異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第10話 小さな祠に宿る古き精霊

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翌朝、リステル村はまだ収穫祭の余韻に包まれていた。  
広場の真ん中には、焚き火の跡が白く残り、風が吹くたびに灰が舞う。  
村人たちは眠そうに早朝の支度をしながら、笑いをこぼしていた。  

リオネルは工房で湯を沸かし、香草茶を飲みながら窓越しに外を見ていた。  
薬草園の葉が朝の光に濡れ、昨日収穫した輝果の皮が乾燥棚に並んでいる。  
あの甘い香りが室内にまだ残っていた。  

ピルカとルナはすでに外へ出て、畑の見回りをしているようだ。  
「まったく、犬が先に仕事を始めるとは」  
呟きながらも、リオネルは微笑んだ。  

そこへ扉がノックされた。  
入ってきたのはモルド婆さんだった。  
「おはようさん、リオネル。朝からすまないねぇ」  
「どうされました?」  
「森の入口にある古い祠を見てもらえないか。  
昨日の晩、あそこから風が吹いたんだよ。精霊が目を覚ましたのかもしれん」  

古い祠――リオネルが村に来た当初に一度だけ見た場所だった。  
苔むした石造りの小屋のような祠で、かつて村の守り神を祀っていたと言われている。  
今は誰も近づかず、蔦に覆われているはずだった。  

「なるほど。異変があるなら確かめに行きましょう」  
リオネルは杖を手に取り、二匹の犬を呼び寄せた。  
ルナとピルカが嬉しそうに吠える。  

 

森の小道を抜けると、空気がひんやりと変わった。  
収穫祭の明るい喧騒とは違う、静寂と湿り気。  
枝の間から差す光が細く、土の匂いが濃い。  

「この森は……やはり“息づいて”いるな」  
リオネルは杖で足元の根を避けながら歩く。  
ピルカが先頭に立ち、ルナが後を追う。  
やがて木々の間に、石造りの小さな祠が姿を現した。  

苔と蔦に覆われてはいるが、形はしっかり残っている。  
年を重ねた風格のある造りだった。  
祠の前には、枯れた花の束と、誰かが置いたであろう小石が並んでいた。  

リオネルは膝をつき、祠の前の土を調べた。  
土はわずかに光を帯び、温かい。  
「……ここだけ魔力が動いている」  
杖を地面に突く。淡い光の波が円形に広がり、周囲の土や根が反応した。  

その瞬間、祠の奥から細い風が吹き出した。  
冷たくも、どこか懐かしい風。  
ルナが低く唸り、ピルカは尻尾を下げる。  

「怖がることはない。悪いものじゃない」  
リオネルは立ち上がり、祠の扉をそっと開いた。  

中には、透明な結晶の欠片が祀られていた。  
月光を閉じ込めたような輝き――精霊石だ。  
しかし、それはひび割れ、今にも壊れそうだった。  

「……長い間、孤独の中で眠っていたようだな」  
リオネルは掌を結晶にかざし、静かに呪文を唱える。  
「癒えよ、輝きの欠片。再び命を結べ」  

杖の先から柔らかな光が流れ込む。  
しばらくして、ひびの中から青い光が溢れ出した。  
風が祠を通り抜け、周囲の木の葉がざわめく。  

ピルカが尻尾を振り、ルナが一歩前に出た。  
祠の内部に、小さな光球がふわりと浮かぶ。  
それは人の手のひらほどの大きさの精霊だった。  
少女のような輪郭を持ち、長い髪のような光をなびかせている。  

「……目覚めたか」  

精霊はリオネルを見つめ、小さな声を響かせた。  
――人の手で、再びここに灯が戻るとは。  
「私はリステル村の錬金術師、リオネルです。  
あなたがこの地の守り神、“リステア”ですね?」  

精霊は小さく頷き、祠の結界の内側で形を揺らした。  
――長い季節が過ぎた。村は荒れ、人は去り、我も眠った。  
――けれど再び、風も水も戻った。汝の働きによるものだ。  

リオネルは首を横に振る。  
「私一人の力ではありません。村人が信じたからこそ、水脈は流れを取り戻しました」  

精霊の光が少し強くなる。  
――ならば、汝にも加護を与えよう。  

空気が眩しく光り、精霊から一筋の光が飛ぶ。  
リオネルの杖の先に触れ、青い紋様が刻まれた。  
温かい波動が広がり、草木が一斉に繁る。  

「……これが、この地の加護……」  
精霊は微笑むように光を揺らし、再び祠の中に戻っていった。  
――守るのだ、この村を。そして自らも生きよ。  
その言葉を残して、風が止んだ。  

祠の前には、静寂が戻る。  
鳥の声が再び聞こえ、日の光が差した。  
ガルドの時に荒い空気とは違う、穏やかな強さがそこにあった。  

 

リオネルは村へ戻る途中、杖の先に残る紋を確かめていた。  
風が吹くたびに微かに光るその紋は、精霊リステアの加護の証だった。  
「これで土地の魔力が安定する。薬草園も長く保てるな」  

村へ戻ると、子どもたちが走り寄ってきた。  
「リオネルさん、風がすごかったよ! 森で何か光った!」  
「精霊さんが帰ってきたのさ」とモルドが笑う。  
「昔、この村は精霊リステアに守られていた。あの風は歓迎の印だよ」  

リオネルは穏やかに頷いた。  
「加護は戻りました。しかし、それは同時に“世界が再びこの村を見つける”ということでもあります」  
「どういう意味だい?」  
「光と豊かさは目立つ。昨夜も、遠くで魔物の兆候を感じました。  
精霊が呼んだこの命の流れに、好ましくない者たちも近づいてくるかもしれません」  

モルドは短く唸り、しかし表情を引き締めた。  
「なら、あんたと私らで守るまでさ。  
忘れたかい? この村は一度滅びたようなもんだ。それでも立ち直ったんだよ。  
怖れるより、また笑える日を信じようじゃないか」  

リオネルは微笑み、杖を軽く掲げた。  
青い光がゆるやかに村の空を照らした。  
その光の中で、薬草園の葉が一斉に揺れ、井戸の水がきらめく。  

「ええ、必ず守りましょう――精霊と共に」  

風が吹き抜け、遠くの森で小さな光が瞬く。  
それはまるで、眠っていた精霊たちがもう一度目を覚まし始めた合図のようだった。  

リオネルの胸の中に、心地よい高揚感と、わずかな不安が入り混じる。  
だがそれは、再生の地に生きる“人”としての証でもあった。  

夕暮れ、祠のあたりから再び柔らかな風が吹く。  
微かな声が耳に届いた。  
――ありがとう、リオネル。これからも見ているよ。  

リオネルは静かに微笑み、祠の方へ一礼した。  
そして村へと振り向く。  
広がる畑、揺れる草木、犬たちの姿。  
小さな村の営みの一つひとつが、今は何より尊く思えた。  

夜。  
彼は机に記録帳を開き、震える筆で走り書きをした。  

“第十日、古祠の調査にて精霊リステアの覚醒を確認。  
杖に加護を受け、土地の魔力安定。村に祝福と新たな風。  
次、外界との接触に留意すべし。”  

筆を置くと、外で風鈴のような音が鳴った。  
精霊の声のようにも聞こえたが、たぶん錯覚ではない。  

ルナが足元で丸くなり、ピルカが尻尾で彼の靴を叩いた。  
リオネルは穏やかに笑い、灯りを落とした。  

村は静かに眠り、祠の奥では小さな光がゆっくりと鼓動していた。  
新しい時代へ向かう前の、穏やかな夜だった。
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