「役立たず」と追放されたが、俺のスキルは【経験値委託】だ。解除した瞬間、勇者パーティーはレベル1に戻り、俺だけレベル9999になった

たまごころ

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第17話 【閑話】勇者、日雇いの土木工事で食いつなぐ

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要塞都市バルガの最下層、スラム街の一角。
腐った水が流れるドブ川のほとりに、ボロボロのテント(拾った布を繋ぎ合わせたもの)が張られていた。
かつて王都でパレードを行い、黄色い声援を浴びていた勇者パーティー『暁の剣』の、現在の拠点がここだった。

「……痛い。腰が、割れそう……」

薄汚れた毛布にくるまりながら、聖女マリアが呻いた。
彼女の手は荒れ放題で、かつての白魚のような美しさは見る影もない。
爪の間には黒い泥が詰まり、洗っても落ちない染みとなっていた。

「文句を言うな。俺だって全身筋肉痛だ」

勇者カイルは、硬くなったパンの耳を水でふやかしながら、不機嫌そうに答えた。
彼の日課は、朝から晩まで都市の下水道に入り、ヘドロを掻き出すことだ。
勇者としての剣技は、今やスコップを振るうためだけに使われている。

「ねぇ、今日の稼ぎは?」
武闘家のニーナが、虚ろな目で尋ねる。
彼女の自慢だった脚線美は、過酷な労働と栄養失調で痩せ細っていた。

「銀貨3枚だ」
カイルが吐き捨てるように言った。
「だが、ギルドに顔を出したら、その場で2枚没収された。『装備の倉庫保管料の滞納分』だとさ」

「えぇ……? じゃあ、残りは銀貨1枚だけ?」
「4人で割ったら、パンとスープで終わりじゃない……」

絶望的な沈黙が流れる。
かつては一回の依頼で金貨数百枚を稼いでいた彼らが、今は数百円程度の金で頭を抱えている。

「なんで……なんで僕たちがこんな目に……」
魔導師のレオンが、膝を抱えて呟く。
「僕の魔法理論なら、宮廷魔導師になれたはずなのに。なんで下水道のネズミ退治もまともにできないんだ……」

彼のMPは依然として回復せず、魔法は不発に終わることが多い。
レベル1に低下した彼らのステータスは、一般人以下まで落ち込んでいた。
それは単なる数値の低下だけでなく、長年アレンのスキル【経験値委託】によって底上げされていた「実力以上の成功体験」が消え去り、精神的な脆さが露呈した結果でもあった。

「全部……あいつのせいだ」

カイルがギリッと歯を食いしばった。

「アレン。あいつが俺たちに呪いをかけたんだ。俺たちの運を吸い取って、自分だけ……」

彼らは街の噂を聞いていた。
隣にできた新しい領地『アレン領』。
そこにいる領主が、同名の「アレン」であること。
そして、その領地が「聖域」と呼ばれ、富と奇跡に溢れていること。

「まさか、本当にあの荷物持ちのアレンじゃないよな?」
ニーナが恐る恐る口にする。

「あり得ない!」
マリアがヒステリックに叫んだ。
「あんな地味で、才能のない男に何ができるのよ! きっと同名の別人よ! 大賢者とか、隠居した英雄とか……そうに決まってるわ!」

認めたくなかった。
もしそれが、自分たちが追放したアレンだとしたら。
自分たちは「ダイヤの原石」をドブに捨て、代わりに「石ころ」を拾ってしまった大馬鹿者ということになる。
そんな現実は、彼らの崩れかけたプライドを粉々に破壊してしまう。

「おい、お前ら。いるか?」

テントの外から、野太い声がした。
カイルが顔を出すと、そこには強面の男たちが立っていた。
借金取りだ。

「ヒッ……!」
レオンが悲鳴を上げて隠れる。

「よぉ、元勇者様。今日の返済分、回収に来たぜ」
男がニヤニヤしながら手を出す。

「ま、待ってくれ! 今日は銀貨1枚しか手元にないんだ! これを持っていかれたら、俺たちは飯も食えない!」

「知ったことかよ。借りたもんは返す。それが社会のルールだろ? ほら、よこせ」

男はカイルの手から強引に銀貨を奪い取った。
さらに、テントの中を見回し、マリアの方を見た。

「金がないなら、別の方法で返してもらってもいいんだぜ? 元聖女様なら、裏の店で高く売れそうだ」

「い、いやぁ! 触らないで!」
マリアがカイルの背中に隠れる。

「やめろ! 彼女には指一本触れさせないぞ!」
カイルがスコップを構える。
だが、その手は震えていた。
レベル1の勇者など、チンピラ数人に勝てる保証はない。

「へっ、威勢だけはいいな。まあいい、今日はこれくらいにしといてやる。だが次はねぇぞ」

借金取りたちは、カイルの足元に唾を吐き捨てて去っていった。
残されたのは、無一文になった元英雄たちだけ。

「……死のうか」
レオンがポツリと言った。
「もう疲れたよ。こんな生活、いつまで続くんだ……」

「馬鹿野郎!」
カイルがレオンの胸ぐらを掴んだ。
「死んでたまるか! 俺たちは勇者だぞ! 必ず這い上がって、俺たちをコケにした連中を見返してやるんだ!」

だが、その言葉も空しく響くだけだった。
具体的な打開策は何もない。
明日もまた、ドブの臭いにまみれて働くしかないのだ。

その時だった。
一台の高級馬車が、スラム街の入り口に止まった。
降りてきたのは、仕立ての良い服を着た執事風の男だった。
彼はハンカチで鼻を押さえながら、カイルたちのテントへと近づいてきた。

「……ここが、『暁の剣』の皆様の宿営地でしょうか?」

カイルたちは警戒した。
また借金取りか? それとも詐欺師か?

「誰だあんたは」

「私は、この街の領主、ハミルトン男爵にお仕えする者です。我が主が、貴殿らに折り入って頼みたいことがあると申しておりまして」

「ハミルトン男爵……?」

カイルの目が変わった。
領主といえば、この街の最高権力者だ。
そんな雲の上の存在が、なぜ自分たちに?

「勇者カイル様。貴殿の実力と名声を見込んでの、極秘の依頼です。報酬は弾みますよ? 借金の帳消し、そして……Sランク装備の提供も約束しましょう」

「!!」

カイルたちの色めき立つ音が聞こえるようだった。
借金帳消し。Sランク装備。
それは、今の彼らが喉から手が出るほど欲しいものだ。

「受ける! 受けさせてくれ!」
カイルは即答した。
内容は聞かずに。

「結構。では、こちらへ」

彼らは馬車に乗せられた。
久しぶりに座るふかふかのシート。
車内に漂う芳香剤の香り。
カイルは拳を握りしめた。
ツキが回ってきた。
やはり神は、勇者を見捨ててはいなかったのだ。

   ***

領主館の密室。
カイルたちは、ハミルトン男爵と対面していた。
男爵は上機嫌にワインを勧めてきたが、カイルたちは緊張で喉を通らなかった。

「さて、単刀直入に言おう。君たちに頼みたいのは、ある場所への『潜入』と『調査』だ」

ハミルトンは地図を広げた。
指差したのは、バルガの隣接地域。
最近、急速に発展している『アレン領』だった。

「ここは?」

「君たちも噂は聞いているだろう? 『聖域』などと呼ばれている新興都市だ。だが、その実態は怪しい。私の調査では、領主のアレンという男は、禁忌とされる魔導技術を使い、魔物と結託して王国転覆を狙っている可能性がある」

「魔物と結託……?」

「ああ。目撃情報によると、城には巨大なドラゴンや、邪悪なゴーレムがいるそうだ。それに、人々を洗脳する薬(ポーション)をばら撒いているとも聞く」

ハミルトンは言葉巧みに嘘を混ぜた。
アレン領を「悪の巣窟」に仕立て上げるためのプロパガンダだ。

「そこでだ、勇者カイル君。君にはその正義の心で、アレン領の実態を暴いてほしいのだ。もし彼らが本当に悪魔の手先なら……その時は、勇者として裁きを下しても構わない」

「裁き……」

カイルの脳裏に、憎き元仲間の顔が浮かんだ。
アレン。
名前が同じ。
そして、魔物を使役する領主。
点と点が繋がりかける。

(まさかな……あのアレンが領主なんて……)

だが、もしそうだとしたら?
もし、あいつが魔物と手を組んで力を得たのだとしたら?
それなら辻褄が合う。
無能なはずの荷物持ちが、自分たちを出し抜いて成功している理由が。
あいつは魂を悪魔に売ったのだ。

カイルの中で、ドス黒い納得感が生まれた。

「わかりました、男爵閣下。その依頼、お受けします」

カイルは立ち上がった。

「その『アレン』という男、もし悪に手を染めているなら、元勇者として見過ごせません。俺たちが潜入し、化けの皮を剥いでみせます」

「素晴らしい! やはり君は本物の勇者だ!」

ハミルトンは大げさに拍手した。
そして、部下に合図を送る。
運ばれてきたのは、新品の装備一式だった。
もちろん本物のSランク装備ではなく、見た目だけ豪華な量産品(Bランク程度)だが、今のカイルたちには輝いて見えた。

「これは前金代わりだ。君たちの活躍を期待しているよ」

「ありがとうございます!」

カイルたちは装備に袖を通した。
鎧の重み。剣の感触。
力が戻ってくるような錯覚。
実際にはステータスはレベル1のままだが、装備の補正値で多少は見栄えが良くなる。

「行くぞ、みんな。勇者パーティー『暁の剣』の復活だ」

カイルは高らかに宣言した。
マリアも、レオンも、ニーナも、久しぶりに目に光を取り戻していた。
だが、その光は希望ではなく、他人を引きずり下ろそうとする暗い情熱だった。

彼らは知らなかった。
ハミルトン男爵にとって、彼らはただの「捨て駒」でしかないことを。
「元勇者がアレン領で問題を起こした」という既成事実を作るための、使い捨ての鉄砲玉。
そして、彼らが向かう先には、レベル1の彼らが束になっても勝てない「本物の化け物たち」が待ち構えていることを。

   ***

アレン領へ向かう道中。
カイルたちは、ハミルトンが用意してくれた馬車の中で作戦会議をしていた。

「いいか、まずは一般人を装って街に入る。そして、領主の悪事の証拠を見つけるんだ」
「悪事って、例えば?」
「魔物の密輸とか、違法な実験とかだ。噂のポーションだって、きっと麻薬成分が入ってるに違いない」

彼らの想像力は、願望によって歪められていた。
アレンが悪人であってほしい。
そうでなければ、自分たちの惨めさが救われないからだ。

「もし……もし領主が、あのアレンだったらどうする?」
ニーナが再びその疑問を口にした。

カイルは聖剣(量産品)の柄を強く握った。

「もしそうなら……話は早い」

カイルは歪んだ笑みを浮かべた。

「あいつは俺たちの力を奪った泥棒だ。この装備も、今の地位も、全部俺たちのおかげで手に入れたものだ。だったら、返してもらうだけだ。利子をつけてな」

「そうね。私の愛も踏みにじったんだもの。償ってもらわないと」
マリアも同意する。

彼らは完全に被害者意識に凝り固まっていた。
自分たちが追放し、見捨てた事実は棚に上げ、今の不幸は全てアレンのせいだと信じ込んでいた。

「見えたぞ! あれがアレン領の入り口だ!」

御者の声が響く。
カイルたちは窓から外を見た。

そこには、巨大な関所があった。
白亜の石壁で作られた立派な門。
そして、その門を守っているのは……。

「な……なんだあれは!?」

カイルが絶句した。
門番として立っていたのは、人間ではなかった。
全身を黒曜石の鎧で覆った、身長5メートルの巨人。
ゴーレム『オニキス』だ。

さらに、上空には巨大な影が旋回している。
赤い鱗を持つドラゴン。
『ヴォルガス』がパトロール飛行をしているのだ。

「ド、ドラゴン!? それにあのゴーレム……魔王軍の幹部クラスじゃないか!?」
レオンがガタガタと震え出した。

「落ち着け! 男爵の話通りだ。やはりあそこは魔物の巣窟なんだ!」

カイルは恐怖を怒りで塗りつぶした。
間違いない。
普通の領地に、あんな戦力がいるはずがない。
あそこは人類の敵だ。
ならば、俺たちがそれを討つのは正義だ。

「止まれ! 検問だ!」

関所の前で、衛兵の声がした。
衛兵といっても、その装備は見慣れないものだった。
真っ黒な軍服に、魔法銃のようなものを下げている。
そして、その衛兵の背中には、『白薔薇騎士団』の紋章が入っていた。

「あれは……王国の騎士団?」
「いや、色が違う。黒い……堕ちたのか?」

カイルたちは馬車を降りた。
変装用のローブを羽織り、顔を隠す。

「入国の目的は?」
衛兵(元白薔薇騎士団員)が事務的に尋ねてくる。

「……観光だ。噂のポーションを買いに来た」
カイルは低い声で答えた。

「観光客か。武器の持ち込みは許可されているが、抜刀は厳禁だ。街中で騒ぎを起こせば、即座にオニキスが飛んでくるからな」

衛兵は親指で後ろの巨人を指差した。
オニキスの目がギロリとこちらを向き、カイルの背筋が凍った。

「通行許可証を発行する。……おい、そっちの魔法使い、顔色が悪いぞ。ポーション飲んでおけ」

衛兵はレオンに気遣いの言葉をかけ、許可証を渡した。
意外なほどあっさりと通されたことに、カイルは拍子抜けした。

「ふん、警備がザルだな。これなら潜入は楽勝だ」

カイルは心の中で嘲笑った。
だが、彼は気づいていなかった。
関所を通過した瞬間、頭上で微かな魔力音が鳴ったことを。

『ピピッ。対象者4名、要注意人物リストと一致。勇者カイル一行と推定。警戒レベル1へ移行』

関所に設置された自動感知システム(アレン製)が、彼らの魔力波長を特定し、城の司令室へと通報していたのだ。

   ***

アレン城、執務室。

「アレン様、お客様がいらっしゃいましたよ」

リナが水晶玉を見ながら報告した。
モニターには、関所を通過する挙動不審な4人組が映し出されている。

「ん? 誰だ?」
俺はソファで寝転がりながら聞いた。

「勇者カイル様御一行です。変装していますが、魔力パターンが丸出しです」

「ああ、ようやく来たか」

俺は起き上がった。
待ちくたびれたぞ。
下水道生活で終わるかと思っていたが、どうやらまだ噛み付く元気は残っていたらしい。

「どうしますか? オニキスにつまみ出させますか?」
セラムが剣を撫でながら物騒なことを言う。

「いや、泳がせておけ。彼らがこの街で何を見て、何を感じるのか。そして、俺の前に立った時、どんな顔をするのか……ちょっと楽しみだからな」

俺はモニターのカイルの顔を拡大した。
その目は憎悪と、そして隠しきれない怯えで揺れていた。

「ようこそ、俺の国へ。精々楽しんでいってくれよ、元相棒」

俺はニヤリと笑った。
かつての荷物持ちと、元勇者。
立場が逆転した二人の再会は、もうすぐそこまで迫っていた。

   ***

始りの街に入ったカイルたちは、言葉を失っていた。

「な……なんだ、この街は……」

彼らの目の前に広がっていたのは、想像を絶する光景だった。
ゴミ一つない石畳の道路。
ガラス張りの美しい商店が並び、ショーウィンドウには色とりどりの商品が飾られている。
道行く人々は皆、清潔な服を着て、笑顔で歩いている。
スラム街のような陰鬱さは微塵もない。

「おい、見ろよあれ。噴水から湯気が出てるぞ……」

街の中央広場。
巨大な噴水からは、温かい温泉水が溢れ出し、子供たちが足湯を楽しんでいた。
そして、その広場の中心には、一人の青年の銅像(住民が勝手に作った)が立っていた。

「……アレン?」

カイルはその銅像を見上げた。
そこに刻まれた顔は、間違いなく彼が知る荷物持ちのアレンだった。
だが、その表情は自信に満ち、王者の風格を漂わせていた。
台座にはこう刻まれている。

『建国の父にして、慈悲深き絶対君主、アレン王』

「嘘だ……嘘だろ……」

カイルは後ずさった。
あいつが王?
あの雑用係が?
俺たちが捨てた、無能な寄生虫が?

「あり得ないッ! こんなの何かの間違いだ!」

カイルは叫びそうになるのを必死に堪えた。
周囲の視線が痛い。
住民たちの目は、カイルたちのような薄汚い格好の旅行者を、蔑むのではなく、「可哀想に、ここに来れば幸せになれるよ」という慈愛の目で見ている。
それが余計にカイルのプライドを逆撫でした。

「行くぞ。城へ向かう」

カイルは早足で歩き出した。
この街の光景は、彼らにとって毒でしかなかった。
一刻も早く、この「茶番」の裏側を暴かなければ、自分が狂ってしまう。

彼らは丘の上に聳え立つ白亜の城塞を目指した。
そこには、彼らが失った全ての富と栄光を独り占めにした男が待っている。

「アレン……首を洗って待ってろよ」

カイルの目から、理性の光が消えかけていた。
借金と汚泥にまみれた元勇者の、最後の賭けが始まろうとしていた。

(つづく)
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