織り手、世界を繕う ~失業した俺が異世界で「門」の守護者になった件~

たまごころ

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第3話 闇の森への試練

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朝もやが塔を包み込んでいた。橘悠真は窓辺に立ち、東の森の方角を見つめていた。昨日見た紫の光の跡はないが、不気味な静けさがかえって不安を掻き立てる。胸の奥で、あの歪んだ糸の感覚がかすかに疼いていた。まるで傷がうずくように。

シャドウが足元で鳴き声を上げた。琥珀色の目は鋭く森を見据えているようだ。

「おはよう、シャドウ。今日も頑張ろうか」

黒猫はすり寄ってきて、悠真の足に体をこすりつけた。その温もりが少しばかり安心感を与えてくれる。

ドアをノックする音がして、レイラが入ってきた。彼女の表情は昨日よりも厳しく、目元に疲れの影が浮かんでいる。

「悠真、急いで。マーリン師匠が緊急の召集をかけたわ。東の森の状況がさらに悪化したらしい」

「悪化?」

「今朝方、森の近くの村から使者が来たの。夜中に奇妙な影が徘徊し、家畜が狂い死にしたって報告があった」レイラの声は低く緊迫している。「結界の亀裂から闇の気が漏れ出し、周囲に影響を与え始めているのよ。このままでは村人にも危険が及ぶ」

悠真は急いで身支度を整えた。訓練服のようなものを着ると、レイラについて廊下へ出た。螺旋階段を下りる足取りは早く、二人はほとんど駆け下りるように食堂へ向かった。

マーリンはすでに待ち構えており、机の上には地図が広げられていた。その周りにはいくつかの道具が並べられている。水晶の小瓶、古びた巻物、金属製のコンパスのようなもの。

「来たか、悠真」マーリンは顔を上げずに地図を見つめていた。「状況はレイラから聞いたかね?」

「はい。村に被害が出始めたと」

「そうだ」マーリンは地図の一点を指差した。「ここが東の森の結界の中心だ。そしてここに裂け目がある。昨日の時点で直径十メートルほどだったが、一夜で倍以上に広がったようだ」

「そんなに急速に?」

「闇の侵食は加速度的に進行する」マーリンの声には焦りが滲んでいた。「最初はゆっくりでも、一度臨界点を超えると一気に広がる。私たちが持っている時間はあと三日、いや二日かもしれない」

レイラが息を呑んだ。「そんなに?」

「残念ながらそうだ」マーリンはようやく顔を上げ、二人を見つめた。「だから今日、私たちは森へ向かう。悠真、君に最初の実戦試験だ」

「実戦試験?」悠真の喉が渇いた。

「君の力を実際の裂け目に試す」マーリンの目は真剣そのものだ。「小さなほつれを修復できるなら、大きな裂け目にも挑戦できるはず。もちろん完全に閉じるのは無理だろう。だが、拡大を遅らせ、周囲への影響を減らすことなら可能かもしれない」

「でも師匠、危険すぎませんか?」レイラが割り込んだ。「悠真はまだ訓練を始めたばかりです。昨日ようやく糸が見えるようになっただけ……」

「わかっている」マーリンは優しくも厳しい口調で言った。「しかし、村人の命と引き換えに訓練期間を延ばすわけにはいかない。レイラ、君が悠真を護る。私は結界の補強を試みる。分業だ」

老人は机の上の道具を手に取り、それぞれに分配し始めた。

「悠真、これはフォーカス・ストーンだ」マーリンは透明な水晶のペンダントを渡した。「魔力を集中させるときに使う。君の力を増幅し、コントロールしやすくしてくれるはずだ」

悠真はペンダントを受け取ると、首にかけた。水晶は微かに温かく、胸元で静かに鼓動しているようだった。

「レイラ、君には防御用のアーティファクトだ」今度は銀の腕輪を渡した。「緊急時にバリアを展開できる。一度だけだが、強い衝撃から守ってくれる」

「ありがとう、師匠」レイラは腕輪をはめた。

「では準備はいいか?」マーリンは杖を手に取った。「すぐに発つ。馬車ではなく、転送魔法を使おう。時間が惜しい」

三人は塔の玄関ホールへ移動した。マーリンは杖を振り、空中に複雑な模様を描き始める。光の線が交差し、幾何学模様を形成していく。やがてそれが門の形になり、向こう側に森の風景が映し出された。

「これが転送門だ」マーリンが説明した。「一瞬で目的地へ移動できる。だが、魔力を大量に消費するので頻繁には使えない。さあ、入るのだ」

マーリンが先頭に立ち、門をくぐった。レイラが悠真にうなずき、彼女も続く。悠真は一呼吸置いてから、シャドウを抱きしめ、光の門へ足を踏み入れた。

一瞬、体が引き伸ばされるような感覚があった。目がくらみ、耳が詰まる。しかし、それはほんの一瞬で、次の瞬間には別の場所に立っていた。

東の森の入口だ。しかし、昨日とはまったく様子が違っていた。木々の葉は色を失い、灰のように褪せている。地面は乾ききり、ひび割れが走っている。空気は重く、腐敗したような甘ったるい臭いが漂っている。

「こ、これは……」

「闇の侵食がここまで進んでいたのか」マーリンの顔色が青ざめた。「予想以上に早い。もう森全体が侵されている」

レイラが短剣を抜き、警戒しながら周囲を見渡した。「精霊の気配が完全に消えています。この森はもう死んでいる」

シャドウが激しく鳴いた。毛を逆立て、前方を睨みつけている。悠真がその視線を追うと、木々の間からゆがんだ影が這い出してくるのが見えた。

闇の落とし子だ。昨日より数が多く、大きさも増している。中には二メートルを超えるような巨大なものも混じっていた。

「来るぞ!」レイラが叫んだ。

マーリンは杖を高く掲げた。「我が光よ、闇を払え!」

杖の先から閃光が放たれ、前方一体を照らし出した。闇の落とし子たちは悲鳴のような声を上げ、光を避けて後退した。しかし、完全には退かない。影の中に潜み、再び這い出してくる機会をうかがっている。

「光魔法で一時的に押しとどめられるが、根本的な解決にはならない」マーリンが言った。「レイラ、君はここで魔物たちを食い止めろ。悠真、私と共に森の奥へ進む。裂け目は中心部にある」

「でも師匠、一人でこんなに多くの敵を……」レイラが不安そうに言った。

「大丈夫だ」マーリンは微笑んだ。「君は我が一番弟子だ。これくらいの敵なら相手になるまい。ただし、無理はするな。危険を感じたらすぐに退却し、合流地点で待て」

レイラはうなずき、短剣を構えた。「わかりました。悠真、師匠をよろしく」

「ああ」悠真は力強くうなずいた。

マーリンは再び杖を振り、二人の周りに微かな光の膜を展開した。「これで気配を消せる。魔物たちには見つかりにくくなるが、完全な invisibility ではない。静かに、急いで進もう」

二人は森の奥へと分け入っていった。マーリンの光の膜に守られて、闇の落とし子たちの目をかいくぐりながら進む。しかし、森の状態はさらに深刻だった。所々で地面が陥没し、黒い煙のようなものが湧き出ている。木々は枯れ、触れると粉々に崩れ落ちそうだ。

「ここまでひどいとは」マーリンが呟いた。「この侵食速度は尋常ではない。何かがこれを加速させているに違いない」

「何かって?」

「闇の源泉だ」マーリンの声は低かった。「普通、闇の侵食は自然に発生するものではない。何らかの原因、あるいは誰かが意図的に引き起こしている可能性がある」

「誰かが?」

「後で説明しよう。今は裂け目に集中だ」

さらに進むと、空気がさらに重くなった。呼吸が苦しく、胸が締め付けられるような感覚がある。そして前方に、異様な光景が広がっていた。

地面に巨大な裂け目が口を開けている。直径は二十メートル以上。その底は深く、暗闇が渦巻いている。裂け目の縁からは黒い煙が絶え間なく湧き出し、空中で不気味な形を成しては消えている。周囲の空間は歪み、景色がゆがんで見える。

「これが……裂け目」悠真は声を詰まらせた。

「そうだ」マーリンの表情は硬い。「そして見てごらん。糸が」

悠真が意識を集中させると、裂け目の周囲に無数の糸が見えてきた。しかし、それらは正常な輝きを失い、黒く濁り、ねじれ切れている。裂け目自体が巨大なほつれ、いや、破れ目だ。世界の織物がここで大きく破れ、闇が染み出している。

「どうすれば……」

「まずは観察だ」マーリンが静かに言った。「糸の流れを追い、破れの構造を理解する。どこが根元で、どこが末端か。どの糸が重要な支えで、どの糸が補助的なものか」

悠真は目を凝らした。最初は混沌としていたが、次第にパターンが見えてきた。裂け目の中心から放射状に糸が伸び、それらが周囲で絡み合っている。中心付近の糸はほとんど切れかかっており、末端の方はまだかすかに繋がっている。

「中心が最もひどい。でも、周辺部ならまだ修復できるかもしれない」

「その通り」マーリンがうなずいた。「全部を一度に直すのは不可能だ。だが、周辺から少しずつ繕っていけば、裂け目の拡大を食い止められるかもしれない。それに、周辺を修復することで中心部への負担を減らせる」

「では、やってみます」

悠真は胸元のフォーカス・ストーンに手を当てた。水晶が温かく鼓動し、彼の魔力を増幅する。深呼吸をして心を落ち着かせる。そして、意識を裂け目の縁にある一本の糸に向けた。

それは細く、かすかに光る銀色の糸だ。しかし、途中で黒く変色し、切れかかっている。悠真は慎重に意識を伸ばし、糸に触れた。

瞬間、鋭い痛みが頭を貫いた。闇の汚れが彼の意識に逆流してくるようだ。苦しみ、悲しみ、絶望――そんな感情が押し寄せてきた。

「集中を保て!」マーリンの声が遠くから聞こえる。「闇の感情に飲み込まれるな。君は修復する者だ。壊す者ではない」

悠真は歯を食いしばり、意識を糸そのものに集中させた。汚れではなく、糸の本質を感じ取ろうとした。銀色の糸は本来、柔らかく温かい光を放つはずだ。その記憶を呼び起こし、糸に伝える。

少しずつ、糸の黒い部分が薄れ始めた。銀色の輝きがよみがえる。切れかかっていた部分が、かすかにつながり始める。

「よし、その調子だ」マーリンが囁いた。「急がず、確実に」

しかし、その時だった。裂け目の底から轟音が上がり、黒い煙が渦巻きながら噴き上がってきた。煙は空中で形を変え、巨大な手のようなものになった。それが悠真めがけて襲いかかる。

「バリア!」マーリンが叫び、杖を振った。

光の壁が出現し、黒い手を遮った。しかし、手は壁を叩き壊そうとする。ひび割れが走り、光の壁が揺らぐ。

「悠真、続けろ!私はこいつを食い止める!」

マーリンは杖から閃光を放ち、黒い手に攻撃を加えた。しかし、手は簡単には退かない。裂け目からさらに闇のエネルギーが供給されているようだ。

悠真は動揺しながらも、修復を続けた。一本目の糸がようやく繋がりかけた。しかし、裂け目全体から見ればほんの一部に過ぎない。こんなペースでは、とても間に合わない。

その時、シャドウが激しく鳴いた。黒猫は悠真の前に立ち、毛を逆立てて裂け目を睨みつけている。そして、その琥珀色の目が突然金色に輝き始めた。

シャドウから光が放たれる。それは柔らかい黄金色の光で、裂け目に注がれると、闇の煙が後退し始めた。黒い手の動きも鈍る。

「シャドウが……闇を浄化している?」マーリンが驚いた声を上げた。

「守護者の力だ」悠真は悟った。「シャドウは僕を守るだけじゃない。闇に対抗する力も持っている」

シャドウの光を受けて、裂け目の周りの糸が活性化し始めた。黒い汚れが落ち、本来の輝きを取り戻す。悠真はこの機を逃さず、さらに二本、三本と糸の修復に取りかかった。

フォーカス・ストーンが熱く輝き、彼の力を増幅する。一本目の糸が完全に繋がった。次に二本目。三本目。少しずつ、裂け目の周辺が修復されていく。

しかし、裂け目の中心からさらに大きなうなり声が上がった。闇が怒っているようだ。黒い煙が何層にも重なり、巨大な顔のようなものを形成し始めた。無数の目がぱっちりと開き、二人一匹を見下ろす。

「これは……闇の意思の顕現だ」マーリンの声に警戒が走る。「悠真、これ以上は危険だ。一旦退却しよう」

「でも、もう少しで……」

「無理だ!」マーリンが叫んだ。「今の君ではあれに対抗できない。修復した糸でさえ、あれが本気を出せば簡単に引き裂かれる!」

その言葉が終わらないうちに、黒い顔から無数の触手が飛び出した。マーリンは素早く杖を操り、光の盾を幾重にも展開する。しかし、触手は盾を次々と貫いていく。

シャドウが金色の光を最大限に放ち、触手を食い止めようとする。だが、数が多すぎる。一本の触手が光をかいくぐり、悠真めがけて伸びてきた。

「悠真、危ない!」

レイラの声がして、銀の閃光が飛来した。短剣が触手を切り裂き、間一髪で悠真を救った。振り向くと、レイラが息を切らしながら駆け寄ってくる。彼女の服にはいくつか裂け目があり、軽い傷を負っている。

「レイラ!どうしてここに?」

「魔物たちを蹴散らして追ってきたの」レイラは短剣を構え、黒い顔を睨みつけた。「一人で師匠と悠真を危険にさらすわけにはいかないでしょ」

「だが来るなら、もっと多くの敵を連れて来るはずだ」マーリンが言った。

「大丈夫、道中でできるだけ倒したから。でも確かに、後から追ってくるものもいるわ」

レイラの言葉通り、森のあちこちから闇の落とし子たちの気配が近づいてくる。前後から敵に挟まれる形だ。

「ここは撤退だ」マーリンが決断した。「今日のところは周辺の修復で満足しなければならない。悠真、君はよくやった。あれだけ修復できたなら、裂け目の拡大は一時的にせよ遅らせられるはずだ」

「でも……」

「命あっての物種だ」マーリンは優しくも厳しく言った。「無謀な死に方は誰のためにもならない。今回はこれで良しとしよう」

老人は杖を大きく振り、三人の周りに光の輪を描いた。「転送魔法を使う。すぐに塔に戻る」

「でも師匠、転送門を開く間、無防備になりますよ」レイラが心配そうに言った。

「それだからこそ、君たちが私を守ってくれ」マーリンは既に呪文を唱え始めていた。

黒い顔がさらに触手を伸ばし、闇の落とし子たちも一斉に襲いかかってきた。レイラは短剣を翻し、飛来する触手を切り落とす。悠真はフォーカス・ストーンに全力を注ぎ、周囲に簡易的なバリアを展開した。シャドウは金色の光を放ち続け、闇の勢力を押しとどめる。

「もう少しだ!」マーリンが叫んだ。

転送門がかすかに光り始めた。しかし、黒い顔が巨大な口を開け、闇の奔流を吐き出そうとしている。

「まずい、あれは……」

その瞬間、レイラが腕輪を掲げた。「バリア、展開!」

銀の腕輪が輝き、三人の周りに半球状の光の盾が現れた。ほぼ同時に、黒い顔から闇の奔流が放たれ、バリアに激突する。衝撃で地面が揺れ、周囲の木々が吹き飛ぶ。

バリアにひびが入り、崩れかける。しかし、それを持ちこたえている間に、転送門が完全に開いた。

「今だ、入れ!」マーリンが叫んだ。

レイラが悠真を押しやり、自分も飛び込んだ。マーリンが最後に入り、転送門が閉じる。闇の奔流が彼らのいた場所を飲み込んだ。

塔の玄関ホールに三人が転がり込むように現れた。転送門が閉じ、静寂が戻った。ただ、荒い息遣いだけが響いている。

「皆、無事か?」マーリンが最初に立ち上がった。

「はい」レイラは起き上がり、傷をチェックした。「軽い擦り傷だけです」

悠真もゆっくりと立ち上がった。シャドウが彼の足元に座り、少し疲れたように見える。

「ああ、無事だ」悠真は胸を撫で下ろした。「でも、ほとんど何もできなかった。あんなに小さな修復だけ……」

「小さな修復ではない」マーリンは厳しく言った。「君は裂け目の周辺を少なくとも五本の糸で修復した。あれだけで、拡大速度は三割は遅くなったはずだ。村人たちにとっては、それが生死を分けるかもしれない」

「そう……ですか」

「そうだ」マーリンは優しい口調に変わった。「そして、君は初めての実戦でよくやった。恐怖に押しつぶされず、自分の役割を果たした。誇るべきことだ」

レイラが近づき、悠真の肩を叩いた。「あなたが修復してる間、裂け目から漏れる闇の気が確かに減ってたわ。周りの空気が少し軽くなったのを感じたもの」

「本当?」

「本当よ」レイラは微笑んだ。「あなたの力は確かに役に立っている。もっと訓練を積めば、きっとあの裂け目を閉じられるようになるわ」

マーリンはうなずき、図書室へ向かうように手招きした。「さあ、記録を取ろう。今日の観察は貴重なデータだ。裂け目の構造、闇の振る舞い、そして君の力の効果。全て分析する必要がある」

図書室で、マーリンは羊皮紙に詳細な記録を書き留め始めた。レイラは傷の手当てをし、悠真は窓辺に座って外を眺めていた。まだ昼下がりだが、疲労がどっと押し寄せている。

「あの黒い顔は何だったんだろう」悠真が呟いた。

「闇の意思、あるいは闇そのものの顕現だ」マーリンが答えながら書き続けた。「裂け目が大きくなるほど、闇はより強い自我を持ち始める。あれが完全な形で現れたら、この地域全体が飲み込まれるだろう」

「誰かが意図的に裂け目を作っている可能性があるって、さっき言ってましたね」

マーリンは筆を止め、深くため息をついた。「長い間、私はこの世界の闇の活動を観察してきた。自然発生するものも多いが、中には人為的に引き起こされたものもある。闇の魔術師、あるいは闇と契約した者が、世界のバランスを崩そうとしている」

「なぜそんなことを?」

「力のため、復讐のため、あるいは単に破壊を楽しむため」マーリンの目が遠くを見つめた。「理由は様々だ。だが、結果は同じ。無辜の人々が苦しみ、世界が傷つく」

レイラが傷に軟膏を塗りながら言った。「師匠は何世紀も、そんな闇の勢力と戦ってきたんです。星見の塔が世界の結節点にあるのも、ここから全ての異変を監視するため」

「そして今、東の森の裂け目は、より大きな計画の一部かもしれない」マーリンは真剣な面持ちで悠真を見た。「君の力が特に重要な理由がここにある。『門』を持つ者は、世界の織物を直接操作できる。つまり、闇が引き起こした歪みを修復できる唯一の存在だ」

「僕が……唯一?」

「この時代では、そうだ」マーリンはうなずいた。「記録によれば、過去に『門』を持つ者は数百年に一人現れるかどうかだ。そして今、それは君だ」

重い沈黙が部屋を覆った。悠真はその重みに押し潰されそうだった。たった昨日まで普通の失業者だった自分が、今や世界の運命に関わる力を持っている。

「怖い」彼は素直に言った。「そんな大きな責任、僕に務まるだろうか」

「それでいい」マーリンは穏やかに言った。「怖さを自覚している者は、軽率な行動を取らない。無謀な勇気より、慎重な決断の方がよほど役に立つときがある」

レイラが手当てを終え、近づいてきた。「私も最初は怖かったわ。エルフの里を出て、たった一人でこの塔に弟子入りしたときは、毎日泣きそうだったもの。でも、師匠が導いてくれた。仲間ができた」

彼女は悠真の目を真っ直ぐ見つめた。

「あなたも一人じゃない。私たちがついている。シャドウも」

そう言われて、悠真は足元の黒猫を見下ろした。シャドウは眠っているように見えたが、耳だけがぴくぴくと動き、彼の声を聞いているようだ。

「ありがとう」悠真は心から言った。「でも、もっと強くならなければ。今日みたいに、逃げるだけじゃダメだ」

「ならば、明日から訓練を強化しよう」マーリンが言った。「今日の経験を基に、より実践的な練習をする。裂け目の修復に特化した訓練だ」

「お願いします」

その夜、悠真は部屋で今日の出来事を思い返していた。裂け目の恐ろしい光景、闇の顔の圧迫感、それでも糸を修復した時の小さな達成感。全てが鮮明に蘇る。

シャドウがベッドに跳び乗り、彼の横に来た。猫は前足で悠真の手を軽く叩き、まるで「よくやった」と言っているようだった。

「ありがとう、シャドウ。君がいなかったら、あの触手にやられてたかもしれない」

猫は満足そうに鳴き、丸くなった。

ドアをノックする音がした。レイラだった。彼女の手にはまたカップが二つ。

「今日は特に疲れたでしょ。カモミールティーを持ってきたわ。安眠に効果があるの」

「いつもありがとう」悠真はカップを受け取った。

レイラは窓辺に腰掛け、外を見つめた。「今日のあなた、本当に頑張ってたわ。初めての実戦で、あんなに集中して修復できるなんて」

「でも、全然足りなかった」

「そんなことない」レイラは振り向いた。「私が初めて魔物と戦った時、恐怖で動けなかったのよ。あなたは少なくとも行動できた。それだけで十分すごいことだと思う」

悠真はティーの温もりを感じながら、彼女の言葉をかみしめた。確かに、昨日までの自分なら、あの状況でまともな思考すらできなかったかもしれない。

「マーリン師匠の言う通り、あなたは『門』を持っている」レイラが続けた。「それは運命かもしれない。でも、その力をどう使うかはあなた次第。今日、あなたは修復を選んだ。村人を救う道を選んだ」

「当たり前のことじゃないか」

「当たり前じゃない人もいるのよ」レイラの声が曇った。「闇の誘惑に負け、自分の力だけで全てを解決しようとする者。あるいは恐怖に負け、力を隠して平凡に暮らそうとする者。あなたは違う。危険を知りながら、それでも進むことを選んだ」

彼女はカップを置き、真剣な表情で悠真を見つめた。

「これからもっと辛いことがあるかもしれない。もっと怖い目にも遭う。でも、あなたが今日示した勇気を忘れないで。それがあなたの真の力だから」

そう言うと、レイラは立ち上がった。「では、お休みなさい。明日も早いから」

部屋を出る前に、彼女は振り返って微笑んだ。「ああ、そうだ。シャドウの光の力、今日初めて見たわ。守護者ってすごいのね」

ドアが閉まり、悠真は一人になった。彼はティーをゆっくりと飲み干し、ベッドに横になった。天井を見つめながら、今日のすべてを考えた。

怖かった。でも、少しだけ誇らしかった。自分にも誰かを助ける力があるとわかったから。

「よし、明日からもっと頑張ろう」

シャドウがそっと鳴き、彼の胸元に頭を押し付けてきた。その温もりに安心し、悠真はゆっくりと眠りについた。外では二つの月が輝き、星々が瞬いていた。闇の脅威はまだ去っていないが、希望の光もまた確かに存在していた。

(続く)
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