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第12話 無双の一撃
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奈落城に戻ったルディウスは、玉座の前に立ち尽くしていた。
戦いの余韻がまだ血流の中で燻っている。
彼の掌には赤い光が宿っていた。それは先ほどセリナと戦った際、彼女の祈りの力と衝突した残滓――“聖の断片”だった。
闇の魔王が聖の力を宿すなど、あり得ぬこと。だが今の彼には、もはや何が己で何が異物かの境界すら曖昧になり始めていた。
「まさか……人の祈りが、俺の中に残るとはな」
ルディウスは低く呟き、手のひらの光を見つめた。
闇と聖が共にあるその光は、不完全でありながらも奇妙な調和を保っていた。
扉が開き、フィアとリシェルが入ってくる。
「お戻りになられてすぐに城中が騒ぎになりました。瘴気の流れが乱れ、結界が一時的に解けたようです」
「構わん。俺の感情が原因だろう」
ルディウスは淡々と答えた。
だがリシェルは黙って彼を見つめる。その瞳の奥には、言葉にならないわずかな痛みが宿っていた。
「……あなた、あの光に触れたのね」
「気づいていたか」
「あなたの魔力の波が少し変わってる。これまでみたいな“絶対の闇”じゃない。……聖と闇の混在、まるで二つの魂が同居しているみたい」
ルディウスは短く笑った。
「もともと俺は、古の魔王ルディアスと今の人間ルディウスの融合体だ。二つが混ざる程度の変化に驚くほど、俺は繊細ではない」
フィアが息を呑む。
「でもそのままだと、魔力が暴走します。神と悪魔、両の力を抱えた存在なんて――」
「それを制御してこそ、“無双”だ」
その声に重みがあった。
彼は黒い雷を手に宿し、それを掌で圧縮する。
雷光は崩れず、逆に静謐な光球となって収束した。
その中心には聖の輪のような図形が現れ、城全体が一瞬で静まり返る。
リシェルが眉をひそめた。
「今、何をしたの?」
「聖と闇の融合、名づけて“零式律(ゼロ・モード)”。
創造にも破壊にも偏らない、純粋な“存在の定義力”だ」
彼の言葉とともに塔の外で風が鳴った。
黒雲が散り、夜空がわずかに晴れてゆく。
それはまるで、世界が彼の意思にわずかでも従ったかのような気配だった。
カインが駆け込んできた。
「ルディウス様! 報告します! 王都から新たな討伐部隊が進軍中!
先の戦いの屈辱を晴らすためでしょうが、今度は“聖封結界兵団”を伴っております!」
ルディウスの口角がわずかに上がった。
「なるほど、神の加護で守りを固めたつもりか。ならば、試してやるとしよう」
「まさか、また単身で行くおつもりですか!?」
「ああ。俺の力はこれまでにない段階に達した。試さずにはいられん」
リシェルが口を開こうとしたが、フィアが制した。
その表情は複雑だった。
「……止めても無駄ね。行くなら、せめて帰ってきて」
ルディウスの瞳が一瞬だけ和らいだ。
「約束しよう。だが、戻る場所が壊れていなければな」
次の瞬間、彼はただの影となって消えた。
***
王国領南東、平原地帯。
聖光の陣が延々と並び、十字の旗が風になびいていた。
その中央に、封結界兵団――神殿直属の精鋭騎士五百名が待ち構えている。
彼らの鎧は聖銀で作られ、魔力抵抗の結界を常に発していた。
指揮官の声が響く。
「魔王が来る。恐れるな、そして一撃で仕留める……!」
だがその号令が終わるより早く、大地が揺れた。
遠くを黒い稲妻が走り、その中心から人影が歩いてくる。
風に揺れる黒外套、その足音に合わせるように数千の心臓の鼓動が乱れる。
「始まりだ」
ルディウスが呟いた次の瞬間、兵士たちの背後に浮かぶ聖陣が次々と割れた。
結界を構築していた紋章がひとつずつ崩壊し、空気が鳴動する。
「な、何が……!?」
「結界が、内側から――!」
「俺が指先ひとつで定義を塗り替えた。ただそれだけのことだ」
冷たい声が響く。
兵たちは恐怖を押し殺すように突撃した。聖剣の光が一斉に煌めく。
だがその全てがルディウスに届く前に、空間そのものが捻じ曲がった。
風が止む。音が消える。
一瞬、世界が凍りついたように沈黙し、その静寂の中で一筋の光が奔った。
それはまさに、「一撃」だった。
ルディウスが放った掌打――“零式律・界断”
黒炎が大地を貫き、天へと昇る輪が生まれる。
輪は無音の波として広がり、触れたものすべてを“存在の確立”から消し去った。
そこにいた兵士、陣、旗、光。全てが何の痕跡も残さず消失する。
残ったのはただ、風と砂。
彼は穏やかに手を下ろし、淡々と呟いた。
「これで理解したか。抵抗することが、どれほど無意味かを」
後方で見ていた僧侶の女が震える声で叫んだ。
「魔王……あなたは何を望むのですか!」
ルディウスは振り返らなかった。
「“無双”の意味を体で刻ませろ。
この力は神に与えられたものではない。“意志”によって存在を変える力だ」
声が空を渡る。
その響きに怯えながらも、一人の若い騎士が立ち上がった。
「我々は……まだ屈しない……!」
彼の叫びと同時に、数名の兵士が再び剣を構えた。
その光景を見てルディウスは、小さく、しかし確かに笑った。
「愚かで、美しい」
掌から黒と金の光が再び溢れた。
それは破壊ではなく、世界をただ“平ら”に戻すような穏やかな光。
兵士たちはその光に包まれ、意識が遠のく。
痛みも苦しみもないまま、彼らは眠るようにその場に倒れた。
ルディウスはその光景を見て何も言わず歩き出した。
戦場の跡には草一本すら残さず、ただ柔らかな風だけが吹いていた。
***
奈落城へ戻ると、リシェルとフィアが待っていた。
二人の顔に安堵と恐れが同時に浮かぶ。
「あなた……また無茶をしたのね」
ルディウスは微かに肩をすくめる。
「無茶ではない。少し試しただけだ」
フィアが彼の手のひらに目を凝らす。
そこにあったはずの闇の痣は、もう消えていた。
代わりに淡い青い光が揺れている。
「それが……セリナの力のかけら?」
「ああ。聖の力は排除されず、俺の中で“均衡”を成した。
つまり、闇はすでに闇ではなくなった」
リシェルが静かに息を吐く。
「それじゃあ……あなたはもう、“魔王”じゃないの?」
彼は少し考え、そして短く首を横に振った。
「俺はまだ魔王だ。だが同時に、“それ以上”でもある」
その言葉に、リシェルとフィアは言葉を失う。
ルディウスは玉座へ戻り、壁に刻まれた古代の紋章を見上げた。
「次に狙うは神界の門。天を縛る鎖を絶ち切る。
この力をもって、神すら“ただの存在”に引きずり降ろす」
外では雷鳴が再び響く。
王国の軍は壊滅し、人々は“神の怒り”が世界を包んでいると恐れた。
だがその実、怒っていたのは神ではない。
一人の男――世界を超えた存在となりつつある、ルディウス自身であった。
その瞳には、恐ろしくも静かな炎が宿っていた。
それは、全てを貫く“無双の一撃”を次に神へ放つための、狂気の光だった。
(続く)
戦いの余韻がまだ血流の中で燻っている。
彼の掌には赤い光が宿っていた。それは先ほどセリナと戦った際、彼女の祈りの力と衝突した残滓――“聖の断片”だった。
闇の魔王が聖の力を宿すなど、あり得ぬこと。だが今の彼には、もはや何が己で何が異物かの境界すら曖昧になり始めていた。
「まさか……人の祈りが、俺の中に残るとはな」
ルディウスは低く呟き、手のひらの光を見つめた。
闇と聖が共にあるその光は、不完全でありながらも奇妙な調和を保っていた。
扉が開き、フィアとリシェルが入ってくる。
「お戻りになられてすぐに城中が騒ぎになりました。瘴気の流れが乱れ、結界が一時的に解けたようです」
「構わん。俺の感情が原因だろう」
ルディウスは淡々と答えた。
だがリシェルは黙って彼を見つめる。その瞳の奥には、言葉にならないわずかな痛みが宿っていた。
「……あなた、あの光に触れたのね」
「気づいていたか」
「あなたの魔力の波が少し変わってる。これまでみたいな“絶対の闇”じゃない。……聖と闇の混在、まるで二つの魂が同居しているみたい」
ルディウスは短く笑った。
「もともと俺は、古の魔王ルディアスと今の人間ルディウスの融合体だ。二つが混ざる程度の変化に驚くほど、俺は繊細ではない」
フィアが息を呑む。
「でもそのままだと、魔力が暴走します。神と悪魔、両の力を抱えた存在なんて――」
「それを制御してこそ、“無双”だ」
その声に重みがあった。
彼は黒い雷を手に宿し、それを掌で圧縮する。
雷光は崩れず、逆に静謐な光球となって収束した。
その中心には聖の輪のような図形が現れ、城全体が一瞬で静まり返る。
リシェルが眉をひそめた。
「今、何をしたの?」
「聖と闇の融合、名づけて“零式律(ゼロ・モード)”。
創造にも破壊にも偏らない、純粋な“存在の定義力”だ」
彼の言葉とともに塔の外で風が鳴った。
黒雲が散り、夜空がわずかに晴れてゆく。
それはまるで、世界が彼の意思にわずかでも従ったかのような気配だった。
カインが駆け込んできた。
「ルディウス様! 報告します! 王都から新たな討伐部隊が進軍中!
先の戦いの屈辱を晴らすためでしょうが、今度は“聖封結界兵団”を伴っております!」
ルディウスの口角がわずかに上がった。
「なるほど、神の加護で守りを固めたつもりか。ならば、試してやるとしよう」
「まさか、また単身で行くおつもりですか!?」
「ああ。俺の力はこれまでにない段階に達した。試さずにはいられん」
リシェルが口を開こうとしたが、フィアが制した。
その表情は複雑だった。
「……止めても無駄ね。行くなら、せめて帰ってきて」
ルディウスの瞳が一瞬だけ和らいだ。
「約束しよう。だが、戻る場所が壊れていなければな」
次の瞬間、彼はただの影となって消えた。
***
王国領南東、平原地帯。
聖光の陣が延々と並び、十字の旗が風になびいていた。
その中央に、封結界兵団――神殿直属の精鋭騎士五百名が待ち構えている。
彼らの鎧は聖銀で作られ、魔力抵抗の結界を常に発していた。
指揮官の声が響く。
「魔王が来る。恐れるな、そして一撃で仕留める……!」
だがその号令が終わるより早く、大地が揺れた。
遠くを黒い稲妻が走り、その中心から人影が歩いてくる。
風に揺れる黒外套、その足音に合わせるように数千の心臓の鼓動が乱れる。
「始まりだ」
ルディウスが呟いた次の瞬間、兵士たちの背後に浮かぶ聖陣が次々と割れた。
結界を構築していた紋章がひとつずつ崩壊し、空気が鳴動する。
「な、何が……!?」
「結界が、内側から――!」
「俺が指先ひとつで定義を塗り替えた。ただそれだけのことだ」
冷たい声が響く。
兵たちは恐怖を押し殺すように突撃した。聖剣の光が一斉に煌めく。
だがその全てがルディウスに届く前に、空間そのものが捻じ曲がった。
風が止む。音が消える。
一瞬、世界が凍りついたように沈黙し、その静寂の中で一筋の光が奔った。
それはまさに、「一撃」だった。
ルディウスが放った掌打――“零式律・界断”
黒炎が大地を貫き、天へと昇る輪が生まれる。
輪は無音の波として広がり、触れたものすべてを“存在の確立”から消し去った。
そこにいた兵士、陣、旗、光。全てが何の痕跡も残さず消失する。
残ったのはただ、風と砂。
彼は穏やかに手を下ろし、淡々と呟いた。
「これで理解したか。抵抗することが、どれほど無意味かを」
後方で見ていた僧侶の女が震える声で叫んだ。
「魔王……あなたは何を望むのですか!」
ルディウスは振り返らなかった。
「“無双”の意味を体で刻ませろ。
この力は神に与えられたものではない。“意志”によって存在を変える力だ」
声が空を渡る。
その響きに怯えながらも、一人の若い騎士が立ち上がった。
「我々は……まだ屈しない……!」
彼の叫びと同時に、数名の兵士が再び剣を構えた。
その光景を見てルディウスは、小さく、しかし確かに笑った。
「愚かで、美しい」
掌から黒と金の光が再び溢れた。
それは破壊ではなく、世界をただ“平ら”に戻すような穏やかな光。
兵士たちはその光に包まれ、意識が遠のく。
痛みも苦しみもないまま、彼らは眠るようにその場に倒れた。
ルディウスはその光景を見て何も言わず歩き出した。
戦場の跡には草一本すら残さず、ただ柔らかな風だけが吹いていた。
***
奈落城へ戻ると、リシェルとフィアが待っていた。
二人の顔に安堵と恐れが同時に浮かぶ。
「あなた……また無茶をしたのね」
ルディウスは微かに肩をすくめる。
「無茶ではない。少し試しただけだ」
フィアが彼の手のひらに目を凝らす。
そこにあったはずの闇の痣は、もう消えていた。
代わりに淡い青い光が揺れている。
「それが……セリナの力のかけら?」
「ああ。聖の力は排除されず、俺の中で“均衡”を成した。
つまり、闇はすでに闇ではなくなった」
リシェルが静かに息を吐く。
「それじゃあ……あなたはもう、“魔王”じゃないの?」
彼は少し考え、そして短く首を横に振った。
「俺はまだ魔王だ。だが同時に、“それ以上”でもある」
その言葉に、リシェルとフィアは言葉を失う。
ルディウスは玉座へ戻り、壁に刻まれた古代の紋章を見上げた。
「次に狙うは神界の門。天を縛る鎖を絶ち切る。
この力をもって、神すら“ただの存在”に引きずり降ろす」
外では雷鳴が再び響く。
王国の軍は壊滅し、人々は“神の怒り”が世界を包んでいると恐れた。
だがその実、怒っていたのは神ではない。
一人の男――世界を超えた存在となりつつある、ルディウス自身であった。
その瞳には、恐ろしくも静かな炎が宿っていた。
それは、全てを貫く“無双の一撃”を次に神へ放つための、狂気の光だった。
(続く)
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