異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ

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第12話 傷ついた獣人を助けた結果

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翌朝の村は、霧が完全に晴れていた。  
青空が広がり、薬草園の葉の上で露がきらめく。  
昨日のような不吉な気配は消え、空気はどこか甘い香りすら漂わせていた。  

リオネルは朝の光を浴びながら庭に出た。  
ルナとピルカが駆け回り、井戸の脇で子どもたちが水を汲んでいる。  
その光景に、自然と笑みがこぼれた。  

「ようやく落ち着きを取り戻したか……」  

だが、安堵と同時にわずかな違和感が胸をよぎる。  
森の深く――昨日の霧が晴れた今、そこに残る魔力の波動が微かに震えていた。  
「まだ何かが隠れているな」  

考えを巡らせていると、そこへガルドが駆けてきた。  
額には汗、顔は真剣そのものだった。  

「リオネル! 南の畦道で負傷者だ! 獣人だと思う!」  
「獣人?」  
「森から来たらしい! 血まみれで倒れてたんだ!」  

リオネルは一瞬だけ迷ったが、すぐに鞄を掴んだ。  
「案内してくれ」  

 

南の畦道は人の通りがほとんどない。  
薬草を採りに行く村人が年に数回足を運ぶ程度の細道だ。  
そこに、ひとりの影が倒れていた。  

灰色の髪に獣の耳、しなやかな四肢。  
深い傷が肩から背にかけて走っている。  
血の跡は村では見たことのない色をしていた。  
少し黒みを帯びた赤――高い耐魔力を持つ種族の血だ。  

「生きている。だが、出血が多い」  
リオネルはためらわず傷口の周囲に薬液を塗り、布で圧迫した。  
彼の動きは無駄がなく、迷いもない。  

ガルドが心配そうに覗き込む。  
「森の魔物に襲われたのか?」  
「恐らく。それにしても、装備が冒険者じみているな」  

腰には折れた短槍、背には獣皮のマント。  
リオネルは傷を完全に止血させたあと、男を背負って工房へ運んだ。  

 

しばらくして、工房の奥の簡易寝台で獣人がうめき声を上げた。  
意識が戻ったのだ。  
目を開くと、黄金の瞳がリオネルを射抜いた。  

「……ここは……どこだ?」  
「リステル村。あなたは森で倒れていた。手当てをしたのは私だ」  
「……人族か……」  
彼は警戒を隠さなかった。喉を鳴らし、ゆっくりと起き上がろうとする。  
だが、背の傷がまだ癒えきっておらず、苦痛に顔を歪めた。  

「動くな。完全に塞がってはいない。下手に力を入れれば毒が回る」  
「……毒?」  
「あなたの血に微量の瘴気が混じっている。森の中で何かにやられたはずだ」  

獣人は黙り込み、やがて小さく息を吐いた。  
「黒い泥を浴びた。あの霧の向こうに、洞穴があって……そこから溢れたんだ」  
「やはり、瘴気の源は森の奥か」  

リオネルは薬瓶を手に取り、深緑の液体を差し出す。  
「飲め。体内の瘴気を中和する溶解薬だ。味は保証しないが、効果はある」  
「疑ってはいないが……お前、何者だ?」  
「錬金術師さ。この村の再建を手伝っている。名前はリオネル」  

獣人はその名を復唱するように呟き、瓶の液体を一気に飲み干した。  
苦味に顔をしかめつつも、喉を通るたび体の力が戻っていくのが分かる。  
「……不思議な薬だ。炎のように内側が温まる」  
「正常な反応だ」  

ルナとピルカが足元でそわそわしていた。  
二匹はその獣人に興味津々だが、敵意はない。  
逆に獣人の方が驚いたように目を丸くしている。  
「この犬たち……俺に牙を剥かないのか?」  
「敵意を感じない相手に吠える必要はないからね。君が敵じゃないことは分かるさ」  

しばらく沈黙が流れたあと、獣人はゆっくり頭を下げた。  
「助けてくれてありがとう。名はカイル。……獣人族の境から来た」  
「カイル、か。何のためにこの村へ?」  
「瘴気の調査だ。俺の村も毒風にやられた。生き残りを避難させてこの方角に向かっていたんだが……途中で倒れた」  

リオネルは深く考え込んだ。  
瘴気の拡がり方を考えれば、この村だけの問題ではない。  
彼は立ち上がり、地図を取り出した。  
リステル村、そしてそのさらに南に点在する小集落。その先には「黒淵」と呼ばれる古い遺跡がある。  
霧の発生源、瘴気の再発――どれもがその方向に一致していた。  

「……やはり、原因は黒淵遺跡か」  
「黒淵……あの場所を知っているのか?」  
「かつて錬金術師たちが実験に使っていた地下施設だと文献にある。封印はとっくに解けているのかもしれん」  
リオネルは沈んだ表情で地図を指し示した。  
「そこが開けば、瘴気はまた世界に溢れる。君の村も……リステルも危うい」  

カイルは歯を食いしばり、拳を握った。  
「お前が言うなら、信じる。だが一人で行かせるわけにはいかない」  
「何を言っている。君はまだ怪我が治っていない」  
「治り次第だ。お前は薬と知恵を持ち、俺は獣の耳と力を持つ。  
敵が霧の奥にいるなら、共に行った方が早い」  

言葉は粗いが、目は真剣だった。  
リオネルは眉をひそめたが、やがて静かに笑った。  
「……わかった。だがその前に、体を完全に癒す。明日までは安静だ」  
「了解した」  

 

日が落ちる頃、カイルは熟睡していた。  
リオネルは机に向かい、日誌を開く。  

“獣人・カイルと名乗る者を保護。瘴気感染の形跡を確認。黒淵遺跡を起点とする可能性あり。  
精霊リステアの加護を強化し、村を守護する必要あり。”  

書き終えると、窓から差し込む月光の下で杖を掲げた。  
青い紋様が一瞬輝き、外の空気がゆるやかに波打つ。  
それはまるで、村を包む風の帳を作るようだった。  

「今度こそ、守り抜く」  

その誓いを立てた瞬間、ルナが低く唸った。  
リオネルが外を見ると、森の闇の中で緑色の光が一瞬灯った。  
まるで、何者かがこちらを見ていたかのように。  

しかしその光はすぐ消えた。  

リオネルは眉を寄せながらも、再びカイルの寝床に目を向けた。  
その顔は静かで、平和そのものに見える。  
「……頼れる仲間になるか、あるいは……」  

独り言のように呟き、彼は灯を落とした。  
ルナとピルカが寄り添い、夜は深く沈んでいく。  

だが、眠りに落ちる寸前。  
リオネルの耳に微かな精霊の声が届いた。  

――南へ。運命の扉が、再び開く。  

目を開けた時には、もう声は消えていた。  
しかし胸の鼓動だけが静かに早まっていた。  
翌朝には、全てが動き出す。  
運命を変えるための“旅立ち”が、すぐそこまで来ていた。
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