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第13話 増えすぎた動物たちと柵作りの日々
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朝から村が騒がしかった。
リオネルが工房の扉を開けると、外では子どもたちとガルドが畑の端で騒いでいる。
ルナとピルカが一緒に走り回り、さらにその後を追うヤギと鳥、そしていつの間にか現れた野ウサギまでが混ざっていた。
「おいおい……また数が増えてないか?」
リオネルは呆れながら空を見上げた。
数日前から、村の周囲に動物が集まってくるようになっていた。
野生の獣が家畜小屋のあたりに棲みつき、最近では森からまで獣たちが姿を現す。
「精霊の加護の影響だな」
と、隣にいたモルド婆さんが呟く。
「動物だけじゃないよ、草木の実りも早い。森と村の境がなくなってきてるんだ」
確かに、薬草園の銀葉草はもう二度目の収穫を迎えていた。
精霊の加護が村一帯の生態を活性化させている。
それ自体は喜ばしいことだが、放っておけば食料や畑が荒らされる。
リオネルは苦笑した。
「……幸せな悩みだな。だが放ってはおけない。柵を作ろう」
昼過ぎ、村中の男たちが集まり、簡易的な木柵づくりが始まった。
伐り出した丸太を運び、削って杭を打つ。
ルナとピルカも手伝うように、落ちた枝を咥えて運んでいる。
カイルもすっかり動けるようになり、力仕事を買って出ていた。
「まったく、しばらく休めと言ったのに」
「じっとしてる方が堪えるんだ。こうして身体を動かしていた方が楽だ」
カイルは笑いながら杭を肩で担ぎ上げた。
獣人の力は凄まじく、二人分の仕事を軽くこなしてしまう。
「……助かるよ。村人たちも驚いている」
「人と獣、同じ命だ。どちらが上も下もない」
カイルの言葉に、リオネルは少し目を細めた。
「そう言ってくれるなら嬉しいよ。この村では誰もが“隣人”だから」
作業は順調に進んだ。
だが、陽が傾き始めるころ、薬草園の奥から奇妙な鳴き声が響いた。
「メェエエェ……ギュイィ……!」
ガルドがすぐさま走ってくる。
「やばい! ヤギが薬草畑に突っ込んだ!」
「またか!」
リオネルとカイルが駆け付けると、銀葉草の畝の中でヤギと猪が互いにぶつかり合っていた。
尻尾を振るピルカが困ったように吠える。
ルナは地面を蹴り、二匹の間に飛び込んだ。
「やれやれ……完全に楽園状態だな」
リオネルは木杖を構え、軽く振り下ろした。
地面に小さな魔法陣が浮かび、光の膜が広がる。
それは柵のように地面に沿って立ち上がり、動物たちをゆるやかに押し戻した。
猪が鼻を鳴らして逃げ、ヤギも観念したように離れていく。
「やるじゃないか、リオネル」
「過剰な魔力を中和する閾《しきい》を作っただけだよ。
だが数がこれ以上増えたら、物理的な柵だけでは追いつかないな」
夜、会議が開かれた。
モルドを中心に、ガルド、カイル、そして村の大人たちが集まる。
囲炉裏の火の向こうで、炊き上げた穀粥の香りが漂っていた。
「このままじゃ畑が荒れる。けど、追い払うのも気が引けるしねぇ」
「悪さをしてるわけじゃねぇからな……困ったもんだ」
リオネルは静かに話を切り出した。
「加護が偏っているのが原因です。
精霊リステアの力が、この村の中心に集中している。
その結果、森の動物たちが本能的に“居心地の良い場所”を求めて集まってくるんです」
「なら力の流れを分ければいいんじゃねぇか?」
ガルドの言葉に、リオネルは頷いた。
「その通り。だから新しい“魔導柵”を作ります。人が境界を作り、精霊の力を均等に流す。
光を好む彼らも、森にそれがあると知れば無理に出てこないでしょう」
村人たちはすぐに納得した。
「わかった、手伝うよ」「杭を増やしておく」
皆の声が夜の静寂を照らすように温かかった。
翌日、作業が始まった。
リオネルが作る魔導柵は、魔物除けの封印とは異なり、
自然の流れを調律する仕組みを持つ。
木杭に刻んだ単純な紋章を竹筒内の青い液――精霊の涙と呼ばれる水晶溶液――でなぞり、
それを円形に村を囲むように並べた。
魔力の律動に合わせて光が揺れ、柵全体がしなやかに脈打つ。
「これで外と内の流れが穏やかに繋がります。
動物も引き寄せられなくなりますよ」
カイルが感心したように頷いた。
「俺の種族でも、こんな技術は見たことがない。人間の錬金術ってのは奥が深いな」
「自然と争わずに利用するのが本来の形だからね」
その言葉にカイルは少し笑って、
「なら、この村が“精霊と人が共に暮らす場所”になる日もそう遠くないな」
と呟いた。
夕暮れ時、作業を終えた村を一望すると、
柵の光がゆるやかに波打ち、木々の間を通って森へと消えていた。
動物たちはそれを恐れることなく、森へと帰っていく。
「これで一安心だな」
ガルドがパンをかじりながら空を見上げた。
光の柵が風に揺れる様子は、まるで村を守る虹のようだった。
リオネルは腕を組み、静かに息を吐いた。
「加護というのは、ただ与えれば良いというものではないんだ。
支え合って、流し分けてこそ命が穏やかに育つ。
私たち人間も、同じだ」
モルドが笑って杖を突く。
「まるで説法だねぇ。あんた、神官にでもなるかい?」
「遠慮しておくよ。朝から晩まで祈り続けるのは性に合わない」
笑いが広がり、夜風が薬草の香りを運んだ。
その晩、リオネルは工房の前に腰を下ろして空を眺めた。
森からは虫の声が聞こえ、柵の光が淡く夜気に溶けている。
ルナとピルカが並んでその光を見上げた。
「もう恐れる必要はないな。君たちの仲間も自由に戻れる」
その言葉に、二匹が短く鳴き、森の方を向いた。
そこでは何匹もの動物が静かに見返している。
夜の闇と柵の灯火の間に、境界ではなく“穏やかな共存”が生まれていた。
リオネルはその光景を見つめながら、ふと呟いた。
「これで精霊も少しは退屈しのぎができただろう」
遠くの祠のあたりで、かすかに風鈴のような音が響く。
精霊が笑っているのだと、彼は感じた。
この村はまた一歩、命の調和へと近づいた。
だが次の変化もすぐそこまで来ていた。
夜空の南の端――黒い雲がわずかに渦を巻いている。
それに気づいたのは、森の向こうで警戒の声を上げた獣たちだけだった。
風の向きが、ほんの少し変わっていた。
リオネルが工房の扉を開けると、外では子どもたちとガルドが畑の端で騒いでいる。
ルナとピルカが一緒に走り回り、さらにその後を追うヤギと鳥、そしていつの間にか現れた野ウサギまでが混ざっていた。
「おいおい……また数が増えてないか?」
リオネルは呆れながら空を見上げた。
数日前から、村の周囲に動物が集まってくるようになっていた。
野生の獣が家畜小屋のあたりに棲みつき、最近では森からまで獣たちが姿を現す。
「精霊の加護の影響だな」
と、隣にいたモルド婆さんが呟く。
「動物だけじゃないよ、草木の実りも早い。森と村の境がなくなってきてるんだ」
確かに、薬草園の銀葉草はもう二度目の収穫を迎えていた。
精霊の加護が村一帯の生態を活性化させている。
それ自体は喜ばしいことだが、放っておけば食料や畑が荒らされる。
リオネルは苦笑した。
「……幸せな悩みだな。だが放ってはおけない。柵を作ろう」
昼過ぎ、村中の男たちが集まり、簡易的な木柵づくりが始まった。
伐り出した丸太を運び、削って杭を打つ。
ルナとピルカも手伝うように、落ちた枝を咥えて運んでいる。
カイルもすっかり動けるようになり、力仕事を買って出ていた。
「まったく、しばらく休めと言ったのに」
「じっとしてる方が堪えるんだ。こうして身体を動かしていた方が楽だ」
カイルは笑いながら杭を肩で担ぎ上げた。
獣人の力は凄まじく、二人分の仕事を軽くこなしてしまう。
「……助かるよ。村人たちも驚いている」
「人と獣、同じ命だ。どちらが上も下もない」
カイルの言葉に、リオネルは少し目を細めた。
「そう言ってくれるなら嬉しいよ。この村では誰もが“隣人”だから」
作業は順調に進んだ。
だが、陽が傾き始めるころ、薬草園の奥から奇妙な鳴き声が響いた。
「メェエエェ……ギュイィ……!」
ガルドがすぐさま走ってくる。
「やばい! ヤギが薬草畑に突っ込んだ!」
「またか!」
リオネルとカイルが駆け付けると、銀葉草の畝の中でヤギと猪が互いにぶつかり合っていた。
尻尾を振るピルカが困ったように吠える。
ルナは地面を蹴り、二匹の間に飛び込んだ。
「やれやれ……完全に楽園状態だな」
リオネルは木杖を構え、軽く振り下ろした。
地面に小さな魔法陣が浮かび、光の膜が広がる。
それは柵のように地面に沿って立ち上がり、動物たちをゆるやかに押し戻した。
猪が鼻を鳴らして逃げ、ヤギも観念したように離れていく。
「やるじゃないか、リオネル」
「過剰な魔力を中和する閾《しきい》を作っただけだよ。
だが数がこれ以上増えたら、物理的な柵だけでは追いつかないな」
夜、会議が開かれた。
モルドを中心に、ガルド、カイル、そして村の大人たちが集まる。
囲炉裏の火の向こうで、炊き上げた穀粥の香りが漂っていた。
「このままじゃ畑が荒れる。けど、追い払うのも気が引けるしねぇ」
「悪さをしてるわけじゃねぇからな……困ったもんだ」
リオネルは静かに話を切り出した。
「加護が偏っているのが原因です。
精霊リステアの力が、この村の中心に集中している。
その結果、森の動物たちが本能的に“居心地の良い場所”を求めて集まってくるんです」
「なら力の流れを分ければいいんじゃねぇか?」
ガルドの言葉に、リオネルは頷いた。
「その通り。だから新しい“魔導柵”を作ります。人が境界を作り、精霊の力を均等に流す。
光を好む彼らも、森にそれがあると知れば無理に出てこないでしょう」
村人たちはすぐに納得した。
「わかった、手伝うよ」「杭を増やしておく」
皆の声が夜の静寂を照らすように温かかった。
翌日、作業が始まった。
リオネルが作る魔導柵は、魔物除けの封印とは異なり、
自然の流れを調律する仕組みを持つ。
木杭に刻んだ単純な紋章を竹筒内の青い液――精霊の涙と呼ばれる水晶溶液――でなぞり、
それを円形に村を囲むように並べた。
魔力の律動に合わせて光が揺れ、柵全体がしなやかに脈打つ。
「これで外と内の流れが穏やかに繋がります。
動物も引き寄せられなくなりますよ」
カイルが感心したように頷いた。
「俺の種族でも、こんな技術は見たことがない。人間の錬金術ってのは奥が深いな」
「自然と争わずに利用するのが本来の形だからね」
その言葉にカイルは少し笑って、
「なら、この村が“精霊と人が共に暮らす場所”になる日もそう遠くないな」
と呟いた。
夕暮れ時、作業を終えた村を一望すると、
柵の光がゆるやかに波打ち、木々の間を通って森へと消えていた。
動物たちはそれを恐れることなく、森へと帰っていく。
「これで一安心だな」
ガルドがパンをかじりながら空を見上げた。
光の柵が風に揺れる様子は、まるで村を守る虹のようだった。
リオネルは腕を組み、静かに息を吐いた。
「加護というのは、ただ与えれば良いというものではないんだ。
支え合って、流し分けてこそ命が穏やかに育つ。
私たち人間も、同じだ」
モルドが笑って杖を突く。
「まるで説法だねぇ。あんた、神官にでもなるかい?」
「遠慮しておくよ。朝から晩まで祈り続けるのは性に合わない」
笑いが広がり、夜風が薬草の香りを運んだ。
その晩、リオネルは工房の前に腰を下ろして空を眺めた。
森からは虫の声が聞こえ、柵の光が淡く夜気に溶けている。
ルナとピルカが並んでその光を見上げた。
「もう恐れる必要はないな。君たちの仲間も自由に戻れる」
その言葉に、二匹が短く鳴き、森の方を向いた。
そこでは何匹もの動物が静かに見返している。
夜の闇と柵の灯火の間に、境界ではなく“穏やかな共存”が生まれていた。
リオネルはその光景を見つめながら、ふと呟いた。
「これで精霊も少しは退屈しのぎができただろう」
遠くの祠のあたりで、かすかに風鈴のような音が響く。
精霊が笑っているのだと、彼は感じた。
この村はまた一歩、命の調和へと近づいた。
だが次の変化もすぐそこまで来ていた。
夜空の南の端――黒い雲がわずかに渦を巻いている。
それに気づいたのは、森の向こうで警戒の声を上げた獣たちだけだった。
風の向きが、ほんの少し変わっていた。
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