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第2話 精霊の森の再会
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エルフの森への道は、カイトとリュカにとって初めての本格的な冒険となった。王都を出て三日が経過し、周囲の風景は次第に人の手が入らぬ深い森へと変わっていく。巨大な樹木が空を覆い、地面には柔らかな苔が敷き詰められ、どこからか清らかな水の流れる音が聞こえる。
「ここがエルフの森の入り口か……すごい雰囲気だな」
リュカが感嘆の声を上げた。確かに、この森はどこか神秘的な気配に包まれている。空気中に漂う魔力の粒子も、王都周辺より濃密に感じられた。
カイトは背中の聖剣エクスカリバーを確かめるように触れた。石から抜いて以来、剣は微かな温もりを放ち続けている。それは単なる武器ではなく、ある種の意思を持つかのようだった。
「セレスの転生者を探すといっても、具体的にどこから始めればいいのか」
カイトが呟くと、リュカは地図を広げて指さした。
「さっき通りかかった村の長老が言ってたよ。エルフの集落は森の奥深くにあるけど、人間を受け入れてくれるかどうかはわからないって。でも、入り口近くに『森の番人』を訪ねるといいかもしれないって」
「森の番人?」
「ええ、人間とエルフの仲立ちをしてくれる存在らしい。この辺りに住んでいる隠者だって」
二人はその情報を手がかりに、森の小道をさらに進んだ。日差しは木々の葉に遮られ、薄暗い森の中を進んでいく。時折、小動物の気配がするが、魔物の気配は感じられない。この森は何者かに守られているようだった。
しばらく歩くと、小さな川にぶつかった。その畔に、粗末だが手入れの行き届いた小屋が建っていた。煙突からは細い煙が立ち上り、誰かが住んでいることがわかる。
「あれがそうかな」
リュカが声を潜めて言った。カイトはうなずき、慎重に近づいた。小屋の前には庭があり、薬草らしき植物が整然と植えられていた。そして、井戸端で水を汲んでいる人物の姿が見える。
長い銀髪を背中で一つに結び、緑色の簡素なローブをまとった女性だった。年齢は三十代半ばか、穏やかな顔立ちだが、目には鋭い知性が光っている。
「ごめんください」
カイトが声をかけると、女性はゆっくりと振り向いた。彼女の目はエメラルドのように緑色で、人間とは少し違う、尖った耳が特徴的だった。
「エルフの方ですか?」
カイトが尋ねると、女性は小さく微笑んだ。
「半エルフです。母がエルフ、父が人間でした。私はこの森の番人、リリアと申します。あなたたちは、王都から来たのでしょう? ずいぶんと若い冒険者さんたちですね」
リリアの声は柔らかく、しかし確かな力強さを秘めていた。カイトは自己紹介をし、来意を説明した。
「勇者アーロンの転生……ですか」
リリアの表情がわずかに曇った。彼女はカイトをじっと見つめ、特に聖剣とペンダントに目を留めた。
「確かに、あの聖剣は本物のようです。そして、そのペンダント……『賢者の石』ですね。伝説では、勇者アーロンと、彼の伴侶である大魔導士セレスが持っていたとされています」
「伴侶?」
カイトの声が思わず大きくなった。前世の記憶では、セレスは確かに大切な仲間だったが、伴侶という明確な記憶はなかった。
「ええ、古い記録によれば、二人は深く結ばれていました。しかし、最終決戦でセレスは命を落とし、アーロンは彼女の死を悼んで転生を選んだと言われています」
カイトの胸が痛んだ。記憶の断片が、また一つつながった。確かに、セレスに対する感情は、単なる仲間以上のものだった。彼女の笑顔、優しい声、そして最期の瞬間の言葉が、蘇ってくる。
「私は……彼女の転生者を探しています。どこか手がかりはありませんか?」
リリアはしばらく考え込むように空を見上げた。
「エルフの転生は、人間のそれとは少し違います。エルフの魂は輪廻のサイクルが長く、同じ時代に転生することは稀なのです。しかし、もしセレス様が転生を選んだのなら、おそらく何らかの強い想いがあったのでしょう」
彼女は小屋の中を手招きした。
「まずは中に入りなさい。話は長くなりそうですから」
小屋の中は、外見より広く、本が所狭しと並べられていた。様々な言語で書かれた書物、古い巻物、地図など、ここは小さな図書館のようだった。
リリアは三人分のハーブティーを用意し、テーブルに着いた。
「まず、エルフの転生について説明しましょう。我々エルフは、人間よりはるかに長い寿命を持っています。通常のエルフでも五百年ほど生き、長老クラスなら千年以上生きる者もいます」
カイトは息を飲んだ。千年……それはまさに、アーロンが生きていた時代だ。
「セレス様は、千年前の最終決戦の時、百二十歳でした。エルフとしてはまだ若い部類です。彼女は優れた魔力を持ちながら、人間であるアーロン様に心を寄せました。異種族間の恋愛は珍しいことではありませんが、寿命の違いから悲劇に終わることが多いのです」
「寿命の違い……」
「ええ、人間の寿命は百年ほど。エルフにとってはあっという間です。ですから、セレス様が転生を選んだというのは、アーロン様と再び同じ時間を生きるためだったかもしれません」
カイトは自分の手を見つめた。今の彼は十七歳。もしセレスの転生者が存在するなら、同じ年頃だろうか? それとも、エルフとして生まれ変わっているのだろうか?
「転生者を探す方法はありますか?」
リリアはテーブルの上に地図を広げた。
「エルフの森には、『記憶の泉』と呼ばれる聖域があります。そこでは、過去の記憶を見ることができると言われています。もしセレス様の転生者がいれば、その泉が何らかの導きを与えてくれるかもしれません」
「その泉はどこに?」
「森の最も深いところ、エルフの集落からさらに東へ進んだ場所です。しかし、そこへ行くには、集落の長老の許可が必要です。そして、エルフたちは今、人間に対してあまり良い感情を持っていません」
リュカが心配そうに口を挟んだ。
「どうしてですか?」
リリアの表情が暗くなった。
「この十年ほど、人間の商人たちがエルフの森の資源を乱獲しているのです。特に、魔力を帯びた鉱石や、希少な薬草を目当てにした者たちが、森のバランスを壊しています。それに、最近では魔物の活動も活発化していて、エルフたちは人間のせいで魔物が増えたと考えている者もいます」
「でも、それは違うでしょう? 魔王の復活の影響じゃないですか」
カイトが言うと、リリアは深く頷いた。
「ええ、私もそう思います。しかし、猜疑心が生まれると、そう簡単には消えません。あなたたちが集落に入るには、何かしらの貢献が必要でしょう」
「貢献?」
「今、エルフの集落では、近くの洞窟に棲みついた魔物に悩まされています。その魔物を退治すれば、少なくとも話を聞いてもらえるはずです」
カイトとリュカは顔を見合わせた。二人ともうなずいた。
「やってみます。その洞窟はどこですか?」
リリアは地図の一点を指さした。
「ここです。『古竜の巣穴』と呼ばれる場所です。実際に竜がいるわけではありませんが、かつて竜が棲んでいたと言われる大きな洞窟です。今は、『ゴブリンの群れ』と、その首領である『オーガ』が棲みついています」
「ゴブリンとオーガか……」
リュカが剣の柄に手をかけた。ゴブリンは小柄だが数が多く、オーガは巨大で力が強い。油断できない相手だ。
「私はあなたたちについて行きます。エルフとして、森の平和を守るのは私の役目ですから」
リリアが立ち上がり、壁にかかった弓と矢筒を手に取った。
「でも、あなたは番人でしょう? 私たちのために関わらなくても」
カイトが言うと、リリアは優しく微笑んだ。
「勇者様の旅を助けることも、番人の務めの一つです。それに、私の母はセレス様の子孫なのです」
「えっ?」
カイトは驚いて目を見開いた。リリアは少し照れくさそうに頬を染めた。
「遠い子孫ですけどね。セレス様には兄弟がいて、その血筋が今に続いています。ですから、私にとってセレス様は先祖にあたります。彼女の転生者を探すお手伝いができれば、これほど光栄なことはありません」
カイトは感謝の気持ちでいっぱいになった。旅の最初から、思いがけない協力者に出会えた。
三人はすぐに準備を整え、古竜の巣穴へと向かった。道中、リリアは森の植物や生態系について解説してくれた。彼女の知識は広く深く、この森のすべてを理解しているようだった。
「ここには『癒やし草』が生えています。傷の手当てに使えますよ」
「あの木の実は食べられますが、一度にたくさん食べるとお腹を壊します」
「この痕跡は……狼の群れが通ったようです。でも、魔物の気配はありませんね」
リュカは感心しながら聞いていた。
「リリアさん、本当にこの森のことをよく知ってますね」
「半エルフとして生まれ、ずっとこの森で暮らしてきましたから。母が私が幼い頃に亡くなり、父は人間の街に戻りましたが、私はこの森が好きでここに残ったのです」
「寂しくなかったですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し考えてから答えた。
「寂しいこともありました。エルフの集落では、半エルフである私を完全には受け入れてくれませんでしたから。でも、森の生き物たちや、時折訪れる旅人たちとの交流がありました。そして今、あなたたちのような大切なお客様にも出会えました」
彼女の言葉に、カイトは胸が温かくなった。この世界には、様々な事情を抱えながらも、懸命に生きている人々がいる。
一時間ほど歩くと、巨大な岩山が見えてきた。その麓に、大きな洞窟の入口が口を開けている。周囲には不気味な静けさが漂い、どこからか腐臭が漂ってくる。
「ここが古竜の巣穴です」
リリアが声を潜めて言った。彼女は地面に膝をつき、土に触れた。
「ゴブリンの気配がします。少なくとも十体はいるでしょう。そして、奥からはもっと大きな気配……あれがオーガですね」
カイトも魔力を感知しようとした。確かに、洞窟の中から複数の邪悪な気配が感じられる。彼は聖剣を抜き、構えた。
「作戦は?」
リュカが尋ねる。カイトは考えた。
「まずは入口近くのゴブリンを片付けましょう。リリアさんは遠距離から弓で援護を。リュカと私は前線で戦います」
「了解です」
「任せて!」
三人は息を合わせ、洞窟に入った。中は思ったより広く、天井からは鍾乳石が垂れ下がっている。薄暗いが、ところどころに発光キノコが生えており、かすかな光を放っている。
すぐに、最初の敵が現れた。緑色の肌をした小柄なゴブリンが三体、がに股で歩き回っている。彼らは鈍いナイフのような武器を持ち、何かをつぶやいている。
「今だ!」
カイトの合図で、リリアの矢が一本、風を切って飛んだ。一瞬で一匹のゴブリンの喉元を貫く。他の二匹が騒ぎだす隙に、リュカが飛び出し、剣を振るった。一撃で一匹を仕留め、カイトが残る一匹に魔法を放つ。
「風の刃よ!」
鋭い風の刃がゴブリンを切り裂き、あっという間に三匹を倒した。
「順調だな」
リュカが笑ったが、その瞬間、洞窟の奥から叫び声が響いた。仲間の悲鳴を聞きつけ、より多くのゴブリンが集まってくる。
「次は多いぞ!」
リリアが警告する。確かに、少なくとも七、八体のゴブリンが、棍棒や短剣を振り回しながら突進してくる。
カイトは深呼吸をした。魔力を全身に巡らせ、聖剣を構える。
「リュカ、右側を頼む!」
「了解!」
二人は背中合わせになり、敵を迎え撃った。カイトの聖剣は光り輝き、一振りごとにゴブリンをなぎ倒す。リュカも鍛冶屋として鍛え上げた腕前を見せ、的確に敵を仕留めていく。リリアの矢は絶妙なタイミングで飛び、カイトやリュカの死角から襲いかかる敵を倒す。
数分の戦闘で、第二波のゴブリンも全滅した。しかし、三人はまだ油断できない。最も脅威であるオーガがまだ現れていないからだ。
洞窟をさらに奥へ進むと、広い空間が現れた。そこには、ゴブリンたちの粗末な寝床や、かき集めた戦利品が散乱している。そして、空間の中央には、がっしりとした体格のオーガが座り込んでいた。
オーガは身長二メートル半ほどで、緑がかった灰色の肌をしている。筋肉質な体に、こん棒のような巨大な棍棒を握っている。その顔は醜く、口からは牙がのぞいている。
「人間め……我が縄張りに侵入するとは……」
オーガが低い声で唸った。知性は低いが、言葉を話せる程度の魔物だ。
「この洞窟から出て行ってください。さもなければ、戦わざるを得ません」
カイトが警告するが、オーガは嘲笑った。
「ふん、小生意気な小僧が。お前たちを食らってやる!」
オーガが立ち上がり、棍棒を振り回しながら突進してくる。その迫力に、洞窟全体が震えるようだ。
「散開して!」
カイトの指示で、三人は別々の方向に飛び退いた。オーガの棍棒がさっきまで三人がいた場所を叩き、岩が砕け散る。
「すごい力だ……」
リュカが息をのんだ。正面から受け止めるのは危険すぎる。
リリアが矢を放つが、オーガの厚い皮膚に浅く刺さるだけで、致命傷にはならない。オーガは腕を振り払い、矢を引き抜くと、捨てた。
「かゆい程度だ!」
カイトは考えた。オーガの動きは力強いが、鈍重だ。ならば、スピードで勝負するしかない。
「リュカ、囮になってくれ! リリアさん、狙いは目だ!」
「わかった!」
「はい!」
リュカがオーガの正面に回り込み、剣を構える。
「こっちだ、でかいの!」
オーガはリュカに目を向け、棍棒を振り下ろす。リュカは間一髪で回避し、反撃のチャンスを作る。その瞬間、リリアの矢が二本、正確にオーガの両目に命中した。
「ぐおおおっ!」
オーガが悲鳴を上げ、目を押さえる。視界を失い、混乱した。
「今だ、カイト!」
リュカが叫ぶ。カイトは全力で走り出し、聖剣に魔力を込めた。剣が金色に輝き、オーガの胸元を貫く。
「光よ、邪悪を滅ぼせ!」
聖剣がオーガの心臓を貫き、魔物は最後のうめき声を上げて崩れ落ちた。その巨体が地面に倒れると、洞窟がどっと震えた。
しばらくして、静けさが戻る。三人は息を整え、戦いの余韻に浸っていた。
「やった……やったぞ!」
リュカが勝利のガッツポーズを取った。リリアも安堵の息をつく。
「よくやりました。でも、まだ油断はできません。ゴブリンの巣穴には、たいてい宝物庫のようなものがあります。戦利品を確認しましょう」
オーガが座っていた場所の後ろに、小さな部屋があった。そこには、ゴブリンたちが集めた品々が山積みになっている。ほとんどがガラクタだが、中には価値のあるものも混じっている。
「これは……エルフの工芸品だ」
リリアが銀細工のブローチを取り上げた。それはエルフの文様が刻まれた美しいものだった。
「おそらく、エルフの集落から奪ったのでしょう。他にも、薬草や鉱石がたくさんあります」
カイトは部屋の隅で、一つの箱を見つけた。それは他の品々とは違い、埃をかぶってはいたが、きちんとしまわれていた。蓋を開けると、中には古い巻物が入っていた。
「これは?」
巻物を広げると、エルフの文字が書かれている。カイトには読めないが、リリアが近づいてきて目を見開いた。
「これは……古エルフ語で書かれた魔法の巻物です。『記憶の泉への導き』と書いてあります」
「まさか……」
「ええ、これはセレス様の直筆かもしれません。文体が古く、千年ほど前のもののようです」
カイトは震える手で巻物を握りしめた。セレスが実際に触れたものかもしれない。その事実に、胸が熱くなった。
「これがあれば、記憶の泉への道がわかります。でも、まずはエルフの集落に行き、長老に洞窟の魔物を退治したことを報告しなければなりません」
三人は戦利品の中からエルフのものと思われる品々を選び出し、それを持って洞窟を出た。外はすでに夕暮れ時で、森はオレンジ色に染まっていた。
「今日はもう遅い。私の小屋に戻り、一泊してから集落に向かいましょう」
リリアの提案に二人は賛成した。洞窟での戦いで体力も消耗している。
小屋に戻り、三人は食事を共にした。リリアが森の食材で作ってくれたシチューは、素朴だが深い味わいがあった。
「リリアさん、料理も上手いですね」
リュカが褒めると、リリアは照れたように笑った。
「一人暮らしですから、自然と上手くなりますよ。でも、こんなにたくさん人と食事をするのは久しぶりです」
「今までずっと一人だったんですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し間を置いてから答えた。
「ええ、父が去ってからは、ほとんど一人です。時折、迷子になった旅人を助けたり、傷ついた動物の世話をしたりしています。それが番人としての務めですから」
「寂しくないですか?」
リュカの率直な問いに、リリアは優しい目をした。
「時々、寂しいと思うこともあります。でも、森の生き物たちは私の家族です。木々の囁き、小川のせせらぎ、風の歌……それらすべてが私を癒やしてくれます」
彼女の言葉に、カイトは考えさせられた。前世のアーロンも、旅の途中で多くの人々と出会い、別れを経験した。その都度、寂しさと感謝の念に苛まれた。しかし、それらの出会いが、彼を勇者として成長させたのだ。
「リリアさん、私たちと一緒に旅をしませんか?」
カイトが思わず口にした。リリアは驚いた表情を見せた。
「ええっ? でも、私は番人としての務めが……」
「セレスの転生者を探す旅は、まだまだ長くなるでしょう。あなたの知識と弓の腕は、大きな力になります。それに、あなた自身も、もっと外の世界を見てみたいと思いませんか?」
カイトの言葉に、リリアは深く考え込んだ。彼女の目には、憧れと不安が入り混じっていた。
「……確かに、私はこの森から出たことがほとんどありません。母の故郷であるエルフの集落にも、数えるほどしか行ったことがない。外の世界に興味がないわけではありません」
「だったら、ぜひ!」
リュカも熱心に賛成した。
「リリアさんがいれば、心強いですよ! それに、カイトも喜ぶでしょう!」
カイトはうつむいて、素直に頷いた。
「ええ、本当にそう思います」
リリアは三人の顔を見渡し、そして深く息をついた。
「わかりました。でも、まずはエルフの集落の長老の許可を得なければなりません。番人を辞めるわけにはいきませんから、しばらくの間、旅に出る許しを願い出ます」
「ありがとう、リリアさん!」
カイトの心に、確かな希望が灯った。また一人、大切な仲間が増える。
その夜、カイトは一人で小屋の外に出た。満天の星が輝き、森は静かな夜の帳に包まれていた。彼はペンダントを取り出し、星明かりの下で見つめた。
「セレス……もうすぐ、君に会えるかもしれない。でも、僕は君の記憶をすべて持っているわけじゃない。君が転生した今の姿が、果たして僕を覚えているだろうか」
不安が胸をよぎる。転生者が前世の記憶をすべて持つとは限らない。カイト自身、アーロンとしての記憶は断片的にしか蘇っていない。セレスの転生者も、同じかもしれない。
「それでも、会いたい」
その思いだけは確かだった。千年の時を超えても、変わらない想いがある。
後ろから物音がして、振り向くとリリアが立っていた。
「星がきれいですね」
「ええ、本当に」
リリアはカイトの隣に立ち、空を見上げた。
「勇者様……いえ、カイトさん。あなたはセレス様のことを、どれほど思い出していますか?」
「断片的にです。彼女の笑顔、声、そして……最後の瞬間の悲しみ。でも、詳細な記憶はまだ曖昧です」
「転生というのは、そういうものかもしれません。すべての記憶を持ち越すわけではなく、大切な感情や決意だけが魂に刻まれるのでしょう」
リリアはカイトの方に向き直った。
「カイトさん、もしセレス様の転生者があなたを覚えていなくても、がっかりしないでください。魂の絆は、記憶を超えて存在するものですから」
「ありがとう、リリアさん。その言葉、覚えておきます」
二人はしばらく無言で星を見上げた。森の静寂の中、遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。
次の朝、三人はエルフの集落に向けて出発した。リリアの案内で、森の深部へと進んでいく。道は次第に険しくなり、巨大な樹木の根が絡み合い、自然のアーチを形成している。
「ここから先が、エルフの領土です。通常、人間はここまで来られませんが、私が案内するので大丈夫です」
リリアが言うと、木々の間から二人のエルフが現れた。優雅で細身の体つき、尖った耳、そして完璧な美しさを持つ顔立ち。二人とも弓を携え、警戒した目をしている。
「リリア、彼らは?」
一人の男性エルフが尋ねた。その声は音楽のように美しい。
「カラス、レナ、心配しないで。この方たちは、古竜の巣穴の魔物を退治してくれた勇者です。エルフの工芸品も回収してきました」
リリアがゴブリンたちから回収した品々を見せると、二人のエルフの表情が和らんだ。
「それは……確かに我々が奪われた品々だ。本当に感謝する」
女性エルフのレナが深く頭を下げた。
「長老に会わせてください。重要な話があります」
カラスがうなずき、三人を集落へと案内した。
エルフの集落は、想像以上に美しかった。巨大な樹木の上に作られた家々、空中回廊で結ばれた通路、そして中央には輝く泉があった。エルフたちは優雅に動き、どこか非現実的な光景が広がっている。
集落の中心にある最も大きな樹木の下に、長老の館があった。中に入ると、白髪のエルフの長老が座っていた。その顔には深い知恵の皺が刻まれ、目は千年の時を見つめてきたように深遠だった。
「リリア、久しぶりだな。そして、人間の客を連れてきたのか」
長老の声は低く、森全体に響くような重みがあった。
「ハルディア長老、この方たちは勇者カイトとその仲間リュカです。古竜の巣穴の魔物を退治し、我々の奪われた品々を回収してくれました」
カイトが前に進み出て、一礼した。
「長老、私は勇者アーロンの転生者、カイト・サンドラと申します。このたびは、記憶の泉への訪問を許可していただきたいと願っています」
長老の目が細くなった。彼はカイトをじっと見つめ、聖剣とペンダントに目を留めた。
「アーロンの転生……千年の時を経て、ついに戻ってきたか。確かに、あの聖剣は本物だ。そして、そのペンダントはセレスのものだな」
長老は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。彼はペンダントに手を伸ばし、そっと触れた。
「おお……確かに、セレスの魔力が残っている。若者よ、なぜ記憶の泉を訪れたい?」
「セレスの転生者を探しています。前世の約束を果たすために」
長老は深くため息をついた。
「セレスか……あの子はエルフでありながら、人間に心を寄せた。多くの者から反対されたが、彼女の意志は固かった。そして最後には……あの悲劇が起こった」
長老の目には、千年経っても消えない悲しみが浮かんでいた。
「記憶の泉は、過去を見つめる場所だ。しかし、未来をも映し出すことがある。行くがいい。だが、覚えておけ。泉が示すものは、必ずしも君が望むものとは限らない」
「それでも、見なければなりません」
カイトの決意に、長老はうなずいた。
「よかろう。リリア、お前が案内せよ。ただし、泉は深い森の奥にある。道中には、古代の守護者がいるかもしれん。気をつけるがいい」
「ありがとうございます、長老」
許可を得た三人は、集落で一晩過ごすことになった。エルフたちは当初は警戒していたが、魔物を退治した功績を知ると、次第に友好的になった。
夕食は集落の広場で開かれ、エルフたちの歌と踊りが披露された。その美しさは、言葉を失うほどだった。リュカは興奮して目を輝かせ、リリアは懐かしそうに昔の歌を口ずさんだ。
「リリアさん、こんなに素敵な集落なのに、なぜここに住まないのですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し寂しげな笑みを浮かべた。
「半エルフである私は、完全なエルフとして受け入れられることは難しいのです。幼い頃はここに住んでいましたが、他の子供たちから距離を置かれることもありました。母が亡くなった後、私は番人になることを選んだのです」
「それはつらかったでしょう」
「ええ、でも今は違います。自分の居場所を見つけられましたから。そして今、新たな旅が始まろうとしています」
彼女の言葉に、カイトは力を感じた。誰もが自分の道を見つけ、歩いていく。その強さに、勇気をもらった。
次の日、三人は記憶の泉へ向けて出発した。長老から詳細な地図と、泉への道しるべとなる護符を渡されていた。
道は集落からさらに東へと続き、次第に人の気配が消えていった。ここはエルフですら滅多に来ない、聖域に近い場所だった。
「気をつけてください。ここから先には、古代の魔法が張り巡らされています」
リリアが警告する。確かに、空気中の魔力の濃度が高く、肌がぴりぴりとする。
突然、道が二又に分かれた。地図には一方の道しか記されていないが、実際には二本の道が存在する。
「どっちだ?」
リュカが地図を見比べる。
カイトは目を閉じ、魔力を感知しようとした。すると、右の道からは優しい、懐かしい気配が感じられる。
「右だ。セレスの気配がする」
「記憶が導いているのかもしれません」
リリアが言う。三人は右の道を選び、進んでいった。
道は次第に下り坂になり、谷間へと続いている。周囲の木々はますます巨大になり、太陽の光はほとんど届かない。しかし、どこからか微かな光が漂い、道を照らしている。
しばらく歩くと、眼前に広がる光景に三人は息をのんだ。
そこは円形の広場で、中央に水晶のように澄んだ泉があった。泉の水は微かに光り、水面には星々が映っている。周囲には古代の石柱が立ち並び、どこか神聖な空気に包まれている。
「これが……記憶の泉」
カイトは震える足で泉に近づいた。水面を見つめると、自分の顔が映っている。しかし、それだけでなく、もう一人の顔もぼんやりと映っている。
長い銀髪、エルフの尖った耳、そして深い碧い瞳……セレスの顔だ。
「セレス……」
カイトが声を出すと、水面が波立ち、イメージが変わっていく。それは千年の昔、二人が共に過ごした日々の記憶だった。
森の中で出会った少年アーロンと、エルフの少女セレス。
共に魔法を学び、冒険をし、次第に深まる絆。
周囲の反対を押し切り、結ばれる二人。
魔王討伐の旅路、仲間たちとの戦い。
そして最後の決戦、セレスがアーロンを守って散る瞬間。
すべての記憶が、カイトの心に流れ込んできた。嬉しさ、悲しみ、愛、後悔……全ての感情が蘇る。
「ああ……セレス……君は……僕を……」
涙が止まらない。千年の時を超えても、この想いは変わらない。
すると、泉の水面が再び変わり、別の光景が映し出された。それは現代の光景だ。
エルフの集落で、一人の少女が森を見つめている。銀髪を短く切り、碧い瞳はどこか寂しげだ。年齢はカイトと同じく十七歳くらいか。
「これは……今のセレスの転生者?」
カイトが問うと、泉から声が聞こえた。それはセレスの声だった。
「アーロン……いえ、カイト。よく来てくれた。私は今、『シエラ』という名で生きている。エルフの集落で、記憶のないまま暮らしている」
「シエラ……君の記憶は?」
「まだ完全には蘇っていない。ただ、夢の中で、金色の髪の少年と過ごす日々を見る。それがあなただと、今、泉を通して知った」
カイトの胸が熱くなる。彼女は覚えている、わずかでも。
「会いたい、シエラ。今すぐに」
「私も……でも、私は集落を離れられない。長老が許してくれない。私は特別な魔力を持って生まれたために、集落の『巫女』として育てられた。外の世界を知らない」
カイトは拳を握りしめた。ならば、彼が会いに行くしかない。
「どこにいる? どうやって会える?」
「集落の東端、『月の塔』にいる。塔の頂上で、毎夜、星に祈りを捧げている。三日後の満月の夜、塔の下で待っている。その時、守衛の目を潜れるかもしれない」
「わかった。必ず行く」
水面の映像がゆらめき、次第に消えていく。セレス……シエラの声が遠のいていく。
「待って、もっと話が……」
しかし、映像は完全に消え、泉は元の静けさに戻った。カイトはその場にうずくまり、嗚咽を漏らした。
リリアとリュカが駆け寄り、彼を支えた。
「大丈夫ですか、カイトさん?」
「ああ……ありがとう。彼女に会えた。シエラという名で、生きている」
カイトは涙を拭い、立ち上がった。目には新たな決意が燃えていた。
「三日後の満月の夜、月の塔で会う約束をした。集落に戻り、計画を立てよう」
「でも、巫女であるシエラさんに会うのは簡単じゃないでしょう」
リリアが現実的な問題を指摘する。
「ええ、だからこそ慎重に行動しなければ。でも、どんな障害があっても、彼女に会いに行く」
三人は泉を後にし、エルフの集落に戻った。途中、カイトはシエラとの会話を詳しく二人に話した。
「巫女ですか……確かに、特別な魔力を持つエルフは、集落の巫女として大切に育てられます。外の世界との接触を制限されることも多いのです」
リリアが説明した。
「そんな彼女を連れ出すのは、難しいどころか不可能に近いかもしれません」
リュカが心配そうに言う。
「連れ出す必要はない。まずは会って話がしたい。彼女の記憶が蘇る手助けがしたい。それだけだ」
集落に戻ると、長老が待っていた。
「泉は何を見せた?」
カイトはためらわずに答えた。
「セレスの転生者、シエラさんと話ができました。彼女は今、月の塔の巫女として暮らしています。三日後の満月の夜に会う約束をしました」
長老の表情が険しくなった。
「シエラか……あの子は生まれながらにして強大な魔力を持っていた。エルフの将来を担う貴重な存在だ。お前が彼女に近づくことは許せない」
「でも、長老、彼女はセレスの転生者です。私との絆は千年の時を超えたものなんです」
「過去は過去だ。今のシエラは別の人格を持っている。彼女の平和を乱す権利はお前にない」
カイトは悔しさで唇を噛んだ。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「せめて、一度だけ会わせてください。彼女自身が会いたがっているのです」
長老はしばらく沈黙し、そして深いため息をついた。
「……よかろう。だが、条件がある。お前の力を見せよ。もし本当に勇者アーロンの転生なら、我が集落の守護者に勝てるはずだ」
「守護者?」
「集落を守る古代ゴーレムだ。お前がそれに勝利すれば、シエラに会うことを認めよう。ただし、一対一の戦いだ。仲間の助けは借りられん」
リュカが抗議しようとしたが、カイトが手で制した。
「わかりました。受けます」
「カイト!」
リュカが心配そうに叫ぶ。
「大丈夫。これも試練の一つだ」
長老は満足そうにうなずいた。
「では、明日の朝、集落の闘技場で戦え。今夜はしっかり休むがいい」
その夜、カイトは一人で準備をしていた。聖剣の手入れをし、魔法の詠唱を練習する。リュカとリリアは心配そうに見守っていた。
「本当に大丈夫なの? 古代ゴーレムって聞くと、すごく強そうだよ」
リュカが尋ねた。
「わからない。でも、戦わなければならない。シエラに会うためだ」
リリアはそっとカイトの肩に手を置いた。
「カイトさん、エルフのゴーレムは魔法への耐性が高いです。物理攻撃が有効かもしれません。でも、動きは鈍いはずです。スピードで勝負してください」
「ありがとう、リリアさん。そのアドバイス、役に立ちます」
カイトはベッドに横たわり、目を閉じた。セレスとの記憶が、次々と蘇ってくる。彼女が魔法を教えてくれた日々、共に笑ったこと、泣いたこと、そして最後の別れ。
「今度は守る。絶対に」
そう誓いながら、カイトは眠りについた。
翌朝、集落の闘技場には多くのエルフが集まっていた。長老の判断に興味を持った者たちだ。中央には、石でできた巨大なゴーレムが立っている。身長は三メートル近く、両手には岩の拳がある。
「これが守護者だ。ルールは単純。倒すか、戦闘不能にすればお前の勝ちだ。ただし、殺すことは許されん。ゴーレムも同じだ」
長老が宣言する。カイトはうなずき、闘技場の中央へと歩み出た。
ゴーレムは動き始めた。鈍重だが、一歩ごとに地面が震える。そして、突然加速し、岩の拳を振り下ろしてきた。
カイトは間一髪で回避し、聖剣で反撃する。剣がゴーレムの足を斬りつけるが、浅い傷しかつかない。
「硬い!」
ゴーレムは反対の手で横殴りをしてくる。カイトは飛び退くが、風圧でバランスを崩す。その隙にゴーレムは追撃、連続で拳を振り下ろす。
カイトは魔法で対応する。
「風の壁よ!」
風の障壁が拳を受け止めるが、すぐに砕け散る。ゴーレムの力は圧倒的だ。
観客席からはエルフたちのざわめきが聞こえる。リュカとリリアは固唾を飲んで見守っている。
カイトは考えた。リリアのアドバイス通り、ゴーレムは動きが鈍い。ならば、スピードを活かして弱点を探るべきだ。
彼は素早く動き回り、ゴーレムを翻弄する。剣で何度も攻撃を仕掛けるが、深い傷は負わせられない。魔法も効果が薄い。
(どこかに弱点があるはずだ)
アーロンとしての記憶が蘇る。かつて、彼は似たようなゴーレムと戦ったことがある。その時は……
「背中の魔石だ!」
カイトは叫んだ。古代ゴーレムは、背中に魔力源となる魔石を埋め込んでいる。そこを破壊すれば動きが止まる。
しかし、ゴーレムは背中を見せない。常に正面を向き、カイトを圧倒する。
(どうやって回り込む?)
カイトは一計を案じた。わざと接近戦を仕掛け、ゴーレムの拳を受け止めるふりをする。そして、拳が来る瞬間に身をかわし、ゴーレムの脇をすり抜ける。
「今だ!」
聖剣を背中の一点に突き立てる。剣先が魔石に命中し、ひびが入る。ゴーレムの動きが止まった。
しかし、完全には破壊できていない。ゴーレムは怒ったように振り返り、両手でカイトを捕らえようとする。
「くっ!」
カイトはあと一歩のところで逃れるが、服の端がつかまれ、引きずられる。ゴーレムはそのまま地面に叩きつけようとする。
その瞬間、カイトのペンダントが輝いた。セレスの声が聞こえる。
「アーロン、信じて!」
カイトは無我夢中で聖剣を振るう。剣が金色に輝き、ゴーレムの背中を貫く。魔石が完全に砕け、ゴーレムは動きを止めた。
静けさが闘技場を包む。そして、拍手が湧き上がった。
長老が闘技場に降りてきて、カイトの手を取った。
「見事だ。本当に勇者アーロンの転生者だな。約束通り、シエラに会うことを認めよう」
「ありがとうございます、長老」
カイトはほっと肩の力を抜いた。しかし、これで終わりではない。今夜が本当の試練だ。
満月の夜、カイトは一人で月の塔に向かった。リュカとリリアは集落で待機し、何かあった時のために準備していた。
塔は集落の東端にそびえ立ち、白い石材でできていた。月明かりに照らされ、幽玄な美しさを放っている。
塔の下で待っていると、上からはしごが降りてきた。登っていくと、塔の頂上に出た。そこには、銀髪のエルフの少女が立っていた。
彼女はカイトの想像以上に美しく、セレスそのものだった。しかし、目には前世のセレスにはない、無邪気な輝きがあった。
「カイト……さん?」
シエラが小さな声で尋ねた。
「ええ、シエラ。やっと会えた」
二人は少し距離を置いて向き合った。空気が張り詰める。
「泉で話した時、多くの記憶が蘇りました。でも、まだ混乱しています。私は本当に、セレスというエルフだったのですか?」
「ええ、君は千年の前、僕と共に戦った大切な仲間だった。そして、もっと大切な人だった」
シエラの頬がほんのり赤らんだ。
「夢で見る金色の髪の少年……それがあなたなのですね。でも、今の私はシエラです。セレスではありません」
「わかっている。君はシエラだ。でも、君の魂にはセレスの記憶と想いが刻まれている。僕はその全てを受け入れたい」
カイトは一歩近づいた。シエラは少し後ずさりしたが、逃げはしなかった。
「怖いのです。前世の記憶が完全に蘇ったら、今の私は消えてしまうのではないかと」
「そんなことはない。前世の記憶は、君をより豊かにするだけだ。セレスも、きっと今の君を誇りに思うだろう」
シエラの目に涙が浮かんだ。
「本当ですか?」
「本当だ。僕が保証する」
カイトは手を差し出した。シエラはためらいながら、それに触れた。その瞬間、二人の間に電流が走るような感覚があった。
記憶の洪水がシエラを襲った。彼女は倒れそうになるのを、カイトが支えた。
「大丈夫か?」
「ああ……たくさんの記憶が……あなたとの……嬉しいことも、悲しいことも……」
シエラは涙を流しながら微笑んだ。
「全部思い出しました。アーロン……いえ、カイト。千年ぶりね」
その言葉に、カイトも涙が止まらなかった。
「やっと……やっと会えた」
二人は抱き合い、千年の時を超えた再会を喜び合った。月明かりが二人を優しく包み込む。
しかし、その幸せな瞬間は長くは続かなかった。下から叫び声が聞こえてきた。
「魔物だ! 集落が襲われている!」
カイトとシエラは塔の端に走り寄り、下を見下ろした。集落のあちこちで炎が上がり、魔物の影が踊っている。
「あれは……魔王軍の尖兵だ!」
シエラが叫ぶ。彼女の目には、戦士としての鋭さが宿っていた。セレスの記憶が完全に目覚めたのだ。
「行こう! みんなを守らないと!」
二人は急いで塔を降り、集落へと駆けつけた。
集落は戦場と化していた。ゴブリンやオークなどの魔物が、エルフたちを襲っている。エルフたちも弓や魔法で応戦しているが、数で劣っている。
「リュカ! リリア!」
カイトが叫ぶと、二人が駆け寄ってきた。
「カイト! シエラさんも無事で良かった! でも今は戦闘だ!」
リュカが血まみれの剣を振るいながら言う。
「シエラ、君は?」
カイトが心配そうに尋ねると、シエラは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「大丈夫。セレスとしての力も、シエラとしての力も、使える。さあ、みんなを守りましょう」
シエラは両手を上げ、強大な魔力を込めた。
「森の精霊よ、我に力を! 邪悪なる者たちを払え!」
彼女の詠唱とともに、地面から無数の蔓が湧き出し、魔物たちを縛り上げる。同時に、風の刃が飛び交い、魔物をなぎ倒す。
「すごい……これが大魔導士セレスの力か」
リリアが息をのんだ。
カイトも聖剣を振るい、魔物たちを斬り伏せていく。リュカとリリアもそれぞれの力で戦う。
しかし、魔物の数は減らない。むしろ、より強大な気配が近づいてくる。
「これは……デーモンだ!」
シエラが警告する。空中から、翼を持つ悪魔が飛来してきた。それは魔王軍の幹部クラスだろう。
「人間ども、エルフども、ここで終わりだ!」
デーモンが炎の球を放つ。カイトが聖剣で受け止めるが、その衝撃で後ずさる。
「くっ……強い!」
「カイト、一緒に戦おう!」
シエラがカイトの傍らに立つ。
「ええ、前と同じように」
二人は息を合わせ、魔法と剣技のコンビネーションでデーモンに立ち向かう。千年の時を超え、再び共に戦う勇者と魔導士。
「無駄だ! 魔王様の力の前では!」
デーモンがより強力な魔法を放つ。しかし、その瞬間、長老をはじめとするエルフの長老たちが加勢に現れた。
「我が森を汚す者よ、ここまでだ!」
長老たちの合力魔法がデーモンを包み込む。カイトとシエラがとどめの一撃を放つ。
「光と森の力よ、邪悪を滅ぼせ!」
聖剣と魔法が一体となり、デーモンを貫く。悪魔は絶叫を上げて消滅した。
残る魔物たちも、幹部を失って逃走していく。戦闘は終結した。
集落には多くの傷跡が残ったが、壊滅は免れた。エルフたちは互いを労い、死者への祈りを捧げた。
長老がカイトたちの前に現れた。
「今回の危機を救ってくれたことに感謝する。特に、カイト、そしてシエラ……いや、セレスか」
シエラが微笑んだ。
「長老、私はシエラです。でも、セレスの記憶と力も持っています。どちらも私です」
「そうか……よかろう。シエラ、お前には外の世界を見る権利がある。カイトと共に旅をするがいい」
「ええ、行きます。この世界の危機に立ち向かうために」
カイトはシエラの手を握った。
「よかった……本当によかった」
リュカとリリアも笑顔で近づいてきた。
「これで仲間がまた一人増えたな!」
「シエラさん、よろしくお願いします」
シエラは少し照れくさそうにうなずいた。
「ええ、よろしくお願いします。カイトの仲間たちですね」
四人は固い握手を交わした。新たなパーティーがここに誕生した。
長老はカイトに一つの指輪を渡した。
「これは『精霊の指輪』だ。森の精霊の加護がある。旅の助けになるだろう」
「ありがとうございます、長老」
その夜、集落では戦いの後の静かな宴が開かれた。エルフたちはカイトたちに感謝の意を表し、旅の成功を祈った。
カイトとシエラは少し離れた場所で、月を見上げていた。
「千年ぶりだね、こんなにゆっくりと月を見るのも」
シエラが呟いた。
「ええ、前はいつも戦いばかりだったからな」
「今度は違う。平和な時間も、楽しみたい」
カイトはシエラの手を握りしめた。
「約束する。魔王を倒したら、ゆっくりと暮らそう。君と二人で」
シエラの目に涙が光った。
「ええ、そうしよう」
次の朝、四人はエルフの森を出発した。次の目的地は、ドワーフの山岳地帯。かつての仲間、僧侶ゴルムの転生者を探すためだ。
道中、シエラは前世の記憶と今の感情の間で揺れながらも、次第に自分自身を受け入れていった。リュカとリリアも、新たな仲間を温かく迎え入れた。
カイトは振り返り、エルフの森を見つめた。ここで大切な人と再会できた。これからも、多くの出会いと別れがあるだろう。しかし、彼はもう迷わない。
聖剣を背に、ペンダントを胸に、仲間たちと共に、勇者の旅は続く。
背後から、シエラの優しい声が聞こえる。
「さあ、行きましょう、カイト。新たな冒険が待っているわ」
カイトは笑顔でうなずき、仲間たちと共に道を歩み始めた。
(続く)
「ここがエルフの森の入り口か……すごい雰囲気だな」
リュカが感嘆の声を上げた。確かに、この森はどこか神秘的な気配に包まれている。空気中に漂う魔力の粒子も、王都周辺より濃密に感じられた。
カイトは背中の聖剣エクスカリバーを確かめるように触れた。石から抜いて以来、剣は微かな温もりを放ち続けている。それは単なる武器ではなく、ある種の意思を持つかのようだった。
「セレスの転生者を探すといっても、具体的にどこから始めればいいのか」
カイトが呟くと、リュカは地図を広げて指さした。
「さっき通りかかった村の長老が言ってたよ。エルフの集落は森の奥深くにあるけど、人間を受け入れてくれるかどうかはわからないって。でも、入り口近くに『森の番人』を訪ねるといいかもしれないって」
「森の番人?」
「ええ、人間とエルフの仲立ちをしてくれる存在らしい。この辺りに住んでいる隠者だって」
二人はその情報を手がかりに、森の小道をさらに進んだ。日差しは木々の葉に遮られ、薄暗い森の中を進んでいく。時折、小動物の気配がするが、魔物の気配は感じられない。この森は何者かに守られているようだった。
しばらく歩くと、小さな川にぶつかった。その畔に、粗末だが手入れの行き届いた小屋が建っていた。煙突からは細い煙が立ち上り、誰かが住んでいることがわかる。
「あれがそうかな」
リュカが声を潜めて言った。カイトはうなずき、慎重に近づいた。小屋の前には庭があり、薬草らしき植物が整然と植えられていた。そして、井戸端で水を汲んでいる人物の姿が見える。
長い銀髪を背中で一つに結び、緑色の簡素なローブをまとった女性だった。年齢は三十代半ばか、穏やかな顔立ちだが、目には鋭い知性が光っている。
「ごめんください」
カイトが声をかけると、女性はゆっくりと振り向いた。彼女の目はエメラルドのように緑色で、人間とは少し違う、尖った耳が特徴的だった。
「エルフの方ですか?」
カイトが尋ねると、女性は小さく微笑んだ。
「半エルフです。母がエルフ、父が人間でした。私はこの森の番人、リリアと申します。あなたたちは、王都から来たのでしょう? ずいぶんと若い冒険者さんたちですね」
リリアの声は柔らかく、しかし確かな力強さを秘めていた。カイトは自己紹介をし、来意を説明した。
「勇者アーロンの転生……ですか」
リリアの表情がわずかに曇った。彼女はカイトをじっと見つめ、特に聖剣とペンダントに目を留めた。
「確かに、あの聖剣は本物のようです。そして、そのペンダント……『賢者の石』ですね。伝説では、勇者アーロンと、彼の伴侶である大魔導士セレスが持っていたとされています」
「伴侶?」
カイトの声が思わず大きくなった。前世の記憶では、セレスは確かに大切な仲間だったが、伴侶という明確な記憶はなかった。
「ええ、古い記録によれば、二人は深く結ばれていました。しかし、最終決戦でセレスは命を落とし、アーロンは彼女の死を悼んで転生を選んだと言われています」
カイトの胸が痛んだ。記憶の断片が、また一つつながった。確かに、セレスに対する感情は、単なる仲間以上のものだった。彼女の笑顔、優しい声、そして最期の瞬間の言葉が、蘇ってくる。
「私は……彼女の転生者を探しています。どこか手がかりはありませんか?」
リリアはしばらく考え込むように空を見上げた。
「エルフの転生は、人間のそれとは少し違います。エルフの魂は輪廻のサイクルが長く、同じ時代に転生することは稀なのです。しかし、もしセレス様が転生を選んだのなら、おそらく何らかの強い想いがあったのでしょう」
彼女は小屋の中を手招きした。
「まずは中に入りなさい。話は長くなりそうですから」
小屋の中は、外見より広く、本が所狭しと並べられていた。様々な言語で書かれた書物、古い巻物、地図など、ここは小さな図書館のようだった。
リリアは三人分のハーブティーを用意し、テーブルに着いた。
「まず、エルフの転生について説明しましょう。我々エルフは、人間よりはるかに長い寿命を持っています。通常のエルフでも五百年ほど生き、長老クラスなら千年以上生きる者もいます」
カイトは息を飲んだ。千年……それはまさに、アーロンが生きていた時代だ。
「セレス様は、千年前の最終決戦の時、百二十歳でした。エルフとしてはまだ若い部類です。彼女は優れた魔力を持ちながら、人間であるアーロン様に心を寄せました。異種族間の恋愛は珍しいことではありませんが、寿命の違いから悲劇に終わることが多いのです」
「寿命の違い……」
「ええ、人間の寿命は百年ほど。エルフにとってはあっという間です。ですから、セレス様が転生を選んだというのは、アーロン様と再び同じ時間を生きるためだったかもしれません」
カイトは自分の手を見つめた。今の彼は十七歳。もしセレスの転生者が存在するなら、同じ年頃だろうか? それとも、エルフとして生まれ変わっているのだろうか?
「転生者を探す方法はありますか?」
リリアはテーブルの上に地図を広げた。
「エルフの森には、『記憶の泉』と呼ばれる聖域があります。そこでは、過去の記憶を見ることができると言われています。もしセレス様の転生者がいれば、その泉が何らかの導きを与えてくれるかもしれません」
「その泉はどこに?」
「森の最も深いところ、エルフの集落からさらに東へ進んだ場所です。しかし、そこへ行くには、集落の長老の許可が必要です。そして、エルフたちは今、人間に対してあまり良い感情を持っていません」
リュカが心配そうに口を挟んだ。
「どうしてですか?」
リリアの表情が暗くなった。
「この十年ほど、人間の商人たちがエルフの森の資源を乱獲しているのです。特に、魔力を帯びた鉱石や、希少な薬草を目当てにした者たちが、森のバランスを壊しています。それに、最近では魔物の活動も活発化していて、エルフたちは人間のせいで魔物が増えたと考えている者もいます」
「でも、それは違うでしょう? 魔王の復活の影響じゃないですか」
カイトが言うと、リリアは深く頷いた。
「ええ、私もそう思います。しかし、猜疑心が生まれると、そう簡単には消えません。あなたたちが集落に入るには、何かしらの貢献が必要でしょう」
「貢献?」
「今、エルフの集落では、近くの洞窟に棲みついた魔物に悩まされています。その魔物を退治すれば、少なくとも話を聞いてもらえるはずです」
カイトとリュカは顔を見合わせた。二人ともうなずいた。
「やってみます。その洞窟はどこですか?」
リリアは地図の一点を指さした。
「ここです。『古竜の巣穴』と呼ばれる場所です。実際に竜がいるわけではありませんが、かつて竜が棲んでいたと言われる大きな洞窟です。今は、『ゴブリンの群れ』と、その首領である『オーガ』が棲みついています」
「ゴブリンとオーガか……」
リュカが剣の柄に手をかけた。ゴブリンは小柄だが数が多く、オーガは巨大で力が強い。油断できない相手だ。
「私はあなたたちについて行きます。エルフとして、森の平和を守るのは私の役目ですから」
リリアが立ち上がり、壁にかかった弓と矢筒を手に取った。
「でも、あなたは番人でしょう? 私たちのために関わらなくても」
カイトが言うと、リリアは優しく微笑んだ。
「勇者様の旅を助けることも、番人の務めの一つです。それに、私の母はセレス様の子孫なのです」
「えっ?」
カイトは驚いて目を見開いた。リリアは少し照れくさそうに頬を染めた。
「遠い子孫ですけどね。セレス様には兄弟がいて、その血筋が今に続いています。ですから、私にとってセレス様は先祖にあたります。彼女の転生者を探すお手伝いができれば、これほど光栄なことはありません」
カイトは感謝の気持ちでいっぱいになった。旅の最初から、思いがけない協力者に出会えた。
三人はすぐに準備を整え、古竜の巣穴へと向かった。道中、リリアは森の植物や生態系について解説してくれた。彼女の知識は広く深く、この森のすべてを理解しているようだった。
「ここには『癒やし草』が生えています。傷の手当てに使えますよ」
「あの木の実は食べられますが、一度にたくさん食べるとお腹を壊します」
「この痕跡は……狼の群れが通ったようです。でも、魔物の気配はありませんね」
リュカは感心しながら聞いていた。
「リリアさん、本当にこの森のことをよく知ってますね」
「半エルフとして生まれ、ずっとこの森で暮らしてきましたから。母が私が幼い頃に亡くなり、父は人間の街に戻りましたが、私はこの森が好きでここに残ったのです」
「寂しくなかったですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し考えてから答えた。
「寂しいこともありました。エルフの集落では、半エルフである私を完全には受け入れてくれませんでしたから。でも、森の生き物たちや、時折訪れる旅人たちとの交流がありました。そして今、あなたたちのような大切なお客様にも出会えました」
彼女の言葉に、カイトは胸が温かくなった。この世界には、様々な事情を抱えながらも、懸命に生きている人々がいる。
一時間ほど歩くと、巨大な岩山が見えてきた。その麓に、大きな洞窟の入口が口を開けている。周囲には不気味な静けさが漂い、どこからか腐臭が漂ってくる。
「ここが古竜の巣穴です」
リリアが声を潜めて言った。彼女は地面に膝をつき、土に触れた。
「ゴブリンの気配がします。少なくとも十体はいるでしょう。そして、奥からはもっと大きな気配……あれがオーガですね」
カイトも魔力を感知しようとした。確かに、洞窟の中から複数の邪悪な気配が感じられる。彼は聖剣を抜き、構えた。
「作戦は?」
リュカが尋ねる。カイトは考えた。
「まずは入口近くのゴブリンを片付けましょう。リリアさんは遠距離から弓で援護を。リュカと私は前線で戦います」
「了解です」
「任せて!」
三人は息を合わせ、洞窟に入った。中は思ったより広く、天井からは鍾乳石が垂れ下がっている。薄暗いが、ところどころに発光キノコが生えており、かすかな光を放っている。
すぐに、最初の敵が現れた。緑色の肌をした小柄なゴブリンが三体、がに股で歩き回っている。彼らは鈍いナイフのような武器を持ち、何かをつぶやいている。
「今だ!」
カイトの合図で、リリアの矢が一本、風を切って飛んだ。一瞬で一匹のゴブリンの喉元を貫く。他の二匹が騒ぎだす隙に、リュカが飛び出し、剣を振るった。一撃で一匹を仕留め、カイトが残る一匹に魔法を放つ。
「風の刃よ!」
鋭い風の刃がゴブリンを切り裂き、あっという間に三匹を倒した。
「順調だな」
リュカが笑ったが、その瞬間、洞窟の奥から叫び声が響いた。仲間の悲鳴を聞きつけ、より多くのゴブリンが集まってくる。
「次は多いぞ!」
リリアが警告する。確かに、少なくとも七、八体のゴブリンが、棍棒や短剣を振り回しながら突進してくる。
カイトは深呼吸をした。魔力を全身に巡らせ、聖剣を構える。
「リュカ、右側を頼む!」
「了解!」
二人は背中合わせになり、敵を迎え撃った。カイトの聖剣は光り輝き、一振りごとにゴブリンをなぎ倒す。リュカも鍛冶屋として鍛え上げた腕前を見せ、的確に敵を仕留めていく。リリアの矢は絶妙なタイミングで飛び、カイトやリュカの死角から襲いかかる敵を倒す。
数分の戦闘で、第二波のゴブリンも全滅した。しかし、三人はまだ油断できない。最も脅威であるオーガがまだ現れていないからだ。
洞窟をさらに奥へ進むと、広い空間が現れた。そこには、ゴブリンたちの粗末な寝床や、かき集めた戦利品が散乱している。そして、空間の中央には、がっしりとした体格のオーガが座り込んでいた。
オーガは身長二メートル半ほどで、緑がかった灰色の肌をしている。筋肉質な体に、こん棒のような巨大な棍棒を握っている。その顔は醜く、口からは牙がのぞいている。
「人間め……我が縄張りに侵入するとは……」
オーガが低い声で唸った。知性は低いが、言葉を話せる程度の魔物だ。
「この洞窟から出て行ってください。さもなければ、戦わざるを得ません」
カイトが警告するが、オーガは嘲笑った。
「ふん、小生意気な小僧が。お前たちを食らってやる!」
オーガが立ち上がり、棍棒を振り回しながら突進してくる。その迫力に、洞窟全体が震えるようだ。
「散開して!」
カイトの指示で、三人は別々の方向に飛び退いた。オーガの棍棒がさっきまで三人がいた場所を叩き、岩が砕け散る。
「すごい力だ……」
リュカが息をのんだ。正面から受け止めるのは危険すぎる。
リリアが矢を放つが、オーガの厚い皮膚に浅く刺さるだけで、致命傷にはならない。オーガは腕を振り払い、矢を引き抜くと、捨てた。
「かゆい程度だ!」
カイトは考えた。オーガの動きは力強いが、鈍重だ。ならば、スピードで勝負するしかない。
「リュカ、囮になってくれ! リリアさん、狙いは目だ!」
「わかった!」
「はい!」
リュカがオーガの正面に回り込み、剣を構える。
「こっちだ、でかいの!」
オーガはリュカに目を向け、棍棒を振り下ろす。リュカは間一髪で回避し、反撃のチャンスを作る。その瞬間、リリアの矢が二本、正確にオーガの両目に命中した。
「ぐおおおっ!」
オーガが悲鳴を上げ、目を押さえる。視界を失い、混乱した。
「今だ、カイト!」
リュカが叫ぶ。カイトは全力で走り出し、聖剣に魔力を込めた。剣が金色に輝き、オーガの胸元を貫く。
「光よ、邪悪を滅ぼせ!」
聖剣がオーガの心臓を貫き、魔物は最後のうめき声を上げて崩れ落ちた。その巨体が地面に倒れると、洞窟がどっと震えた。
しばらくして、静けさが戻る。三人は息を整え、戦いの余韻に浸っていた。
「やった……やったぞ!」
リュカが勝利のガッツポーズを取った。リリアも安堵の息をつく。
「よくやりました。でも、まだ油断はできません。ゴブリンの巣穴には、たいてい宝物庫のようなものがあります。戦利品を確認しましょう」
オーガが座っていた場所の後ろに、小さな部屋があった。そこには、ゴブリンたちが集めた品々が山積みになっている。ほとんどがガラクタだが、中には価値のあるものも混じっている。
「これは……エルフの工芸品だ」
リリアが銀細工のブローチを取り上げた。それはエルフの文様が刻まれた美しいものだった。
「おそらく、エルフの集落から奪ったのでしょう。他にも、薬草や鉱石がたくさんあります」
カイトは部屋の隅で、一つの箱を見つけた。それは他の品々とは違い、埃をかぶってはいたが、きちんとしまわれていた。蓋を開けると、中には古い巻物が入っていた。
「これは?」
巻物を広げると、エルフの文字が書かれている。カイトには読めないが、リリアが近づいてきて目を見開いた。
「これは……古エルフ語で書かれた魔法の巻物です。『記憶の泉への導き』と書いてあります」
「まさか……」
「ええ、これはセレス様の直筆かもしれません。文体が古く、千年ほど前のもののようです」
カイトは震える手で巻物を握りしめた。セレスが実際に触れたものかもしれない。その事実に、胸が熱くなった。
「これがあれば、記憶の泉への道がわかります。でも、まずはエルフの集落に行き、長老に洞窟の魔物を退治したことを報告しなければなりません」
三人は戦利品の中からエルフのものと思われる品々を選び出し、それを持って洞窟を出た。外はすでに夕暮れ時で、森はオレンジ色に染まっていた。
「今日はもう遅い。私の小屋に戻り、一泊してから集落に向かいましょう」
リリアの提案に二人は賛成した。洞窟での戦いで体力も消耗している。
小屋に戻り、三人は食事を共にした。リリアが森の食材で作ってくれたシチューは、素朴だが深い味わいがあった。
「リリアさん、料理も上手いですね」
リュカが褒めると、リリアは照れたように笑った。
「一人暮らしですから、自然と上手くなりますよ。でも、こんなにたくさん人と食事をするのは久しぶりです」
「今までずっと一人だったんですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し間を置いてから答えた。
「ええ、父が去ってからは、ほとんど一人です。時折、迷子になった旅人を助けたり、傷ついた動物の世話をしたりしています。それが番人としての務めですから」
「寂しくないですか?」
リュカの率直な問いに、リリアは優しい目をした。
「時々、寂しいと思うこともあります。でも、森の生き物たちは私の家族です。木々の囁き、小川のせせらぎ、風の歌……それらすべてが私を癒やしてくれます」
彼女の言葉に、カイトは考えさせられた。前世のアーロンも、旅の途中で多くの人々と出会い、別れを経験した。その都度、寂しさと感謝の念に苛まれた。しかし、それらの出会いが、彼を勇者として成長させたのだ。
「リリアさん、私たちと一緒に旅をしませんか?」
カイトが思わず口にした。リリアは驚いた表情を見せた。
「ええっ? でも、私は番人としての務めが……」
「セレスの転生者を探す旅は、まだまだ長くなるでしょう。あなたの知識と弓の腕は、大きな力になります。それに、あなた自身も、もっと外の世界を見てみたいと思いませんか?」
カイトの言葉に、リリアは深く考え込んだ。彼女の目には、憧れと不安が入り混じっていた。
「……確かに、私はこの森から出たことがほとんどありません。母の故郷であるエルフの集落にも、数えるほどしか行ったことがない。外の世界に興味がないわけではありません」
「だったら、ぜひ!」
リュカも熱心に賛成した。
「リリアさんがいれば、心強いですよ! それに、カイトも喜ぶでしょう!」
カイトはうつむいて、素直に頷いた。
「ええ、本当にそう思います」
リリアは三人の顔を見渡し、そして深く息をついた。
「わかりました。でも、まずはエルフの集落の長老の許可を得なければなりません。番人を辞めるわけにはいきませんから、しばらくの間、旅に出る許しを願い出ます」
「ありがとう、リリアさん!」
カイトの心に、確かな希望が灯った。また一人、大切な仲間が増える。
その夜、カイトは一人で小屋の外に出た。満天の星が輝き、森は静かな夜の帳に包まれていた。彼はペンダントを取り出し、星明かりの下で見つめた。
「セレス……もうすぐ、君に会えるかもしれない。でも、僕は君の記憶をすべて持っているわけじゃない。君が転生した今の姿が、果たして僕を覚えているだろうか」
不安が胸をよぎる。転生者が前世の記憶をすべて持つとは限らない。カイト自身、アーロンとしての記憶は断片的にしか蘇っていない。セレスの転生者も、同じかもしれない。
「それでも、会いたい」
その思いだけは確かだった。千年の時を超えても、変わらない想いがある。
後ろから物音がして、振り向くとリリアが立っていた。
「星がきれいですね」
「ええ、本当に」
リリアはカイトの隣に立ち、空を見上げた。
「勇者様……いえ、カイトさん。あなたはセレス様のことを、どれほど思い出していますか?」
「断片的にです。彼女の笑顔、声、そして……最後の瞬間の悲しみ。でも、詳細な記憶はまだ曖昧です」
「転生というのは、そういうものかもしれません。すべての記憶を持ち越すわけではなく、大切な感情や決意だけが魂に刻まれるのでしょう」
リリアはカイトの方に向き直った。
「カイトさん、もしセレス様の転生者があなたを覚えていなくても、がっかりしないでください。魂の絆は、記憶を超えて存在するものですから」
「ありがとう、リリアさん。その言葉、覚えておきます」
二人はしばらく無言で星を見上げた。森の静寂の中、遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。
次の朝、三人はエルフの集落に向けて出発した。リリアの案内で、森の深部へと進んでいく。道は次第に険しくなり、巨大な樹木の根が絡み合い、自然のアーチを形成している。
「ここから先が、エルフの領土です。通常、人間はここまで来られませんが、私が案内するので大丈夫です」
リリアが言うと、木々の間から二人のエルフが現れた。優雅で細身の体つき、尖った耳、そして完璧な美しさを持つ顔立ち。二人とも弓を携え、警戒した目をしている。
「リリア、彼らは?」
一人の男性エルフが尋ねた。その声は音楽のように美しい。
「カラス、レナ、心配しないで。この方たちは、古竜の巣穴の魔物を退治してくれた勇者です。エルフの工芸品も回収してきました」
リリアがゴブリンたちから回収した品々を見せると、二人のエルフの表情が和らんだ。
「それは……確かに我々が奪われた品々だ。本当に感謝する」
女性エルフのレナが深く頭を下げた。
「長老に会わせてください。重要な話があります」
カラスがうなずき、三人を集落へと案内した。
エルフの集落は、想像以上に美しかった。巨大な樹木の上に作られた家々、空中回廊で結ばれた通路、そして中央には輝く泉があった。エルフたちは優雅に動き、どこか非現実的な光景が広がっている。
集落の中心にある最も大きな樹木の下に、長老の館があった。中に入ると、白髪のエルフの長老が座っていた。その顔には深い知恵の皺が刻まれ、目は千年の時を見つめてきたように深遠だった。
「リリア、久しぶりだな。そして、人間の客を連れてきたのか」
長老の声は低く、森全体に響くような重みがあった。
「ハルディア長老、この方たちは勇者カイトとその仲間リュカです。古竜の巣穴の魔物を退治し、我々の奪われた品々を回収してくれました」
カイトが前に進み出て、一礼した。
「長老、私は勇者アーロンの転生者、カイト・サンドラと申します。このたびは、記憶の泉への訪問を許可していただきたいと願っています」
長老の目が細くなった。彼はカイトをじっと見つめ、聖剣とペンダントに目を留めた。
「アーロンの転生……千年の時を経て、ついに戻ってきたか。確かに、あの聖剣は本物だ。そして、そのペンダントはセレスのものだな」
長老は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。彼はペンダントに手を伸ばし、そっと触れた。
「おお……確かに、セレスの魔力が残っている。若者よ、なぜ記憶の泉を訪れたい?」
「セレスの転生者を探しています。前世の約束を果たすために」
長老は深くため息をついた。
「セレスか……あの子はエルフでありながら、人間に心を寄せた。多くの者から反対されたが、彼女の意志は固かった。そして最後には……あの悲劇が起こった」
長老の目には、千年経っても消えない悲しみが浮かんでいた。
「記憶の泉は、過去を見つめる場所だ。しかし、未来をも映し出すことがある。行くがいい。だが、覚えておけ。泉が示すものは、必ずしも君が望むものとは限らない」
「それでも、見なければなりません」
カイトの決意に、長老はうなずいた。
「よかろう。リリア、お前が案内せよ。ただし、泉は深い森の奥にある。道中には、古代の守護者がいるかもしれん。気をつけるがいい」
「ありがとうございます、長老」
許可を得た三人は、集落で一晩過ごすことになった。エルフたちは当初は警戒していたが、魔物を退治した功績を知ると、次第に友好的になった。
夕食は集落の広場で開かれ、エルフたちの歌と踊りが披露された。その美しさは、言葉を失うほどだった。リュカは興奮して目を輝かせ、リリアは懐かしそうに昔の歌を口ずさんだ。
「リリアさん、こんなに素敵な集落なのに、なぜここに住まないのですか?」
カイトが尋ねると、リリアは少し寂しげな笑みを浮かべた。
「半エルフである私は、完全なエルフとして受け入れられることは難しいのです。幼い頃はここに住んでいましたが、他の子供たちから距離を置かれることもありました。母が亡くなった後、私は番人になることを選んだのです」
「それはつらかったでしょう」
「ええ、でも今は違います。自分の居場所を見つけられましたから。そして今、新たな旅が始まろうとしています」
彼女の言葉に、カイトは力を感じた。誰もが自分の道を見つけ、歩いていく。その強さに、勇気をもらった。
次の日、三人は記憶の泉へ向けて出発した。長老から詳細な地図と、泉への道しるべとなる護符を渡されていた。
道は集落からさらに東へと続き、次第に人の気配が消えていった。ここはエルフですら滅多に来ない、聖域に近い場所だった。
「気をつけてください。ここから先には、古代の魔法が張り巡らされています」
リリアが警告する。確かに、空気中の魔力の濃度が高く、肌がぴりぴりとする。
突然、道が二又に分かれた。地図には一方の道しか記されていないが、実際には二本の道が存在する。
「どっちだ?」
リュカが地図を見比べる。
カイトは目を閉じ、魔力を感知しようとした。すると、右の道からは優しい、懐かしい気配が感じられる。
「右だ。セレスの気配がする」
「記憶が導いているのかもしれません」
リリアが言う。三人は右の道を選び、進んでいった。
道は次第に下り坂になり、谷間へと続いている。周囲の木々はますます巨大になり、太陽の光はほとんど届かない。しかし、どこからか微かな光が漂い、道を照らしている。
しばらく歩くと、眼前に広がる光景に三人は息をのんだ。
そこは円形の広場で、中央に水晶のように澄んだ泉があった。泉の水は微かに光り、水面には星々が映っている。周囲には古代の石柱が立ち並び、どこか神聖な空気に包まれている。
「これが……記憶の泉」
カイトは震える足で泉に近づいた。水面を見つめると、自分の顔が映っている。しかし、それだけでなく、もう一人の顔もぼんやりと映っている。
長い銀髪、エルフの尖った耳、そして深い碧い瞳……セレスの顔だ。
「セレス……」
カイトが声を出すと、水面が波立ち、イメージが変わっていく。それは千年の昔、二人が共に過ごした日々の記憶だった。
森の中で出会った少年アーロンと、エルフの少女セレス。
共に魔法を学び、冒険をし、次第に深まる絆。
周囲の反対を押し切り、結ばれる二人。
魔王討伐の旅路、仲間たちとの戦い。
そして最後の決戦、セレスがアーロンを守って散る瞬間。
すべての記憶が、カイトの心に流れ込んできた。嬉しさ、悲しみ、愛、後悔……全ての感情が蘇る。
「ああ……セレス……君は……僕を……」
涙が止まらない。千年の時を超えても、この想いは変わらない。
すると、泉の水面が再び変わり、別の光景が映し出された。それは現代の光景だ。
エルフの集落で、一人の少女が森を見つめている。銀髪を短く切り、碧い瞳はどこか寂しげだ。年齢はカイトと同じく十七歳くらいか。
「これは……今のセレスの転生者?」
カイトが問うと、泉から声が聞こえた。それはセレスの声だった。
「アーロン……いえ、カイト。よく来てくれた。私は今、『シエラ』という名で生きている。エルフの集落で、記憶のないまま暮らしている」
「シエラ……君の記憶は?」
「まだ完全には蘇っていない。ただ、夢の中で、金色の髪の少年と過ごす日々を見る。それがあなただと、今、泉を通して知った」
カイトの胸が熱くなる。彼女は覚えている、わずかでも。
「会いたい、シエラ。今すぐに」
「私も……でも、私は集落を離れられない。長老が許してくれない。私は特別な魔力を持って生まれたために、集落の『巫女』として育てられた。外の世界を知らない」
カイトは拳を握りしめた。ならば、彼が会いに行くしかない。
「どこにいる? どうやって会える?」
「集落の東端、『月の塔』にいる。塔の頂上で、毎夜、星に祈りを捧げている。三日後の満月の夜、塔の下で待っている。その時、守衛の目を潜れるかもしれない」
「わかった。必ず行く」
水面の映像がゆらめき、次第に消えていく。セレス……シエラの声が遠のいていく。
「待って、もっと話が……」
しかし、映像は完全に消え、泉は元の静けさに戻った。カイトはその場にうずくまり、嗚咽を漏らした。
リリアとリュカが駆け寄り、彼を支えた。
「大丈夫ですか、カイトさん?」
「ああ……ありがとう。彼女に会えた。シエラという名で、生きている」
カイトは涙を拭い、立ち上がった。目には新たな決意が燃えていた。
「三日後の満月の夜、月の塔で会う約束をした。集落に戻り、計画を立てよう」
「でも、巫女であるシエラさんに会うのは簡単じゃないでしょう」
リリアが現実的な問題を指摘する。
「ええ、だからこそ慎重に行動しなければ。でも、どんな障害があっても、彼女に会いに行く」
三人は泉を後にし、エルフの集落に戻った。途中、カイトはシエラとの会話を詳しく二人に話した。
「巫女ですか……確かに、特別な魔力を持つエルフは、集落の巫女として大切に育てられます。外の世界との接触を制限されることも多いのです」
リリアが説明した。
「そんな彼女を連れ出すのは、難しいどころか不可能に近いかもしれません」
リュカが心配そうに言う。
「連れ出す必要はない。まずは会って話がしたい。彼女の記憶が蘇る手助けがしたい。それだけだ」
集落に戻ると、長老が待っていた。
「泉は何を見せた?」
カイトはためらわずに答えた。
「セレスの転生者、シエラさんと話ができました。彼女は今、月の塔の巫女として暮らしています。三日後の満月の夜に会う約束をしました」
長老の表情が険しくなった。
「シエラか……あの子は生まれながらにして強大な魔力を持っていた。エルフの将来を担う貴重な存在だ。お前が彼女に近づくことは許せない」
「でも、長老、彼女はセレスの転生者です。私との絆は千年の時を超えたものなんです」
「過去は過去だ。今のシエラは別の人格を持っている。彼女の平和を乱す権利はお前にない」
カイトは悔しさで唇を噛んだ。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「せめて、一度だけ会わせてください。彼女自身が会いたがっているのです」
長老はしばらく沈黙し、そして深いため息をついた。
「……よかろう。だが、条件がある。お前の力を見せよ。もし本当に勇者アーロンの転生なら、我が集落の守護者に勝てるはずだ」
「守護者?」
「集落を守る古代ゴーレムだ。お前がそれに勝利すれば、シエラに会うことを認めよう。ただし、一対一の戦いだ。仲間の助けは借りられん」
リュカが抗議しようとしたが、カイトが手で制した。
「わかりました。受けます」
「カイト!」
リュカが心配そうに叫ぶ。
「大丈夫。これも試練の一つだ」
長老は満足そうにうなずいた。
「では、明日の朝、集落の闘技場で戦え。今夜はしっかり休むがいい」
その夜、カイトは一人で準備をしていた。聖剣の手入れをし、魔法の詠唱を練習する。リュカとリリアは心配そうに見守っていた。
「本当に大丈夫なの? 古代ゴーレムって聞くと、すごく強そうだよ」
リュカが尋ねた。
「わからない。でも、戦わなければならない。シエラに会うためだ」
リリアはそっとカイトの肩に手を置いた。
「カイトさん、エルフのゴーレムは魔法への耐性が高いです。物理攻撃が有効かもしれません。でも、動きは鈍いはずです。スピードで勝負してください」
「ありがとう、リリアさん。そのアドバイス、役に立ちます」
カイトはベッドに横たわり、目を閉じた。セレスとの記憶が、次々と蘇ってくる。彼女が魔法を教えてくれた日々、共に笑ったこと、泣いたこと、そして最後の別れ。
「今度は守る。絶対に」
そう誓いながら、カイトは眠りについた。
翌朝、集落の闘技場には多くのエルフが集まっていた。長老の判断に興味を持った者たちだ。中央には、石でできた巨大なゴーレムが立っている。身長は三メートル近く、両手には岩の拳がある。
「これが守護者だ。ルールは単純。倒すか、戦闘不能にすればお前の勝ちだ。ただし、殺すことは許されん。ゴーレムも同じだ」
長老が宣言する。カイトはうなずき、闘技場の中央へと歩み出た。
ゴーレムは動き始めた。鈍重だが、一歩ごとに地面が震える。そして、突然加速し、岩の拳を振り下ろしてきた。
カイトは間一髪で回避し、聖剣で反撃する。剣がゴーレムの足を斬りつけるが、浅い傷しかつかない。
「硬い!」
ゴーレムは反対の手で横殴りをしてくる。カイトは飛び退くが、風圧でバランスを崩す。その隙にゴーレムは追撃、連続で拳を振り下ろす。
カイトは魔法で対応する。
「風の壁よ!」
風の障壁が拳を受け止めるが、すぐに砕け散る。ゴーレムの力は圧倒的だ。
観客席からはエルフたちのざわめきが聞こえる。リュカとリリアは固唾を飲んで見守っている。
カイトは考えた。リリアのアドバイス通り、ゴーレムは動きが鈍い。ならば、スピードを活かして弱点を探るべきだ。
彼は素早く動き回り、ゴーレムを翻弄する。剣で何度も攻撃を仕掛けるが、深い傷は負わせられない。魔法も効果が薄い。
(どこかに弱点があるはずだ)
アーロンとしての記憶が蘇る。かつて、彼は似たようなゴーレムと戦ったことがある。その時は……
「背中の魔石だ!」
カイトは叫んだ。古代ゴーレムは、背中に魔力源となる魔石を埋め込んでいる。そこを破壊すれば動きが止まる。
しかし、ゴーレムは背中を見せない。常に正面を向き、カイトを圧倒する。
(どうやって回り込む?)
カイトは一計を案じた。わざと接近戦を仕掛け、ゴーレムの拳を受け止めるふりをする。そして、拳が来る瞬間に身をかわし、ゴーレムの脇をすり抜ける。
「今だ!」
聖剣を背中の一点に突き立てる。剣先が魔石に命中し、ひびが入る。ゴーレムの動きが止まった。
しかし、完全には破壊できていない。ゴーレムは怒ったように振り返り、両手でカイトを捕らえようとする。
「くっ!」
カイトはあと一歩のところで逃れるが、服の端がつかまれ、引きずられる。ゴーレムはそのまま地面に叩きつけようとする。
その瞬間、カイトのペンダントが輝いた。セレスの声が聞こえる。
「アーロン、信じて!」
カイトは無我夢中で聖剣を振るう。剣が金色に輝き、ゴーレムの背中を貫く。魔石が完全に砕け、ゴーレムは動きを止めた。
静けさが闘技場を包む。そして、拍手が湧き上がった。
長老が闘技場に降りてきて、カイトの手を取った。
「見事だ。本当に勇者アーロンの転生者だな。約束通り、シエラに会うことを認めよう」
「ありがとうございます、長老」
カイトはほっと肩の力を抜いた。しかし、これで終わりではない。今夜が本当の試練だ。
満月の夜、カイトは一人で月の塔に向かった。リュカとリリアは集落で待機し、何かあった時のために準備していた。
塔は集落の東端にそびえ立ち、白い石材でできていた。月明かりに照らされ、幽玄な美しさを放っている。
塔の下で待っていると、上からはしごが降りてきた。登っていくと、塔の頂上に出た。そこには、銀髪のエルフの少女が立っていた。
彼女はカイトの想像以上に美しく、セレスそのものだった。しかし、目には前世のセレスにはない、無邪気な輝きがあった。
「カイト……さん?」
シエラが小さな声で尋ねた。
「ええ、シエラ。やっと会えた」
二人は少し距離を置いて向き合った。空気が張り詰める。
「泉で話した時、多くの記憶が蘇りました。でも、まだ混乱しています。私は本当に、セレスというエルフだったのですか?」
「ええ、君は千年の前、僕と共に戦った大切な仲間だった。そして、もっと大切な人だった」
シエラの頬がほんのり赤らんだ。
「夢で見る金色の髪の少年……それがあなたなのですね。でも、今の私はシエラです。セレスではありません」
「わかっている。君はシエラだ。でも、君の魂にはセレスの記憶と想いが刻まれている。僕はその全てを受け入れたい」
カイトは一歩近づいた。シエラは少し後ずさりしたが、逃げはしなかった。
「怖いのです。前世の記憶が完全に蘇ったら、今の私は消えてしまうのではないかと」
「そんなことはない。前世の記憶は、君をより豊かにするだけだ。セレスも、きっと今の君を誇りに思うだろう」
シエラの目に涙が浮かんだ。
「本当ですか?」
「本当だ。僕が保証する」
カイトは手を差し出した。シエラはためらいながら、それに触れた。その瞬間、二人の間に電流が走るような感覚があった。
記憶の洪水がシエラを襲った。彼女は倒れそうになるのを、カイトが支えた。
「大丈夫か?」
「ああ……たくさんの記憶が……あなたとの……嬉しいことも、悲しいことも……」
シエラは涙を流しながら微笑んだ。
「全部思い出しました。アーロン……いえ、カイト。千年ぶりね」
その言葉に、カイトも涙が止まらなかった。
「やっと……やっと会えた」
二人は抱き合い、千年の時を超えた再会を喜び合った。月明かりが二人を優しく包み込む。
しかし、その幸せな瞬間は長くは続かなかった。下から叫び声が聞こえてきた。
「魔物だ! 集落が襲われている!」
カイトとシエラは塔の端に走り寄り、下を見下ろした。集落のあちこちで炎が上がり、魔物の影が踊っている。
「あれは……魔王軍の尖兵だ!」
シエラが叫ぶ。彼女の目には、戦士としての鋭さが宿っていた。セレスの記憶が完全に目覚めたのだ。
「行こう! みんなを守らないと!」
二人は急いで塔を降り、集落へと駆けつけた。
集落は戦場と化していた。ゴブリンやオークなどの魔物が、エルフたちを襲っている。エルフたちも弓や魔法で応戦しているが、数で劣っている。
「リュカ! リリア!」
カイトが叫ぶと、二人が駆け寄ってきた。
「カイト! シエラさんも無事で良かった! でも今は戦闘だ!」
リュカが血まみれの剣を振るいながら言う。
「シエラ、君は?」
カイトが心配そうに尋ねると、シエラは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「大丈夫。セレスとしての力も、シエラとしての力も、使える。さあ、みんなを守りましょう」
シエラは両手を上げ、強大な魔力を込めた。
「森の精霊よ、我に力を! 邪悪なる者たちを払え!」
彼女の詠唱とともに、地面から無数の蔓が湧き出し、魔物たちを縛り上げる。同時に、風の刃が飛び交い、魔物をなぎ倒す。
「すごい……これが大魔導士セレスの力か」
リリアが息をのんだ。
カイトも聖剣を振るい、魔物たちを斬り伏せていく。リュカとリリアもそれぞれの力で戦う。
しかし、魔物の数は減らない。むしろ、より強大な気配が近づいてくる。
「これは……デーモンだ!」
シエラが警告する。空中から、翼を持つ悪魔が飛来してきた。それは魔王軍の幹部クラスだろう。
「人間ども、エルフども、ここで終わりだ!」
デーモンが炎の球を放つ。カイトが聖剣で受け止めるが、その衝撃で後ずさる。
「くっ……強い!」
「カイト、一緒に戦おう!」
シエラがカイトの傍らに立つ。
「ええ、前と同じように」
二人は息を合わせ、魔法と剣技のコンビネーションでデーモンに立ち向かう。千年の時を超え、再び共に戦う勇者と魔導士。
「無駄だ! 魔王様の力の前では!」
デーモンがより強力な魔法を放つ。しかし、その瞬間、長老をはじめとするエルフの長老たちが加勢に現れた。
「我が森を汚す者よ、ここまでだ!」
長老たちの合力魔法がデーモンを包み込む。カイトとシエラがとどめの一撃を放つ。
「光と森の力よ、邪悪を滅ぼせ!」
聖剣と魔法が一体となり、デーモンを貫く。悪魔は絶叫を上げて消滅した。
残る魔物たちも、幹部を失って逃走していく。戦闘は終結した。
集落には多くの傷跡が残ったが、壊滅は免れた。エルフたちは互いを労い、死者への祈りを捧げた。
長老がカイトたちの前に現れた。
「今回の危機を救ってくれたことに感謝する。特に、カイト、そしてシエラ……いや、セレスか」
シエラが微笑んだ。
「長老、私はシエラです。でも、セレスの記憶と力も持っています。どちらも私です」
「そうか……よかろう。シエラ、お前には外の世界を見る権利がある。カイトと共に旅をするがいい」
「ええ、行きます。この世界の危機に立ち向かうために」
カイトはシエラの手を握った。
「よかった……本当によかった」
リュカとリリアも笑顔で近づいてきた。
「これで仲間がまた一人増えたな!」
「シエラさん、よろしくお願いします」
シエラは少し照れくさそうにうなずいた。
「ええ、よろしくお願いします。カイトの仲間たちですね」
四人は固い握手を交わした。新たなパーティーがここに誕生した。
長老はカイトに一つの指輪を渡した。
「これは『精霊の指輪』だ。森の精霊の加護がある。旅の助けになるだろう」
「ありがとうございます、長老」
その夜、集落では戦いの後の静かな宴が開かれた。エルフたちはカイトたちに感謝の意を表し、旅の成功を祈った。
カイトとシエラは少し離れた場所で、月を見上げていた。
「千年ぶりだね、こんなにゆっくりと月を見るのも」
シエラが呟いた。
「ええ、前はいつも戦いばかりだったからな」
「今度は違う。平和な時間も、楽しみたい」
カイトはシエラの手を握りしめた。
「約束する。魔王を倒したら、ゆっくりと暮らそう。君と二人で」
シエラの目に涙が光った。
「ええ、そうしよう」
次の朝、四人はエルフの森を出発した。次の目的地は、ドワーフの山岳地帯。かつての仲間、僧侶ゴルムの転生者を探すためだ。
道中、シエラは前世の記憶と今の感情の間で揺れながらも、次第に自分自身を受け入れていった。リュカとリリアも、新たな仲間を温かく迎え入れた。
カイトは振り返り、エルフの森を見つめた。ここで大切な人と再会できた。これからも、多くの出会いと別れがあるだろう。しかし、彼はもう迷わない。
聖剣を背に、ペンダントを胸に、仲間たちと共に、勇者の旅は続く。
背後から、シエラの優しい声が聞こえる。
「さあ、行きましょう、カイト。新たな冒険が待っているわ」
カイトは笑顔でうなずき、仲間たちと共に道を歩み始めた。
(続く)
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