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第2話 ハズレだと思われたスキル『日光浴』、太陽の下で覚醒する
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肌を撫でる風は、どこまでも優しく、温かい。
俺は白い砂浜の上に立ち、自分の両手を握ったり開いたりして、溢れ出る力の感触を確かめていた。
北の国『氷厳の王国』にいた頃、俺の体は常に冷え切っていた。
指先は凍傷で紫色に変色し、関節は軋み、呼吸をするたびに肺が凍りつくような痛みを覚えていた。
だが、今はどうだ。
指先まで血が巡り、体の芯からポカポカとした熱が生まれている。
これが『生きている』という感覚なのかもしれない。
「さて……まずは状況の整理と、生活基盤の確保だな」
俺は独りごちて、周囲を見回した。
漂着したのは、直径数キロメートルほどの島だ。
中央には小高い山があり、そこから豊かな緑が海岸線まで押し寄せている。
『死の諸島』という不吉な名前とは裏腹に、ここは生命力に満ち溢れていた。
俺は意識を内側に向け、覚醒したばかりのスキル『トロピカル・ロード』の詳細を確認することにした。
頭の中に、ステータス画面のような情報が浮かび上がる。
【ユニークスキル:トロピカル・ロード(太陽神の加護)】
・権能1:光合成(太陽光を魔力・体力・栄養に変換。日光下ではステータス大幅補正)
・権能2:植物支配(熱帯性植物の成長促進、形状操作、品種改良)
・権能3:気象操作(限定的。晴天の維持、雨乞いなど)
・権能4:太陽熱操作(集光、発熱、熱耐性)
・パッシブ:害虫忌避、毒耐性、快適睡眠
「……盛りだくさんすぎないか?」
北の国では『日光浴』という名前だけで、ただ日向ぼっこをするだけの無意味なスキルだと思われていた。
だが、それは環境が悪すぎただけだ。
太陽の恩恵が皆無に近い極寒の地で、太陽神の加護が発揮されるはずもなかったのだ。
ここは南国。太陽の膝元。
つまり、今の俺は、水を得た魚どころか、太陽を得た神に近い存在になっているのかもしれない。
「よし、実験だ。まずは寝床を確保しよう」
俺は砂浜からジャングルとの境界付近へ歩を進めた。
野宿でも凍え死ぬことはないだろうが、やはり屋根と壁は欲しい。
適当な木材を探そうとして――ふと、権能の一つ『植物支配』を思い出す。
「木を切って組み立てる必要なんて、ないのか?」
俺は目の前に生えている、太い幹を持つ数本の木に手を触れた。
イメージする。
俺が住みたい家。風通しが良く、日差しを適度に取り込み、頑丈で、美しい家。
魔力を流し込みながら、木々に命令を下す。
「――成長せよ。そして、俺の望む形になれ」
ズズズズズ……ッ!
大地が微かに震えた。
俺が触れた木々が、まるで早回しの映像を見ているかのように急速に成長を始めたのだ。
幹が太くなり、枝が意思を持った蛇のように絡み合う。
メキメキという音と共に、木々は互いに癒着し、壁を形成していく。
「すごい……本当に思い通りだ」
俺は驚愕しながらも、イメージをより鮮明にしていく。
床板となる部分は根が平らに広がり、緻密に編み込まれていく。
屋根となる部分には、巨大な葉が瓦のように整然と重なり、雨風を防ぐ構造を作り出す。
窓となる部分には、ツル植物が格子状に絡まり、開閉可能なよろい戸まで形成された。
わずか十分足らず。
そこには、ログハウス風の立派な高床式ヴィラが完成していた。
釘の一本も使っていない。全てが生きた木で構成された、生きた家だ。
「完璧だ。北の王城にある俺の部屋より、よっぽど豪華じゃないか」
俺は出来上がったばかりの階段を上り、室内に入った。
木の香りが心地よい。
床は丁寧に磨き上げられたかのように平らで、素足に吸い付くような温かみがある。
広さは二十畳ほどだろうか。一人で住むには十分すぎる。
「家具も作っておくか」
俺は床から新たな芽を吹き出させ、それを成長させてテーブルと椅子を作った。
さらに、窓辺にはツルを編んで作ったハンモックを吊るす。
試しにハンモックに寝転がってみると、植物の繊維が柔らかく体を包み込んでくれた。
ゆらゆらと揺れながら、窓の外に見える青い海を眺める。
「……王族でも、こんな贅沢な景色は独占できないだろうな」
北の国では、窓の外は常に吹雪だった。
窓を開けることなど自殺行為だった。
だがここでは、心地よい海風が部屋を通り抜け、火照った体を冷やしてくれる。
「水も必要だな」
俺はヴィラを降り、再びジャングルへ向かった。
『植物支配』の応用で、地下水脈を探り当てることはできないだろうか。
俺は近くの木の根に意識を同調させた。
視界が暗転し、根の感覚が自分の中に入ってくる。
土の中を這い、水分を求めて伸びる根のネットワーク。
その情報の海の中に、清冽な水の流れを感じ取った。
「そこか」
俺は指を鳴らす。
地下水脈の真上にある地面から、一本の竹のような植物を急速成長させる。
その根を深く、深く突き刺し、地下水脈まで到達させた。
そして、ポンプのように水を吸い上げるよう命じる。
ポンッ!
小気味よい音と共に、竹の先端から透明な水が噴き出した。
俺は慌てて大きな葉っぱを受け皿にする。
手に掬って飲んでみる。
「うまい!」
冷たくて、雑味のない軟水だ。
これがあれば、飲み水には困らないし、水浴びだってできる。
俺は竹の形状を変形させ、蛇口のような栓をつけると、水の流れを止めた。
これで水道も確保完了だ。
「衣食住の、住と水はなんとかなった。あとは……食い物だな」
先ほどヤシの実を食べたが、あれだけでは腹が減る。
人間、やはり塩気とタンパク質が必要だ。
俺は視線を海に向けた。
透き通る海の中には、魚影が見える。
だが、道具がない。釣り竿を作るか? それとも銛(もり)か?
いや、待てよ。
ここは『死の諸島』だ。
普通の魚だけじゃなく、魔物もいるはずだ。
勇者アレクたちは言っていた。「巨大な魔物たちが跋扈して人間を喰らい尽くす」と。
ガサガサッ……!
俺の思考を遮るように、砂浜の端にある岩場から大きな音がした。
振り返ると、そこには異様な巨体が姿を現していた。
「……なるほど、あれが『死の諸島』の住人か」
現れたのは、巨大なヤドカリだった。
ただのヤドカリではない。背負っている貝殻は家一軒分ほどもあり、ハサミの一つ一つが人間の胴体を両断できそうなほど巨大だ。
甲殻は赤黒く輝き、口からは泡を吹きながら、こちらをギョロリとした眼で睨んでいる。
【魔物:アイアン・ハーミットクラブ(推定討伐ランク:A)】
【特徴:鋼鉄より硬い甲殻と、岩をも砕くハサミを持つ。極めて好戦的】
北の国で兵站管理をしていた俺は、魔物の知識も叩き込まれている。
Aランクといえば、熟練の冒険者パーティが総掛かりで挑む相手だ。
荷物持ちだった俺が勝てる相手ではない。
……以前の俺ならば。
「シャアアアアッ!」
ヤドカリの魔物が、砂を巻き上げながら突進してきた。
その速度は巨体に似合わず速い。
だが、俺の目にはスローモーションのように見えていた。
『光合成』によって身体能力が強化されているおかげだろうか。
恐怖はない。
むしろ、俺の頭の中に浮かんだのは、「美味そうだな」という感想だけだった。
「ごめんな、今日の晩飯はお前だ」
俺は一歩も動かず、右手を太陽にかざした。
権能の一つ『太陽熱操作』。
レンズで太陽光を集めて紙を燃やす、あの理屈だ。
だが、俺が集めるのは、ただの光ではない。神の加護を受けた、純粋な太陽のエネルギーだ。
「太陽光線(ソーラー・レイ)」
俺が指先をヤドカリに向けると、そこから一直線に光が放たれた。
音もなく、光の帯が空間を貫く。
ジュッ。
一瞬の出来事だった。
光線はヤドカリの眉間を貫通し、そのまま背後の岩を蒸発させた。
巨大な魔物は、断末魔の声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。
ハサミが砂にめり込み、動かなくなる。
「……威力、強すぎたか?」
俺は恐る恐る近づいてみた。
眉間に小さな穴が開いているだけで、外傷はほとんどない。
中身まで黒焦げになっていたら食べられないと心配したが、どうやら脳だけを正確に焼き切ったようだ。
Aランク魔物を、指先一つで瞬殺。
俺は自分の手を見つめ、苦笑した。
「勇者アレク、お前たちのパーティ、これ倒すのに何時間かかる?」
確か、以前似たような甲殻類の魔物と戦った時、彼らは半日かけて甲羅を削っていたはずだ。
今の俺なら、一秒とかからない。
『日光浴』スキル、恐るべし。
「さて、解体だ」
俺は腰からナイフを――持っていなかったことに気づく。
だが問題ない。
俺は近くの硬そうな木の枝を一本折り取り、魔力を流し込んで硬化、鋭利化させた。
即席の『木のナイフ』だが、鉄よりも切れ味は鋭い。
硬い甲羅の隙間にナイフを差し込み、手際よく解体していく。
兵站係として、食料の現地調達や解体作業は日常茶飯事だった。
戦闘はできなくても、こういう作業のスキルは熟練度が高いのだ。
殻を剥ぐと、中からはプリプリとした白身がたっぷりと現れた。
カニとエビの中間のような、濃厚な磯の香りが漂ってくる。
「これは……絶対に美味いぞ」
俺は流木を集め、即席の竃(かまど)を作った。
火おこしも『太陽熱操作』で一瞬だ。
大きな葉っぱに包んだ身を、蒸し焼きにする。
ついでに、先ほど見つけた香草のようなハーブも一緒に包んでみた。
数分後。
香ばしい匂いが立ち込め、俺の食欲を刺激する。
葉っぱを開くと、湯気と共に現れたのは、純白の蒸しカニ肉。
俺は熱々の肉を一切れつまみ、口に放り込んだ。
「――ッ!!」
言葉が出ない。
噛んだ瞬間、繊維がほぐれ、濃厚な旨味エキスが口いっぱいに広がる。
カニの甘み、エビの食感、そして魔物肉特有の力強いコク。
調味料なんていらない。
素材そのものの味が、あまりにも完成されている。
北の国で食べていた、塩漬けの干し肉や、カチカチの黒パンとは、同じ「食べ物」というカテゴリに入れてはいけない気がする。
「うまい……本当に、うまい……」
俺は夢中で食べた。
涙が出そうだった。
十年間の辛い日々が、この一口で報われた気がした。
腹が満たされるにつれ、体の中に魔力が蓄積されていくのもわかる。
Aランク魔物の肉は、栄養価も魔力価も桁外れなのだ。
気がつけば、太陽は西の水平線に沈もうとしていた。
空が茜色から紫色へと、美しいグラデーションを描いている。
北の国では、夜の訪れは「死の恐怖」と同義だった。
気温がさらに下がり、猛吹雪が吹き荒れる時間。
だが、ここでは違う。
夕暮れの風は心地よく、空には一番星が輝き始めている。
俺は残った肉を保存用の葉で包み(『植物支配』で防腐効果のある葉を作り出した)、ヴィラへと戻った。
ツルのハンモックに身を預け、開け放った窓から夜空を見上げる。
満天の星空。
天の川が、はっきりと見える。
「……あいつら、今頃どうしてるかな」
ふと、故国のことを思い出した。
俺が管理していた備蓄庫の薪は、乾燥維持の魔術が切れれば三日で湿気る。
ポーションの解凍も、温度調整を間違えれば成分が分離して毒になることもある。
俺がいなくなって数週間。
そろそろ、最初の「不便」が出始めている頃だろうか。
「寒いだろうな。腹減ってるだろうな」
俺は満腹の腹をさすりながら、意地悪く笑った。
「せいぜい震えてろ。俺はこれから、最高の睡眠をとるんだから」
復讐心がないわけではない。
だが、今の俺はこの生活が楽しすぎて、彼らに構っている暇などないというのが本音だった。
彼らの不幸を想像して酒の肴にするくらいが、ちょうどいい。
波の音を子守唄に、俺は瞼を閉じた。
泥のように深い眠りが、俺を包み込んでいく。
明日もまた、晴れるだろう。
明日は何をしようか。
もっと島の奥を探索してみようか。
それとも、あの珊瑚礁で泳いでみようか。
そんな幸せな悩みを抱きながら、俺は意識を手放した。
だが、俺はまだ知らなかった。
この楽園には、俺以外にも「住人」がいることを。
そして明日の朝、とんでもない出会いが待っていることを。
波打ち際に、何かが流れ着こうとしていた。
月明かりに照らされたそれは、キラキラと輝く鱗を持っていた。
それが、俺の南国ハーレム計画の、最初の第一歩となる運命の出会いだった。
俺は白い砂浜の上に立ち、自分の両手を握ったり開いたりして、溢れ出る力の感触を確かめていた。
北の国『氷厳の王国』にいた頃、俺の体は常に冷え切っていた。
指先は凍傷で紫色に変色し、関節は軋み、呼吸をするたびに肺が凍りつくような痛みを覚えていた。
だが、今はどうだ。
指先まで血が巡り、体の芯からポカポカとした熱が生まれている。
これが『生きている』という感覚なのかもしれない。
「さて……まずは状況の整理と、生活基盤の確保だな」
俺は独りごちて、周囲を見回した。
漂着したのは、直径数キロメートルほどの島だ。
中央には小高い山があり、そこから豊かな緑が海岸線まで押し寄せている。
『死の諸島』という不吉な名前とは裏腹に、ここは生命力に満ち溢れていた。
俺は意識を内側に向け、覚醒したばかりのスキル『トロピカル・ロード』の詳細を確認することにした。
頭の中に、ステータス画面のような情報が浮かび上がる。
【ユニークスキル:トロピカル・ロード(太陽神の加護)】
・権能1:光合成(太陽光を魔力・体力・栄養に変換。日光下ではステータス大幅補正)
・権能2:植物支配(熱帯性植物の成長促進、形状操作、品種改良)
・権能3:気象操作(限定的。晴天の維持、雨乞いなど)
・権能4:太陽熱操作(集光、発熱、熱耐性)
・パッシブ:害虫忌避、毒耐性、快適睡眠
「……盛りだくさんすぎないか?」
北の国では『日光浴』という名前だけで、ただ日向ぼっこをするだけの無意味なスキルだと思われていた。
だが、それは環境が悪すぎただけだ。
太陽の恩恵が皆無に近い極寒の地で、太陽神の加護が発揮されるはずもなかったのだ。
ここは南国。太陽の膝元。
つまり、今の俺は、水を得た魚どころか、太陽を得た神に近い存在になっているのかもしれない。
「よし、実験だ。まずは寝床を確保しよう」
俺は砂浜からジャングルとの境界付近へ歩を進めた。
野宿でも凍え死ぬことはないだろうが、やはり屋根と壁は欲しい。
適当な木材を探そうとして――ふと、権能の一つ『植物支配』を思い出す。
「木を切って組み立てる必要なんて、ないのか?」
俺は目の前に生えている、太い幹を持つ数本の木に手を触れた。
イメージする。
俺が住みたい家。風通しが良く、日差しを適度に取り込み、頑丈で、美しい家。
魔力を流し込みながら、木々に命令を下す。
「――成長せよ。そして、俺の望む形になれ」
ズズズズズ……ッ!
大地が微かに震えた。
俺が触れた木々が、まるで早回しの映像を見ているかのように急速に成長を始めたのだ。
幹が太くなり、枝が意思を持った蛇のように絡み合う。
メキメキという音と共に、木々は互いに癒着し、壁を形成していく。
「すごい……本当に思い通りだ」
俺は驚愕しながらも、イメージをより鮮明にしていく。
床板となる部分は根が平らに広がり、緻密に編み込まれていく。
屋根となる部分には、巨大な葉が瓦のように整然と重なり、雨風を防ぐ構造を作り出す。
窓となる部分には、ツル植物が格子状に絡まり、開閉可能なよろい戸まで形成された。
わずか十分足らず。
そこには、ログハウス風の立派な高床式ヴィラが完成していた。
釘の一本も使っていない。全てが生きた木で構成された、生きた家だ。
「完璧だ。北の王城にある俺の部屋より、よっぽど豪華じゃないか」
俺は出来上がったばかりの階段を上り、室内に入った。
木の香りが心地よい。
床は丁寧に磨き上げられたかのように平らで、素足に吸い付くような温かみがある。
広さは二十畳ほどだろうか。一人で住むには十分すぎる。
「家具も作っておくか」
俺は床から新たな芽を吹き出させ、それを成長させてテーブルと椅子を作った。
さらに、窓辺にはツルを編んで作ったハンモックを吊るす。
試しにハンモックに寝転がってみると、植物の繊維が柔らかく体を包み込んでくれた。
ゆらゆらと揺れながら、窓の外に見える青い海を眺める。
「……王族でも、こんな贅沢な景色は独占できないだろうな」
北の国では、窓の外は常に吹雪だった。
窓を開けることなど自殺行為だった。
だがここでは、心地よい海風が部屋を通り抜け、火照った体を冷やしてくれる。
「水も必要だな」
俺はヴィラを降り、再びジャングルへ向かった。
『植物支配』の応用で、地下水脈を探り当てることはできないだろうか。
俺は近くの木の根に意識を同調させた。
視界が暗転し、根の感覚が自分の中に入ってくる。
土の中を這い、水分を求めて伸びる根のネットワーク。
その情報の海の中に、清冽な水の流れを感じ取った。
「そこか」
俺は指を鳴らす。
地下水脈の真上にある地面から、一本の竹のような植物を急速成長させる。
その根を深く、深く突き刺し、地下水脈まで到達させた。
そして、ポンプのように水を吸い上げるよう命じる。
ポンッ!
小気味よい音と共に、竹の先端から透明な水が噴き出した。
俺は慌てて大きな葉っぱを受け皿にする。
手に掬って飲んでみる。
「うまい!」
冷たくて、雑味のない軟水だ。
これがあれば、飲み水には困らないし、水浴びだってできる。
俺は竹の形状を変形させ、蛇口のような栓をつけると、水の流れを止めた。
これで水道も確保完了だ。
「衣食住の、住と水はなんとかなった。あとは……食い物だな」
先ほどヤシの実を食べたが、あれだけでは腹が減る。
人間、やはり塩気とタンパク質が必要だ。
俺は視線を海に向けた。
透き通る海の中には、魚影が見える。
だが、道具がない。釣り竿を作るか? それとも銛(もり)か?
いや、待てよ。
ここは『死の諸島』だ。
普通の魚だけじゃなく、魔物もいるはずだ。
勇者アレクたちは言っていた。「巨大な魔物たちが跋扈して人間を喰らい尽くす」と。
ガサガサッ……!
俺の思考を遮るように、砂浜の端にある岩場から大きな音がした。
振り返ると、そこには異様な巨体が姿を現していた。
「……なるほど、あれが『死の諸島』の住人か」
現れたのは、巨大なヤドカリだった。
ただのヤドカリではない。背負っている貝殻は家一軒分ほどもあり、ハサミの一つ一つが人間の胴体を両断できそうなほど巨大だ。
甲殻は赤黒く輝き、口からは泡を吹きながら、こちらをギョロリとした眼で睨んでいる。
【魔物:アイアン・ハーミットクラブ(推定討伐ランク:A)】
【特徴:鋼鉄より硬い甲殻と、岩をも砕くハサミを持つ。極めて好戦的】
北の国で兵站管理をしていた俺は、魔物の知識も叩き込まれている。
Aランクといえば、熟練の冒険者パーティが総掛かりで挑む相手だ。
荷物持ちだった俺が勝てる相手ではない。
……以前の俺ならば。
「シャアアアアッ!」
ヤドカリの魔物が、砂を巻き上げながら突進してきた。
その速度は巨体に似合わず速い。
だが、俺の目にはスローモーションのように見えていた。
『光合成』によって身体能力が強化されているおかげだろうか。
恐怖はない。
むしろ、俺の頭の中に浮かんだのは、「美味そうだな」という感想だけだった。
「ごめんな、今日の晩飯はお前だ」
俺は一歩も動かず、右手を太陽にかざした。
権能の一つ『太陽熱操作』。
レンズで太陽光を集めて紙を燃やす、あの理屈だ。
だが、俺が集めるのは、ただの光ではない。神の加護を受けた、純粋な太陽のエネルギーだ。
「太陽光線(ソーラー・レイ)」
俺が指先をヤドカリに向けると、そこから一直線に光が放たれた。
音もなく、光の帯が空間を貫く。
ジュッ。
一瞬の出来事だった。
光線はヤドカリの眉間を貫通し、そのまま背後の岩を蒸発させた。
巨大な魔物は、断末魔の声を上げる暇もなく、その場に崩れ落ちた。
ハサミが砂にめり込み、動かなくなる。
「……威力、強すぎたか?」
俺は恐る恐る近づいてみた。
眉間に小さな穴が開いているだけで、外傷はほとんどない。
中身まで黒焦げになっていたら食べられないと心配したが、どうやら脳だけを正確に焼き切ったようだ。
Aランク魔物を、指先一つで瞬殺。
俺は自分の手を見つめ、苦笑した。
「勇者アレク、お前たちのパーティ、これ倒すのに何時間かかる?」
確か、以前似たような甲殻類の魔物と戦った時、彼らは半日かけて甲羅を削っていたはずだ。
今の俺なら、一秒とかからない。
『日光浴』スキル、恐るべし。
「さて、解体だ」
俺は腰からナイフを――持っていなかったことに気づく。
だが問題ない。
俺は近くの硬そうな木の枝を一本折り取り、魔力を流し込んで硬化、鋭利化させた。
即席の『木のナイフ』だが、鉄よりも切れ味は鋭い。
硬い甲羅の隙間にナイフを差し込み、手際よく解体していく。
兵站係として、食料の現地調達や解体作業は日常茶飯事だった。
戦闘はできなくても、こういう作業のスキルは熟練度が高いのだ。
殻を剥ぐと、中からはプリプリとした白身がたっぷりと現れた。
カニとエビの中間のような、濃厚な磯の香りが漂ってくる。
「これは……絶対に美味いぞ」
俺は流木を集め、即席の竃(かまど)を作った。
火おこしも『太陽熱操作』で一瞬だ。
大きな葉っぱに包んだ身を、蒸し焼きにする。
ついでに、先ほど見つけた香草のようなハーブも一緒に包んでみた。
数分後。
香ばしい匂いが立ち込め、俺の食欲を刺激する。
葉っぱを開くと、湯気と共に現れたのは、純白の蒸しカニ肉。
俺は熱々の肉を一切れつまみ、口に放り込んだ。
「――ッ!!」
言葉が出ない。
噛んだ瞬間、繊維がほぐれ、濃厚な旨味エキスが口いっぱいに広がる。
カニの甘み、エビの食感、そして魔物肉特有の力強いコク。
調味料なんていらない。
素材そのものの味が、あまりにも完成されている。
北の国で食べていた、塩漬けの干し肉や、カチカチの黒パンとは、同じ「食べ物」というカテゴリに入れてはいけない気がする。
「うまい……本当に、うまい……」
俺は夢中で食べた。
涙が出そうだった。
十年間の辛い日々が、この一口で報われた気がした。
腹が満たされるにつれ、体の中に魔力が蓄積されていくのもわかる。
Aランク魔物の肉は、栄養価も魔力価も桁外れなのだ。
気がつけば、太陽は西の水平線に沈もうとしていた。
空が茜色から紫色へと、美しいグラデーションを描いている。
北の国では、夜の訪れは「死の恐怖」と同義だった。
気温がさらに下がり、猛吹雪が吹き荒れる時間。
だが、ここでは違う。
夕暮れの風は心地よく、空には一番星が輝き始めている。
俺は残った肉を保存用の葉で包み(『植物支配』で防腐効果のある葉を作り出した)、ヴィラへと戻った。
ツルのハンモックに身を預け、開け放った窓から夜空を見上げる。
満天の星空。
天の川が、はっきりと見える。
「……あいつら、今頃どうしてるかな」
ふと、故国のことを思い出した。
俺が管理していた備蓄庫の薪は、乾燥維持の魔術が切れれば三日で湿気る。
ポーションの解凍も、温度調整を間違えれば成分が分離して毒になることもある。
俺がいなくなって数週間。
そろそろ、最初の「不便」が出始めている頃だろうか。
「寒いだろうな。腹減ってるだろうな」
俺は満腹の腹をさすりながら、意地悪く笑った。
「せいぜい震えてろ。俺はこれから、最高の睡眠をとるんだから」
復讐心がないわけではない。
だが、今の俺はこの生活が楽しすぎて、彼らに構っている暇などないというのが本音だった。
彼らの不幸を想像して酒の肴にするくらいが、ちょうどいい。
波の音を子守唄に、俺は瞼を閉じた。
泥のように深い眠りが、俺を包み込んでいく。
明日もまた、晴れるだろう。
明日は何をしようか。
もっと島の奥を探索してみようか。
それとも、あの珊瑚礁で泳いでみようか。
そんな幸せな悩みを抱きながら、俺は意識を手放した。
だが、俺はまだ知らなかった。
この楽園には、俺以外にも「住人」がいることを。
そして明日の朝、とんでもない出会いが待っていることを。
波打ち際に、何かが流れ着こうとしていた。
月明かりに照らされたそれは、キラキラと輝く鱗を持っていた。
それが、俺の南国ハーレム計画の、最初の第一歩となる運命の出会いだった。
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一介の料理人だったカイは、神の舌「フェルマータ」の力に目覚め、貧しい村に小さな食堂を開く。
だがその料理は瞬く間に世界を変え、王侯貴族、聖女、竜姫、女勇者、果ては神々までが彼の皿を求めるようになる。
追放された男の、料理と復讐と愛の異世界成り上がり劇、ここに開店!
外れスキル【アイテム錬成】でSランクパーティを追放された俺、実は神の素材で最強装備を創り放題だったので、辺境で気ままな工房を開きます
夏見ナイ
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Sランクパーティで「外れスキル」と蔑まれ、雑用係としてこき使われていた錬金術師のアルト。ある日、リーダーの身勝手な失敗の責任を全て押し付けられ、無一文でパーティから追放されてしまう。
絶望の中、流れ着いた辺境の町で、彼は偶然にも伝説の素材【神の涙】を発見。これまで役立たずと言われたスキル【アイテム錬成】が、実は神の素材を扱える唯一無二のチート能力だと知る。
辺境で小さな工房を開いたアルトの元には、彼の作る規格外のアイテムを求めて、なぜか聖女や竜王(美少女の姿)まで訪れるようになり、賑やかで幸せな日々が始まる。
一方、アルトを失った元パーティは没落の一途を辿り、今更になって彼に復帰を懇願してくるが――。「もう、遅いんです」
これは、不遇だった青年が本当の居場所を見つける、ほのぼの工房ライフ&ときどき追放ざまぁファンタジー!
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
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「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい
夏見ナイ
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「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。
しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。
リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。
一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。
これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。
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