「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった

たまごころ

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第2話 一方その頃、勇者たちのステータスが9割減少し、寒さで震えていた

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光の粒子が収束し、世界が再構築される。
転移酔いの不快感と共に、勇者カイルたちは『氷獄の霊峰』の八合目にあるセーブポイント――古代遺跡の内部へと降り立った。

ここはダンジョン攻略の拠点となる安全地帯だ。
古代の結界によって強力な魔物は侵入できず、最低限の気温も保たれているはずの場所だった。

「……ふぅ。到着、か」

カイルは安堵の息を吐き、腰に帯びた聖剣の位置を直した。
そして、ニヤリと口角を吊り上げる。

「あーあ、せいせいしたぜ。あのお荷物が消えて、空気が美味いや」
「ええ、本当に。魔力の澱みが晴れたような気分ですわ」

聖女マリアが、長い金髪を払いのけながら同意する。
魔導師のレオンは、杖の先で遺跡の床をコツコツと叩きながら、意地悪な笑みを浮かべた。

「今頃、あいつどうなってると思います? 泣きながら雪を掘って、かまくらでも作ってるんじゃないですか?」
「あはは! かまくら作る前に凍死だろ。あの装備じゃ10分も持たないね」

武闘家のニーナが、アレンから奪った巨大なリュックサックをドサリと床に下ろして笑う。
そのリュックの中には、アレンが夜通し作っていた保存食や、丁寧に手入れされた予備の武器、ポーション類が詰まっている。

「さて、邪魔者はいなくなった。これからが本番だぞ」

カイルは仲間たちを見渡した。
彼らはSランクパーティー『暁の剣』。
王国最強の若き英雄たち。
これまでのダンジョン攻略も、魔物討伐も、すべて記録的な速さで成し遂げてきた。

「俺たちの力なら、この未踏ダンジョンの最奥に眠る『氷の神具』も必ず手に入れられる。そうすれば、俺たちの名声は不動のものになる」
「ええ、カイル。私たちなら余裕よ」

マリアがカイルの腕に絡みつく。
勝利は約束されている。誰もがそう確信していた。

その時だった。

ドクンッ。

不吉な鼓動のような音が、全員の耳元で同時に響いた。
それは心臓の音ではなく、魂の底から何かが「抜け落ちる」ような、不快極まりない喪失感だった。

「……っ? なんだ、今の」

カイルが眉をひそめる。
直後、急激な倦怠感が彼らを襲った。

「う、ぐ……?」

体が重い。
鉛を詰め込まれたように、手足が動かない。
今まで羽のように軽く感じていたミスリル製の鎧が、突然、岩石のような重量を持って肩にのしかかってきた。

「な、なに……これ……体が……」

ニーナが膝をつく。
彼女のような武闘家にとって、体こそが武器だ。
その肉体から、漲っていたはずの覇気が霧散していくのがわかる。

「寒い……」

誰かが呟いた。
安全地帯であるはずの遺跡内。
気温は氷点下にはならないように調整されているはずなのに、骨の髄まで凍りつくような冷気が染み込んでくる。

「おい、レオン! 気温調整の結界はどうなってる!?」
「わ、わかりません! 正常に作動しているはずですが……くそっ、なんでこんなに寒いんだ! 保温の魔法を……『ヒート・オーラ』!」

レオンが杖を掲げ、初歩的な生活魔法を唱える。
しかし。

プスッ。

杖の先から小さな火花が散っただけで、煙が昇って消えた。
魔法が発動しない。

「は……? 不発? 僕の魔法が?」

レオンは呆然と杖を見つめる。
彼は宮廷魔導師団からもスカウトされるほどの天才だ。
こんな初歩的な魔法を失敗するなど、あり得ないことだった。

「どうなっているの……私の魔力も、底が抜けたみたいに……」

マリアが青ざめた顔で自分の胸元を押さえる。
常に体内を巡っていた温かな聖なる力が、枯渇した井戸のように干上がっている。

カイルは脂汗を流しながら、震える手で懐からステータスプレートを取り出した。
これは冒険者ギルドが発行する、自身の能力値を可視化する魔道具だ。

「まさか……毒か? それとも呪いか?」

『氷獄の霊峰』には、ステータス異常を引き起こすトラップがあるという噂もあった。
だが、この安全地帯で及ぶはずがない。

カイルの視線が、プレートの盤面に吸い寄せられる。
そこに刻まれた数値を見た瞬間、彼の思考は停止した。

【名前】カイル
【職業】勇者
【レベル】1
【HP】35/35
【MP】12/12
【攻撃力】E
【防御力】E
【状態】衰弱(全ステータス大幅ダウン)

「…………は?」

カイルは掠れた声を漏らした。
見間違いだ。そう思った。
何度瞬きをしても、数字は変わらない。
レベル70だったはずの数字が、『1』になっている。
HPも、MPも、攻撃力も、すべてが初期値――いや、装備の重量ペナルティを含めれば、初期値以下にまで落ち込んでいた。

「おい、お前ら……ステータスを見ろ」
「え?」
「早く見ろ!!」

カイルの怒鳴り声に驚き、他の3人も慌ててプレートを確認する。
そして、絶望の悲鳴が重なった。

「嘘……レベル1!? 私が!?」
「魔力が……ふざけるな、なんだこのゴミみたいな数値は!」
「私の敏捷性が……これじゃカメより遅いじゃないか!」

全員がレベル1。
今まで積み上げてきたはずの3年間の成果が、綺麗さっぱり消滅していた。

「な、なんだこれは! バグか!? プレートの故障か!?」
「そんなわけないでしょ! 実際に魔法が使えないのよ!」
「じゃあ何なんだよ! ダンジョンの呪いか!?」

パニックに陥る彼らの脳裏に、ふと、ある人物の言葉が過ぎった。

『俺のスキル【経験値委託】があるから、お前たちは今の強さを手に入れたんじゃないか!』

直前にアレンが叫んでいた言葉。
そして、彼を追放した直後に起きたこの現象。

「……まさか」
マリアが震える声で呟く。
「アレンの……あのスキルの話、本当だったの?」

「馬鹿な!」
カイルは即座に否定した。
「あんなの、ただのハッタリだ! あいつごときにそんな神ごとき力があるわけがない! これはきっと、このダンジョン特有の『レベルドレイン』の罠だ! そうだろレオン!」

「そ、そうです! そうに決まってます! あのアレンですよ? 僕らの後ろでビクビクしていただけの雑魚が、僕らの経験値を管理していたなんて、そんなおとぎ話みたいなこと……」

レオンは必死に自分に言い聞かせるように早口でまくしたてる。
認めたくない。
認めてしまえば、自分たちのこれまでの栄光が、すべてあの「役立たず」のおかげだったということになってしまう。
そんな屈辱は、プライドの高い彼らには耐え難い猛毒だった。

「と、とにかく一度戻ろう。この状態じゃ危険だ」
「そうね……転移結晶を使って……」

マリアが道具袋を探る。
しかし、彼女の手が止まった。

「……ない」
「は?」
「転移結晶が、ないわ」

「な、何を言ってるんだ! 予備も含めて3つはあっただろ!」
「さっき、ここに来るのに1つ使ったでしょ? 残りの2つは……」

全員の視線が、床に置かれた巨大なリュックサックに向いた。
ニーナが背負ってきた、アレンから奪った荷物だ。

「まさか」
ニーナが青ざめてリュックを開ける。
中身をぶちまける。
食料、水、毛布、研磨剤、ポーション。
しかし、青白く輝く結晶石だけが見当たらない。

「そ、そういえば……貴重品管理はアレンの仕事だったから、転移結晶だけはあいつの腰のポーチに入ってて……」

沈黙が場を支配した。
彼らはアレンを追放する際、装備や金目のものは奪い取ったつもりだった。
だが、アレンが常に肌身離さず持っていた小物入れ――マジックポーチの中身までは確認していなかったのだ。
そこには、緊急脱出用の転移結晶や、ギルド証などの重要アイテムが入っていた。

「くそっ! あの野郎、盗みやがったのか!」
「逆よカイル! 私たちが確認せずに追い出したから……!」

「うるさい! じゃあどうするんだよ! 歩いて降りるのか!? レベル1で!?」

叫び合う彼らの声に呼応するように、遺跡の奥から低い唸り声が聞こえた。
ヒタヒタと床を叩く足音。
暗闇から現れたのは、3体の小鬼だった。

青白い肌をしたゴブリン。
『スノーゴブリン』。
この雪山に生息する魔物の中では最弱の部類だ。
推奨討伐レベルは5。
以前の彼らにとっては、あくびをしながらでも倒せる雑魚中の雑魚だった。

「ちっ、ゴブリンかよ。驚かせやがって」

カイルは少しだけ安堵した表情を見せた。
レベルが下がったとはいえ、腐っても勇者だ。
剣技の型は体に染み付いているし、装備は国宝級の聖剣とミスリルアーマーだ。
ゴブリン程度なら、力押しでなんとかなる。

「おいニーナ、お前がやれ。俺はステータスの確認で忙しい」
「えぇ? 面倒くさいなぁ。まあいいけど」

ニーナは軽い調子で前に出た。
かつては素手でオーガの首をねじ切った彼女だ。
ゴブリンに向けて、慣れた動作で回し蹴りを放つ。

「死になっ!」

ボフッ。

間の抜けた音がした。
ニーナの蹴りがゴブリンの脇腹に入ったが、ゴブリンは「ギャ?」と不思議そうに首を傾げただけだった。
吹き飛ばない。
骨が折れる音もしない。
それどころか、蹴ったニーナの方が「いったぁ……!」と涙目で足を抱えてうずくまった。

「は?」

カイルたちの時間が止まる。

「か、硬い……なにこれ、岩蹴ったみたい……」

ニーナの攻撃力はレベル1相当まで低下している。
対して、スノーゴブリンは極寒の環境に適応するため、皮下脂肪と皮膚が分厚く、通常のゴブリンよりも防御力が高い。
レベル1の素手攻撃など、蚊に刺された程度にしか感じないのだ。

「ギ、ギャギャギャ!」

ゴブリンたちが下卑た笑い声を上げた。
目の前の人間が、見かけ倒しの弱者だと悟ったのだ。
彼らは手に持った骨の棍棒を振り上げ、一斉に襲いかかってきた。

「ひっ!?」
ニーナが悲鳴を上げて後ずさる。

「くそっ、何やってんだ! どけ!」

カイルが聖剣を抜く。
ずしりと重い。
片手で軽々と振り回していた剣が、今は両手で持つのもやっとだ。

「おおおおっ!」

気合いと共に、カイルは聖剣を振り下ろした。
切っ先がゴブリンの頭蓋を捉える。
さすがは国宝の聖剣、切れ味は鈍っていない。
ゴブリンの頭がぱっくりと割れ、1体はその場に崩れ落ちた。

「はぁ、はぁ、はぁ……見たか、ざっとこんなもんだ!」

カイルは肩で息をしながら叫ぶ。
1回剣を振っただけで、全身のスタミナを持っていかれた感覚だ。
腕が痙攣している。

しかし、残りの2体は怯むどころか、仲間の死を見て興奮したように目を赤く光らせた。
さらに、戦いの騒ぎを聞きつけたのか、奥の通路からゾロゾロと新たな影が現れる。
5体、10体、20体……。

「う、嘘だろ……」

以前なら、範囲魔法一発で消し飛ばせた数だ。
だが今は、レオンの魔法は不発、マリアの回復も使えない。
前衛のニーナは戦力外。
実質、レベル1のカイル一人で、スタミナ切れ寸前の状態で戦わなければならない。

「レオン! 魔法はまだか!」
「無理です! MPが回復しません! それに杖が重くて……」
「マリア! 支援魔法!」
「できないわよ! 私だって……キャッ!」

マリアの足元に、ゴブリンが投げた石が当たった。
彼女は法衣の裾を掴んで悲鳴を上げる。
かつて聖なる結界で守られていた彼女は、痛みに極端に弱くなっていた。

「逃げるぞ!」

カイルが叫んだ。
勇者としてのプライドも、英雄としての誇りもかなぐり捨てて。

「えっ? でも荷物が……」
「置いていけ! 死にたいのか!」

彼らはアレンから奪った食料も装備も、すべてその場に放棄した。
重いミスリルの鎧を脱ぎ捨て、高価な杖を放り投げ、身軽になって出口へと走る。

「ギャギャギャーッ!」

ゴブリンたちの嘲笑うような声を背に、かつての最強パーティーは無様に逃げ惑った。
冷たい風が吹きすさぶ雪山の中へ。
装備も、食料も、暖を取る手段も持たずに。

   ***

一時間後。
遺跡から少し離れた岩陰で、4人は身を寄せ合って震えていた。

「さ、寒い……死ぬ……」

レオンの唇は紫色に変色し、歯の根が合わない。
ニーナは手足の感覚がなくなり、涙を流しながら擦り続けている。
マリアはカイルにしがみついているが、そのカイル自身もガタガタと震えが止まらなかった。

プライドの高い彼らが身につけていたのは、見栄えの良い薄手の儀礼用装備や、魔法効果で保温されていた軽装ばかり。
魔法効果が切れ、魔力による身体強化も失った今、彼らはただの薄着の若者だった。
氷点下の暴風雪が、容赦なく体温を奪っていく。

「なんで……なんでこんなことに……」

カイルは虚ろな目で雪を見つめた。
数時間前までは、王都の高級宿でワインを飲み、世界最強の座に酔いしれていたはずだった。
アレンを追放し、さらなる栄光が待っているはずだった。

それなのに、今はゴブリンに追われ、ゴミのように震えている。

「アレン……」

ふと、マリアがその名を口にした。
恨めしげに、しかしどこか縋るような響きで。

「アレンがいれば……テントも、スープも……」

「言うな!」
カイルが怒鳴ったが、その声に覇気はない。

「あいつのせいだ……あいつが俺たちに呪いをかけたんだ……。許さない……絶対に許さないぞ、アレン……!」

自分の無能さを認める代わりに、彼らは全ての憎悪をアレンに向けた。
そうでもしなければ、狂ってしまいそうだったからだ。

だが、彼らは知らない。
彼らが「呪い」と呼んで忌み嫌っているその元凶――アレンが、今まさに山の麓で、フェンリルの背に乗って優雅に焼き肉を楽しんでいることを。
そして、自分たちが失った膨大な経験値が、すべてアレンの血肉となっていることを。

「クシュンッ!」

マリアが大きなくしゃみをした。
鼻水が垂れ、美しかった聖女の面影は見る影もない。
お腹が、グゥと鳴った。

最強の座から転落した元勇者たちの、長く惨めなサバイバルが始まったのだった。

(つづく)
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