1 / 2
第1話 転生の覚醒
しおりを挟む
カイト・サンドラが目を覚ましたとき、そこは見知らぬ天井だった。冷たく硬い石の床に背中が痛み、薄暗い部屋の空気はカビくさい。最後の記憶は、通学途中の踏切で、遮断機の音と、猛スピードで近づく電車の光だった。あの瞬間、誰かを押しのけたはずだ。幼い子供が転んでいた。そして、轟音と衝撃がすべてを塗り潰した。
「……ここは、どこだ?」
声はかすれ、喉が渇いている。ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。狭い部屋には、木製の机と椅子が一つ、そして自分が寝ていたわらのベッドだけが置かれている。石壁には小さな窓が一つ、外は明るいが、景色は見えない。自分が着ているのは、粗末な麻の服で、自分のジャケットやジーンズではない。
「目が覚めたようだな」
突然の声に振り向くと、入り口に一人の老人が立っていた。長い白髭をたくわえ、灰色のローブをまとっている。その姿は、どこか中世の絵本から抜け出してきたような風貌だ。
「あなたは? ここはどこですか?」
カイトは警戒しながら問いかけた。老人はゆっくりと部屋に入り、机の傍らに立つ。
「わしはオルデン、この村の長老だ。ここはリーファ村の診療所の一室よ。三日前、森の外れで倒れている君を発見したのだ。ずっと昏睡状態だったが、どうやら回復したようで何よりだ」
「森? 村? でも、私は街で事故に……」
言葉が止まる。記憶が曖昧だ。しかし、この状況は明らかにおかしい。電車事故に遭ったはずなのに、森で発見された? それに、この老人の話す言葉は日本語なのだが、どこか古風な響きがあり、服装も含めて時代錯誤だ。
「事故、と言ったな。だが、君がいた場所には、何の痕跡もなかった。ただ、君だけが一人、奇妙な服を着て倒れていたのだ」
オルデン長老はカイトをじっと見つめ、その目は鋭く知性的だった。
「君の名前は?」
「カイト・サンドラです」
「カイト……なるほど。そして、君はどこから来たのだ?」
「日本です。東京に住んでいます」
オルデン長老の眉が動いた。彼はゆっくりと椅子に腰かけ、深くため息をついた。
「日本……東京……聞いたことがない土地だ。カイトよ、覚悟しておくがいい。君は今、エルディア王国という国にある、リーファ村にいる。そして、君が知っている世界とは、おそらく別の世界なのだ」
「別の世界……?」
カイトは頭が混乱した。冗談だろうか? だが、老人の表情は真剣そのものだ。そして、確かにここはどこかおかしい。空気の匂い、光の質感、すべてが違う。
「信じられぬのも無理はない。しかし、時折、我々の世界には『異世界』から迷い込む者が現れる。古い記録によれば、数百年に一度ほどだが、そうした事例があるのだ。君はおそらく、その一人なのだろう」
カイトは無言で自分の手を見つめた。それは確かに自分の手だった。細くて、ペンだこが親指にある。あの事故の前に、数学の宿題をやっていたからだ。しかし、今この状況は現実なのか? 夢か? だが、床の冷たさ、空気の匂い、すべてが生々しい。
「なぜ、そんなことが……」
「理由はわからん。だが、君がここにいることは事実だ。そして、もう一つ、気にかかることがある」
オルデン長老は立ち上がり、窓の外を見ながら言った。
「君を発見したとき、君の傍らには、このものが落ちていた」
彼は机の引き出しを開け、一つの物体を取り出した。それは、小さな水晶のペンダントだった。中心に微かに光る粒があり、見ていると何か吸い込まれるような感覚がある。
「これは?」
「『賢者の石』と呼ばれるものによく似ている。伝説のアイテムだ。だが、本物かどうかはわからん。ただ、普通の者が持てるものではない」
カイトはそのペンダントを見つめながら、ふと、事故の瞬間を思い出した。電車の光が迫る中、彼は幼い子供を押しのけた。そのとき、胸元が熱くなった気がする。祖父が遺した、同じようなペンダントを身に着けていたのだ。それは単なる安物のアクセサリーだと思っていたが……
「私のものです」
「やはりな。では、君は何者なのだ? 単なる異世界人ではないだろう?」
オルデン長老の問いかけに、カイトは首を振った。
「普通の高校生です。特別なことなんて何も……」
その時、突然、頭が痛みだした。激しい痛みが走り、カイトはうずくまる。視界が歪み、無数のイメージが押し寄せる。剣を振るう自分。魔法の光が飛び交う戦場。仲間たちの笑顔。そして、巨大な影との決戦……
「うあああっ!」
「カイト!」
オルデン長老が駆け寄る。痛みは少しずつ引いていくが、カイトの額には汗がにじんでいた。
「なんだ、今のは……」
「記憶の欠片か、あるいは……転生の覚醒か」
オルデン長老の声が低く響く。
「転生?」
「この世界には、前世の記憶を持って生まれる者がいる。特に、英雄や賢者と呼ばれる者たちが、危機の時代に転生すると言われている。そして今、エルディア王国は暗雲が立ち込めている。魔王の復活が囁かれているのだ」
カイトは呆然とした。まるでファンタジー小説の話だ。しかし、今の頭痛とイメージは、あまりにも鮮明だった。
「私は……前世があると?」
「可能性はある。そのペンダントが、記憶を封印していたのかもしれん。だが、今は焦らなくていい。まずは体力を回復させなさい。少し外を歩いてみるがいい。村の人々は善良な者ばかりだ。君を受け入れてくれるだろう」
オルデン長老はそう言って部屋を出ていった。カイトは一人残され、混乱の中にいた。
しばらくして、カイトはベッドから起き上がり、窓の外を見た。緑の木々と、簡素な家々が並ぶ村の風景が広がっていた。人々が働き、子供が走り回る。確かに、ここは日本の街ではない。
「別世界……転生……」
彼はペンダントを握りしめた。冷たい感触が、少しだけ安心感を与えてくれる。
オルデン長老の勧めに従い、カイトは診療所の外に出てみることにした。新鮮な空気が肺に満ち、太陽の光が暖かい。村人たちが好奇の目で彼を見るが、敵意はない。むしろ、優しく笑いかける者もいる。
「お、目が覚めたか! よかったな!」
農夫風の男が手を振る。カイトは少し照れくさそうに会釈を返した。
歩きながら、この世界のことを観察した。技術レベルは中世ヨーロッパといったところか。電気はなさそうで、人々は井戸水を使い、馬車が通り過ぎる。だが、どこかで違和感を覚えた。空中を微かに光る粒が漂っているのだ。
「あれは……?」
「魔力の粒子だよ」
背後から声がかかる。振り向くと、十代半ばの少年が立っていた。茶色の髪を短く刈り込み、活発そうな目をしている。
「魔力?」
「おう、魔法を使うときに必要なもんさ。君、よそ者だろ? オルデン爺さんが世話してるって聞いたよ。俺はリュカ、この村の鍛冶屋の息子だ」
リュカは快活に自己紹介した。カイトは名前を告げ、握手を交わす。
「カイトか。変わった名前だな。でも、いい響きだ。よろしくな!」
リュカはすぐに打ち解けた様子で、村を案内してくれると言い出した。カイトはそれに従い、彼について歩き始めた。
「ここはリーファ村。エルディア王国の辺境の村だ。でも、結構栄えてる方さ。森の資源が豊富で、商人たちがよく訪れるんだ」
リュカの説明を聞きながら、カイトは少しずつこの世界のことを理解していった。エルディア王国は人類の国で、他にもエルフやドワーフ、獣人などの種族がいるらしい。魔法は一般的で、誰でも少しは使えるが、得意不得意がある。また、魔物が時折森から現れ、冒険者や騎士が討伐するという。
「で、カイトはどこから来たんだ? 王都から? でも服装が変だな」
「……遠いところからです。詳しくは言えませんが」
「まあいいや。オルデン爺さんが保護してるんだから、悪い奴じゃないんだろ。それに、君、なんか持ってるだろ? あのペンダント」
リュカの目がカイトの胸元を見つめる。ペンダントは服の下に隠していたが、なぜか彼にはわかるらしい。
「これがどうかした?」
「ううん、ただ、すごい魔力を感じるからさ。俺、魔力にはちょっと敏感なんだ。父親が魔法武器を作る鍛冶屋だからね。君、もしかして魔法使い?」
カイトは首を振った。魔法なんて、使ったこともない。しかし、リュカの言葉で、ふと頭に浮かぶことがあった。先ほどのイメージの中で、確かに魔法を使っている自分がいた。
「わからない。でも、何か覚えている気がする……」
「ほう? 面白いな。じゃあ、ちょっと試してみるか?」
リュカはカイトを村の外れの広場に連れて行った。そこには誰もおらず、練習用の的がいくつか置いてある。
「ここなら迷惑かからない。さ、何か魔法を唱えてみろよ。基本的な『ファイアボール』とか」
「でも、どうやって?」
「簡単さ。まず、体の中の魔力を感じろ。そしたら、手を前に出して、イメージしながら唱文を言うんだ。『炎よ、我が手に集え』ってな」
カイトは半信半疑で、言われた通りにしてみた。目を閉じて、体の中を感じる。すると、確かに何かが流れている気がする。温かい流れが、胸のあたりから全身に巡っている。
「これが……魔力?」
その流れを手元に集めようとする。そして、声に出してみた。
「炎よ、我が手に集え」
何も起こらない。がっかりした瞬間、突然、ペンダントが熱くなった。そして、手のひらに小さな炎の玉が現れた。
「おおっ! やったな!」
リュカが歓声を上げる。カイトも驚いた。炎は揺らめき、温かさを伝えてくる。しかし、数秒で消えてしまった。
「すごいじゃないか! 最初から形にできるなんて! 俺なんて、最初の一週間は火花すら出なかったぞ!」
「でも、すぐ消えちゃった」
「当たり前だ。魔力の制御は練習が必要なんだ。でも、君は確かに才能がある。それに、あのペンダントが助けてるのかもしれないな」
カイトはペンダントを見つめた。祖父がくれた時は、何の変哲もないものだった。しかし、この世界では輝き、魔力を感じさせる。
その夜、カイトはオルデン長老の家に招かれた。質素だが温かな食事を囲みながら、長老は真剣な面持ちで話し始めた。
「カイトよ、今日、魔法を試したそうだな」
「はい。リュカが教えてくれました」
「ふむ……やはり、君はこの世界と深く関わっている。実は、今日、王都から使者が来ていた。魔王復活の兆候が確認され、勇者の転生を探すようにとのお達しだ」
カイトは箸を止めた。勇者? まさか自分が?
「私は勇者なんて……」
「断言はできない。だが、可能性はある。転生の記憶が少しずつ蘇っているのなら、それは前世の名残だ。そして、そのペンダントは、『賢者の石』のレプリカではなく、本物かもしれん。かつて、千年前の勇者アーロンが持っていたと伝えられるものだ」
「千年? そんな昔の?」
「この世界では、千年周期で魔王が現れる。そして、勇者がそれを討つ。最後の勇者アーロンが魔王を封印したのが、ちょうど千年前なのだ。今、封印が弱まり、魔王が復活しようとしている」
カイトは黙って聞いていた。まるで運命に引きずり込まれるような感覚だ。ただの高校生だった自分が、なぜこんなことになるのか。
「私は……何をすればいい?」
「選択は君に任されている。この村で平凡に暮らすこともできる。王都に行き、騎士や魔法師として生きることもできる。あるいは、勇者としての使命を果たす道を選ぶことも」
オルデン長老の目は優しく、しかし厳しかった。
「だが、一つ言っておく。この世界は今、平和ではない。魔王の影響で、魔物の活動が活発化し、人々が苦しんでいる。君が特別な力を持つなら、それを使うか否かは、君の決断次第だ」
カイトは考えた。自分の世界では、彼は特に目立たない学生だった。成績は中ぐらい、友達は少なく、将来に漠然とした不安を抱えていた。でも、あの事故の時、彼は迷わず子供を助けた。それはなぜか? 自分でもよくわからないが、ただ、そうするべきだと思ったからだ。
「……しばらく、考えさせてください」
「そう焦ることはない。時間はある。だが、あまり長くは待てまい。世界は動き始めているからな」
食事の後、カイトは部屋に戻った。月明かりが窓から差し込み、ペンダントが微かに光っている。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「祖父……これは一体、何なんだろう」
祖父は三年前に亡くなった。考古学者だった彼は、世界各地を旅し、様々な遺物を集めていた。このペンダントも、どこかの遺跡で見つけたものだと言っていた。そして、死の床で、カイトにこう言った。
「お前には特別な運命が待っている。このペンダントが、いつの日かお前を導くだろう」
その時は、ただの孫への愛情の言葉だと思っていた。しかし、今思えば、祖父は何かを知っていたのかもしれない。
カイトはベッドに横たわり、目を閉じた。すると、またイメージが浮かんできた。今度はより鮮明だ。
広間で、仲間たちと語り合う。たくましい戦士、優雅なエルフの魔術師、陽気なドワーフの僧侶……そして、一人の女性。銀髪の女性が微笑んでいる。彼女の名は……セレス。かつての仲間か、それ以上のか。
「セレス……」
口から自然とその名が出た。そして、悲しみが胸を締め付ける。彼女はもういない。魔王との戦いで、自分を守って死んだ。
「ああ……そうだった」
記憶の欠片がつながっていく。彼は確かに、勇者アーロンとして生きていた。そして、魔王を封印したが、多くのものを失った。転生を選び、再び戦う日を待っていた。
「私は……アーロンの転生なのか」
しかし、カイト・サンドラとしての記憶も確かにある。十七年間の人生は、紛れもなく現実だった。どちらが本当の自分なのか?
悩みは深まるが、一つだけわかったことがある。この世界が危機にあるなら、彼は傍観していられない。前世の記憶が真実なら、彼には責任がある。そして、今の自分も、人々を助けたいと思う。
数日後、カイトは決意した。オルデン長老の元を訪ね、宣言する。
「長老、私は王都に行きます。自分の力が何であるか確かめたい。そして、もし勇者としての使命があるなら、果たしたいと思います」
オルデン長老は深く頷いた。
「よかろう。だが、一人で行くのは危険だ。リュカが同行を申し出ている。彼は剣の腕も立ち、この辺りの地理に詳しい。良い相棒になるだろう」
「リュカが? でも、彼には彼の人生が……」
「心配無用だ」
声が背後から聞こえた。振り向くと、リュカが荷物を背負って立っていた。
「俺もこのまま村にいるつもりはなかったんだ。父親の鍛冶技術は一通り覚えたし、外の世界を見てみたい。それに、カイト、君は面白い奴だ。君について行けば、きっと冒険が待ってるだろう?」
リュカの笑顔は、迷いを吹き飛ばしてくれた。カイトは感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう、リュカ」
「とんでもない! で、いつ出発する?」
「明日の朝がいい」
「了解! じゃあ、準備してくるよ!」
リュカが走り去るのを見送り、カイトはオルデン長老に向き直った。
「長老、いろいろとお世話になりました」
「いや、こちらこそ、君が目覚めてくれてよかった。これを持って行きなさい」
オルデン長老は一冊の古い本を渡した。
「これは、勇者アーロンに関する記録だ。彼の旅路と、魔王との戦いが記されている。参考になるかもしれん」
カイトは丁重に受け取った。そして、最後に質問した。
「長老、一つだけ。この世界に戻る方法はありますか? 私の元の世界に」
オルデン長老の表情が曇った。
「あると言えばある。だが、簡単ではない。次元の扉を開くには、膨大な魔力と、正確な座標が必要だ。そして、それを可能にするのは、失われた古代魔法だけだ。記録によれば、最後にそれが使われたのは、千年前、勇者アーロンが魔王を封印した時だとされている」
「つまり……」
「魔王を倒すことが、君の世界に戻る鍵かもしれん。あるいは、戻ることを諦めることが、この世界での使命を受け入れることになるのか」
難しい選択だ。しかし、カイトはもう迷わない。まずは目の前の道を進むだけだ。
翌朝、カイトとリュカは村を出発した。オルデン長老や村人たちに見送られ、王都を目指して歩き始める。
リュカは軽快に歩きながら話しかける。
「で、王都までどれぐらいかかると思う? 俺は行ったことないからわかんないや」
「地図によると、二週間ほどだそうだ。途中の街や村で休みながら行くらしい」
「二週間か! 長い旅になりそうだな。でも、楽しみだ! 魔物とか冒険者とか、いっぱい出会えるかな」
カイトは微笑んだ。リュカの前向きな姿勢に助けられる。彼はまだ、この世界の危険を実感していないが、それでいい。少しずつ学んでいけばいい。
最初の日の夜、二人は森の中の野営地で休んだ。リュカが火をおこし、持ってきた干し肉とパンを食べる。
「カイト、ちょっと聞いていいか? 君、本当はどこから来たんだ?」
リュカは真剣な顔で尋ねた。カイトは少し考えてから、決心して話し始めた。
「別の世界からだ。地球という星の、日本という国から」
「やっぱりな。オルデン爺さんがそう言ってた。でも、詳しく聞かせてよ。どんな世界なんだ?」
カイトは自分の世界について話した。車や電車、スマートフォンやインターネット、学校や友達のこと。リュカは目を輝かせて聞き入った。
「すごいな! 魔法じゃなくて科学で、あんなことができるのか! ぜひ見てみたいよ!」
「でも、ここにもいいところはあるよ。自然が豊かだし、人々は温かい」
「それはそうだな。でも、君は元の世界に戻りたいのか?」
カイトはしばらく黙ってから、答えた。
「わからない。戻りたいけど、ここにも居場所ができそうだ。それに、この世界が危機なら、助けたいと思う」
「立派だな。俺も君を手伝うよ。約束だ!」
二人は拳を合わせ、笑い合った。
それから数日、旅は順調に進んだ。道中、小さい魔物に遭遇することもあったが、リュカの剣とカイトの魔法で何とか撃退できた。カイトの魔法は日々上達し、簡単な攻撃や防御ができるようになった。ペンダントが魔力を増幅させるらしく、彼は通常より強力な魔法を使える。
ある日、大きな川に差し掛かった。橋が壊れていて、渡れない。
「どうしよう? 迂回するには三日かかるぞ」
リュカが地図を眺めて言う。カイトは考えた。そして、ふと記憶が蘇る。かつてアーロンが、同じ場所で魔法で氷の橋を作ったことを。
「待って。魔法で橋を作れないか?」
「できるのか?」
「試してみる」
カイトは川岸に立ち、集中した。魔力を感じ、それを水に注ぐ。ペンダントが温かくなる。そして、唱文を発する。
「水よ、我が意志に従い、堅き氷となれ!」
魔力が川に流れ込み、水面から氷が広がり始める。最初はゆっくりだったが、次第に速くなり、対岸まで氷の道ができた。
「すげえ! やったぞ、カイト!」
リュカが歓声を上げる。二人は慎重に氷の橋を渡った。途中で揺れたが、無事に到達できた。
「これで三日の短縮だ! カイト、君は本当にすごいな」
「いや、これも記憶のおかげだ。前世のアーロンが同じことをしていた」
「アーロン……千年前の勇者か。君がその転生だなんて、まだ信じられないけど、こうやって魔法を使うのを見ると、納得するよ」
カイトは複雑な気持ちだった。彼はアーロンでもあり、カイトでもある。どちらか一方を選ぶ必要はないのかもしれない。両方の記憶と経験が、今の自分を作っている。
旅の十日目、二人は大きな街「ロックハート」に到着した。城壁に囲まれた街は活気に溢れ、様々な人種が行き交っていた。
「わあ、初めて見る街だ! すごい人だな!」
リュカは興奮気味に言う。カイトも驚いた。ここまで田舎道ばかりだったので、街の喧騒は新鮮だった。
まずは宿屋を探し、一晩休むことにした。宿屋「旅人の眠り」は、質素だが清潔な場所だった。主人は肥った男で、にこやかに迎えてくれた。
「おお、若い冒険者さんか? いらっしゃい! 今なら空き部屋が一つあるよ」
部屋に荷物を置き、二人は食堂で食事を取った。そこでは、様々な噂が飛び交っていた。
「魔王の復活が近いらしいぞ」
「王都では、勇者候補を探しているってな」
「でも、本当に勇者なんて現れるのか?」
「現れるさ。千年周期だ。でも、今度の勇者はどんな奴だろうな」
カイトは耳を傾けながら、黙って食べていた。リュカは隣でウインクした。
「みんな、君のことを待ってるみたいだな」
「プレッシャーだよ」
突然、食堂の入口が騒がしくなった。数人の騎士が入ってきた。彼らは王都の紋章を胸に付け、威厳に満ちている。
「聞け、市民たち! 王都より布告がある! 魔王復活の兆候が確認されたため、勇者候補の募集を開始する! 魔法の才能を持つ者、剣の腕に覚えのある者は、王都の城に集まれ! 選ばれし者は、勇者としての訓練を受け、魔王討伐に当たる!」
人々がざわめく。騎士たちは布告を壁に貼り、去っていった。
リュカがカイトにささやいた。
「どうする? 名乗り出るか?」
「……まだ早い。まずは王都に行って、様子を見よう」
その夜、カイトは一人で街を歩いた。月明かりの中、彼は街の外れの小さな神殿を見つけた。中に入ると、そこには女神の像が立っていた。優しい微笑みを浮かべた像だ。
「これは……女神アリア……」
また記憶が蘇る。アーロンが祈りを捧げた場所だ。そして、女神から祝福を受けた。カイトも自然に祈りを始めた。
「女神アリア様、私は今、混乱しています。私は誰なのか、何をすべきなのか。どうか導きをお与えください」
すると、女神の像が微かに光った。そして、優しい声が心に響く。
「迷える子よ、恐れることはない。汝は過去であり、現在である。汝の選択が未来を形作る。信じる道を進みなさい。我は常に汝を見守っている」
光が消え、声も止んだ。カイトは安堵感に包まれた。女神からのメッセージは、彼を勇気づけてくれた。
神殿を出ると、リュカが待っていた。
「おい、どこ行ってたんだ? 心配したぞ」
「ちょっと祈ってきた。リュカ、ありがとう。君がいてくれてよかった」
「急にどうした? まあいいや。さあ、戻ろう。明日は早く出発だ」
次の日、二人はロックハートを発った。王都まではあと数日だ。道中、カイトはオルデン長老からもらった本を読んだ。勇者アーロンの記録は、彼自身の記憶と重なる部分が多く、読むほどに理解が深まった。
アーロンは農民の息子として生まれ、魔王の脅威が高まる中、女神の啓示を受けて勇者となった。仲間を集め、様々な試練を乗り越え、最後に魔王を封印した。しかし、その戦いで、最愛の仲間セレスを失った。その後、アーロンは転生を選び、再び戦う日を待つと誓って世を去った。
「セレス……」
カイトの胸が痛んだ。前世の悲しみが、今の自分にも響く。彼女はエルフの魔術師で、アーロンの幼馴染だった。そして、最後の瞬間まで彼を支えた。
「次に出会えたら、今度は守りたい」
そうつぶやくと、ペンダントが温かく光った。まるで応えているようだった。
旅の最終日、二人はついに王都エルディアの城門前に立った。巨大な城壁と、威厳ある門は、王国の力を感じさせる。
「ついたぞ、カイト! これが王都だ!」
リュカは興奮して叫んだ。カイトは深く息を吸い込んだ。ここからが本当の始まりだ。彼はペンダントを握りしめ、決意を新たにした。
城門を通り、中に入ると、そこはさらなる喧騒に包まれていた。人々が行き交い、商人の声、騎士の行進、魔法師の議論が飛び交う。
「さて、まずはどこに行く?」
「騎士団の詰め所だろう。勇者候補の募集について聞いてみよう」
二人は城の方向へ歩き始めた。しかし、突然、群衆が騒ぎだした。
「魔物だ! 魔物が街に侵入した!」
叫び声とともに、人々が逃げ惑う。上空から、翼のある魔物が襲ってきた。それは「グリフォン」と呼ばれる強力な魔物だ。
「カイト!」
リュカが剣を抜く。カイトも魔法の構えを取った。グリフォンは鋭い爪で民家を破壊し、人々を襲おうとする。
「やつを止めないと!」
カイトは魔力を集中させた。ペンダントが輝き、かつてないほどの力が湧いてくる。
「雷よ、天より轟け!」
彼が唱文を発すると、空から雷が落ち、グリフォンに直撃した。魔物は悲鳴を上げ、地面に墜落した。
「やった!」
しかし、グリフォンはまだ息があった。逆上して、カイトに向かって突進してくる。リュカが間に入り、剣で受け止めようとするが、力が及ばず、はじき飛ばされる。
「リュカ!」
カイトは焦った。その瞬間、記憶が完全に蘇る。アーロンとしてのすべての経験と技術が、流れ込んできた。
「もう、迷わない」
カイトは冷静に魔力を操り、地面から氷の棘を生やし、グリフォンの動きを封じた。そして、最後の一撃を放つ。
「光の槍よ、貫け!」
純粋な光の槍がグリフォンの心臓を貫き、魔物は崩れ落ちた。
周囲から歓声が上がった。人々が感謝の言葉を叫ぶ。カイトはリュカの元へ走り、彼を起こした。
「大丈夫か?」
「ああ……なんとか。でも、カイト、君、すごいな。さっきの魔法、今までで一番強力だったぞ」
「ええ、すべてを思い出したから」
その時、騎士たちが駆けつけた。
「お前たち、魔物を倒したのか? 見事な腕前だ。特に、そちらの少年、あの魔法は尋常ではない」
騎士団長らしき男が近づいてきた。彼はカイトをじっと見つめ、そしてペンダントに目を留めた。
「そのペンダントは……まさか、勇者アーロンの?」
カイトは頷いた。
「私はカイト・サンドラ。そして、勇者アーロンの転生者です」
騎士団長の目が大きく見開かれた。周囲の騎士たちも騒然とする。
「本、本当か? 証拠は?」
カイトはためらわず、ペンダントを掲げた。それは強く輝き、誰の目にも特別なものだとわかる。
「女神アリアの祝福を受けし者、我はここに戻りたり」
かつてアーロンが使った言葉を、自然と口にした。騎士団長は跪き、他の騎士たちも続いた。
「勇者様、お帰りなさいませ。我々は、あなたのお出ましを待っていました」
カイトは複雑な思いだった。しかし、彼はもう逃げない。この世界でやるべきことがある。
「立ちなさい。私はまだ、完全な勇者ではない。力を取り戻し、仲間を集めなければならない」
「はい! 何なりとお手伝いします!」
騎士団長が立ち上がり、城へ案内しようとした。カイトはリュカを見て、微笑んだ。
「行こう、リュカ。これからが本当の旅だ」
「おう! ずっと付いていくよ!」
二人は騎士たちに囲まれ、城へと向かった。道中、人々が好奇と期待の目で見つめる。カイトはまっすぐ前を見据えた。
王城に到着し、玉座の間へ通された。そこには、エルディア国王が座っていた。威厳ある老人で、鋭い目をしていた。
「汝が、勇者の転生と言うのか?」
「はい、陛下」
国王はしばらく黙ってカイトを見つめ、そして深く頷いた。
「よかろう。我は女神の啓示を信じている。汝に試練を与えよう。城の地下にある古代遺跡で、勇者の証『聖剣エクスカリバー』を抜くのだ。それができれば、我は汝を勇者として認め、王国の全力を傾けて魔王討伐を支援しよう」
「承知しました」
カイトはためらわなかった。彼は既に、自分がやるべきことを知っていた。
リュカとともに、城の地下へと向かう。古代遺跡は神秘的な空気に包まれ、中心には石に刺さった剣があった。それが聖剣エクスカリバーだ。
「これが……ずいぶんと古い話みたいだな」
リュカが呟く。カイトは剣の前に立ち、手を伸ばした。すると、剣が微かに震え、光り始めた。
「私は勇者アーロンの転生、カイト・サンドラ。この剣を、魔王討伐のためにお借りします」
彼が剣柄を握ると、剣はすっと石から抜けた。輝きが遺跡を満たし、祝福の声が聞こえるようだった。
「やったぞ、カイト!」
リュカが喜ぶ。カイトは剣を掲げ、決意を固めた。
遺跡を出ると、国王と騎士たちが待っていた。剣を見て、国王は満足そうに笑った。
「よくやった。これで疑う者はいない。勇者カイト、魔王討伐の旅に出よ。王国は汝を支援する」
「ありがとうございます、陛下。まずは、かつての仲間の転生者を探します。彼らがいれば、魔王にも勝てるでしょう」
「よかろう。では、準備を始めよ」
城で一夜を明かし、カイトとリュカは次の目的地を話し合った。最初に探すのは、エルフの森に住むという、セレスの転生者だとカイトは決めていた。
「セレスか……君の前世の仲間だな」
「ええ、彼女は強い魔術師だった。そして、大切な人だった」
カイトの目には、少し悲しみが浮かぶ。リュカは彼の肩を叩いた。
「今度は、守ってやろう。仲間だろ?」
「ああ」
翌朝、二人はエルフの森を目指して、王都を出発した。新たな仲間を求めての旅が始まる。
道中、カイトは聖剣を背負い、ペンダントを胸に下げて歩いた。彼はもう、迷わない。この世界で、勇者として、そしてカイトとして生きていく。
彼らが去った後、王都の城では、国王と大臣たちが話し合っていた。
「陛下、あの少年が本当に勇者でしょうか? まだ若すぎます」
「若さは問題ではない。彼は聖剣を抜いた。そして、あの魔法の力は本物だ。我々は彼を信じるしかない」
「しかし、魔王軍の動きが活発化しています。辺境の村が襲われたという報告も」
「ならば尚更だ。勇者に任せよう。我々は支援を続ける」
一方、遠くの暗黒の城では、巨大な影がほくそ笑んでいた。
「やっと目覚めたか、勇者よ。今度こそ、お前を完全に滅ぼしてやる。この世界は、我がものだ」
魔王の笑い声が、城に響き渡る。
カイトとリュカは、緑豊かな森の道を進んでいた。これから多くの出会いと別れ、戦いと発見が待っている。しかし、二人は恐れない。共に歩む仲間がいる限り。
そして、カイトは心に誓った。前世の過ちを繰り返さず、すべてを守り抜くと。
(続く)
「……ここは、どこだ?」
声はかすれ、喉が渇いている。ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。狭い部屋には、木製の机と椅子が一つ、そして自分が寝ていたわらのベッドだけが置かれている。石壁には小さな窓が一つ、外は明るいが、景色は見えない。自分が着ているのは、粗末な麻の服で、自分のジャケットやジーンズではない。
「目が覚めたようだな」
突然の声に振り向くと、入り口に一人の老人が立っていた。長い白髭をたくわえ、灰色のローブをまとっている。その姿は、どこか中世の絵本から抜け出してきたような風貌だ。
「あなたは? ここはどこですか?」
カイトは警戒しながら問いかけた。老人はゆっくりと部屋に入り、机の傍らに立つ。
「わしはオルデン、この村の長老だ。ここはリーファ村の診療所の一室よ。三日前、森の外れで倒れている君を発見したのだ。ずっと昏睡状態だったが、どうやら回復したようで何よりだ」
「森? 村? でも、私は街で事故に……」
言葉が止まる。記憶が曖昧だ。しかし、この状況は明らかにおかしい。電車事故に遭ったはずなのに、森で発見された? それに、この老人の話す言葉は日本語なのだが、どこか古風な響きがあり、服装も含めて時代錯誤だ。
「事故、と言ったな。だが、君がいた場所には、何の痕跡もなかった。ただ、君だけが一人、奇妙な服を着て倒れていたのだ」
オルデン長老はカイトをじっと見つめ、その目は鋭く知性的だった。
「君の名前は?」
「カイト・サンドラです」
「カイト……なるほど。そして、君はどこから来たのだ?」
「日本です。東京に住んでいます」
オルデン長老の眉が動いた。彼はゆっくりと椅子に腰かけ、深くため息をついた。
「日本……東京……聞いたことがない土地だ。カイトよ、覚悟しておくがいい。君は今、エルディア王国という国にある、リーファ村にいる。そして、君が知っている世界とは、おそらく別の世界なのだ」
「別の世界……?」
カイトは頭が混乱した。冗談だろうか? だが、老人の表情は真剣そのものだ。そして、確かにここはどこかおかしい。空気の匂い、光の質感、すべてが違う。
「信じられぬのも無理はない。しかし、時折、我々の世界には『異世界』から迷い込む者が現れる。古い記録によれば、数百年に一度ほどだが、そうした事例があるのだ。君はおそらく、その一人なのだろう」
カイトは無言で自分の手を見つめた。それは確かに自分の手だった。細くて、ペンだこが親指にある。あの事故の前に、数学の宿題をやっていたからだ。しかし、今この状況は現実なのか? 夢か? だが、床の冷たさ、空気の匂い、すべてが生々しい。
「なぜ、そんなことが……」
「理由はわからん。だが、君がここにいることは事実だ。そして、もう一つ、気にかかることがある」
オルデン長老は立ち上がり、窓の外を見ながら言った。
「君を発見したとき、君の傍らには、このものが落ちていた」
彼は机の引き出しを開け、一つの物体を取り出した。それは、小さな水晶のペンダントだった。中心に微かに光る粒があり、見ていると何か吸い込まれるような感覚がある。
「これは?」
「『賢者の石』と呼ばれるものによく似ている。伝説のアイテムだ。だが、本物かどうかはわからん。ただ、普通の者が持てるものではない」
カイトはそのペンダントを見つめながら、ふと、事故の瞬間を思い出した。電車の光が迫る中、彼は幼い子供を押しのけた。そのとき、胸元が熱くなった気がする。祖父が遺した、同じようなペンダントを身に着けていたのだ。それは単なる安物のアクセサリーだと思っていたが……
「私のものです」
「やはりな。では、君は何者なのだ? 単なる異世界人ではないだろう?」
オルデン長老の問いかけに、カイトは首を振った。
「普通の高校生です。特別なことなんて何も……」
その時、突然、頭が痛みだした。激しい痛みが走り、カイトはうずくまる。視界が歪み、無数のイメージが押し寄せる。剣を振るう自分。魔法の光が飛び交う戦場。仲間たちの笑顔。そして、巨大な影との決戦……
「うあああっ!」
「カイト!」
オルデン長老が駆け寄る。痛みは少しずつ引いていくが、カイトの額には汗がにじんでいた。
「なんだ、今のは……」
「記憶の欠片か、あるいは……転生の覚醒か」
オルデン長老の声が低く響く。
「転生?」
「この世界には、前世の記憶を持って生まれる者がいる。特に、英雄や賢者と呼ばれる者たちが、危機の時代に転生すると言われている。そして今、エルディア王国は暗雲が立ち込めている。魔王の復活が囁かれているのだ」
カイトは呆然とした。まるでファンタジー小説の話だ。しかし、今の頭痛とイメージは、あまりにも鮮明だった。
「私は……前世があると?」
「可能性はある。そのペンダントが、記憶を封印していたのかもしれん。だが、今は焦らなくていい。まずは体力を回復させなさい。少し外を歩いてみるがいい。村の人々は善良な者ばかりだ。君を受け入れてくれるだろう」
オルデン長老はそう言って部屋を出ていった。カイトは一人残され、混乱の中にいた。
しばらくして、カイトはベッドから起き上がり、窓の外を見た。緑の木々と、簡素な家々が並ぶ村の風景が広がっていた。人々が働き、子供が走り回る。確かに、ここは日本の街ではない。
「別世界……転生……」
彼はペンダントを握りしめた。冷たい感触が、少しだけ安心感を与えてくれる。
オルデン長老の勧めに従い、カイトは診療所の外に出てみることにした。新鮮な空気が肺に満ち、太陽の光が暖かい。村人たちが好奇の目で彼を見るが、敵意はない。むしろ、優しく笑いかける者もいる。
「お、目が覚めたか! よかったな!」
農夫風の男が手を振る。カイトは少し照れくさそうに会釈を返した。
歩きながら、この世界のことを観察した。技術レベルは中世ヨーロッパといったところか。電気はなさそうで、人々は井戸水を使い、馬車が通り過ぎる。だが、どこかで違和感を覚えた。空中を微かに光る粒が漂っているのだ。
「あれは……?」
「魔力の粒子だよ」
背後から声がかかる。振り向くと、十代半ばの少年が立っていた。茶色の髪を短く刈り込み、活発そうな目をしている。
「魔力?」
「おう、魔法を使うときに必要なもんさ。君、よそ者だろ? オルデン爺さんが世話してるって聞いたよ。俺はリュカ、この村の鍛冶屋の息子だ」
リュカは快活に自己紹介した。カイトは名前を告げ、握手を交わす。
「カイトか。変わった名前だな。でも、いい響きだ。よろしくな!」
リュカはすぐに打ち解けた様子で、村を案内してくれると言い出した。カイトはそれに従い、彼について歩き始めた。
「ここはリーファ村。エルディア王国の辺境の村だ。でも、結構栄えてる方さ。森の資源が豊富で、商人たちがよく訪れるんだ」
リュカの説明を聞きながら、カイトは少しずつこの世界のことを理解していった。エルディア王国は人類の国で、他にもエルフやドワーフ、獣人などの種族がいるらしい。魔法は一般的で、誰でも少しは使えるが、得意不得意がある。また、魔物が時折森から現れ、冒険者や騎士が討伐するという。
「で、カイトはどこから来たんだ? 王都から? でも服装が変だな」
「……遠いところからです。詳しくは言えませんが」
「まあいいや。オルデン爺さんが保護してるんだから、悪い奴じゃないんだろ。それに、君、なんか持ってるだろ? あのペンダント」
リュカの目がカイトの胸元を見つめる。ペンダントは服の下に隠していたが、なぜか彼にはわかるらしい。
「これがどうかした?」
「ううん、ただ、すごい魔力を感じるからさ。俺、魔力にはちょっと敏感なんだ。父親が魔法武器を作る鍛冶屋だからね。君、もしかして魔法使い?」
カイトは首を振った。魔法なんて、使ったこともない。しかし、リュカの言葉で、ふと頭に浮かぶことがあった。先ほどのイメージの中で、確かに魔法を使っている自分がいた。
「わからない。でも、何か覚えている気がする……」
「ほう? 面白いな。じゃあ、ちょっと試してみるか?」
リュカはカイトを村の外れの広場に連れて行った。そこには誰もおらず、練習用の的がいくつか置いてある。
「ここなら迷惑かからない。さ、何か魔法を唱えてみろよ。基本的な『ファイアボール』とか」
「でも、どうやって?」
「簡単さ。まず、体の中の魔力を感じろ。そしたら、手を前に出して、イメージしながら唱文を言うんだ。『炎よ、我が手に集え』ってな」
カイトは半信半疑で、言われた通りにしてみた。目を閉じて、体の中を感じる。すると、確かに何かが流れている気がする。温かい流れが、胸のあたりから全身に巡っている。
「これが……魔力?」
その流れを手元に集めようとする。そして、声に出してみた。
「炎よ、我が手に集え」
何も起こらない。がっかりした瞬間、突然、ペンダントが熱くなった。そして、手のひらに小さな炎の玉が現れた。
「おおっ! やったな!」
リュカが歓声を上げる。カイトも驚いた。炎は揺らめき、温かさを伝えてくる。しかし、数秒で消えてしまった。
「すごいじゃないか! 最初から形にできるなんて! 俺なんて、最初の一週間は火花すら出なかったぞ!」
「でも、すぐ消えちゃった」
「当たり前だ。魔力の制御は練習が必要なんだ。でも、君は確かに才能がある。それに、あのペンダントが助けてるのかもしれないな」
カイトはペンダントを見つめた。祖父がくれた時は、何の変哲もないものだった。しかし、この世界では輝き、魔力を感じさせる。
その夜、カイトはオルデン長老の家に招かれた。質素だが温かな食事を囲みながら、長老は真剣な面持ちで話し始めた。
「カイトよ、今日、魔法を試したそうだな」
「はい。リュカが教えてくれました」
「ふむ……やはり、君はこの世界と深く関わっている。実は、今日、王都から使者が来ていた。魔王復活の兆候が確認され、勇者の転生を探すようにとのお達しだ」
カイトは箸を止めた。勇者? まさか自分が?
「私は勇者なんて……」
「断言はできない。だが、可能性はある。転生の記憶が少しずつ蘇っているのなら、それは前世の名残だ。そして、そのペンダントは、『賢者の石』のレプリカではなく、本物かもしれん。かつて、千年前の勇者アーロンが持っていたと伝えられるものだ」
「千年? そんな昔の?」
「この世界では、千年周期で魔王が現れる。そして、勇者がそれを討つ。最後の勇者アーロンが魔王を封印したのが、ちょうど千年前なのだ。今、封印が弱まり、魔王が復活しようとしている」
カイトは黙って聞いていた。まるで運命に引きずり込まれるような感覚だ。ただの高校生だった自分が、なぜこんなことになるのか。
「私は……何をすればいい?」
「選択は君に任されている。この村で平凡に暮らすこともできる。王都に行き、騎士や魔法師として生きることもできる。あるいは、勇者としての使命を果たす道を選ぶことも」
オルデン長老の目は優しく、しかし厳しかった。
「だが、一つ言っておく。この世界は今、平和ではない。魔王の影響で、魔物の活動が活発化し、人々が苦しんでいる。君が特別な力を持つなら、それを使うか否かは、君の決断次第だ」
カイトは考えた。自分の世界では、彼は特に目立たない学生だった。成績は中ぐらい、友達は少なく、将来に漠然とした不安を抱えていた。でも、あの事故の時、彼は迷わず子供を助けた。それはなぜか? 自分でもよくわからないが、ただ、そうするべきだと思ったからだ。
「……しばらく、考えさせてください」
「そう焦ることはない。時間はある。だが、あまり長くは待てまい。世界は動き始めているからな」
食事の後、カイトは部屋に戻った。月明かりが窓から差し込み、ペンダントが微かに光っている。彼はそれを手に取り、じっと見つめた。
「祖父……これは一体、何なんだろう」
祖父は三年前に亡くなった。考古学者だった彼は、世界各地を旅し、様々な遺物を集めていた。このペンダントも、どこかの遺跡で見つけたものだと言っていた。そして、死の床で、カイトにこう言った。
「お前には特別な運命が待っている。このペンダントが、いつの日かお前を導くだろう」
その時は、ただの孫への愛情の言葉だと思っていた。しかし、今思えば、祖父は何かを知っていたのかもしれない。
カイトはベッドに横たわり、目を閉じた。すると、またイメージが浮かんできた。今度はより鮮明だ。
広間で、仲間たちと語り合う。たくましい戦士、優雅なエルフの魔術師、陽気なドワーフの僧侶……そして、一人の女性。銀髪の女性が微笑んでいる。彼女の名は……セレス。かつての仲間か、それ以上のか。
「セレス……」
口から自然とその名が出た。そして、悲しみが胸を締め付ける。彼女はもういない。魔王との戦いで、自分を守って死んだ。
「ああ……そうだった」
記憶の欠片がつながっていく。彼は確かに、勇者アーロンとして生きていた。そして、魔王を封印したが、多くのものを失った。転生を選び、再び戦う日を待っていた。
「私は……アーロンの転生なのか」
しかし、カイト・サンドラとしての記憶も確かにある。十七年間の人生は、紛れもなく現実だった。どちらが本当の自分なのか?
悩みは深まるが、一つだけわかったことがある。この世界が危機にあるなら、彼は傍観していられない。前世の記憶が真実なら、彼には責任がある。そして、今の自分も、人々を助けたいと思う。
数日後、カイトは決意した。オルデン長老の元を訪ね、宣言する。
「長老、私は王都に行きます。自分の力が何であるか確かめたい。そして、もし勇者としての使命があるなら、果たしたいと思います」
オルデン長老は深く頷いた。
「よかろう。だが、一人で行くのは危険だ。リュカが同行を申し出ている。彼は剣の腕も立ち、この辺りの地理に詳しい。良い相棒になるだろう」
「リュカが? でも、彼には彼の人生が……」
「心配無用だ」
声が背後から聞こえた。振り向くと、リュカが荷物を背負って立っていた。
「俺もこのまま村にいるつもりはなかったんだ。父親の鍛冶技術は一通り覚えたし、外の世界を見てみたい。それに、カイト、君は面白い奴だ。君について行けば、きっと冒険が待ってるだろう?」
リュカの笑顔は、迷いを吹き飛ばしてくれた。カイトは感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう、リュカ」
「とんでもない! で、いつ出発する?」
「明日の朝がいい」
「了解! じゃあ、準備してくるよ!」
リュカが走り去るのを見送り、カイトはオルデン長老に向き直った。
「長老、いろいろとお世話になりました」
「いや、こちらこそ、君が目覚めてくれてよかった。これを持って行きなさい」
オルデン長老は一冊の古い本を渡した。
「これは、勇者アーロンに関する記録だ。彼の旅路と、魔王との戦いが記されている。参考になるかもしれん」
カイトは丁重に受け取った。そして、最後に質問した。
「長老、一つだけ。この世界に戻る方法はありますか? 私の元の世界に」
オルデン長老の表情が曇った。
「あると言えばある。だが、簡単ではない。次元の扉を開くには、膨大な魔力と、正確な座標が必要だ。そして、それを可能にするのは、失われた古代魔法だけだ。記録によれば、最後にそれが使われたのは、千年前、勇者アーロンが魔王を封印した時だとされている」
「つまり……」
「魔王を倒すことが、君の世界に戻る鍵かもしれん。あるいは、戻ることを諦めることが、この世界での使命を受け入れることになるのか」
難しい選択だ。しかし、カイトはもう迷わない。まずは目の前の道を進むだけだ。
翌朝、カイトとリュカは村を出発した。オルデン長老や村人たちに見送られ、王都を目指して歩き始める。
リュカは軽快に歩きながら話しかける。
「で、王都までどれぐらいかかると思う? 俺は行ったことないからわかんないや」
「地図によると、二週間ほどだそうだ。途中の街や村で休みながら行くらしい」
「二週間か! 長い旅になりそうだな。でも、楽しみだ! 魔物とか冒険者とか、いっぱい出会えるかな」
カイトは微笑んだ。リュカの前向きな姿勢に助けられる。彼はまだ、この世界の危険を実感していないが、それでいい。少しずつ学んでいけばいい。
最初の日の夜、二人は森の中の野営地で休んだ。リュカが火をおこし、持ってきた干し肉とパンを食べる。
「カイト、ちょっと聞いていいか? 君、本当はどこから来たんだ?」
リュカは真剣な顔で尋ねた。カイトは少し考えてから、決心して話し始めた。
「別の世界からだ。地球という星の、日本という国から」
「やっぱりな。オルデン爺さんがそう言ってた。でも、詳しく聞かせてよ。どんな世界なんだ?」
カイトは自分の世界について話した。車や電車、スマートフォンやインターネット、学校や友達のこと。リュカは目を輝かせて聞き入った。
「すごいな! 魔法じゃなくて科学で、あんなことができるのか! ぜひ見てみたいよ!」
「でも、ここにもいいところはあるよ。自然が豊かだし、人々は温かい」
「それはそうだな。でも、君は元の世界に戻りたいのか?」
カイトはしばらく黙ってから、答えた。
「わからない。戻りたいけど、ここにも居場所ができそうだ。それに、この世界が危機なら、助けたいと思う」
「立派だな。俺も君を手伝うよ。約束だ!」
二人は拳を合わせ、笑い合った。
それから数日、旅は順調に進んだ。道中、小さい魔物に遭遇することもあったが、リュカの剣とカイトの魔法で何とか撃退できた。カイトの魔法は日々上達し、簡単な攻撃や防御ができるようになった。ペンダントが魔力を増幅させるらしく、彼は通常より強力な魔法を使える。
ある日、大きな川に差し掛かった。橋が壊れていて、渡れない。
「どうしよう? 迂回するには三日かかるぞ」
リュカが地図を眺めて言う。カイトは考えた。そして、ふと記憶が蘇る。かつてアーロンが、同じ場所で魔法で氷の橋を作ったことを。
「待って。魔法で橋を作れないか?」
「できるのか?」
「試してみる」
カイトは川岸に立ち、集中した。魔力を感じ、それを水に注ぐ。ペンダントが温かくなる。そして、唱文を発する。
「水よ、我が意志に従い、堅き氷となれ!」
魔力が川に流れ込み、水面から氷が広がり始める。最初はゆっくりだったが、次第に速くなり、対岸まで氷の道ができた。
「すげえ! やったぞ、カイト!」
リュカが歓声を上げる。二人は慎重に氷の橋を渡った。途中で揺れたが、無事に到達できた。
「これで三日の短縮だ! カイト、君は本当にすごいな」
「いや、これも記憶のおかげだ。前世のアーロンが同じことをしていた」
「アーロン……千年前の勇者か。君がその転生だなんて、まだ信じられないけど、こうやって魔法を使うのを見ると、納得するよ」
カイトは複雑な気持ちだった。彼はアーロンでもあり、カイトでもある。どちらか一方を選ぶ必要はないのかもしれない。両方の記憶と経験が、今の自分を作っている。
旅の十日目、二人は大きな街「ロックハート」に到着した。城壁に囲まれた街は活気に溢れ、様々な人種が行き交っていた。
「わあ、初めて見る街だ! すごい人だな!」
リュカは興奮気味に言う。カイトも驚いた。ここまで田舎道ばかりだったので、街の喧騒は新鮮だった。
まずは宿屋を探し、一晩休むことにした。宿屋「旅人の眠り」は、質素だが清潔な場所だった。主人は肥った男で、にこやかに迎えてくれた。
「おお、若い冒険者さんか? いらっしゃい! 今なら空き部屋が一つあるよ」
部屋に荷物を置き、二人は食堂で食事を取った。そこでは、様々な噂が飛び交っていた。
「魔王の復活が近いらしいぞ」
「王都では、勇者候補を探しているってな」
「でも、本当に勇者なんて現れるのか?」
「現れるさ。千年周期だ。でも、今度の勇者はどんな奴だろうな」
カイトは耳を傾けながら、黙って食べていた。リュカは隣でウインクした。
「みんな、君のことを待ってるみたいだな」
「プレッシャーだよ」
突然、食堂の入口が騒がしくなった。数人の騎士が入ってきた。彼らは王都の紋章を胸に付け、威厳に満ちている。
「聞け、市民たち! 王都より布告がある! 魔王復活の兆候が確認されたため、勇者候補の募集を開始する! 魔法の才能を持つ者、剣の腕に覚えのある者は、王都の城に集まれ! 選ばれし者は、勇者としての訓練を受け、魔王討伐に当たる!」
人々がざわめく。騎士たちは布告を壁に貼り、去っていった。
リュカがカイトにささやいた。
「どうする? 名乗り出るか?」
「……まだ早い。まずは王都に行って、様子を見よう」
その夜、カイトは一人で街を歩いた。月明かりの中、彼は街の外れの小さな神殿を見つけた。中に入ると、そこには女神の像が立っていた。優しい微笑みを浮かべた像だ。
「これは……女神アリア……」
また記憶が蘇る。アーロンが祈りを捧げた場所だ。そして、女神から祝福を受けた。カイトも自然に祈りを始めた。
「女神アリア様、私は今、混乱しています。私は誰なのか、何をすべきなのか。どうか導きをお与えください」
すると、女神の像が微かに光った。そして、優しい声が心に響く。
「迷える子よ、恐れることはない。汝は過去であり、現在である。汝の選択が未来を形作る。信じる道を進みなさい。我は常に汝を見守っている」
光が消え、声も止んだ。カイトは安堵感に包まれた。女神からのメッセージは、彼を勇気づけてくれた。
神殿を出ると、リュカが待っていた。
「おい、どこ行ってたんだ? 心配したぞ」
「ちょっと祈ってきた。リュカ、ありがとう。君がいてくれてよかった」
「急にどうした? まあいいや。さあ、戻ろう。明日は早く出発だ」
次の日、二人はロックハートを発った。王都まではあと数日だ。道中、カイトはオルデン長老からもらった本を読んだ。勇者アーロンの記録は、彼自身の記憶と重なる部分が多く、読むほどに理解が深まった。
アーロンは農民の息子として生まれ、魔王の脅威が高まる中、女神の啓示を受けて勇者となった。仲間を集め、様々な試練を乗り越え、最後に魔王を封印した。しかし、その戦いで、最愛の仲間セレスを失った。その後、アーロンは転生を選び、再び戦う日を待つと誓って世を去った。
「セレス……」
カイトの胸が痛んだ。前世の悲しみが、今の自分にも響く。彼女はエルフの魔術師で、アーロンの幼馴染だった。そして、最後の瞬間まで彼を支えた。
「次に出会えたら、今度は守りたい」
そうつぶやくと、ペンダントが温かく光った。まるで応えているようだった。
旅の最終日、二人はついに王都エルディアの城門前に立った。巨大な城壁と、威厳ある門は、王国の力を感じさせる。
「ついたぞ、カイト! これが王都だ!」
リュカは興奮して叫んだ。カイトは深く息を吸い込んだ。ここからが本当の始まりだ。彼はペンダントを握りしめ、決意を新たにした。
城門を通り、中に入ると、そこはさらなる喧騒に包まれていた。人々が行き交い、商人の声、騎士の行進、魔法師の議論が飛び交う。
「さて、まずはどこに行く?」
「騎士団の詰め所だろう。勇者候補の募集について聞いてみよう」
二人は城の方向へ歩き始めた。しかし、突然、群衆が騒ぎだした。
「魔物だ! 魔物が街に侵入した!」
叫び声とともに、人々が逃げ惑う。上空から、翼のある魔物が襲ってきた。それは「グリフォン」と呼ばれる強力な魔物だ。
「カイト!」
リュカが剣を抜く。カイトも魔法の構えを取った。グリフォンは鋭い爪で民家を破壊し、人々を襲おうとする。
「やつを止めないと!」
カイトは魔力を集中させた。ペンダントが輝き、かつてないほどの力が湧いてくる。
「雷よ、天より轟け!」
彼が唱文を発すると、空から雷が落ち、グリフォンに直撃した。魔物は悲鳴を上げ、地面に墜落した。
「やった!」
しかし、グリフォンはまだ息があった。逆上して、カイトに向かって突進してくる。リュカが間に入り、剣で受け止めようとするが、力が及ばず、はじき飛ばされる。
「リュカ!」
カイトは焦った。その瞬間、記憶が完全に蘇る。アーロンとしてのすべての経験と技術が、流れ込んできた。
「もう、迷わない」
カイトは冷静に魔力を操り、地面から氷の棘を生やし、グリフォンの動きを封じた。そして、最後の一撃を放つ。
「光の槍よ、貫け!」
純粋な光の槍がグリフォンの心臓を貫き、魔物は崩れ落ちた。
周囲から歓声が上がった。人々が感謝の言葉を叫ぶ。カイトはリュカの元へ走り、彼を起こした。
「大丈夫か?」
「ああ……なんとか。でも、カイト、君、すごいな。さっきの魔法、今までで一番強力だったぞ」
「ええ、すべてを思い出したから」
その時、騎士たちが駆けつけた。
「お前たち、魔物を倒したのか? 見事な腕前だ。特に、そちらの少年、あの魔法は尋常ではない」
騎士団長らしき男が近づいてきた。彼はカイトをじっと見つめ、そしてペンダントに目を留めた。
「そのペンダントは……まさか、勇者アーロンの?」
カイトは頷いた。
「私はカイト・サンドラ。そして、勇者アーロンの転生者です」
騎士団長の目が大きく見開かれた。周囲の騎士たちも騒然とする。
「本、本当か? 証拠は?」
カイトはためらわず、ペンダントを掲げた。それは強く輝き、誰の目にも特別なものだとわかる。
「女神アリアの祝福を受けし者、我はここに戻りたり」
かつてアーロンが使った言葉を、自然と口にした。騎士団長は跪き、他の騎士たちも続いた。
「勇者様、お帰りなさいませ。我々は、あなたのお出ましを待っていました」
カイトは複雑な思いだった。しかし、彼はもう逃げない。この世界でやるべきことがある。
「立ちなさい。私はまだ、完全な勇者ではない。力を取り戻し、仲間を集めなければならない」
「はい! 何なりとお手伝いします!」
騎士団長が立ち上がり、城へ案内しようとした。カイトはリュカを見て、微笑んだ。
「行こう、リュカ。これからが本当の旅だ」
「おう! ずっと付いていくよ!」
二人は騎士たちに囲まれ、城へと向かった。道中、人々が好奇と期待の目で見つめる。カイトはまっすぐ前を見据えた。
王城に到着し、玉座の間へ通された。そこには、エルディア国王が座っていた。威厳ある老人で、鋭い目をしていた。
「汝が、勇者の転生と言うのか?」
「はい、陛下」
国王はしばらく黙ってカイトを見つめ、そして深く頷いた。
「よかろう。我は女神の啓示を信じている。汝に試練を与えよう。城の地下にある古代遺跡で、勇者の証『聖剣エクスカリバー』を抜くのだ。それができれば、我は汝を勇者として認め、王国の全力を傾けて魔王討伐を支援しよう」
「承知しました」
カイトはためらわなかった。彼は既に、自分がやるべきことを知っていた。
リュカとともに、城の地下へと向かう。古代遺跡は神秘的な空気に包まれ、中心には石に刺さった剣があった。それが聖剣エクスカリバーだ。
「これが……ずいぶんと古い話みたいだな」
リュカが呟く。カイトは剣の前に立ち、手を伸ばした。すると、剣が微かに震え、光り始めた。
「私は勇者アーロンの転生、カイト・サンドラ。この剣を、魔王討伐のためにお借りします」
彼が剣柄を握ると、剣はすっと石から抜けた。輝きが遺跡を満たし、祝福の声が聞こえるようだった。
「やったぞ、カイト!」
リュカが喜ぶ。カイトは剣を掲げ、決意を固めた。
遺跡を出ると、国王と騎士たちが待っていた。剣を見て、国王は満足そうに笑った。
「よくやった。これで疑う者はいない。勇者カイト、魔王討伐の旅に出よ。王国は汝を支援する」
「ありがとうございます、陛下。まずは、かつての仲間の転生者を探します。彼らがいれば、魔王にも勝てるでしょう」
「よかろう。では、準備を始めよ」
城で一夜を明かし、カイトとリュカは次の目的地を話し合った。最初に探すのは、エルフの森に住むという、セレスの転生者だとカイトは決めていた。
「セレスか……君の前世の仲間だな」
「ええ、彼女は強い魔術師だった。そして、大切な人だった」
カイトの目には、少し悲しみが浮かぶ。リュカは彼の肩を叩いた。
「今度は、守ってやろう。仲間だろ?」
「ああ」
翌朝、二人はエルフの森を目指して、王都を出発した。新たな仲間を求めての旅が始まる。
道中、カイトは聖剣を背負い、ペンダントを胸に下げて歩いた。彼はもう、迷わない。この世界で、勇者として、そしてカイトとして生きていく。
彼らが去った後、王都の城では、国王と大臣たちが話し合っていた。
「陛下、あの少年が本当に勇者でしょうか? まだ若すぎます」
「若さは問題ではない。彼は聖剣を抜いた。そして、あの魔法の力は本物だ。我々は彼を信じるしかない」
「しかし、魔王軍の動きが活発化しています。辺境の村が襲われたという報告も」
「ならば尚更だ。勇者に任せよう。我々は支援を続ける」
一方、遠くの暗黒の城では、巨大な影がほくそ笑んでいた。
「やっと目覚めたか、勇者よ。今度こそ、お前を完全に滅ぼしてやる。この世界は、我がものだ」
魔王の笑い声が、城に響き渡る。
カイトとリュカは、緑豊かな森の道を進んでいた。これから多くの出会いと別れ、戦いと発見が待っている。しかし、二人は恐れない。共に歩む仲間がいる限り。
そして、カイトは心に誓った。前世の過ちを繰り返さず、すべてを守り抜くと。
(続く)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
俺が死んでから始まる物語
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。
だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。
余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。
そこからこの話は始まる。
セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる