異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第7話 村の井戸を修理してみよう

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朝日が山の端から顔を出すと同時に、村の空気がぱっと明るくなった。  
鳥の声が重なり、遠くで畑を耕す音が聞こえる。  
昨夜までの冷え込みも和らぎ、まるで春が一歩近づいたような陽気だった。  

リオネルは工房の裏で、ルナとピルカに朝食を与えていた。  
二匹はすっかり仲良くなり、今日は木の欠片を奪い合いながらじゃれ合っている。  
「お前たちが畑を踏み荒らさなければ完璧なんだがな」  
ため息をつきながらも、頬は緩んだ。  

薬草園の芽はすくすくと伸びている。  
だが、それ以上に村人の様子が変わっていた。  
子どもたちは声を上げて笑い、大人たちも顔を上げて歩くようになった。  
――このまま続けられれば。  
そう思った矢先、ガルドが駆け込んできた。  

「リオネルさん! 村の南の井戸の方がまたおかしい!」  
「また? 西の井戸は先日直したばかりだろう?」  
「ああ、別のやつだ。水が全然上がらねぇ。底が崩れたのかもしれん」  

リオネルはすぐに杖を手に取った。  
水の流れは村を支える生命線だ。ここが止まれば、薬草園も干上がる。  

ガルドに案内されて南のはずれへ向かうと、地面は湿って泥まみれになっていた。  
井戸の周りには村人が集まり、バケツを覗き込んでざわついている。  
ロープを垂らしても、底からは水音がしない。  

「確かに、干からびているな……」  
リオネルは縁に膝をつき、ランプを井戸の中に下ろした。  
壁の石が黒ずみ、ところどころ崩れている。  
底には泥が溜まり、微かに腐臭が漂っていた。  

モルド婆さんが杖をつきながらそばに来た。  
「昔はここが一番澄んでいた井戸なんだよ。三年前の雨季に崩れてから、ずっとこの調子さ」  
「原因は地中の魔力循環の乱れです。修復には錬成陣を掘り直すしかない」  
「錬成陣? また難しいことを……それで直るのかい?」  
「ええ、時間はかかりますが、水は必ず戻ります」  

リオネルは杖を床に置き、村人たちに声をかけた。  
「ごめん、手伝ってくれるか? 底の泥を掻き出すには人手がいる」  
「もちろんだ!」  
ガルドを先頭に、男も女も次々と集まる。  

バケツを繋いだロープがいくつも降ろされ、底から泥が引き上げられていく。  
昼までには、ひび割れた石壁がようやく見えるようになった。  

リオネルはその隙間を指でなぞる。  
指先が黒く染まり、生ぬるい気配が伝わってくる。  
「……腐った魔力だ。魔物の瘴気が入り込んでいる」  
「瘴気?」とガルドが顔をしかめる。  
「水脈に棲みついた毒気だ。放っておけば他の井戸にまで伝わる」  

リオネルは深く息を吸い、杖の先を静かに下ろした。  
青く光る紋章が大地に浮かび上がり、霧のような光が井戸の中へと流れ込む。  
「清めの錬成“フロース”」  

水脈を伝って音が響いた。  
ゴオオオ……と、地面の奥底で何かが動く。  
土の中の瘴気が押し流され、代わりに新しい流れが生まれる。  

村人たちは息を呑んで見守った。  
やがて、井戸の中からぽたりと音がした。  
一滴、それから二滴。  
次の瞬間、黒かった壁の間から透明な水がじわりと溢れ出した。  

「出た!」  
子どもが歓声を上げ、大人たちも顔を見合わせる。  
間もなく、澄んだ水が湧き上がり、底の泥を洗い流した。  

リオネルは汗を拭い、ゆっくりと手を下ろした。  
「これでよし。あとは封印を施して流れを保ちます」  

崩れかけていた縁石に、彼は新しい符を刻む。  
「土よ、清らかな道を持ち、命を運べ」  
淡い金光が石に染み込み、まるで脈を打つように明滅した。  

力の余波が止むと、空気が一気に澄んだ。  
湿った風に草の香りが混じる。  
村のどこかで犬が遠吠えをし、ピルカが即座に答えるように鳴いた。  

「……これで、またひとつ戻ったな」  
リオネルがつぶやくと、モルドが頷いた。  
「まるでこの村全体が、あんたを待ってたみたいだよ」  
「私じゃない。みんなが信じたから、力が戻ったんです」  

モルドは微笑んだ。  
「そうだね……でも、そんな風に言ってくれる人はいなかったさ。これまでは」  

 

その夜。  
リオネルは修復した井戸の傍らに腰掛けていた。  
水面が月を映し、静かに揺れている。  
ルナとピルカは並んで眠り、かすかに寝息を立てている。  

工房の灯が遠くできらめき、薬草園からは微かな青い光が滲んでいた。  
井戸の水をすくって口をつける。  
――微かに甘い。  
土が浄化された証拠だった。  

「やっぱり、生きている土地だ……」  

ガルドが背後からやってきて、木桶に水を汲む。  
「こりゃ驚いたな。 あんなに臭く淀んでた井戸から、こんな澄んだ味になるなんてよ」  
「水は正直ですよ。汚れは混ぜればすぐに曇る。人も同じです」  
「また難しいこと言いやがる」  
二人は目を合わせて笑った。  

「ところで、次はどうする?」  
「北側の畑に灌漑路を作りたい。  
せっかく井戸が蘇ったなら、水を回せばもっと多くの薬草を育てられる」  
「確かに、それなら干ばつの心配もねえな。材料は俺が集めとく」  

「頼んだよ。……ガルド」  
リオネルが穏やかに名を呼ぶと、ガルドは少し驚いたように目を瞬かせた。  

「どうした?」  
「いや、君がこの村を守ろうとしてくれているのが嬉しくてね」  
「は、恥ずかしいこと言うなよ」  
ガルドは後頭部を掻きながら笑い、昼間よりも少し強い声で言った。  
「まあ、お前さんがいる限り、この村は大丈夫だろ」  

 

夜更け。  
リオネルは工房に戻り、机の上の古い手記を開いた。  
ページの端に、今までの修復記録を書き込む。  

“南井戸修復。瘴気を浄化。流れ安定。村人の笑顔、増加。”  

文字を書きながら、ふと足元の影が揺れた。  
ルナが顔を上げ、低く唸る。  
リオネルが窓を向くと、森の彼方に一筋の黒い煙が上がっていた。  
その煙には、不吉な気配があった。  

「……森の奥で何かが起きているのか?」  

彼の心臓がわずかに高鳴る。  
黎明とともにまた新しい試練が待っている――そう直感した。  

それでも、彼の視線は優しかった。  
この村を支える力になるために、出来ることをすべて尽くすと決めたからだ。  

井戸の水面に月の光が揺れ、遠くで夜鳥が鳴く。  
そして、リオネルは静かに筆を置き、心の底から祈るように呟いた。  

「どうか、この村の明日が穏やかでありますように」
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