異世界で追放された最弱賢者、実は古代の魔王でした~婚約破棄から始まる最強逆転ハーレム無双譚~

たまごころ

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第7話 魔獣を従える者

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夜明け前の死の森は、不気味な静寂に包まれていた。  
奈落城の黒い尖塔の上、ルディウスは一人で夜空を見上げていた。  
かつて破壊をもたらした雷雲は、今は静まり返り、朝靄の中で幻想的に光を放っている。  

「……世界は、まだ俺の存在を完全には認めていない」  
彼の呟きに呼応するように、地の底から低いうなりが響いた。  

塔の下では、カイン率いる闇騎士団が森の魔獣たちを制御していた。  
狼の群れ、翼を持つ蛇、目が十もある異形の獣……  
どれもかつて人々を恐怖に陥れた存在だった。  

だが今、その牙と爪はすべてルディウスの意志に従っている。  

「報告します、ルディウス様」  
カインが跪き声を上げる。  
「森の北部にいた封印獣の一体、“ノスフェラトゥ”の従属に成功しました。  
また、東の沼地にいたサーペンス群も、指令に応じました」  

ルディウスは静かに頷いた。  
「よくやった。これで人間どもは、森を完全に封鎖せざるを得まい。  
恐怖を与えるのが目的ではなく、“支配”が目的だ」  

「……はっ」  
カインは深く頭を下げ、背後の眷属たちに指令を送る。  

リシェルはその様子を黙って見ていた。  
彼の統治は、確かに恐怖に基づいていたが、秩序もまたそこにあった。  
魔物が暴走せず、互いに争わないなど、本来ではあり得ないことだ。  

「あなた……どうやって彼らを従えているの? 普通、魔物は理性など持たないのに」  

ルディウスはわずかに笑みを浮かべた。  
「理性の代わりに、俺が与えた。“記憶”という名の枷をな」  

彼が手を掲げると、魔獣たちの額に淡い光がともる。  
それは過去に受けた恐怖や憎悪、滅びの痛みを再現する魔印。  
ルディウスがそれらの記憶を“共有”することで、彼らは彼を本能的に主と認識する。  

「つまり……あなたは彼らの心に寄り添った、ということ?」  
「寄り添う? 違う。理解しただけだ」  

言いながらも、リシェルには確かに見えた。  
彼の中に広がる“孤独”が、魔獣たちの孤独と呼応していることを。  

ふと、遠く地平線に煙が立ち上るのが見えた。  
カインが即座に反応する。  
「ルディウス様、東方領より騎士団が侵入しています。王国の斥候かと」  

ルディウスは目を細める。  
魔力の流れから、少人数の部隊であることがわかった。  
だが、その中にひときわ強い光がある。聖属性の輝き――つまり、聖教会の者。  

「ほう、勇者どもの犬が来たか。いいだろう。歓迎してやれ」  

ルディウスは軽く右手を振る。その瞬間、森中の獣たちが一斉に吠えた。  
うねりのような音が広がり、空の鳥すら飛び立つ。  

リシェルが戸惑いながら問う。  
「あなたが直接出る必要はある?」  
「ある。これは単なる戦ではない。“支配の儀”だ」  

彼は魔力を纏い、空中に黒い陣を展開した。  
ルディウスの足元の光が回転を始め、ゆっくりとその体が浮かび上がっていく。  
闇の翼のように広がる魔力。  
まるで夜そのものが彼に形を与えたかのようだった。  

「神の使徒が来る前に、本当の主人を知らしめよう」  

***  

東の境界線。  
十数名の騎士が馬を走らせていた。  
その中には、王国聖教会の高位神官ミレーナの姿があった。  

「この先に“魔王の気配”がある……間違いない」  
彼女は小さく祈りの言葉を呟き、胸の十字を撫でる。  

だが、次の瞬間。  
森の木々が不気味に揺れ、黒い霧が立ち上った。  

「全員、構えよ!」  
指揮官の叫びも虚しく、地面から無数の影が生まれた。  
狼、蛇、巨人――すべてが黒い瞳を輝かせている。  

「こ、これは……軍隊だ……!」  

ミレーナは馬から飛び降り、詠唱を始めようとしたが、その背後に声が響いた。  
「ようこそ、奈落の宴へ」  

黒い霧を切り裂き、一人の男が姿を現す。  
その足元には黒炎。  
言葉を超えた威圧感が、彼女の呼吸を止める。  

「あなたが……魔王ルディウス……?」  

「俺を名で呼ぶか。聖職者にしては肝が据わっている」  
「神の名のもとに問います。あなたはなぜ罪なき者たちを……」  

その言葉を遮るように、ルディウスは指を鳴らした。  
瞬間、騎士の一人が苦悶の声を上げて崩れ落ちる。  
胸から光が抜け出し、霧の粒となって彼の掌に吸い込まれた。  

「それが“罪なき者”の姿か? 神に命じられたまま殺すことを、正義と呼ぶなら、俺は悪で結構だ」  

ミレーナが聖杖を構えて叫ぶ。  
「聖滅光(ホーリー・バースト)!」  

眩い光が走り、衝撃波が森を吹き飛ばす。  
しかしその中を、ルディウスはゆっくりと歩いてきた。  
光は彼の前で歪み、まるで拒まれているように方向を変える。  

「聖と闇。対極は存在しない。力は一つだ」  

ルディウスが腕を上げると、上空に黒い狼の幻が出現した。  
それは雷を纏い、咆哮と共に地を走る。  
一瞬で十数名の騎士が地に伏した。  

「やめて……! 彼らはただの従者!」  
「なら、お前も彼らの“記憶”を見るがいい」  

ルディウスの瞳が光り、ミレーナの視界が闇に沈む。  
見えたのは、王国が犯した残虐な実験、疫病で切り捨てられた村々、焚かれる罪人たち。  
それらが現実の記憶として一瞬で流れ込み、彼女は崩れ落ちた。  

「……これが、現実」  
「そうだ。だから神の嘘を壊す必要がある」  

ルディウスは手を差し伸べた。  
「お前がまだ生を望むなら、俺の軍に加われ。神を討つために力を貸せ」  

ミレーナは一瞬迷ったが、やがて涙を拭い、震える声で答えた。  
「……もしこれが本当に神の欺きなら、私はそれを終わらせたい」  

「ならば、今日からお前は“闇聖女ミレーナ”。俺の第七位に任ずる」  

ルディウスが彼女の額に指を置くと、白い光が黒に反転した。  
眩い聖杖は闇の杖へと変わり、彼女の姿もまた漆黒の装束へと包まれる。  

リシェルが遠くから見ていた。  
その瞳には複雑な感情――安堵、恐怖、そして少しの哀しみが宿る。  

「ルディウス……あなたは本当に世界を救いたいのか、それとも……ただ壊したいのか」  

しかし答えは、風に流された。  
遠くで雷が鳴った。  
奈落の魔王の軍は、静かに、確実に世界へと広がり始めていた。  

(続く)
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