転生勇者の再誕〜千年の時を超えた絆と新たな戦い〜

たまごころ

文字の大きさ
2 / 2

第2話 精霊の森の再会

しおりを挟む
エルフの森への道は、カイトとリュカにとって初めての本格的な冒険となった。王都を出て三日が経過し、周囲の風景は次第に人の手が入らぬ深い森へと変わっていく。巨大な樹木が空を覆い、地面には柔らかな苔が敷き詰められ、どこからか清らかな水の流れる音が聞こえる。

「ここがエルフの森の入り口か……すごい雰囲気だな」

リュカが感嘆の声を上げた。確かに、この森はどこか神秘的な気配に包まれている。空気中に漂う魔力の粒子も、王都周辺より濃密に感じられた。

カイトは背中の聖剣エクスカリバーを確かめるように触れた。石から抜いて以来、剣は微かな温もりを放ち続けている。それは単なる武器ではなく、ある種の意思を持つかのようだった。

「セレスの転生者を探すといっても、具体的にどこから始めればいいのか」

カイトが呟くと、リュカは地図を広げて指さした。

「さっき通りかかった村の長老が言ってたよ。エルフの集落は森の奥深くにあるけど、人間を受け入れてくれるかどうかはわからないって。でも、入り口近くに『森の番人』を訪ねるといいかもしれないって」

「森の番人?」

「ええ、人間とエルフの仲立ちをしてくれる存在らしい。この辺りに住んでいる隠者だって」

二人はその情報を手がかりに、森の小道をさらに進んだ。日差しは木々の葉に遮られ、薄暗い森の中を進んでいく。時折、小動物の気配がするが、魔物の気配は感じられない。この森は何者かに守られているようだった。

しばらく歩くと、小さな川にぶつかった。その畔に、粗末だが手入れの行き届いた小屋が建っていた。煙突からは細い煙が立ち上り、誰かが住んでいることがわかる。

「あれがそうかな」

リュカが声を潜めて言った。カイトはうなずき、慎重に近づいた。小屋の前には庭があり、薬草らしき植物が整然と植えられていた。そして、井戸端で水を汲んでいる人物の姿が見える。

長い銀髪を背中で一つに結び、緑色の簡素なローブをまとった女性だった。年齢は三十代半ばか、穏やかな顔立ちだが、目には鋭い知性が光っている。

「ごめんください」

カイトが声をかけると、女性はゆっくりと振り向いた。彼女の目はエメラルドのように緑色で、人間とは少し違う、尖った耳が特徴的だった。

「エルフの方ですか?」

カイトが尋ねると、女性は小さく微笑んだ。

「半エルフです。母がエルフ、父が人間でした。私はこの森の番人、リリアと申します。あなたたちは、王都から来たのでしょう? ずいぶんと若い冒険者さんたちですね」

リリアの声は柔らかく、しかし確かな力強さを秘めていた。カイトは自己紹介をし、来意を説明した。

「勇者アーロンの転生……ですか」

リリアの表情がわずかに曇った。彼女はカイトをじっと見つめ、特に聖剣とペンダントに目を留めた。

「確かに、あの聖剣は本物のようです。そして、そのペンダント……『賢者の石』ですね。伝説では、勇者アーロンと、彼の伴侶である大魔導士セレスが持っていたとされています」

「伴侶?」

カイトの声が思わず大きくなった。前世の記憶では、セレスは確かに大切な仲間だったが、伴侶という明確な記憶はなかった。

「ええ、古い記録によれば、二人は深く結ばれていました。しかし、最終決戦でセレスは命を落とし、アーロンは彼女の死を悼んで転生を選んだと言われています」

カイトの胸が痛んだ。記憶の断片が、また一つつながった。確かに、セレスに対する感情は、単なる仲間以上のものだった。彼女の笑顔、優しい声、そして最期の瞬間の言葉が、蘇ってくる。

「私は……彼女の転生者を探しています。どこか手がかりはありませんか?」

リリアはしばらく考え込むように空を見上げた。

「エルフの転生は、人間のそれとは少し違います。エルフの魂は輪廻のサイクルが長く、同じ時代に転生することは稀なのです。しかし、もしセレス様が転生を選んだのなら、おそらく何らかの強い想いがあったのでしょう」

彼女は小屋の中を手招きした。

「まずは中に入りなさい。話は長くなりそうですから」

小屋の中は、外見より広く、本が所狭しと並べられていた。様々な言語で書かれた書物、古い巻物、地図など、ここは小さな図書館のようだった。

リリアは三人分のハーブティーを用意し、テーブルに着いた。

「まず、エルフの転生について説明しましょう。我々エルフは、人間よりはるかに長い寿命を持っています。通常のエルフでも五百年ほど生き、長老クラスなら千年以上生きる者もいます」

カイトは息を飲んだ。千年……それはまさに、アーロンが生きていた時代だ。

「セレス様は、千年前の最終決戦の時、百二十歳でした。エルフとしてはまだ若い部類です。彼女は優れた魔力を持ちながら、人間であるアーロン様に心を寄せました。異種族間の恋愛は珍しいことではありませんが、寿命の違いから悲劇に終わることが多いのです」

「寿命の違い……」

「ええ、人間の寿命は百年ほど。エルフにとってはあっという間です。ですから、セレス様が転生を選んだというのは、アーロン様と再び同じ時間を生きるためだったかもしれません」

カイトは自分の手を見つめた。今の彼は十七歳。もしセレスの転生者が存在するなら、同じ年頃だろうか? それとも、エルフとして生まれ変わっているのだろうか?

「転生者を探す方法はありますか?」

リリアはテーブルの上に地図を広げた。

「エルフの森には、『記憶の泉』と呼ばれる聖域があります。そこでは、過去の記憶を見ることができると言われています。もしセレス様の転生者がいれば、その泉が何らかの導きを与えてくれるかもしれません」

「その泉はどこに?」

「森の最も深いところ、エルフの集落からさらに東へ進んだ場所です。しかし、そこへ行くには、集落の長老の許可が必要です。そして、エルフたちは今、人間に対してあまり良い感情を持っていません」

リュカが心配そうに口を挟んだ。

「どうしてですか?」

リリアの表情が暗くなった。

「この十年ほど、人間の商人たちがエルフの森の資源を乱獲しているのです。特に、魔力を帯びた鉱石や、希少な薬草を目当てにした者たちが、森のバランスを壊しています。それに、最近では魔物の活動も活発化していて、エルフたちは人間のせいで魔物が増えたと考えている者もいます」

「でも、それは違うでしょう? 魔王の復活の影響じゃないですか」

カイトが言うと、リリアは深く頷いた。

「ええ、私もそう思います。しかし、猜疑心が生まれると、そう簡単には消えません。あなたたちが集落に入るには、何かしらの貢献が必要でしょう」

「貢献?」

「今、エルフの集落では、近くの洞窟に棲みついた魔物に悩まされています。その魔物を退治すれば、少なくとも話を聞いてもらえるはずです」

カイトとリュカは顔を見合わせた。二人ともうなずいた。

「やってみます。その洞窟はどこですか?」

リリアは地図の一点を指さした。

「ここです。『古竜の巣穴』と呼ばれる場所です。実際に竜がいるわけではありませんが、かつて竜が棲んでいたと言われる大きな洞窟です。今は、『ゴブリンの群れ』と、その首領である『オーガ』が棲みついています」

「ゴブリンとオーガか……」

リュカが剣の柄に手をかけた。ゴブリンは小柄だが数が多く、オーガは巨大で力が強い。油断できない相手だ。

「私はあなたたちについて行きます。エルフとして、森の平和を守るのは私の役目ですから」

リリアが立ち上がり、壁にかかった弓と矢筒を手に取った。

「でも、あなたは番人でしょう? 私たちのために関わらなくても」

カイトが言うと、リリアは優しく微笑んだ。

「勇者様の旅を助けることも、番人の務めの一つです。それに、私の母はセレス様の子孫なのです」

「えっ?」

カイトは驚いて目を見開いた。リリアは少し照れくさそうに頬を染めた。

「遠い子孫ですけどね。セレス様には兄弟がいて、その血筋が今に続いています。ですから、私にとってセレス様は先祖にあたります。彼女の転生者を探すお手伝いができれば、これほど光栄なことはありません」

カイトは感謝の気持ちでいっぱいになった。旅の最初から、思いがけない協力者に出会えた。

三人はすぐに準備を整え、古竜の巣穴へと向かった。道中、リリアは森の植物や生態系について解説してくれた。彼女の知識は広く深く、この森のすべてを理解しているようだった。

「ここには『癒やし草』が生えています。傷の手当てに使えますよ」
「あの木の実は食べられますが、一度にたくさん食べるとお腹を壊します」
「この痕跡は……狼の群れが通ったようです。でも、魔物の気配はありませんね」

リュカは感心しながら聞いていた。

「リリアさん、本当にこの森のことをよく知ってますね」

「半エルフとして生まれ、ずっとこの森で暮らしてきましたから。母が私が幼い頃に亡くなり、父は人間の街に戻りましたが、私はこの森が好きでここに残ったのです」

「寂しくなかったですか?」

カイトが尋ねると、リリアは少し考えてから答えた。

「寂しいこともありました。エルフの集落では、半エルフである私を完全には受け入れてくれませんでしたから。でも、森の生き物たちや、時折訪れる旅人たちとの交流がありました。そして今、あなたたちのような大切なお客様にも出会えました」

彼女の言葉に、カイトは胸が温かくなった。この世界には、様々な事情を抱えながらも、懸命に生きている人々がいる。

一時間ほど歩くと、巨大な岩山が見えてきた。その麓に、大きな洞窟の入口が口を開けている。周囲には不気味な静けさが漂い、どこからか腐臭が漂ってくる。

「ここが古竜の巣穴です」

リリアが声を潜めて言った。彼女は地面に膝をつき、土に触れた。

「ゴブリンの気配がします。少なくとも十体はいるでしょう。そして、奥からはもっと大きな気配……あれがオーガですね」

カイトも魔力を感知しようとした。確かに、洞窟の中から複数の邪悪な気配が感じられる。彼は聖剣を抜き、構えた。

「作戦は?」

リュカが尋ねる。カイトは考えた。

「まずは入口近くのゴブリンを片付けましょう。リリアさんは遠距離から弓で援護を。リュカと私は前線で戦います」

「了解です」
「任せて!」

三人は息を合わせ、洞窟に入った。中は思ったより広く、天井からは鍾乳石が垂れ下がっている。薄暗いが、ところどころに発光キノコが生えており、かすかな光を放っている。

すぐに、最初の敵が現れた。緑色の肌をした小柄なゴブリンが三体、がに股で歩き回っている。彼らは鈍いナイフのような武器を持ち、何かをつぶやいている。

「今だ!」

カイトの合図で、リリアの矢が一本、風を切って飛んだ。一瞬で一匹のゴブリンの喉元を貫く。他の二匹が騒ぎだす隙に、リュカが飛び出し、剣を振るった。一撃で一匹を仕留め、カイトが残る一匹に魔法を放つ。

「風の刃よ!」

鋭い風の刃がゴブリンを切り裂き、あっという間に三匹を倒した。

「順調だな」

リュカが笑ったが、その瞬間、洞窟の奥から叫び声が響いた。仲間の悲鳴を聞きつけ、より多くのゴブリンが集まってくる。

「次は多いぞ!」

リリアが警告する。確かに、少なくとも七、八体のゴブリンが、棍棒や短剣を振り回しながら突進してくる。

カイトは深呼吸をした。魔力を全身に巡らせ、聖剣を構える。

「リュカ、右側を頼む!」
「了解!」

二人は背中合わせになり、敵を迎え撃った。カイトの聖剣は光り輝き、一振りごとにゴブリンをなぎ倒す。リュカも鍛冶屋として鍛え上げた腕前を見せ、的確に敵を仕留めていく。リリアの矢は絶妙なタイミングで飛び、カイトやリュカの死角から襲いかかる敵を倒す。

数分の戦闘で、第二波のゴブリンも全滅した。しかし、三人はまだ油断できない。最も脅威であるオーガがまだ現れていないからだ。

洞窟をさらに奥へ進むと、広い空間が現れた。そこには、ゴブリンたちの粗末な寝床や、かき集めた戦利品が散乱している。そして、空間の中央には、がっしりとした体格のオーガが座り込んでいた。

オーガは身長二メートル半ほどで、緑がかった灰色の肌をしている。筋肉質な体に、こん棒のような巨大な棍棒を握っている。その顔は醜く、口からは牙がのぞいている。

「人間め……我が縄張りに侵入するとは……」

オーガが低い声で唸った。知性は低いが、言葉を話せる程度の魔物だ。

「この洞窟から出て行ってください。さもなければ、戦わざるを得ません」

カイトが警告するが、オーガは嘲笑った。

「ふん、小生意気な小僧が。お前たちを食らってやる!」

オーガが立ち上がり、棍棒を振り回しながら突進してくる。その迫力に、洞窟全体が震えるようだ。

「散開して!」

カイトの指示で、三人は別々の方向に飛び退いた。オーガの棍棒がさっきまで三人がいた場所を叩き、岩が砕け散る。

「すごい力だ……」

リュカが息をのんだ。正面から受け止めるのは危険すぎる。

リリアが矢を放つが、オーガの厚い皮膚に浅く刺さるだけで、致命傷にはならない。オーガは腕を振り払い、矢を引き抜くと、捨てた。

「かゆい程度だ!」

カイトは考えた。オーガの動きは力強いが、鈍重だ。ならば、スピードで勝負するしかない。

「リュカ、囮になってくれ! リリアさん、狙いは目だ!」

「わかった!」
「はい!」

リュカがオーガの正面に回り込み、剣を構える。

「こっちだ、でかいの!」

オーガはリュカに目を向け、棍棒を振り下ろす。リュカは間一髪で回避し、反撃のチャンスを作る。その瞬間、リリアの矢が二本、正確にオーガの両目に命中した。

「ぐおおおっ!」

オーガが悲鳴を上げ、目を押さえる。視界を失い、混乱した。

「今だ、カイト!」

リュカが叫ぶ。カイトは全力で走り出し、聖剣に魔力を込めた。剣が金色に輝き、オーガの胸元を貫く。

「光よ、邪悪を滅ぼせ!」

聖剣がオーガの心臓を貫き、魔物は最後のうめき声を上げて崩れ落ちた。その巨体が地面に倒れると、洞窟がどっと震えた。

しばらくして、静けさが戻る。三人は息を整え、戦いの余韻に浸っていた。

「やった……やったぞ!」

リュカが勝利のガッツポーズを取った。リリアも安堵の息をつく。

「よくやりました。でも、まだ油断はできません。ゴブリンの巣穴には、たいてい宝物庫のようなものがあります。戦利品を確認しましょう」

オーガが座っていた場所の後ろに、小さな部屋があった。そこには、ゴブリンたちが集めた品々が山積みになっている。ほとんどがガラクタだが、中には価値のあるものも混じっている。

「これは……エルフの工芸品だ」

リリアが銀細工のブローチを取り上げた。それはエルフの文様が刻まれた美しいものだった。

「おそらく、エルフの集落から奪ったのでしょう。他にも、薬草や鉱石がたくさんあります」

カイトは部屋の隅で、一つの箱を見つけた。それは他の品々とは違い、埃をかぶってはいたが、きちんとしまわれていた。蓋を開けると、中には古い巻物が入っていた。

「これは?」

巻物を広げると、エルフの文字が書かれている。カイトには読めないが、リリアが近づいてきて目を見開いた。

「これは……古エルフ語で書かれた魔法の巻物です。『記憶の泉への導き』と書いてあります」

「まさか……」

「ええ、これはセレス様の直筆かもしれません。文体が古く、千年ほど前のもののようです」

カイトは震える手で巻物を握りしめた。セレスが実際に触れたものかもしれない。その事実に、胸が熱くなった。

「これがあれば、記憶の泉への道がわかります。でも、まずはエルフの集落に行き、長老に洞窟の魔物を退治したことを報告しなければなりません」

三人は戦利品の中からエルフのものと思われる品々を選び出し、それを持って洞窟を出た。外はすでに夕暮れ時で、森はオレンジ色に染まっていた。

「今日はもう遅い。私の小屋に戻り、一泊してから集落に向かいましょう」

リリアの提案に二人は賛成した。洞窟での戦いで体力も消耗している。

小屋に戻り、三人は食事を共にした。リリアが森の食材で作ってくれたシチューは、素朴だが深い味わいがあった。

「リリアさん、料理も上手いですね」

リュカが褒めると、リリアは照れたように笑った。

「一人暮らしですから、自然と上手くなりますよ。でも、こんなにたくさん人と食事をするのは久しぶりです」

「今までずっと一人だったんですか?」

カイトが尋ねると、リリアは少し間を置いてから答えた。

「ええ、父が去ってからは、ほとんど一人です。時折、迷子になった旅人を助けたり、傷ついた動物の世話をしたりしています。それが番人としての務めですから」

「寂しくないですか?」

リュカの率直な問いに、リリアは優しい目をした。

「時々、寂しいと思うこともあります。でも、森の生き物たちは私の家族です。木々の囁き、小川のせせらぎ、風の歌……それらすべてが私を癒やしてくれます」

彼女の言葉に、カイトは考えさせられた。前世のアーロンも、旅の途中で多くの人々と出会い、別れを経験した。その都度、寂しさと感謝の念に苛まれた。しかし、それらの出会いが、彼を勇者として成長させたのだ。

「リリアさん、私たちと一緒に旅をしませんか?」

カイトが思わず口にした。リリアは驚いた表情を見せた。

「ええっ? でも、私は番人としての務めが……」

「セレスの転生者を探す旅は、まだまだ長くなるでしょう。あなたの知識と弓の腕は、大きな力になります。それに、あなた自身も、もっと外の世界を見てみたいと思いませんか?」

カイトの言葉に、リリアは深く考え込んだ。彼女の目には、憧れと不安が入り混じっていた。

「……確かに、私はこの森から出たことがほとんどありません。母の故郷であるエルフの集落にも、数えるほどしか行ったことがない。外の世界に興味がないわけではありません」

「だったら、ぜひ!」
リュカも熱心に賛成した。

「リリアさんがいれば、心強いですよ! それに、カイトも喜ぶでしょう!」

カイトはうつむいて、素直に頷いた。

「ええ、本当にそう思います」

リリアは三人の顔を見渡し、そして深く息をついた。

「わかりました。でも、まずはエルフの集落の長老の許可を得なければなりません。番人を辞めるわけにはいきませんから、しばらくの間、旅に出る許しを願い出ます」

「ありがとう、リリアさん!」

カイトの心に、確かな希望が灯った。また一人、大切な仲間が増える。

その夜、カイトは一人で小屋の外に出た。満天の星が輝き、森は静かな夜の帳に包まれていた。彼はペンダントを取り出し、星明かりの下で見つめた。

「セレス……もうすぐ、君に会えるかもしれない。でも、僕は君の記憶をすべて持っているわけじゃない。君が転生した今の姿が、果たして僕を覚えているだろうか」

不安が胸をよぎる。転生者が前世の記憶をすべて持つとは限らない。カイト自身、アーロンとしての記憶は断片的にしか蘇っていない。セレスの転生者も、同じかもしれない。

「それでも、会いたい」

その思いだけは確かだった。千年の時を超えても、変わらない想いがある。

後ろから物音がして、振り向くとリリアが立っていた。

「星がきれいですね」

「ええ、本当に」

リリアはカイトの隣に立ち、空を見上げた。

「勇者様……いえ、カイトさん。あなたはセレス様のことを、どれほど思い出していますか?」

「断片的にです。彼女の笑顔、声、そして……最後の瞬間の悲しみ。でも、詳細な記憶はまだ曖昧です」

「転生というのは、そういうものかもしれません。すべての記憶を持ち越すわけではなく、大切な感情や決意だけが魂に刻まれるのでしょう」

リリアはカイトの方に向き直った。

「カイトさん、もしセレス様の転生者があなたを覚えていなくても、がっかりしないでください。魂の絆は、記憶を超えて存在するものですから」

「ありがとう、リリアさん。その言葉、覚えておきます」

二人はしばらく無言で星を見上げた。森の静寂の中、遠くでフクロウの鳴き声が聞こえる。

次の朝、三人はエルフの集落に向けて出発した。リリアの案内で、森の深部へと進んでいく。道は次第に険しくなり、巨大な樹木の根が絡み合い、自然のアーチを形成している。

「ここから先が、エルフの領土です。通常、人間はここまで来られませんが、私が案内するので大丈夫です」

リリアが言うと、木々の間から二人のエルフが現れた。優雅で細身の体つき、尖った耳、そして完璧な美しさを持つ顔立ち。二人とも弓を携え、警戒した目をしている。

「リリア、彼らは?」
一人の男性エルフが尋ねた。その声は音楽のように美しい。

「カラス、レナ、心配しないで。この方たちは、古竜の巣穴の魔物を退治してくれた勇者です。エルフの工芸品も回収してきました」

リリアがゴブリンたちから回収した品々を見せると、二人のエルフの表情が和らんだ。

「それは……確かに我々が奪われた品々だ。本当に感謝する」

女性エルフのレナが深く頭を下げた。

「長老に会わせてください。重要な話があります」

カラスがうなずき、三人を集落へと案内した。

エルフの集落は、想像以上に美しかった。巨大な樹木の上に作られた家々、空中回廊で結ばれた通路、そして中央には輝く泉があった。エルフたちは優雅に動き、どこか非現実的な光景が広がっている。

集落の中心にある最も大きな樹木の下に、長老の館があった。中に入ると、白髪のエルフの長老が座っていた。その顔には深い知恵の皺が刻まれ、目は千年の時を見つめてきたように深遠だった。

「リリア、久しぶりだな。そして、人間の客を連れてきたのか」

長老の声は低く、森全体に響くような重みがあった。

「ハルディア長老、この方たちは勇者カイトとその仲間リュカです。古竜の巣穴の魔物を退治し、我々の奪われた品々を回収してくれました」

カイトが前に進み出て、一礼した。

「長老、私は勇者アーロンの転生者、カイト・サンドラと申します。このたびは、記憶の泉への訪問を許可していただきたいと願っています」

長老の目が細くなった。彼はカイトをじっと見つめ、聖剣とペンダントに目を留めた。

「アーロンの転生……千年の時を経て、ついに戻ってきたか。確かに、あの聖剣は本物だ。そして、そのペンダントはセレスのものだな」

長老は立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。彼はペンダントに手を伸ばし、そっと触れた。

「おお……確かに、セレスの魔力が残っている。若者よ、なぜ記憶の泉を訪れたい?」

「セレスの転生者を探しています。前世の約束を果たすために」

長老は深くため息をついた。

「セレスか……あの子はエルフでありながら、人間に心を寄せた。多くの者から反対されたが、彼女の意志は固かった。そして最後には……あの悲劇が起こった」

長老の目には、千年経っても消えない悲しみが浮かんでいた。

「記憶の泉は、過去を見つめる場所だ。しかし、未来をも映し出すことがある。行くがいい。だが、覚えておけ。泉が示すものは、必ずしも君が望むものとは限らない」

「それでも、見なければなりません」

カイトの決意に、長老はうなずいた。

「よかろう。リリア、お前が案内せよ。ただし、泉は深い森の奥にある。道中には、古代の守護者がいるかもしれん。気をつけるがいい」

「ありがとうございます、長老」

許可を得た三人は、集落で一晩過ごすことになった。エルフたちは当初は警戒していたが、魔物を退治した功績を知ると、次第に友好的になった。

夕食は集落の広場で開かれ、エルフたちの歌と踊りが披露された。その美しさは、言葉を失うほどだった。リュカは興奮して目を輝かせ、リリアは懐かしそうに昔の歌を口ずさんだ。

「リリアさん、こんなに素敵な集落なのに、なぜここに住まないのですか?」

カイトが尋ねると、リリアは少し寂しげな笑みを浮かべた。

「半エルフである私は、完全なエルフとして受け入れられることは難しいのです。幼い頃はここに住んでいましたが、他の子供たちから距離を置かれることもありました。母が亡くなった後、私は番人になることを選んだのです」

「それはつらかったでしょう」

「ええ、でも今は違います。自分の居場所を見つけられましたから。そして今、新たな旅が始まろうとしています」

彼女の言葉に、カイトは力を感じた。誰もが自分の道を見つけ、歩いていく。その強さに、勇気をもらった。

次の日、三人は記憶の泉へ向けて出発した。長老から詳細な地図と、泉への道しるべとなる護符を渡されていた。

道は集落からさらに東へと続き、次第に人の気配が消えていった。ここはエルフですら滅多に来ない、聖域に近い場所だった。

「気をつけてください。ここから先には、古代の魔法が張り巡らされています」

リリアが警告する。確かに、空気中の魔力の濃度が高く、肌がぴりぴりとする。

突然、道が二又に分かれた。地図には一方の道しか記されていないが、実際には二本の道が存在する。

「どっちだ?」
リュカが地図を見比べる。

カイトは目を閉じ、魔力を感知しようとした。すると、右の道からは優しい、懐かしい気配が感じられる。

「右だ。セレスの気配がする」

「記憶が導いているのかもしれません」

リリアが言う。三人は右の道を選び、進んでいった。

道は次第に下り坂になり、谷間へと続いている。周囲の木々はますます巨大になり、太陽の光はほとんど届かない。しかし、どこからか微かな光が漂い、道を照らしている。

しばらく歩くと、眼前に広がる光景に三人は息をのんだ。

そこは円形の広場で、中央に水晶のように澄んだ泉があった。泉の水は微かに光り、水面には星々が映っている。周囲には古代の石柱が立ち並び、どこか神聖な空気に包まれている。

「これが……記憶の泉」

カイトは震える足で泉に近づいた。水面を見つめると、自分の顔が映っている。しかし、それだけでなく、もう一人の顔もぼんやりと映っている。

長い銀髪、エルフの尖った耳、そして深い碧い瞳……セレスの顔だ。

「セレス……」

カイトが声を出すと、水面が波立ち、イメージが変わっていく。それは千年の昔、二人が共に過ごした日々の記憶だった。

森の中で出会った少年アーロンと、エルフの少女セレス。
共に魔法を学び、冒険をし、次第に深まる絆。
周囲の反対を押し切り、結ばれる二人。
魔王討伐の旅路、仲間たちとの戦い。
そして最後の決戦、セレスがアーロンを守って散る瞬間。

すべての記憶が、カイトの心に流れ込んできた。嬉しさ、悲しみ、愛、後悔……全ての感情が蘇る。

「ああ……セレス……君は……僕を……」

涙が止まらない。千年の時を超えても、この想いは変わらない。

すると、泉の水面が再び変わり、別の光景が映し出された。それは現代の光景だ。

エルフの集落で、一人の少女が森を見つめている。銀髪を短く切り、碧い瞳はどこか寂しげだ。年齢はカイトと同じく十七歳くらいか。

「これは……今のセレスの転生者?」

カイトが問うと、泉から声が聞こえた。それはセレスの声だった。

「アーロン……いえ、カイト。よく来てくれた。私は今、『シエラ』という名で生きている。エルフの集落で、記憶のないまま暮らしている」

「シエラ……君の記憶は?」

「まだ完全には蘇っていない。ただ、夢の中で、金色の髪の少年と過ごす日々を見る。それがあなただと、今、泉を通して知った」

カイトの胸が熱くなる。彼女は覚えている、わずかでも。

「会いたい、シエラ。今すぐに」

「私も……でも、私は集落を離れられない。長老が許してくれない。私は特別な魔力を持って生まれたために、集落の『巫女』として育てられた。外の世界を知らない」

カイトは拳を握りしめた。ならば、彼が会いに行くしかない。

「どこにいる? どうやって会える?」

「集落の東端、『月の塔』にいる。塔の頂上で、毎夜、星に祈りを捧げている。三日後の満月の夜、塔の下で待っている。その時、守衛の目を潜れるかもしれない」

「わかった。必ず行く」

水面の映像がゆらめき、次第に消えていく。セレス……シエラの声が遠のいていく。

「待って、もっと話が……」

しかし、映像は完全に消え、泉は元の静けさに戻った。カイトはその場にうずくまり、嗚咽を漏らした。

リリアとリュカが駆け寄り、彼を支えた。

「大丈夫ですか、カイトさん?」

「ああ……ありがとう。彼女に会えた。シエラという名で、生きている」

カイトは涙を拭い、立ち上がった。目には新たな決意が燃えていた。

「三日後の満月の夜、月の塔で会う約束をした。集落に戻り、計画を立てよう」

「でも、巫女であるシエラさんに会うのは簡単じゃないでしょう」
リリアが現実的な問題を指摘する。

「ええ、だからこそ慎重に行動しなければ。でも、どんな障害があっても、彼女に会いに行く」

三人は泉を後にし、エルフの集落に戻った。途中、カイトはシエラとの会話を詳しく二人に話した。

「巫女ですか……確かに、特別な魔力を持つエルフは、集落の巫女として大切に育てられます。外の世界との接触を制限されることも多いのです」
リリアが説明した。

「そんな彼女を連れ出すのは、難しいどころか不可能に近いかもしれません」
リュカが心配そうに言う。

「連れ出す必要はない。まずは会って話がしたい。彼女の記憶が蘇る手助けがしたい。それだけだ」

集落に戻ると、長老が待っていた。

「泉は何を見せた?」

カイトはためらわずに答えた。

「セレスの転生者、シエラさんと話ができました。彼女は今、月の塔の巫女として暮らしています。三日後の満月の夜に会う約束をしました」

長老の表情が険しくなった。

「シエラか……あの子は生まれながらにして強大な魔力を持っていた。エルフの将来を担う貴重な存在だ。お前が彼女に近づくことは許せない」

「でも、長老、彼女はセレスの転生者です。私との絆は千年の時を超えたものなんです」

「過去は過去だ。今のシエラは別の人格を持っている。彼女の平和を乱す権利はお前にない」

カイトは悔しさで唇を噛んだ。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。

「せめて、一度だけ会わせてください。彼女自身が会いたがっているのです」

長老はしばらく沈黙し、そして深いため息をついた。

「……よかろう。だが、条件がある。お前の力を見せよ。もし本当に勇者アーロンの転生なら、我が集落の守護者に勝てるはずだ」

「守護者?」

「集落を守る古代ゴーレムだ。お前がそれに勝利すれば、シエラに会うことを認めよう。ただし、一対一の戦いだ。仲間の助けは借りられん」

リュカが抗議しようとしたが、カイトが手で制した。

「わかりました。受けます」

「カイト!」
リュカが心配そうに叫ぶ。

「大丈夫。これも試練の一つだ」

長老は満足そうにうなずいた。

「では、明日の朝、集落の闘技場で戦え。今夜はしっかり休むがいい」

その夜、カイトは一人で準備をしていた。聖剣の手入れをし、魔法の詠唱を練習する。リュカとリリアは心配そうに見守っていた。

「本当に大丈夫なの? 古代ゴーレムって聞くと、すごく強そうだよ」
リュカが尋ねた。

「わからない。でも、戦わなければならない。シエラに会うためだ」

リリアはそっとカイトの肩に手を置いた。

「カイトさん、エルフのゴーレムは魔法への耐性が高いです。物理攻撃が有効かもしれません。でも、動きは鈍いはずです。スピードで勝負してください」

「ありがとう、リリアさん。そのアドバイス、役に立ちます」

カイトはベッドに横たわり、目を閉じた。セレスとの記憶が、次々と蘇ってくる。彼女が魔法を教えてくれた日々、共に笑ったこと、泣いたこと、そして最後の別れ。

「今度は守る。絶対に」

そう誓いながら、カイトは眠りについた。

翌朝、集落の闘技場には多くのエルフが集まっていた。長老の判断に興味を持った者たちだ。中央には、石でできた巨大なゴーレムが立っている。身長は三メートル近く、両手には岩の拳がある。

「これが守護者だ。ルールは単純。倒すか、戦闘不能にすればお前の勝ちだ。ただし、殺すことは許されん。ゴーレムも同じだ」

長老が宣言する。カイトはうなずき、闘技場の中央へと歩み出た。

ゴーレムは動き始めた。鈍重だが、一歩ごとに地面が震える。そして、突然加速し、岩の拳を振り下ろしてきた。

カイトは間一髪で回避し、聖剣で反撃する。剣がゴーレムの足を斬りつけるが、浅い傷しかつかない。

「硬い!」

ゴーレムは反対の手で横殴りをしてくる。カイトは飛び退くが、風圧でバランスを崩す。その隙にゴーレムは追撃、連続で拳を振り下ろす。

カイトは魔法で対応する。

「風の壁よ!」

風の障壁が拳を受け止めるが、すぐに砕け散る。ゴーレムの力は圧倒的だ。

観客席からはエルフたちのざわめきが聞こえる。リュカとリリアは固唾を飲んで見守っている。

カイトは考えた。リリアのアドバイス通り、ゴーレムは動きが鈍い。ならば、スピードを活かして弱点を探るべきだ。

彼は素早く動き回り、ゴーレムを翻弄する。剣で何度も攻撃を仕掛けるが、深い傷は負わせられない。魔法も効果が薄い。

(どこかに弱点があるはずだ)

アーロンとしての記憶が蘇る。かつて、彼は似たようなゴーレムと戦ったことがある。その時は……

「背中の魔石だ!」

カイトは叫んだ。古代ゴーレムは、背中に魔力源となる魔石を埋め込んでいる。そこを破壊すれば動きが止まる。

しかし、ゴーレムは背中を見せない。常に正面を向き、カイトを圧倒する。

(どうやって回り込む?)

カイトは一計を案じた。わざと接近戦を仕掛け、ゴーレムの拳を受け止めるふりをする。そして、拳が来る瞬間に身をかわし、ゴーレムの脇をすり抜ける。

「今だ!」

聖剣を背中の一点に突き立てる。剣先が魔石に命中し、ひびが入る。ゴーレムの動きが止まった。

しかし、完全には破壊できていない。ゴーレムは怒ったように振り返り、両手でカイトを捕らえようとする。

「くっ!」

カイトはあと一歩のところで逃れるが、服の端がつかまれ、引きずられる。ゴーレムはそのまま地面に叩きつけようとする。

その瞬間、カイトのペンダントが輝いた。セレスの声が聞こえる。

「アーロン、信じて!」

カイトは無我夢中で聖剣を振るう。剣が金色に輝き、ゴーレムの背中を貫く。魔石が完全に砕け、ゴーレムは動きを止めた。

静けさが闘技場を包む。そして、拍手が湧き上がった。

長老が闘技場に降りてきて、カイトの手を取った。

「見事だ。本当に勇者アーロンの転生者だな。約束通り、シエラに会うことを認めよう」

「ありがとうございます、長老」

カイトはほっと肩の力を抜いた。しかし、これで終わりではない。今夜が本当の試練だ。

満月の夜、カイトは一人で月の塔に向かった。リュカとリリアは集落で待機し、何かあった時のために準備していた。

塔は集落の東端にそびえ立ち、白い石材でできていた。月明かりに照らされ、幽玄な美しさを放っている。

塔の下で待っていると、上からはしごが降りてきた。登っていくと、塔の頂上に出た。そこには、銀髪のエルフの少女が立っていた。

彼女はカイトの想像以上に美しく、セレスそのものだった。しかし、目には前世のセレスにはない、無邪気な輝きがあった。

「カイト……さん?」

シエラが小さな声で尋ねた。

「ええ、シエラ。やっと会えた」

二人は少し距離を置いて向き合った。空気が張り詰める。

「泉で話した時、多くの記憶が蘇りました。でも、まだ混乱しています。私は本当に、セレスというエルフだったのですか?」

「ええ、君は千年の前、僕と共に戦った大切な仲間だった。そして、もっと大切な人だった」

シエラの頬がほんのり赤らんだ。

「夢で見る金色の髪の少年……それがあなたなのですね。でも、今の私はシエラです。セレスではありません」

「わかっている。君はシエラだ。でも、君の魂にはセレスの記憶と想いが刻まれている。僕はその全てを受け入れたい」

カイトは一歩近づいた。シエラは少し後ずさりしたが、逃げはしなかった。

「怖いのです。前世の記憶が完全に蘇ったら、今の私は消えてしまうのではないかと」

「そんなことはない。前世の記憶は、君をより豊かにするだけだ。セレスも、きっと今の君を誇りに思うだろう」

シエラの目に涙が浮かんだ。

「本当ですか?」

「本当だ。僕が保証する」

カイトは手を差し出した。シエラはためらいながら、それに触れた。その瞬間、二人の間に電流が走るような感覚があった。

記憶の洪水がシエラを襲った。彼女は倒れそうになるのを、カイトが支えた。

「大丈夫か?」

「ああ……たくさんの記憶が……あなたとの……嬉しいことも、悲しいことも……」

シエラは涙を流しながら微笑んだ。

「全部思い出しました。アーロン……いえ、カイト。千年ぶりね」

その言葉に、カイトも涙が止まらなかった。

「やっと……やっと会えた」

二人は抱き合い、千年の時を超えた再会を喜び合った。月明かりが二人を優しく包み込む。

しかし、その幸せな瞬間は長くは続かなかった。下から叫び声が聞こえてきた。

「魔物だ! 集落が襲われている!」

カイトとシエラは塔の端に走り寄り、下を見下ろした。集落のあちこちで炎が上がり、魔物の影が踊っている。

「あれは……魔王軍の尖兵だ!」
シエラが叫ぶ。彼女の目には、戦士としての鋭さが宿っていた。セレスの記憶が完全に目覚めたのだ。

「行こう! みんなを守らないと!」

二人は急いで塔を降り、集落へと駆けつけた。

集落は戦場と化していた。ゴブリンやオークなどの魔物が、エルフたちを襲っている。エルフたちも弓や魔法で応戦しているが、数で劣っている。

「リュカ! リリア!」
カイトが叫ぶと、二人が駆け寄ってきた。

「カイト! シエラさんも無事で良かった! でも今は戦闘だ!」
リュカが血まみれの剣を振るいながら言う。

「シエラ、君は?」
カイトが心配そうに尋ねると、シエラは自信に満ちた笑みを浮かべた。

「大丈夫。セレスとしての力も、シエラとしての力も、使える。さあ、みんなを守りましょう」

シエラは両手を上げ、強大な魔力を込めた。

「森の精霊よ、我に力を! 邪悪なる者たちを払え!」

彼女の詠唱とともに、地面から無数の蔓が湧き出し、魔物たちを縛り上げる。同時に、風の刃が飛び交い、魔物をなぎ倒す。

「すごい……これが大魔導士セレスの力か」
リリアが息をのんだ。

カイトも聖剣を振るい、魔物たちを斬り伏せていく。リュカとリリアもそれぞれの力で戦う。

しかし、魔物の数は減らない。むしろ、より強大な気配が近づいてくる。

「これは……デーモンだ!」
シエラが警告する。空中から、翼を持つ悪魔が飛来してきた。それは魔王軍の幹部クラスだろう。

「人間ども、エルフども、ここで終わりだ!」

デーモンが炎の球を放つ。カイトが聖剣で受け止めるが、その衝撃で後ずさる。

「くっ……強い!」

「カイト、一緒に戦おう!」
シエラがカイトの傍らに立つ。

「ええ、前と同じように」

二人は息を合わせ、魔法と剣技のコンビネーションでデーモンに立ち向かう。千年の時を超え、再び共に戦う勇者と魔導士。

「無駄だ! 魔王様の力の前では!」

デーモンがより強力な魔法を放つ。しかし、その瞬間、長老をはじめとするエルフの長老たちが加勢に現れた。

「我が森を汚す者よ、ここまでだ!」

長老たちの合力魔法がデーモンを包み込む。カイトとシエラがとどめの一撃を放つ。

「光と森の力よ、邪悪を滅ぼせ!」

聖剣と魔法が一体となり、デーモンを貫く。悪魔は絶叫を上げて消滅した。

残る魔物たちも、幹部を失って逃走していく。戦闘は終結した。

集落には多くの傷跡が残ったが、壊滅は免れた。エルフたちは互いを労い、死者への祈りを捧げた。

長老がカイトたちの前に現れた。

「今回の危機を救ってくれたことに感謝する。特に、カイト、そしてシエラ……いや、セレスか」

シエラが微笑んだ。

「長老、私はシエラです。でも、セレスの記憶と力も持っています。どちらも私です」

「そうか……よかろう。シエラ、お前には外の世界を見る権利がある。カイトと共に旅をするがいい」

「ええ、行きます。この世界の危機に立ち向かうために」

カイトはシエラの手を握った。

「よかった……本当によかった」

リュカとリリアも笑顔で近づいてきた。

「これで仲間がまた一人増えたな!」
「シエラさん、よろしくお願いします」

シエラは少し照れくさそうにうなずいた。

「ええ、よろしくお願いします。カイトの仲間たちですね」

四人は固い握手を交わした。新たなパーティーがここに誕生した。

長老はカイトに一つの指輪を渡した。

「これは『精霊の指輪』だ。森の精霊の加護がある。旅の助けになるだろう」

「ありがとうございます、長老」

その夜、集落では戦いの後の静かな宴が開かれた。エルフたちはカイトたちに感謝の意を表し、旅の成功を祈った。

カイトとシエラは少し離れた場所で、月を見上げていた。

「千年ぶりだね、こんなにゆっくりと月を見るのも」
シエラが呟いた。

「ええ、前はいつも戦いばかりだったからな」

「今度は違う。平和な時間も、楽しみたい」

カイトはシエラの手を握りしめた。

「約束する。魔王を倒したら、ゆっくりと暮らそう。君と二人で」

シエラの目に涙が光った。

「ええ、そうしよう」

次の朝、四人はエルフの森を出発した。次の目的地は、ドワーフの山岳地帯。かつての仲間、僧侶ゴルムの転生者を探すためだ。

道中、シエラは前世の記憶と今の感情の間で揺れながらも、次第に自分自身を受け入れていった。リュカとリリアも、新たな仲間を温かく迎え入れた。

カイトは振り返り、エルフの森を見つめた。ここで大切な人と再会できた。これからも、多くの出会いと別れがあるだろう。しかし、彼はもう迷わない。

聖剣を背に、ペンダントを胸に、仲間たちと共に、勇者の旅は続く。

背後から、シエラの優しい声が聞こえる。

「さあ、行きましょう、カイト。新たな冒険が待っているわ」

カイトは笑顔でうなずき、仲間たちと共に道を歩み始めた。

(続く)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

没落ルートの悪役貴族に転生した俺が【鑑定】と【人心掌握】のWスキルで順風満帆な勝ち組ハーレムルートを歩むまで

六志麻あさ
ファンタジー
才能Sランクの逸材たちよ、俺のもとに集え――。 乙女ゲーム『花乙女の誓約』の悪役令息ディオンに転生した俺。 ゲーム内では必ず没落する運命のディオンだが、俺はゲーム知識に加え二つのスキル【鑑定】と【人心掌握】を駆使して領地改革に乗り出す。 有能な人材を発掘・登用し、ヒロインたちとの絆を深めてハーレムを築きつつ領主としても有能ムーブを連発して、領地をみるみる発展させていく。 前世ではロクな思い出がない俺だけど、これからは全てが報われる勝ち組人生が待っている――。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

灰の街の灯火と、名もなき英雄

にゃ-さん
ファンタジー
「英雄なんて、もういらない」 滅びかけた異世界〈グレンヘイム〉に転生した青年リオは、過去の記憶と引き換えに“世界の欠片”を託された。荒廃した街、心を失った住人たち、光を信じなくなった国。だが、灰の中でも灯は消えていなかった。 リオは仲間とともに、滅びの真実を探す旅へ出る。 守るためではなく――“誰かをもう一度信じるため”に。 運命に抗う者たちが紡ぐ、再生と希望のファンタジー。

「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった

たまごころ
ファンタジー
「悪いがクビだ、アレン。お前のような戦闘スキルのない寄生虫は、魔王討伐の旅には連れていけない」 幼馴染の勇者と、恋人だった聖女からそう告げられ、俺は極寒の雪山に捨てられた。 だが、彼らは勘違いしている。 俺のスキルは、単なる【魔力譲渡】じゃない。 パーティメンバーが得た経験値を管理・分配し、底上げする【経験値委託(キックバック)】という神スキルだったのだ。 俺をパーティから外すということは、契約解除を意味する。 つまり――今まで彼らが俺のおかげで得ていた「かさ増しステータス」が消え、俺が預けていた膨大な「累積経験値」が全て俺に返還されるということだ。 「スキル解除。……さて、長年の利子も含めて、たっぷり返してもらおうか」 その瞬間、俺のレベルは15から9999へ。 一方、勇者たちはレベル70から初期レベルの1へと転落した。 これは、最強の力を取り戻した俺が、雪山の守り神である銀狼(美少女)や、封印されし魔神(美少女)を従えて無双し、新たな国を作る物語。 そして、レベル1に戻ってゴブリンにも勝てなくなった元勇者たちが、絶望のどん底へ落ちていく「ざまぁ」の記録である。

毒舌アイドルは毒の魔物に転生する。

馳 影輝
ファンタジー
毒舌を売りにして芸能界で活躍できる様になった。 元々はアイドルとしてデビューしたが、ヒラヒラの衣装や可愛い仕草も得意じゃ無かった。 バラエティーの仕事を貰って、毒舌でキャラを作ったらこれがハマり役で世間からのウケも良くとんとん拍子で有名人になれた。 だが、自宅に帰ると玄関に見知らぬ男性が立っていて私に近づくと静かにナイフで私を刺した。 アイドル時代のファンかも知れない。 突然の事で、怖くて動けない私は何度も刺されて意識を失った。 主人公の時田香澄は殺されてしまう。 気がつくとダンジョンの最下層にポイズンキラーとい魔物に転生する。 自分の現象を知りショックを受けるが、その部屋の主であるリトラの助言により地上を目指す。 ダンジョンの中で進化を繰り返して強くなり、人間の冒険者達が襲われている所に出くわす。 魔物でありながら、擬態を使って人間としても生きる姿や魔王種への進化を試みたり、数え切れないほどの激動の魔物人生が始まる。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...