追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

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第12話 村長の頼み事は命がけ

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 朝の光が村を包むと同時に、ルーデン村の鐘がけたたましく鳴り響いた。  
 緊急の合図――村に生まれて初めて見る動揺が広場に広がる。  
 アレンは井戸脇で調合していた薬草を下ろし、音の方向へ歩いた。  

 広場には既に村人たちが集まっていた。  
 その中心で、年老いた村長が深刻な顔で腕を組んでいる。  
「……山道が、塞がった。」  
 開口一番に放たれたその言葉に、村人たちがざわついた。  

「また土砂崩れですか?」  
「いや、様子がおかしい。今朝早く、狩人の一人が道を見に行ったが……帰ってこないんだ。」  
 不安げな空気が広がる。  

 アレンは一歩前に出た。  
「村長、それは北の山道ですか? 王都に続く方角の。」  
「ああ、そうだ。物資の搬入路だが、あそこが塞がると今後の冬支度に支障が出る。」  
「なるほど。つまり、通行を確保したいけど、危険がある、と。」  
「そういうことだ、アレン殿。」  

 村長がゆっくりと顔を上げた。  
「そこで頼みがある。お前の腕……少し貸してほしいんだ。」  

 アレンは頷いた。  
「分かりました。確認くらいでしたら。」  
「無理をするな。相手は“土の神の祠”がある場所だ。絡めて起きている可能性が高い。」  

「神……ですか。」  
 アレンの眉がわずかに動いた。王都時代、地属性を祀る祭壇に近づいたことがある。  
 その大地の記憶は、本来なら人々を守る力。だが、今は瘴気で汚染されているのだろう。  

         ◇  

 準備を整え、村の北道へ向かう。  
 付き添うのはミーナと、数人の村の若者だった。  
 道すがら、ミーナが少し不安そうに言う。  
「アレンさん、あの辺り、昔から“神の禁域”って呼ばれてたんです。触ると祟りがあるとか……。」  
「祟りですか。まぁ、地層の変動を神と呼んでいただけでしょう。」  
 と笑うアレンの表情は穏やかだったが、その内心は冷静に解析を行っていた。  

(地の祠は、王都の記録では半活性封印区域。……まさか再起動しているのか?)  

 湿気の多い泥道を進み、やがて土砂に埋もれた岩の壁へたどり着いた。  
 岩肌には不規則な紋様が走っている。自然のものではない。  
 代々この土地に伝わる封印の紋だ。  
 しかし、場所どころか“向き”が逆転している。  

「封印が……裏返っている?」  
 アレンが呟くと、ミーナが首をかしげた。  
「裏返るって、そんなことが?」  
「普通はあり得ません。つまり、何者かが内部から封印を“押し返した”。」  

 村の若者たちが青ざめた。  
「そ、そんなのが中にいるのか?」  
「恐らく、古い魔力の残滓ですね。外へ出ようとしている。」  

 アレンは腰の袋から金属板を取り出した。  
 触れると淡い光が走り、封印の紋章が共鳴する。  
 それは王都の神殿でも限られた者しか扱えない“再封術具”だった。  
 ただし、アレンのものは独自改良版だ。  

「皆さんは後ろへ下がっていてください。様子を見ます。」  
「でも、アレンさん――」  
「命がけとまでは言いません。これは、僕の役目です。」  

 手を伸ばし、封印の中心へ触れる。  
 指先から滲み出す光。  
 だが、一瞬遅れて轟音。  

 大地が裂け、土砂の山が動いた。  
 次の瞬間、灰色の泥煙の中から巨大な影が顔を出す。  

 それは岩のような皮膚を持つ獣――“土喰い”。  
 かつて王都近隣でも確認された、人喰い鉱石の魔物。  
 体長は十メートルを優に超え、その一歩ごとに地面が沈む。  

「まずい……まだ生きていたのか。」  
 アレンは即座に状況を切り替える。  
 封印を閉じようとしても、その巨体が障壁を破壊してしまう。  

「ミーナ! 下がって!」  
「わ、わかりました!」  

 土喰いが咆哮を上げ、巨腕が地を掴む。  
 アレンは左手を翳し、掌に小さな光を宿した。  
 光球が浮き上がり、周囲の魔力を吸い上げていく。  

「眠れ――『光環浄域』。」  

 轟音が消えた。  
 土喰いの動きが止まり、空気が一瞬凍る。  
 周囲の地面から瘴気が抜け、一帯が金色の霞に包まれる。  

 ミーナたちは息を呑んで立ち尽くした。  
 土喰いが揺れ、崩れ落ちる。岩の体が砂の粒となって風に散っていく。  

 静寂のあと、封印の紋が再び光り出し、完全な形に戻った。  

「……終わりました。もう出てこないでしょう。」  
 アレンが立ち上がる。  
 その姿を見たミーナは、息を詰めたように言葉を紡ぐ。  
「アレンさん……やっぱりただの治癒師じゃないですよね。」  
「昨日も言いましたが、治療の一環です。倒さず、癒しただけです。」  
「癒した、ですか……怪物を……」  
 ミーナは困惑と尊敬が入り混じった表情を浮かべた。  
 村長の頼みは確かに危険だったが、彼にとっては“日常”の延長にすぎない。  

 アレンはまだ残る光の粒を見ながら呟いた。  
「祠が反転していた理由、気になりますね。自然劣化ではない……外的干渉。誰かが意図してこの封印を――」  

 その考えが終わる前に、背後で小さな音がした。  
 振り向くと、村の青年の一人が倒れていた。  
 顔色が悪く、唇が青い。  
 足元には黒ずんだ痕跡――瘴気感染だ。  

「しまった……残滓が!」  
 アレンは膝をつき、地面に手を当てる。  
 同時に、青年の体から放出される瘴気を浄化に転換する。  
 青い炎がその身を包み、一瞬後には青年が穏やかな寝息を立てた。  

「助かった……?」  
「ええ。もう心配ありません。」  
 アレンは血のように赤く染まった手をそっと握りつぶした。  
 掌から淡い光が溢れ、すぐに跡形もなく消える。  

         ◇  

 夕方、村に戻ると村長が待っていた。  
「戻ったか。山道はどうだった?」  
「無事に封印を修復しました。崩落も止まりました。」  
 村長はほっと息をつく。  
「本当に……助かった。命がけで頼んだが、まさか本当に命を懸けてくるとはな。」  
「生きて戻れましたから、結果的には命は無事です。」  
「はは……まったく、お前さんの“無自覚”は村一番だ。」  

 密やかな笑いの中、ミーナが煮込みスープを運んできた。  
「今日はごちそうです! アレンさんの帰りを祝って!」  
 村人たちの喜びが辺りに広がる。  
 小さく、けれど確かな連帯感。  
 アレンはその輪の中で微笑んだ。  

         ◇  

 その夜。  
 村の人々が眠りについた頃、一つの影が村外れを通り過ぎた。  
 白い外套の男――聖王国の審問官ハイゼル・エクレール。  
 月光を反射する銀の瞳が、村の中央を見下ろす。  

「……やはり、あの男。死ではなく、生を操る側へ踏み出したか。」  
 懐の中の水晶が淡く光る。  
 そこには、封印の山での戦いが記録されていた。  
 黄金の光、浄化の波動、瘴気の吸収。  

「禁術を超えている。だが、もし本気なら――もはや神域そのもの。」  
 ハイゼルは息を吐き、マントを翻した。  
「アレン、お前は何のために生還した。」  

 夜風が村を撫でる。  
 その風が、確かに答えるようにささやいた。  

 ――彼が救いたいのは、人でも、神でもない。  
 ただ“理不尽な運命”そのものを、もう一度治すためだ。
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