異世界で追放された最弱賢者、実は古代の魔王でした~婚約破棄から始まる最強逆転ハーレム無双譚~

たまごころ

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第3話 死の森での絶望

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王都から遠く離れた死の森。その名のとおり、ここに踏み入れた者のほとんどは二度と戻らない。  
腐敗した大樹と、濃密な瘴気。鳥のさえずりもなく、夜が永遠に続くような闇の世界だった。

その奥で、ルディウスはじっと座っていた。  
焚き火もなく、光源もない。ただ、自らが放つ微かな魔力の輝きが周囲をぼんやり照らしている。

向かいには、エルフの少女リシェル。彼女はまだ完全に回復してはいなかったが、恐れよりも好奇心が勝っていた。

「どうして……あなたはそこまで冷静でいられるのですか? 人間に裏切られ、追放されても怒りも悲しみも……あまりに静かすぎる」

ルディウスは答えない。  
指先で地面をなぞり、古代文字を描いていた。その文字が淡く光ると、周囲の瘴気がわずかに和らぐ。

「人の感情なんてものは、とっくに使い果たした。悲しみすら贅沢だと思えるほどにな」

「それでも……あなたは誰かを助けた。私を助けてくれた。完全な悪なら、そんなことはしないはずです」

リシェルの言葉にルディウスの手が止まる。  
一瞬だけ、目が鋭く光を反射した。

「助けたわけじゃない。たまたま目についただけだ。お前が、俺を導く“鍵”になる気がした」

「鍵……?」

「そうだ。お前の体に、神代の封印の欠片が宿っている。俺が失った記憶を繋ぐためのものだ」

リシェルは息を呑んだ。  
彼の言葉が真実なら、自分は運命のいたずらで、魔王の復活を補助してしまったことになる。

「なら……私はあなたに利用されるだけの存在だ」

「違う。お前は選べる。俺と共に歩くか、それとも——ここで死ぬか」

ルディウスの瞳は冷たいようで、どこかに温度があった。  
リシェルはその目を見つめ、ゆっくりと頷く。

「……世界にもう一度、均衡を取り戻したい。あなたの目的が破壊ではなく、秩序の回復なら……手を貸します」

ルディウスがわずかに口角を上げる。

「いい選択だ。これで俺の計画は進む」

「計画?」

「王国を倒すには、ただ力を振るうだけでは足りん。まずは“力を示し”、恐怖を刻む。そして、俺を討とうとするすべての国を、ひとつずつ潰していく」

「……まるで世界征服」

「言葉は好きに呼べ。俺は俺の理を取り戻すだけだ」

リシェルは焚き火代わりの封印文字を見つめながら、かすかに唇を噛んだ。  
何かを壊さねば、新しいものは生まれない。彼の言葉には、確かに説得力があった。  
しかし、それが正しいかどうかを判断できるだけの勇気を、彼女はまだ持っていなかった。

そのとき、森の奥から低いうなり声が響いた。  
リシェルが振り向くと、巨大な影が木立の間を進んでくる。

「……来たか」

闇に覆われた巨大な狼。六つの赤い眼を持ち、地を這うたびに黒い蒸気を放っている。  
名をグリモル。古代種の魔獣であり、この森の主。

「この魔獣……私の一族の伝承で見たことがあります。勇者アレンですら討伐を避けたほどの存在!」

ルディウスは微動だにせず、まるで待っていたかのように立ち上がった。

「これでいい。王国の勇者に見せつけるための、最初の“証明”だ」

「証明……?」

「俺がいかに“無能”でなかったかを、世界に知らしめるためにな」

グリモルが咆哮する。大気が一瞬で裂け、地面が沈む。  
その迫力にリシェルは悲鳴を上げて身を伏せた。だがルディウスは一歩も引かない。

「もっと吠えろ。これが俺の序章だ」

彼の片目が赤く輝き、右腕に黒炎が巻きついた。  
そして、ゆっくりと呪文を唱える。

「――奈落の雷、降れ」

雷鳴が森を貫いた。  
空間そのものが裂けるような轟音とともに、上空から黒い稲妻がグリモルを直撃する。  

耳をつんざく爆音のあと、あたりは灼けた煙と焦げた匂いで満たされた。  
グリモルの巨体は地にひれ伏し、六つの眼がひとつずつ光を失っていく。

ルディウスが指を鳴らすと、その亡骸から黒い霧が立ちのぼり、彼の手元に吸い込まれていった。

「魂核を取り込んだ……これで、次の段階へ進める」

リシェルが呆然と見つめる。

「まるで……神話に出てくる冥王のよう」

「冥王? いい言葉だな。だが俺は魔王で十分だ」

彼は淡々と答える。その目に宿るのは、焦燥でも悲嘆でもない、ただ確かな意思。  
かつて理想を語った青年はもういない。そこに立つのは、生きるために絶望を力に変えた存在だった。

その夜、死の森全体が彼の魔力で覆われる。  
瘴気が収束し、蠢く影が形を成してゆく。無数の魔獣が跪き、目に紅い光を宿した。

リシェルが震え声で問う。

「これが……あなたの軍勢?」

「いや、これはただの余興だ」

ルディウスが指を挙げる。  
その指先が漆黒の光に包まれ、地面から巨大な石の塔が突き上がった。  
かつて古代文明の遺跡だったものが、彼の魔力で再生し、闇の砦として姿を変えていく。

「ここが俺の拠点になる。名を――“奈落城”とする」

リシェルが息を呑む。

「まさか、一夜で……」

「魔力とは想いの結晶だ。強ければ強いほど、世界はそれを現実に変える。  
つまり、俺の想いがどれだけ凄烈だったか、理解できただろう」

冷笑の後、静けさが戻る。

やがてリシェルがぽつりと問う。

「……あなたの心は、本当に憎しみだけでできているのですか」

ルディウスはしばらく沈黙し、そして小さく呟いた。

「いいや。俺にはまだ、一つだけ残っている感情がある」

「それは?」

「許せないという想いだ。だが、それは必ず誰かを救うための怒りであってほしい」

そう言い残すと、ルディウスは背を向け、塔の階段を登っていった。  
彼の歩みが闇に溶けていく。  
リシェルはその背を見つめながら、小さく呟いた。

「やはり……あなたは完全な悪にはなれない。だからこそ、この物語は終わらないのでしょうね」

静寂のなかで、遠く王都の鐘の音が微かに響いた。  
その音が、近づきつつある運命の幕開けを告げていた。

(続く)
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