異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第8話 旅の行商と初めての取引

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快晴だった。空は抜けるように青く、白い雲がゆっくりと流れている。  
村の井戸からは清らかな水の音が響き、人々の手で運ばれる桶の音がどこか心地よい rhythm のように続いていた。  

リオネルは朝から工房に籠り、作業机に広げた瓶や草束を並べていた。  
「今日は調整薬の仕込みだ。湿度もちょうどいい」  
ルナとピルカは足元でじゃれながら見守っている。  
灰色の毛並みと白い毛並みが絡まるように転がり、時おり「くぅん」と可愛い声が漏れる。  

青蘭草を煮詰めた液体を小瓶に落とし、蜂蜜と混ぜる。  
「うん、これで甘味が出過ぎず苦味も消える」  
リオネルは満足げに瓶を三本ほど並べた。  
それらは村人の寝不足や倦怠を和らげる簡易回復薬だ。  

「思ったより順調ね」  
背後から声がして振り向くと、モルド婆さんが立っていた。  
「おはようございます。どうされました?」  
「村の入口に客だよ。商人が来てる。珍しいことだ。あんたも顔を出しなさいな」  
「商人?」  

リステル村は辺境にあり、王都からも商路からも外れている。  
物資はほとんど行商の噂すら届かない地だ。  
リオネルにとっても驚きだった。  

 

村の広場に行くと、荷車を引いた男が立っていた。  
髭の生えた中年の男で、年の割に背筋が伸びている。  
荷車には木箱と樽、布袋がいくつも積まれ、香辛料や酒の香りが漂っていた。  

「うちみたいな辺鄙な村に、どうして?」と誰かが尋ねる。  
「ふふ、風の噂さ。南の街で“リステルの水が蘇った”と聞いてね。昔はここの薬草が人気だった。もし取引できるならと思って来たのさ」  

男は名をハーグといった。  
王都南部で行商をしていると言い、薬草や保存食、そして布類を主に扱っているという。  

リオネルは挨拶をして自己紹介した。  
「私はこの村で錬金術の仕事をしています。村の再建を少し手伝っているだけですが」  
「おお、あんたが例の“錬金師さん”か。噂になってるぞ。村に光る畑があるって話だ」  
「……そういう言い方をされると、少し照れますね」  

二人は笑い合った。  

ハーグは荷車を開け、並べていた布袋をいくつかほどく。  
乾燥肉、干し魚、白い粉のようなもの。  
「これは粉状の保存食だ。湯に溶かすだけでスープになる。あと、油と塩が少し」  

リオネルは瓶を取り出し、代わりに差し出した。  
「こちらは回復薬です。薬草を混ぜた自然由来のもので、飲んでも塗っても使える」  
ハーグは目を丸くして小瓶を振った。  
「ほう、透き通ってるな。濁りがない……なかなかの技だ」  

「もし必要なら交換でも構いません。この村はまだ貨幣が乏しいので」  
「いいだろう。こういう物々交換、嫌いじゃない」  

村人たちは見守りながら顔を見合わせた。  
久々の取引だ。  
ガルドが木桶を持って駆け寄り、「酒もあるなら分けてくれ!」と声を上げ、子どもたちは荷車の中を興味深そうに覗き込む。  

ハーグは笑いながら彼らに種菓子を配った。  
「これも昔の取引の定番だ。ほら、口の中で甘く弾ける」  
「すげぇ、光った!」  
子どもたちは歓声を上げる。飴玉の中で微弱な魔石が反応しているのだ。  

その光景に、リオネルはふと目を細めた。  
この村に笑い声が戻った。  
それだけで胸の奥が熱くなる。  

取引も終盤になったころ、ハーグが何かを思い出したように口を開いた。  
「なぁ、リオネルさんよ。錬金についてひとつお願いがある」  
「お願い?」  
「実は、道中で馬が怪我をしてな。薬師はいないかと思ってたんだが……見てもらえねぇか?」  

リオネルは頷いた。  

 

荷車の陰には栗毛の馬がいた。  
脚を庇うように静かに立っている。  
膝の辺りに擦過傷、その奥にうっすらと腫れ。  
「転倒したんですね」  
「雨でぬかるんでた道を滑ってな……」  

リオネルは傷を洗い、乾燥させた薬草を粉末にして湯で溶かす。  
瓶の中の液体が淡く光りはじめると、周囲の空気がひんやりと澄んだ。  
「治療しながら冷却も兼ねます。しばらく安静に」  

ハーグは感嘆のため息を漏らした。  
「すげぇ……手際が違う。たいしたもんだ」  
リオネルは笑って首を振る。  
「動物も人も同じなんです。痛みを恐れると体が固まる。癒すのは“心”も一緒ですよ」  

 

治療を終えた後、リオネルは荷車の端に腰をかけて、ハーグと並んだ。  
「しかし、この村……何か違うな。空気が柔らかいというか、澄み切ってやがる」  
「井戸を直したんです。土と水の流れが戻った。それだけで村は変わるものですよ」  
「なるほど。王都とは正反対の世界だな」  

ハーグは肩をすくめ、空を見上げた。  
しばらく風の音だけが聞こえる。やがて彼は真顔で口を開いた。  
「なぁ、リオネル。近いうちに“中央商会”の手がここの辺境まで伸びてくるかもしれねぇ」  
「中央商会?」  
「王都最大の取引組織だ。薬草院や錬金連盟とも繋がってる。  
俺もあいつらの下請けみてぇなもんだが、最近は辺境で独自に取引してる村に目をつけてる」  

リオネルは眉をひそめる。  
「つまり、リステル村にも?」  
「ああ。この村が再び潤うと判断したら、すぐに“専属買取”を申し込んでくる。  
下手に断ると、他の商人が近づけねぇようになる」  

ガルドたちの笑い声が遠くで響く中、二人だけの空気が一瞬凍った。  

「……それが事実なら、厄介ですね」  
「だろ? だが、あんたがいれば話は違う。錬金術師が管理してる村なら、商会も慎重になる。  
俺はこのまま“取引協定”を組みたい。今後、定期的にここに来ていいか?」  

リオネルは少し考え、頷いた。  
「構いません。ただ、私は利益よりもこの村の再生を第一にしています。  
それに反しない取引なら歓迎します」  

ハーグは豪快に笑い、手を差し出した。  
「心意気が気に入った。お互い誠実にやろうじゃねぇか」  
リオネルもその手を握り返した。  

 

夕方、荷車が村を離れる頃には、小さな商談書が交わされていた。  
裏には、リオネルの錬金紋が押されている。  
モルドはそれを見て言った。  
「これで村の外と繋がる道ができた。ありがとよ、リオネル」  
「まだ始まりです。守らなきゃいけないものがあるから」  

リオネルは空を見上げた。  
西の空には金色の夕日が沈み、薬草畑がそれを反射してきらめいている。  
風に乗って、今日取引で手に入れた香辛料の匂いが漂った。  

遠くを行くハーグの荷車が見える。  
その隣には、治療した馬が軽やかに足を運んでいる。  

リオネルは静かに呟いた。  
「この村に流れる風が、再び道を広げてくれるといい」  

背後ではルナとピルカが仲良く走り回っていた。  
笑い声と土の匂いが重なり、リステル村の一日はやがて穏やかに暮れていった。
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