追放された万能聖魔導師、辺境で無自覚に神を超える ~俺を無能と言った奴ら、まだ息してる?~

たまごころ

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第15話 錆びた剣と不思議な石

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 陽が高く昇り、ルーデン村の市場は今日も賑やかだった。  
 森の異変が収まった翌日、村人たちは安堵したようにいつもより早くから働き出していた。  
 アレンは露店の端で干し肉を選びながら、ちらりと広場の端を見た。  
 リィナとミーナが並んで座り、小動物の手当てをしている。  
 森の守人だった少女が、たった数日で村に溶け込み始めているのが、どこか微笑ましかった。  

「アレンさん、こっちの方がいいですよ!」  
 ミーナが市場の別の露店から干し魚を掲げる。  
 アレンは笑って手を振り返し、包みを胸に抱えた。  
 そんな穏やかな朝も、ほんの一瞬の平穏にすぎないことを彼自身がよく知っていた。  

 露店の並ぶ奥、古道具屋の軒下に、ひときわ異様な光を放つものがある。  
 それは細長い包み。  
 時折、金属のきしむ音が中から漏れていた。  
「……何だ?」  

 気になって足を止めると、店の主人である老人が顔を上げた。  
「おや、旅人さん。そいつが気になるかい?」  
「妙な魔力を感じますね。遺物ですか?」  
「拾いもんだよ。山道の崩れたとこから出てきた。錆びすぎて誰も触りたがらん。」  

 老人が包みを開く。中には赤茶けた古い剣があった。  
 刃は完全に朽ち、柄は半分崩れ落ちている。  
 だが、柄の石座には琥珀色の宝石が嵌め込まれていた。  
 その中心が、かすかに pulsate(脈打つ)している。  

「……これは。」  
 アレンの声が自然と低くなる。  
 ただの剣ではない。古代教会が製作した“封印具”。  
 通常なら光を発せず、魔力のない抜け殻のはず。それが呼吸している。  

「この石、売り物ですか?」  
「金をくれるなら構わんがな。ただ、触ると嫌な感じがしてな。」  
「では、いただきます。」  
 アレンは金を渡し、そっと剣を手に取った。  
 瞬間、石がきらりと光り、彼の掌に熱が走る。  

(……まさか、意識を持っている?)  

 剣から聞こえる、かすかな“囁き”――まるで何かが必死に自分の存在を訴えているようだった。  
「大丈夫ですか、アレンさん?」  
 ミーナが心配そうに覗き込む。  
「ええ、少し懐かしいだけですよ。」  
 アレンは包みを閉じたが、その視線の奥には警戒の色が宿っていた。  

         ◇  

 夕暮れ。  
 人の減った広場の片隅で、アレンは包みをほどき、剣を地面に置いた。  
 風に当てた瞬間、錆びついた刃が微かに震える。  

「聞こえていますか?」  
 アレンの声に応じるように、剣の石が再び淡く光る。  
 そして――言葉が流れ込んできた。  

《――記録者単位三二四、封印解除に成功。識別を求む。》  
「識別……?」  
《対象:魔法使い/核信号照合中……一致。コード“アレン=クロード”確認。》  

 剣の宝石が明滅し、アレンは血の気が引く。  
「まさか……これ、教会の記録媒体か。」  
 忘れもしない。王都神殿が所有していた聖遺物の一つ、“律志の剣”。  
 封印区域の調査記録を保管する“思念の器”だ。  

 アレンが息を整えた瞬間、光が形を取り、映像が浮かび上がる。  
 焔の中、十年前の王都。  
 そこに映ったのは、若き日のアレン自身だった。  
 白衣をまとい、仲間と共に儀式を行っている。  
 そして次の瞬間、魔法陣が暴走し、仲間の一人が光に取り込まれた。  

「……やめろ! 止めろ、アレン!!」  
 怒号。  
 そして――少女の声がこだました。  

 『アレン、ありがとう――』  

 光が途絶える。  
 剣の宝石の明かりが弱まり、静かな夜風が吹いた。  

「……リュシア。」  
 こぼれた名。それは彼が失った少女のものだ。  
 かつて神聖融合術の共同研究者だった少女。  
 十年前、実験の失敗で命を落としたとされている。  

 だが、今見た映像には、彼女が自らの意思で魔力の核に触れた姿が映っていた。  
 つまり――“実験事故”ではなく、“意図的な融合”。  

「彼女は何を見ていた?」  
 アレンは剣を握りしめ、冷たい汗を感じた。  

《記録断片完了。追加情報:被験体リュシア・リエナ、肉体消滅。思念体、別媒体に転移継続中。》  

「転移……? どこに?」  
《不明。推定座標:辺境ルーデン周辺。》  

 その言葉に、アレンの胸が強く鳴った。  
 ――まさか。  

「リィナ……?」  
 つい先日出会った、森の少女。  
 記憶を持たず、霧のような体を持っていた少女。  
 彼が人として“再構築”した存在。  

 繋がる。  
 リュシアの思念が、時を越えて辺境の大地に漂い、森の生命と同化して再び生まれ変わった。  
 だから彼女には、理由もなく“癒し”と“再生”の力があった。  

「運命は……随分と皮肉ですね。」  

 アレンは剣を包み直し、夜空を見上げる。  
 星がいつもよりも近く、冷たく揺れていた。  

         ◇  

 翌朝。  
 村の広場では、リィナとミーナが朝市の手伝いをしていた。  
 どこか楽しげなリィナの笑顔を見ながら、アレンはしばし立ち尽くしていた。  
 “彼女がリュシアの転生体かもしれない”という確信を胸に抱えたまま。  

「アレンさん? 顔色が悪いですよ?」  
 ミーナが心配そうに覗き込む。  
「え? ああ、少し寝不足でね。……それと、ひとつお願いをしたい。」  
「お願い?」  
「市場の外にある石碑。あれに触れたことは?」  
「ないけど……昔から触ると“神に誓ってしまう”って噂があって、誰も近づかないんです。」  
「そうですか。それで問題ありません。……あそこに、もう一つ隠れてるんですよ。」  

 アレンの声が穏やかに落ちる。  
 そして視線は、市場の奥――古い石碑。  
 その裏面には、あの錆びた剣の宝石と同じ紋章が刻まれていた。  

         ◇  

 その頃、王都神殿。  
 審問官ハイゼルは部下の報告を聞き、目を細めていた。  
「ルーデンで“律志の剣”が再起動したと?」  
「はっ。反応波形を確認。しかも使用者は“登録者アレン=クロード”です。」  
「やはり、彼はまだ核心へ辿ろうとしているか。」  

 ハイゼルは机上の地図に視線を落とす。  
 ルーデン村の向かう先にあるのは――“神核封印領”。  
 再構築術が生まれた始まりの地。  

「面白い。……神でも愚者でも構わん。あの男が辿り着く“答え”は、世界を変える。」  

 低く呟いた声は、王都の石壁に反響しながら消えていった。  
 彼の掌の中で、同じ紋章を刻んだ通信石が赤く脈動している。  

 “律志の剣”が再び光を取り戻した時、そこに眠る真実が呼び覚まされる。  
 そして世界は、知らずに巻き込まれる――神を創り、神を奪った者への裁きの物語へと。
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