナも、変わったね」
「あぁ、彼女も本当に映画が好きなんだな」
二人で工学寮への道を歩きながら、カナと出会った頃からの思い出を振り返る。最初はカナに魅力を感じて窓から毎日眺めていたけれど、たまに映画や写真の話をするだけで、深く知り合うことはなかった。
単館系映画に出てきそうな雰囲気に惹かれて、映画に出てくれと声をかけただけだったのに、こんな関係になるなんて思いもよらなかった。
「季節が変わるの、早いね」
カナの言葉に頷く。確かに、あっという間だった。
「でも、この夏はとても長く感じたよ」
俺の言葉にカナが不思議そうな顔をする。
「悪い意味じゃないんだ。すごく濃密で、一日一日が大切に思えて...だから長く感じた」
理解したように、カナは穏やかな表情を見せた。
工学寮に到着すると、当然のように俺の部屋へ向かう。
鍵を開け、中に入ってエアコンをつける。夏休み明けだというのに、まだ昼間の暑さが残っている。
「お疲れ様」
カナがベッドに腰掛けながら言う。俺はデスクの椅子に座り、今日の試写会を振り返る。
「先輩たちの反応見てたら、映画は人に届けるためのものだとも思った」
カナが少し驚いた表情を見せる。
「でも、マリはいつも『自分が撮りたいものを撮る』って言ってたじゃん」
「それは変わらない。ただ、自分だけが満足するんじゃなくて、誰かの心に届いたときの喜びも知った気がする」
窓から差し込む月明かりが、カナの横顔を優しく照らしていた。
「なぁ、マリ」
カナが呼びかけてきた。彼の声には少し切実なものが混ざっている。
「なに?」
「この夏のこと、ずっと覚えておける?」
その質問の意味が分かる。俺たちが過ごした特別な時間のこと。
映画のために始まった関係が、いつの間にか大切なものに変わっていったこと。
「忘れるわけないだろ」
俺はデスクの引き出しからDVDを取り出し、カナに手渡す。ケースの表紙には、海辺でドレスを着た彼の姿が映っている。タイトルは『サマードレスに憧れて』完全版だ。
「ほら、ちゃんとディレクターズカット版も作ったんだ。今日見せた編集版じゃなく、俺たちだけの完全版」
それには撮影中の会話や、NGシーン、海辺のコテージでの様子まで含まれている。二人の思い出がすべて詰まっていた。
カナの瞳に光が宿り、立ち上がって俺の方へ歩み寄る。
「ほんと、マリはロマンチストだね」
そう言いながら、彼の両腕が俺の腰に回る。その温かさが心地よい。
「この夏は、俺にとっても特別だった」
カナの声は静かだが、確かな思いが伝わってくる。
「高校の時のあの失敗から、ずっと自分を閉じ込めていたのに...マリと出会ってから変われた。また人を撮れるようになったし。撮りたい被写体も見つけた。何より、自分の感情にも素直になれた」
「俺もだよ」
自然と言葉が出る。
「一生忘れられない時間だった。俺の夢の映画がカナのおかげで完成したんだから」
カナとの出会いがなければ、俺はまだ単館系映画に憧れるだけの、何も作れない学生だったかもしれない。カナを見つけたことが、俺の中の創造の鍵を解き放ってくれた。勇気を出して行動することの意味を教えてくれたんだ。
カナが俺の手を優しく握る。あの海辺のコテージでの夜のような自然な流れだった。
「マリ、これからも映画を創り続けていこう」
カナの言葉で全身に温もりが広がる。
「もちろんだよ」
窓の外では、夏の名残の花火が遠くで上がっている。青と赤の光が夜空を彩る。二人は窓辺に立ち、並んで鑑賞する。
「今度は何を撮りたい?」
カナの問いかけに、俺は少し考えてから答える。
「今度は……冬の物語かな」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「冬?まだ先のことじゃない?」
「だって、この夏の続きを撮りたいんだ。季節が変わっても、俺たちの物語は続くだろ?それにロメールも、『夏物語』と『冬物語』を撮った。俺も撮らなきゃ」
カナも笑顔で頷く。
「そうだな、さすが映画オタクだ。そばにいて、作品作り手伝うよ」
そう言って、彼は俺の肩に手を回し引き寄せた。その仕草には、もう迷いがない。
「去年のあの日、初めてマリに声をかけられた時、ドキドキしたんだ。言わなかったけど」
カナの告白に驚く。彼もあの時から何かが動き出す予感があったのだろうか。
「俺も、初めてお前を見た瞬間から、何かが始まった気がしていた」
彼の姿に心惹かれ、ライトブルーのドレスを着せたいと思った衝動は、きっと、フランソワ・オゾンの映画への憧れだけじゃない。
「カナへの、純粋な恋だったんだなって今なら思う」
思わず口に出した言葉に、カナの瞳が輝いた。彼は少し照れくさそうに顔を近づけてきた。
「Do you love me?」
俺が囁くと、カナは迷わず答えた。
「Yes, 狂おしいほどに」
そしてカナの唇が、やさしく俺の唇に触れた。柔らかくて温かいキス。
窓から差し込む月明かりの中、俺たちの夏は新しい季節へと変わり、新しい物語へと続いていく。
奥底から湧き上がる不安を抑えながら、モニターに映る自分の作品を見つめる。映像は既に完成し、あとは上映するだけだ。
「マリ、大丈夫だよ」
カナの声に振り向くと、普段のクールな表情とは違う、緊張の色が浮かんでいる。上映会用のパリッとした白いシャツを着ていても、いつもの儚げな雰囲気は変わらない。
「本当に新人俳優みたいだな」
俺が言うと、カナは照れたような笑顔になる。
9月に入り、大学は夏休みから戻って間もない時期。映画サークルの部室に集まった仲間たちは、それぞれの夏の作品を持ち寄っている。
待ちに待った、伝統行事「夏の上映会」の日だ。
この日の優秀賞が全国映像コンテストに出品され、予選通過作品はインディーズ映画祭で上映される特別な機会を得る。
「真梨野の作品、楽しみだな」
サークルの先輩がニヤリとする。カナがドレスを着ていると聞いて、からかう気満々の様子。
「普通に撮りました。でも、自信あります」
そう返しながらも、脈拍が早まるのを感じる。俺の映画『サマードレスに憧れて』は単なる学生映画のはずが、いつしか俺とカナの関係を変えてしまった作品だ。スタッフ総出で編集を重ね、コンテストに相応しい芸術性の高い短編映画に仕上がっている。
「上映開始します」
部室が暗転し、最初に映し出されたのはユナの作品。彼女が連れてきた演劇サークルの男子が主演の恋愛ドラマだ。予想以上の出来栄えに驚く。ユナの繊細なカメラワークとデジタルアートは、彼女の感性の良さを証明していた。
「次は、真梨野くんの作品です」
司会役の先輩の声に、全身に緊張が走る。カナは俺の隣で静かに座っている。
スクリーンに映し出されたのは、海辺を歩くライトブルーのドレス姿のカナ。髪が風になびき、振り返るたびに陽の光が横顔を照らす。
逆光が彼の輪郭を金色に縁取り、8ミリフィルムの粒子が肌を詩的に染めている。それは、オゾンの『サマードレス』へのオマージュでありながら、完全に俺たちだけの映像になっていた。
登場人物はカナ一人。テロップと会話する構成にしたことで、カナの魅力がより鮮明に伝わる。砂浜に残る足跡、波の音、潮風でなびくドレス。すべてが調和している。
そしてカナがゆっくりと振り返る。
「Do you love me?」
画面が切り替わり、テロップが映る。
「No, thank you」
表現不可能なカナの表情のクローズアップ。静かな音楽と共に、ドレスのまま海に向かって歩いていく後ろ姿。ゆっくりとフェードアウトして映画は終わる。
部室に明かりが灯ると、一瞬の沈黙の後、拍手が巻き起こった。
「すげえ……これマジで単館系の芸術作品みたいだぞ」
「奏多くん、めちゃくちゃ様になってる」
「真梨野、センスあるな」
その瞬間、漠然とした映像制作への憧れが確かな決意にかわる。
称賛の声が飛び交う中、隅の方でじっと映像を見つめていたユナが立ち上がった。彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄り、照れくさそうに視線を落とす。
「マリ先輩」
ユナの声には、これまでの敵意が消えていた。
「……感動しました。私、間違ってたみたい。この役は奏多くんにしか出来ませんね」
彼女の言葉は素直で、以前の険悪な空気が嘘のよう。
「ユナの作品も良かったよ。あの光の使い方とデジタルアート、本当に素晴らしかった」
俺の言葉に彼女は少し照れた様子で、小さく頭を下げる。
「奏多くんが着たいって言ってたドレス、すごく似合ってましたね。ライトブルーと海が合わさると夏そのものという感じで。8ミリフィルムとデジタルの融合も面白い編集でした」
そう言ってユナは微笑む。彼女の表情には、純粋に映像作品を愛する者としての輝きがあった。
ユナとの会話を見ていたリョウも「あいつと仲直り出来たみたいで良かったな!」と俺の肩を叩く。リョウにはこの件で、かなりメンタル面のサポートをしてもらった。親友がいて良かったと、リョウに感謝している。カナとの恋も応援してくれたし。
試写会では他のメンバーの作品も続々と上映され、合評会へと移っていく。先輩たちからの鋭い指摘や後輩たちからの素朴な感想があり、それぞれの視点から映像について語り合った。俺の作品は「芸術性が高くて斬新」と評価され、カナの演技は「自然で表情が豊か」と称賛された。
「今年の夏の上映会、レベル高いな。審査が難しそうだ」
部長が満足げに言いながら、最後の挨拶をして会は終了した。観客の投票結果、講師と外部の審査委員長の評価で、数週間後に結果が出る。
「お疲れさま、みんな!このあと懇親会やるけど、来れる人は来てね!」
副部長の元気な声に、サークルメンバーが応答する。カナと目を合わせると、彼は小さく首を振った。懇親会に行く気はない様子だ。
「僕たち、先に失礼します」
カナが周りに声をかける。俺も「お先に」と手を振ると、先輩の一人が意味ありげに笑いながら「楽しんできなよ」と言った。どこまで俺たちのことを察しているのか分からないが、気にしないことにした。
部室を出て、夜の大学構内を歩き始める。初秋の風が肌に心地よく、木々の間から覗く月が静かに輝いている。
「マリ、みんな映画を気に入ってくれたね」
カナの声には安堵感があった。彼の横顔を見ると、緊張から解放された柔らかな表情をしている。
「うん、良かった。あんなに拍手もらえるとは思わなかった」
「でも、マリの力だよ。監督が上手だったから」
カナの言葉に、頬に熱が走る。
「お前がいなきゃ撮れなかった」
そう返すと、カナは優しく微笑んだ。
「ユナも、変わったね」
「あぁ、彼女も本当に映画が好きなんだな」
二人で工学寮への道を歩きながら、カナと出会った頃からの思い出を振り返る。最初はカナに魅力を感じて窓から毎日眺めていたけれど、たまに映画や写真の話をするだけで、深く知り合うことはなかった。
単館系映画に出てきそうな雰囲気に惹かれて、映画に出てくれと声をかけただけだったのに、こんな関係になるなんて思いもよらなかった。
「季節が変わるの、早いね」
カナの言葉に頷く。確かに、あっという間だった。
「でも、この夏はとても長く感じたよ」
俺の言葉にカナが不思議そうな顔をする。
「悪い意味じゃないんだ。すごく濃密で、一日一日が大切に思えて...だから長く感じた」
理解したように、カナは穏やかな表情を見せた。
工学寮に到着すると、当然のように俺の部屋へ向かう。
鍵を開け、中に入ってエアコンをつける。夏休み明けだというのに、まだ昼間の暑さが残っている。
「お疲れ様」
カナがベッドに腰掛けながら言う。俺はデスクの椅子に座り、今日の試写会を振り返る。
「先輩たちの反応見てたら、映画は人に届けるためのものだとも思った」
カナが少し驚いた表情を見せる。
「でも、マリはいつも『自分が撮りたいものを撮る』って言ってたじゃん」
「それは変わらない。ただ、自分だけが満足するんじゃなくて、誰かの心に届いたときの喜びも知った気がする」
窓から差し込む月明かりが、カナの横顔を優しく照らしていた。
「なぁ、マリ」
カナが呼びかけてきた。彼の声には少し切実なものが混ざっている。
「なに?」
「この夏のこと、ずっと覚えておける?」
その質問の意味が分かる。俺たちが過ごした特別な時間のこと。
映画のために始まった関係が、いつの間にか大切なものに変わっていったこと。
「忘れるわけないだろ」
俺はデスクの引き出しからDVDを取り出し、カナに手渡す。ケースの表紙には、海辺でドレスを着た彼の姿が映っている。タイトルは『サマードレスに憧れて』完全版だ。
「ほら、ちゃんとディレクターズカット版も作ったんだ。今日見せた編集版じゃなく、俺たちだけの完全版」
それには撮影中の会話や、NGシーン、海辺のコテージでの様子まで含まれている。二人の思い出がすべて詰まっていた。
カナの瞳に光が宿り、立ち上がって俺の方へ歩み寄る。
「ほんと、マリはロマンチストだね」
そう言いながら、彼の両腕が俺の腰に回る。その温かさが心地よい。
「この夏は、俺にとっても特別だった」
カナの声は静かだが、確かな思いが伝わってくる。
「高校の時のあの失敗から、ずっと自分を閉じ込めていたのに...マリと出会ってから変われた。また人を撮れるようになったし。撮りたい被写体も見つけた。何より、自分の感情にも素直になれた」
「俺もだよ」
自然と言葉が出る。
「一生忘れられない時間だった。俺の夢の映画がカナのおかげで完成したんだから」
カナとの出会いがなければ、俺はまだ単館系映画に憧れるだけの、何も作れない学生だったかもしれない。カナを見つけたことが、俺の中の創造の鍵を解き放ってくれた。勇気を出して行動することの意味を教えてくれたんだ。
カナが俺の手を優しく握る。あの海辺のコテージでの夜のような自然な流れだった。
「マリ、これからも映画を創り続けていこう」
カナの言葉で全身に温もりが広がる。
「もちろんだよ」
窓の外では、夏の名残の花火が遠くで上がっている。青と赤の光が夜空を彩る。二人は窓辺に立ち、並んで鑑賞する。
「今度は何を撮りたい?」
カナの問いかけに、俺は少し考えてから答える。
「今度は……冬の物語かな」
彼は不思議そうに首を傾げる。
「冬?まだ先のことじゃない?」
「だって、この夏の続きを撮りたいんだ。季節が変わっても、俺たちの物語は続くだろ?それにロメールも、『夏物語』と『冬物語』を撮った。俺も撮らなきゃ」
カナも笑顔で頷く。
「そうだな、さすが映画オタクだ。そばにいて、作品作り手伝うよ」
そう言って、彼は俺の肩に手を回し引き寄せた。その仕草には、もう迷いがない。
「去年のあの日、初めてマリに声をかけられた時、ドキドキしたんだ。言わなかったけど」
カナの告白に驚く。彼もあの時から何かが動き出す予感があったのだろうか。
「俺も、初めてお前を見た瞬間から、何かが始まった気がしていた」
彼の姿に心惹かれ、ライトブルーのドレスを着せたいと思った衝動は、きっと、フランソワ・オゾンの映画への憧れだけじゃない。
「カナへの、純粋な恋だったんだなって今なら思う」
思わず口に出した言葉に、カナの瞳が輝いた。彼は少し照れくさそうに顔を近づけてきた。
「Do you love me?」
俺が囁くと、カナは迷わず答えた。
「Yes, 狂おしいほどに」
そしてカナの唇が、やさしく俺の唇に触れた。柔らかくて温かいキス。
窓から差し込む月明かりの中、俺たちの夏は新しい季節へと変わり、新しい物語へと続いていく。
3
あなたにおすすめの小説
雨とマルコポーロ――恋が香る夜に
tommynya
BL
就活十連敗、心が折れかけていた雨の夜。駅前でうなだれていた凪に、傘を差し出したのは、まるでフランス映画から抜け出したような、美しい青年だった。「濡れてる人を見ると、紅茶を飲ませたくなるんだ」── 連れていかれたのは、裏通りにある静かなティーサロン・Salon de Thé ―「Minuit」真夜中の紅茶店。
「この紅茶は、夜飲めば少しだけ泣ける味なんだ」
花と果実とバニラが混ざる“マルコポーロ”の香りが、疲れた心にやさしく触れていく。
名前も知らないまま始まった、不思議な会話と心のぬくもり。
だが後日、彼が人気モデル“NOA”であることを知った凪は──。
雨と、夜気、香りと詩。そして紅茶が繋ぐ、ふたりの距離はじれったくも確かに近づいていく。
この恋はまだ名前を持たない。でも、確かに始まりかけている──。
※10章で1幕終了という感じです!
11章からは攻め視点と、その後の甘すぎる日常です。
16章がグランドフィナーレという感じです☺︎
星川 クレール 乃亜(攻め){ホシカワ クレール ノア}
• 大学2年 20歳、仏文学専攻、身長182cm
• 紅茶専門サロンで働くモデルの青年
• 美しい容姿と不思議な言葉遣い(詩的)
• 1/4 フランスの血を引く
• 香りと記憶に関する独自の感性を持つ
• 一見、人に対して興味が薄いようなところがあるが、
凪には強めの、執着や保護欲を隠し持つ
✖️
長谷川 凪(受け){ハセガワ ナギ}
• 大学4年 22歳 心理学専攻、身長175cm
• 就活に疲れている
• 華奢に見えるが、趣味は筋トレ
• 腹筋は仕上がっている
• 嫌な事があると雨に濡れがち
• 真面目で素朴、努力家だが、自己肯定感が低め
• 落ち込んでいたとき、乃亜の紅茶とことばに癒される
• “名前も知らない相手”に心を救われ、また会いたいと思ってしまう
✴︎ 本文の詩は、ポール・ヴェルレーヌとジャック・プレヴェールの詩にインスパイアされた、完全オリジナルの創作です。引用は一切ないですが、彼らのロマンチックな雰囲気を感じてもらえたら嬉しいです。
ジャンル:青春BL・日常系
シリーズ名:「Minuit」詩的パラレル
雨の日は君と踊りたい 〜魂の半分を探して…切ない練習生BL〜
tommynya
BL
ワルシャワで「次世代のショパン」と呼ばれたレインは13歳でK-POPに出会い、16歳で来日。
芸術高校ピアノ科に通いながら、アイドル練習生生活をスタート。
高校1年の時、同じ事務所の舞踊科の先輩・レオと出会う。
彼の踊る姿は妖精のようで、幽玄の美の化身。
二人は似ていた。服装も雰囲気も何もかも――お互いに不思議な繋がりを感じる。
それは、まるで“もうひとりの自分”のようだった。
「人の魂は、時に半分に分かれて生まれてくる」
という祖母の言葉を思い出しながら、レオはレインを“魂の半分”だと感じはじめる。
レインもレオに特別な感情をいだき、その想いに戸惑う。
アイドル志望者として抱いてはいけない感情……。
ある日、事務所から新ユニットのデビューが決定。
メンバー選考は事務所内オーディション。
2人は練習に明け暮れるが、結果は意外な結末に――。
水のように透き通る音色と、風のように自由な舞い。
才能と感情が共鳴する、切なく眩しいローファンタジー青春BL。
魂の絆は、彼らをどこへ導くのか。
〈攻め〉
風間玲央(カザマレオ)20歳 大学1年生 180cm
実力とルックスの全てを持つイケメン。
高校時代からファンクラブがある。
天性のダンサーで昔からもう1人の自分「魂の半分」を探している。
特技「風の囁き」
×
〈受け〉
水沢玲音(ミズサワレイン)18歳 高校3年 175cm
絶対音感を持つ元天才ピアニスト。繊細で自信がない。
雨の音が好き。育ちが良く可愛い。レオに憧れている。
特技「水の記憶」
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
完結|好きから一番遠いはずだった
七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。
しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。
なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。
…はずだった。
兄ちゃんの代わりでもいいから
甘野えいりん
BL
将来の夢もなく、ただ毎日を過ごしていた高校二年の青垣直汰。
大学三年の教育実習生として来た尾原悠は、綺麗で、真面目で、少し不器用な──ほっておけない人だった。
そんな悠が気になって仕方なく、気づけば恋にのめり込んでいく直汰。
けれど悠には、直汰の兄に忘れられない想いがあって……。
それでも直汰は、その兄の代わりでもいいと気持ちをぶつける。
ふたりの距離が少しずつ縮まるにつれ、悠への想いはあふれて止まらない。
悠の想いはまだ兄に向いたままなのか──。
蒼い炎
海棠 楓
BL
誰からも好かれる優等生・深海真司と、顔はいいけど性格は最悪の緋砂晃司とは、幼馴染。
しかし、いつしか真司は晃司にそれ以上の感情を持ち始め、自分自身戸惑う。
思いきって気持ちを打ち明けると晃司はあっさりとその気持ちにこたえ2人は愛し合うが、 そのうち晃司は真司の愛を重荷に思い始める。とうとう晃司は真司の愛から逃げ出し、晃司のためにすべてを捨てた真司に残されたものは何もなかった。
男子校に入った真司はまたもクラスメートに恋をするが、今度は徹底的に拒絶されてしまった。 思い余って病弱な体で家を出た真司を救ってくれた美青年に囲われ、彼が働く男性向けホストクラブ に置いてもらうことになり、いろいろな人と出会い、いろいろな経験をするが、結局真司は 晃司への想いを断ち切れていなかった…。
表紙:葉月めいこ様
ヤンキーDKの献身
ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。
ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。
性描写があるものには、タイトルに★をつけています。
行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる