25 / 30
第25話 名ギルドの罠と試練
しおりを挟む
クラフト・ウォーズの栄誉から一月。
創星の炉の名は世界の工房街で知らぬ者がなくなっていた。
だが、そうした急激な名声の裏で、彼らの新たな敵もまた動き出していた。
王都への帰路、港の街ではいたる所に創星の名を冠した模倣品があふれていた。
「“創星式魔導炉”に“青炎槌レプリカ”まで……勝手に名前を使ってるな。」
レオンが苦笑する。
エルナが腕を組んだ。
「人気が出るとすぐこれだもんね。偽物って、ある意味すごいよ。」
ティナが呆れ顔になる。
「品質が悪いものばかりです。これじゃ怪我人が出ます!」
ガルドが肩を揺すった。
「妙に出回りが早すぎる。裏に“流通を仕掛ける奴”がいるんじゃろう。」
アストリアが低く答えた。
『調査しました。複数の工房を束ねる名ギルド“金環連盟”の名が出ています。彼らは模倣品ではなく、“創星の技術”そのものを狙っている可能性が高いです。』
「金環連盟か……懐かしい名前だな。」
レオンの目が遠くを見る。
かつて彼がまだ下位職人だった頃、王都最大のギルド群“金環連盟”は栄光を誇っていた。
だが技術より政治で動くその組織は、次第に堕落し、金と名誉でしか評価されない閉鎖的な牙城に変わっていった。
「王都の工房を独占する連中だな。今回の大会で俺たちが注目を集めたせいで、連盟の影響力は落ちた。その反発だろう。」
エルナが不安げに言う。
「つまり、また戦うの?」
「戦うんじゃない、防ぐんだ。奴らはまず、“名誉の試練”を仕掛けてくる。」
◇
予想は的中した。翌週、王都・職人庁から公式の通達が届く。
“金環連盟が新規ギルド創星の炉に技術監査を要請した”というものだった。
「技術監査……つまり試験ね。」
ティナが紙を握る。
「もし結果が『基準未満』なら、王都内での活動権が永久停止になります。」
「我らが設計図や伝統製法を“解析”するための口実、だな。」ガルドがうめく。
王都中央区・監査塔。
全参加ギルドが見守る中、創星の炉への試験が始まる。
司会を務めるのは金環連盟の重鎮、長耳の老職人エルゲン。
かつてレオンの師でもあった男だ。
「よくここまで来たな、レオン。」
「……俺が出ていった時と変わってないですね、この塔は。」
「慢心は滅びの兆しだ。今回はその証を見せてもらおう。」
試験内容は単純だった。
与えられたテーマは“素材を凌駕する創造物を作れ”。
時間は一日。外部補助道具は禁止。
レオンたちは各々役割を決め、すぐに取りかかった。
材料棚には、わざと不純物を混ぜた鉄鉱石、欠けた魔石……見るからに質の悪い金属が並んでいた。
ティナが眉を寄せる。
「酷いですね。これ、普通の鍛造じゃ割れて終わりです。」
「試練だ。なら、超えてやる。」
レオンは静かに笑う。
火が入る。
青い炉が唸り、アストリアの声が広がる。
『火温、二千度到達。聖火属性・安定化開始。マスター、星鉄の欠片を投入しますか?』
「いや、今日は“何もないところから創る”。」
槌が走る。
音が高く響き、その振動に観衆が息を呑む。
炎の色が変化し、赤から金、やがて白に近い透明色へ。
エルナが鍛冶台の隅で叫ぶ。
「すごい……鉄が透明になっていく!」
「不純物を焼き尽くしたわけじゃない。融合させたんだ。」
レオンの言葉通り、金属の中で違う素材同士が共鳴を始めていた。
通常なら反発し合う性質の鉱素が、まるで心を通わせるように結晶化していく。
「創精鍛造・再構志式――“無垢の一撃”!」
槌が最後の音を放つと、眩い光が爆ぜた。
そこに現れたのは、金属でも石でもない。
まるで“液体の炎”が形を保つような、未知の素材――名もなき新合金だった。
審査員席がざわつく。
「まさか……星鉄を超える純度だと?」「光が生きている……?」
エルゲン老が険しい目で覗き込んだ。
「レオン。お前、何を使った?」
「俺たちが使ったのは、信じる火と仲間の手だけです。」
ティナが仕上げを施す。
冷却でひと息ついた素材は、刃のように研ぎ澄まされ、鏡のように周囲の光を映した。
「できました。これが私たちの作品――“創星鋼《コスモスティール》”」
エルナが言った。
「無から生まれた金属。人と火の融合体よ。」
◇
結果は、文句のつけようもない合格。
だが連盟側はなおも顔を曇らせていた。
「美しい。だが、どんな功績も“伝統”を破壊してはならん。」
「新しい火が古い炉を壊すのは当然です。」レオンはきっぱりと言い切る。
「俺たちはあなたたちの上で作っているんじゃない。未来に向けて打っているんです。」
沈黙が続いた後、エルゲンが笑った。
「……そうだな。だが覚えていろ。古い鉄は簡単に錆びぬ。」
◇
試験後。
王都を歩くレオンの背に、ティナが問いかけた。
「マスター……あのエルゲンさん、本当に悪意があったのかな。」
「悪意じゃない。あれは“恐れ”だ。」
「恐れ?」
「新しい火が自分たちを飲み込むことへの恐怖だ。だが、それでいい。この恐怖を超えたら人は進化する。」
エルナが笑顔で肩を叩く。
「じゃあ次は何打つの? 次は世界大会二回戦? それとも新しい炉?」
「どっちもだ。」
レオンが振り返り、青い空を見上げた。
彼の瞳には、また遠い星の光が宿っていた。
「ここからが本当の創星だ。世界を鍛えるための、次の試練が待ってる。」
遠くで鐘の音が響いた。
王都の時を告げる音。その余韻に重なるように、炉の精霊アストリアの声がやわらかく囁いた。
『新しい素材ができたね、マスター。次は、未来そのものを鍛えよう』
創星の火は、衰えることなく高く燃えていた。
(第25話 完)
創星の炉の名は世界の工房街で知らぬ者がなくなっていた。
だが、そうした急激な名声の裏で、彼らの新たな敵もまた動き出していた。
王都への帰路、港の街ではいたる所に創星の名を冠した模倣品があふれていた。
「“創星式魔導炉”に“青炎槌レプリカ”まで……勝手に名前を使ってるな。」
レオンが苦笑する。
エルナが腕を組んだ。
「人気が出るとすぐこれだもんね。偽物って、ある意味すごいよ。」
ティナが呆れ顔になる。
「品質が悪いものばかりです。これじゃ怪我人が出ます!」
ガルドが肩を揺すった。
「妙に出回りが早すぎる。裏に“流通を仕掛ける奴”がいるんじゃろう。」
アストリアが低く答えた。
『調査しました。複数の工房を束ねる名ギルド“金環連盟”の名が出ています。彼らは模倣品ではなく、“創星の技術”そのものを狙っている可能性が高いです。』
「金環連盟か……懐かしい名前だな。」
レオンの目が遠くを見る。
かつて彼がまだ下位職人だった頃、王都最大のギルド群“金環連盟”は栄光を誇っていた。
だが技術より政治で動くその組織は、次第に堕落し、金と名誉でしか評価されない閉鎖的な牙城に変わっていった。
「王都の工房を独占する連中だな。今回の大会で俺たちが注目を集めたせいで、連盟の影響力は落ちた。その反発だろう。」
エルナが不安げに言う。
「つまり、また戦うの?」
「戦うんじゃない、防ぐんだ。奴らはまず、“名誉の試練”を仕掛けてくる。」
◇
予想は的中した。翌週、王都・職人庁から公式の通達が届く。
“金環連盟が新規ギルド創星の炉に技術監査を要請した”というものだった。
「技術監査……つまり試験ね。」
ティナが紙を握る。
「もし結果が『基準未満』なら、王都内での活動権が永久停止になります。」
「我らが設計図や伝統製法を“解析”するための口実、だな。」ガルドがうめく。
王都中央区・監査塔。
全参加ギルドが見守る中、創星の炉への試験が始まる。
司会を務めるのは金環連盟の重鎮、長耳の老職人エルゲン。
かつてレオンの師でもあった男だ。
「よくここまで来たな、レオン。」
「……俺が出ていった時と変わってないですね、この塔は。」
「慢心は滅びの兆しだ。今回はその証を見せてもらおう。」
試験内容は単純だった。
与えられたテーマは“素材を凌駕する創造物を作れ”。
時間は一日。外部補助道具は禁止。
レオンたちは各々役割を決め、すぐに取りかかった。
材料棚には、わざと不純物を混ぜた鉄鉱石、欠けた魔石……見るからに質の悪い金属が並んでいた。
ティナが眉を寄せる。
「酷いですね。これ、普通の鍛造じゃ割れて終わりです。」
「試練だ。なら、超えてやる。」
レオンは静かに笑う。
火が入る。
青い炉が唸り、アストリアの声が広がる。
『火温、二千度到達。聖火属性・安定化開始。マスター、星鉄の欠片を投入しますか?』
「いや、今日は“何もないところから創る”。」
槌が走る。
音が高く響き、その振動に観衆が息を呑む。
炎の色が変化し、赤から金、やがて白に近い透明色へ。
エルナが鍛冶台の隅で叫ぶ。
「すごい……鉄が透明になっていく!」
「不純物を焼き尽くしたわけじゃない。融合させたんだ。」
レオンの言葉通り、金属の中で違う素材同士が共鳴を始めていた。
通常なら反発し合う性質の鉱素が、まるで心を通わせるように結晶化していく。
「創精鍛造・再構志式――“無垢の一撃”!」
槌が最後の音を放つと、眩い光が爆ぜた。
そこに現れたのは、金属でも石でもない。
まるで“液体の炎”が形を保つような、未知の素材――名もなき新合金だった。
審査員席がざわつく。
「まさか……星鉄を超える純度だと?」「光が生きている……?」
エルゲン老が険しい目で覗き込んだ。
「レオン。お前、何を使った?」
「俺たちが使ったのは、信じる火と仲間の手だけです。」
ティナが仕上げを施す。
冷却でひと息ついた素材は、刃のように研ぎ澄まされ、鏡のように周囲の光を映した。
「できました。これが私たちの作品――“創星鋼《コスモスティール》”」
エルナが言った。
「無から生まれた金属。人と火の融合体よ。」
◇
結果は、文句のつけようもない合格。
だが連盟側はなおも顔を曇らせていた。
「美しい。だが、どんな功績も“伝統”を破壊してはならん。」
「新しい火が古い炉を壊すのは当然です。」レオンはきっぱりと言い切る。
「俺たちはあなたたちの上で作っているんじゃない。未来に向けて打っているんです。」
沈黙が続いた後、エルゲンが笑った。
「……そうだな。だが覚えていろ。古い鉄は簡単に錆びぬ。」
◇
試験後。
王都を歩くレオンの背に、ティナが問いかけた。
「マスター……あのエルゲンさん、本当に悪意があったのかな。」
「悪意じゃない。あれは“恐れ”だ。」
「恐れ?」
「新しい火が自分たちを飲み込むことへの恐怖だ。だが、それでいい。この恐怖を超えたら人は進化する。」
エルナが笑顔で肩を叩く。
「じゃあ次は何打つの? 次は世界大会二回戦? それとも新しい炉?」
「どっちもだ。」
レオンが振り返り、青い空を見上げた。
彼の瞳には、また遠い星の光が宿っていた。
「ここからが本当の創星だ。世界を鍛えるための、次の試練が待ってる。」
遠くで鐘の音が響いた。
王都の時を告げる音。その余韻に重なるように、炉の精霊アストリアの声がやわらかく囁いた。
『新しい素材ができたね、マスター。次は、未来そのものを鍛えよう』
創星の火は、衰えることなく高く燃えていた。
(第25話 完)
1
あなたにおすすめの小説
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』
雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。
前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。
しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。
これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。
平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
1つだけ何でも望んで良いと言われたので、即答で答えました
竹桜
ファンタジー
誰にでもある憧れを抱いていた男は最後にただ見捨てられないというだけで人助けをした。
その結果、男は神らしき存在に何でも1つだけ望んでから異世界に転生することになったのだ。
男は即答で答え、異世界で竜騎兵となる。
自らの憧れを叶える為に。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる