サマードレスに憧れて 〜君の映画が撮りたくて〜

tommynya

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第13章 サマードレスに憧れて ①

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「これで本当にいいのか?」

 奥底から湧き上がる不安を抑えながら、モニターに映る自分の作品を見つめる。映像は既に完成し、あとは上映するだけだ。

「マリ、大丈夫だよ」

 カナの声に振り向くと、普段のクールな表情とは違う、緊張の色が浮かんでいる。上映会用のパリッとした白いシャツを着ていても、いつもの儚げな雰囲気は変わらない。

「本当に新人俳優みたいだな」

 俺が言うと、カナは照れたような笑顔になる。

 9月に入り、大学は夏休みから戻って間もない時期。映画サークルの部室に集まった仲間たちは、それぞれの夏の作品を持ち寄っている。

 待ちに待った、伝統行事「夏の上映会」の日だ。

 この日の優秀賞が全国映像コンテストに出品され、予選通過作品はインディーズ映画祭で上映される特別な機会を得る。

「真梨野の作品、楽しみだな」

 サークルの先輩がニヤリとする。カナがドレスを着ていると聞いて、からかう気満々の様子。

「普通に撮りました。でも、自信あります」

 そう返しながらも、脈拍が早まるのを感じる。俺の映画『サマードレスに憧れて』は単なる学生映画のはずが、いつしか俺とカナの関係を変えてしまった作品だ。スタッフ総出で編集を重ね、コンテストに相応しい芸術性の高い短編映画に仕上がっている。

「上映開始します」

 部室が暗転し、最初に映し出されたのはユナの作品。彼女が連れてきた演劇サークルの男子が主演の恋愛ドラマだ。予想以上の出来栄えに驚く。ユナの繊細なカメラワークとデジタルアートは、彼女の感性の良さを証明していた。

「次は、真梨野くんの作品です」

 司会役の先輩の声に、全身に緊張が走る。カナは俺の隣で静かに座っている。

 スクリーンに映し出されたのは、海辺を歩くライトブルーのドレス姿のカナ。髪が風になびき、振り返るたびに陽の光が横顔を照らす。

 逆光が彼の輪郭を金色に縁取り、8ミリフィルムの粒子が肌を詩的に染めている。それは、オゾンの『サマードレス』へのオマージュでありながら、完全に俺たちだけの映像になっていた。

 登場人物はカナ一人。テロップと会話する構成にしたことで、カナの魅力がより鮮明に伝わる。砂浜に残る足跡、波の音、潮風でなびくドレス。すべてが調和している。

 そしてカナがゆっくりと振り返る。

「Do you love me?」

 画面が切り替わり、テロップが映る。

「No, thank you」

 表現不可能なカナの表情のクローズアップ。静かな音楽と共に、ドレスのまま海に向かって歩いていく後ろ姿。ゆっくりとフェードアウトして映画は終わる。

 部室に明かりが灯ると、一瞬の沈黙の後、拍手が巻き起こった。

「すげえ……これマジで単館系の芸術作品みたいだぞ」
「奏多くん、めちゃくちゃ様になってる」
「真梨野、センスあるな」

 その瞬間、漠然とした映像制作への憧れが確かな決意にかわる。

 称賛の声が飛び交う中、隅の方でじっと映像を見つめていたユナが立ち上がった。彼女はゆっくりと俺の方へ歩み寄り、照れくさそうに視線を落とす。

「マリ先輩」
 ユナの声には、これまでの敵意が消えていた。
「……感動しました。私、間違ってたみたい。この役は奏多くんにしか出来ませんね」

 彼女の言葉は素直で、以前の険悪な空気が嘘のよう。
「ユナの作品も良かったよ。あの光の使い方とデジタルアート、本当に素晴らしかった」
 俺の言葉に彼女は少し照れた様子で、小さく頭を下げる。

「奏多くんが着たいって言ってたドレス、すごく似合ってましたね。ライトブルーと海が合わさると夏そのものという感じで。8ミリフィルムとデジタルの融合も面白い編集でした」

 そう言ってユナは微笑む。彼女の表情には、純粋に映像作品を愛する者としての輝きがあった。

 ユナとの会話を見ていたリョウも「あいつと仲直り出来たみたいで良かったな!」と俺の肩を叩く。リョウにはこの件で、かなりメンタル面のサポートをしてもらった。親友がいて良かったと、リョウに感謝している。カナとの恋も応援してくれたし。

 試写会では他のメンバーの作品も続々と上映され、合評会へと移っていく。先輩たちからの鋭い指摘や後輩たちからの素朴な感想があり、それぞれの視点から映像について語り合った。俺の作品は「芸術性が高くて斬新」と評価され、カナの演技は「自然で表情が豊か」と称賛された。

「今年の夏の上映会、レベル高いな。審査が難しそうだ」

 部長が満足げに言いながら、最後の挨拶をして会は終了した。観客の投票結果、講師と外部の審査委員長の評価で、数週間後に結果が出る。

「お疲れさま、みんな!このあと懇親会やるけど、来れる人は来てね!」

 副部長の元気な声に、サークルメンバーが応答する。カナと目を合わせると、彼は小さく首を振った。懇親会に行く気はない様子だ。

「僕たち、先に失礼します」

 カナが周りに声をかける。俺も「お先に」と手を振ると、先輩の一人が意味ありげに笑いながら「楽しんできなよ」と言った。どこまで俺たちのことを察しているのか分からないが、気にしないことにした。

 部室を出て、夜の大学構内を歩き始める。初秋の風が肌に心地よく、木々の間から覗く月が静かに輝いている。

「マリ、みんな映画を気に入ってくれたね」

 カナの声には安堵感があった。彼の横顔を見ると、緊張から解放された柔らかな表情をしている。

「うん、良かった。あんなに拍手もらえるとは思わなかった」

「でも、マリの力だよ。監督が上手だったから」
 カナの言葉に、頬に熱が走る。

「お前がいなきゃ撮れなかった」
 そう返すと、カナは優しく微笑んだ。

「ユナも、変わったね」
「あぁ、彼女も本当に映画が好きなんだな」

 二人で工学寮への道を歩きながら、カナと出会った頃からの思い出を振り返る。最初はカナに魅力を感じて窓から毎日眺めていたけれど、たまに映画や写真の話をするだけで、深く知り合うことはなかった。

 単館系映画に出てきそうな雰囲気に惹かれて、映画に出てくれと声をかけただけだったのに、こんな関係になるなんて思いもよらなかった。

「季節が変わるの、早いね」
 カナの言葉に頷く。確かに、あっという間だった。

「でも、この夏はとても長く感じたよ」
 俺の言葉にカナが不思議そうな顔をする。

「悪い意味じゃないんだ。すごく濃密で、一日一日が大切に思えて...だから長く感じた」
 理解したように、カナは穏やかな表情を見せた。

 工学寮に到着すると、当然のように俺の部屋へ向かう。

 鍵を開け、中に入ってエアコンをつける。夏休み明けだというのに、まだ昼間の暑さが残っている。

「お疲れ様」
 カナがベッドに腰掛けながら言う。俺はデスクの椅子に座り、今日の試写会を振り返る。

「先輩たちの反応見てたら、映画は人に届けるためのものだとも思った」

 カナが少し驚いた表情を見せる。
「でも、マリはいつも『自分が撮りたいものを撮る』って言ってたじゃん」

「それは変わらない。ただ、自分だけが満足するんじゃなくて、誰かの心に届いたときの喜びも知った気がする」

 窓から差し込む月明かりが、カナの横顔を優しく照らしていた。

「なぁ、マリ」
 カナが呼びかけてきた。彼の声には少し切実なものが混ざっている。

「なに?」
「この夏のこと、ずっと覚えておける?」

 その質問の意味が分かる。俺たちが過ごした特別な時間のこと。
 映画のために始まった関係が、いつの間にか大切なものに変わっていったこと。

「忘れるわけないだろ」

 俺はデスクの引き出しからDVDを取り出し、カナに手渡す。ケースの表紙には、海辺でドレスを着た彼の姿が映っている。タイトルは『サマードレスに憧れて』完全版だ。

「ほら、ちゃんとディレクターズカット版も作ったんだ。今日見せた編集版じゃなく、俺たちだけの完全版」

 それには撮影中の会話や、NGシーン、海辺のコテージでの様子まで含まれている。二人の思い出がすべて詰まっていた。

 カナの瞳に光が宿り、立ち上がって俺の方へ歩み寄る。
「ほんと、マリはロマンチストだね」
 そう言いながら、彼の両腕が俺の腰に回る。その温かさが心地よい。

「この夏は、俺にとっても特別だった」
 カナの声は静かだが、確かな思いが伝わってくる。

「高校の時のあの失敗から、ずっと自分を閉じ込めていたのに...マリと出会ってから変われた。また人を撮れるようになったし。撮りたい被写体も見つけた。何より、自分の感情にも素直になれた」

「俺もだよ」
 自然と言葉が出る。

「一生忘れられない時間だった。俺の夢の映画がカナのおかげで完成したんだから」

 カナとの出会いがなければ、俺はまだ単館系映画に憧れるだけの、何も作れない学生だったかもしれない。カナを見つけたことが、俺の中の創造の鍵を解き放ってくれた。勇気を出して行動することの意味を教えてくれたんだ。

 カナが俺の手を優しく握る。あの海辺のコテージでの夜のような自然な流れだった。

「マリ、これからも映画を創り続けていこう」
 カナの言葉で全身に温もりが広がる。

「もちろんだよ」
 窓の外では、夏の名残の花火が遠くで上がっている。青と赤の光が夜空を彩る。二人は窓辺に立ち、並んで鑑賞する。

「今度は何を撮りたい?」
 カナの問いかけに、俺は少し考えてから答える。

「今度は……冬の物語かな」
 彼は不思議そうに首を傾げる。
「冬?まだ先のことじゃない?」

「だって、この夏の続きを撮りたいんだ。季節が変わっても、俺たちの物語は続くだろ?それにロメールも、『夏物語』と『冬物語』を撮った。俺も撮らなきゃ」

 カナも笑顔で頷く。
「そうだな、さすが映画オタクだ。そばにいて、作品作り手伝うよ」

 そう言って、彼は俺の肩に手を回し引き寄せた。その仕草には、もう迷いがない。

「去年のあの日、初めてマリに声をかけられた時、ドキドキしたんだ。言わなかったけど」
 カナの告白に驚く。彼もあの時から何かが動き出す予感があったのだろうか。

「俺も、初めてお前を見た瞬間から、何かが始まった気がしていた」

 彼の姿に心惹かれ、ライトブルーのドレスを着せたいと思った衝動は、きっと、フランソワ・オゾンの映画への憧れだけじゃない。

「カナへの、純粋な恋だったんだなって今なら思う」

 思わず口に出した言葉に、カナの瞳が輝いた。彼は少し照れくさそうに顔を近づけてきた。

「Do you love me?」

 俺が囁くと、カナは迷わず答えた。

「Yes, 狂おしいほどに」

 そしてカナの唇が、やさしく俺の唇に触れた。柔らかくて温かいキス。
 窓から差し込む月明かりの中、俺たちの夏は新しい季節へと変わり、新しい物語へと続いていく。
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