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第20話 勝利と誓いの晩餐
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灰色に霞んだ空の下、アーカディア周辺にはまだ戦の余韻が漂っていた。
崩れ落ちた塔、焦げた街路、そして瓦礫に埋もれた光の破片。
それは神と人、理と信仰が衝突した痕跡だった。
沈黙の中を歩く者たちは、敗北の涙を流す者ではなく、
息を繋いだ者たち――新しい秩序を信じようとする者たちだった。
ルディウスは中央広場に立っていた。
その背後には、黒と白の光が交わる新たな塔がそびえている。
それは、神の象徴たる聖域と、魔王の拠点である奈落城を統合するために
イルミナが設計したもの――“調律の塔”と呼ばれる新たな中枢。
彼の傍らを、竜人の戦姫アーシェが歩いていた。
彼女の鎧は焦げついていたが、その姿はどこまでも誇り高く、まっすぐだった。
「結局、勇者アレンは逃がしたのですね。殺すこともできたはず……」
「殺しても意味はない。あいつはまだ“人”の希望を背負っている。
今は、それを失わせるわけにはいかん」
「優しいのですね」
「違う。必要な駒を失いたくないだけだ」
アーシェは少し笑う。「そうやってごまかすところ、相変わらずです」
その後ろを、リシェルとフィアが歩いていた。
フィアは破壊された街路の修復作業を眺めながら言った。
「ここまでボロボロになったのに、人はまだ働こうとするのね。
“支配”ではなく、自分の意思で動いてる……これはあなたの理の影響?」
ルディウスは首を横に振る。
「違う。俺の力は命令を与えたわけではない。
ただ“選ぶ自由”を思い出させただけだ」
リシェルは穏やかに笑った。
「あなたの言葉って、よくわからないのに、なぜか心に残るのよね。
多分、みんなにもそれが伝わってる」
「もしそうなら、この世界は少しはマシになるだろう」
ルディウスは空を仰ぐ。
灰雲の奥、まだ時折赤い稲光が走る。
天界の裂け目が完全に閉じたわけではない。
いずれ神々は再び干渉を試みるだろう。
「その前に“新しい地”を築かねばならない。
この世界の住人が、神にも悪魔にも縛られずに生きる場所を」
彼の言葉にイルミナが応じた。
「ちょうど良い機会ね。“調律の塔”の完成祝いも兼ねて晩餐会を開きましょう。
戦いに倦んでる皆の士気を上げるには、それが一番」
アーシェが呆れたように言う。「あなたは機械のくせに、人間臭い発想をする」
イルミナは肩をすくめて笑った。
「わたしはもう“機械”じゃない。手の温もりも、味覚も、あなたたちと同じものを持っている。
ルディウスに“自由”を与えられた。だから、今はこの世界で生きたいの」
その笑顔に、誰もが言葉を失った。
***
夜、アーカディアの中心区。
新設された大広間に灯がともる。
かつて戦争の司令塔だった場所が、今は静かな宴の場に変わっていた。
竜人族、魔族、そして人間たち。
本来なら相容れぬ種族が、同じ卓を囲んでいる。
アーシェは竜人の戦士たちと酒を交わしながら笑い、
リシェルは中央で演奏隊に加わり、古代エルフの楽を奏でていた。
フィアは子供たちと共に歌を歌い、イルミナは塔の天辺で光の演出を操っている。
ルディウスは遠くからその光景を見ていた。
かつて、王国の宴で浴びた乾いた笑い声とは違い、
この場には嘘のない声音が響いていた。
彼が立っていたバルコニーに、リシェルがやってきた。
「やっぱり離れて見てたのね」
「俺は宴より戦の方が得意だ」
「ふうん、でも戦い続けることが“勝利”ではないでしょう?」
彼女の言葉に、ルディウスは少し目を細めた。
「勝利……か。
確かに、戦いは終わった。だが、それは一時のことだ。
神々が消えたわけでも、人が完全に変わったわけでもない」
「でも、あなたが皆を導いた。それだけで“勝利”だと、私は思う」
ルディウスは苦笑を浮かべた。
「導いた、か。……俺はただ、力の均衡を奪っただけだ」
「違うわ。あなたは“絶望の中にも意味がある”って教えたの。
何かを信じる理由を取り戻したのよ」
そう言ってリシェルは、彼の胸へ手を当てた。
その指先が心臓の鼓動を感じ取り、小さく微笑む。
「ちゃんと動いてる。この心。
昔は氷みたいに冷たかったけど、今は光が混じってる」
ルディウスはその言葉に返す言葉を持たなかった。
しかし次の瞬間、彼の耳に異音が届いた。
――塔の最上層から。
イルミナの声が緊迫して響く。
「ルディウス! 上層に異常値! 魔力流が外部から侵入してる!」
同時に、空に亀裂が走った。
宴の音が止まり、人々が顔を上げる。
天蓋を覆う黒雲が裂け、その内部に金色の光が渦を巻いていた。
「何だ……また、天界の干渉か……?」アーシェが立ち上がる。
だが、現れたのは神ではなかった。
金色の外套を纏い、片腕に聖剣を抱えた一人の男――勇者アレンだった。
彼の全身からは、神の加護ではない、未知の力があふれている。
その背には、かつて聖女セリナが纏っていたはずの“聖翼”が生えていた。
「……アレン!」リシェルが思わず叫ぶ。
男はゆっくりと降り立ち、静かに剣を抜く。
その眼差しは、かつての誇り高い勇者のものではない。
だが憎しみも悲しみもない、ただ“決意”だけがあった。
「ルディウス。神に代わる理を掲げるお前の言葉を、俺は聞いた。
だが――それでも俺は“人”の側に立つ。
神も魔も、等しく滅ぼす。それが真の自由だ」
その言葉に、空気が凍りつく。
リシェルやアーシェ、イルミナでさえ息を呑んだ。
だがルディウスは一歩だけ進み、短く言った。
「そうか。なら、今度こそ“理”として戦おう。
お前は神の模倣ではなく、自らの意志で剣を取った。
それなら俺も、この手で応じる資格がある。」
二人の間に、再び光と闇の風が吹いた。
宴の華やぎは消え、世界は次の嵐を予感しながら息を潜めた。
これが勝利の晩餐ではなく、
世界の再構築を懸けた“誓い”の開戦の夜だった。
(続く)
崩れ落ちた塔、焦げた街路、そして瓦礫に埋もれた光の破片。
それは神と人、理と信仰が衝突した痕跡だった。
沈黙の中を歩く者たちは、敗北の涙を流す者ではなく、
息を繋いだ者たち――新しい秩序を信じようとする者たちだった。
ルディウスは中央広場に立っていた。
その背後には、黒と白の光が交わる新たな塔がそびえている。
それは、神の象徴たる聖域と、魔王の拠点である奈落城を統合するために
イルミナが設計したもの――“調律の塔”と呼ばれる新たな中枢。
彼の傍らを、竜人の戦姫アーシェが歩いていた。
彼女の鎧は焦げついていたが、その姿はどこまでも誇り高く、まっすぐだった。
「結局、勇者アレンは逃がしたのですね。殺すこともできたはず……」
「殺しても意味はない。あいつはまだ“人”の希望を背負っている。
今は、それを失わせるわけにはいかん」
「優しいのですね」
「違う。必要な駒を失いたくないだけだ」
アーシェは少し笑う。「そうやってごまかすところ、相変わらずです」
その後ろを、リシェルとフィアが歩いていた。
フィアは破壊された街路の修復作業を眺めながら言った。
「ここまでボロボロになったのに、人はまだ働こうとするのね。
“支配”ではなく、自分の意思で動いてる……これはあなたの理の影響?」
ルディウスは首を横に振る。
「違う。俺の力は命令を与えたわけではない。
ただ“選ぶ自由”を思い出させただけだ」
リシェルは穏やかに笑った。
「あなたの言葉って、よくわからないのに、なぜか心に残るのよね。
多分、みんなにもそれが伝わってる」
「もしそうなら、この世界は少しはマシになるだろう」
ルディウスは空を仰ぐ。
灰雲の奥、まだ時折赤い稲光が走る。
天界の裂け目が完全に閉じたわけではない。
いずれ神々は再び干渉を試みるだろう。
「その前に“新しい地”を築かねばならない。
この世界の住人が、神にも悪魔にも縛られずに生きる場所を」
彼の言葉にイルミナが応じた。
「ちょうど良い機会ね。“調律の塔”の完成祝いも兼ねて晩餐会を開きましょう。
戦いに倦んでる皆の士気を上げるには、それが一番」
アーシェが呆れたように言う。「あなたは機械のくせに、人間臭い発想をする」
イルミナは肩をすくめて笑った。
「わたしはもう“機械”じゃない。手の温もりも、味覚も、あなたたちと同じものを持っている。
ルディウスに“自由”を与えられた。だから、今はこの世界で生きたいの」
その笑顔に、誰もが言葉を失った。
***
夜、アーカディアの中心区。
新設された大広間に灯がともる。
かつて戦争の司令塔だった場所が、今は静かな宴の場に変わっていた。
竜人族、魔族、そして人間たち。
本来なら相容れぬ種族が、同じ卓を囲んでいる。
アーシェは竜人の戦士たちと酒を交わしながら笑い、
リシェルは中央で演奏隊に加わり、古代エルフの楽を奏でていた。
フィアは子供たちと共に歌を歌い、イルミナは塔の天辺で光の演出を操っている。
ルディウスは遠くからその光景を見ていた。
かつて、王国の宴で浴びた乾いた笑い声とは違い、
この場には嘘のない声音が響いていた。
彼が立っていたバルコニーに、リシェルがやってきた。
「やっぱり離れて見てたのね」
「俺は宴より戦の方が得意だ」
「ふうん、でも戦い続けることが“勝利”ではないでしょう?」
彼女の言葉に、ルディウスは少し目を細めた。
「勝利……か。
確かに、戦いは終わった。だが、それは一時のことだ。
神々が消えたわけでも、人が完全に変わったわけでもない」
「でも、あなたが皆を導いた。それだけで“勝利”だと、私は思う」
ルディウスは苦笑を浮かべた。
「導いた、か。……俺はただ、力の均衡を奪っただけだ」
「違うわ。あなたは“絶望の中にも意味がある”って教えたの。
何かを信じる理由を取り戻したのよ」
そう言ってリシェルは、彼の胸へ手を当てた。
その指先が心臓の鼓動を感じ取り、小さく微笑む。
「ちゃんと動いてる。この心。
昔は氷みたいに冷たかったけど、今は光が混じってる」
ルディウスはその言葉に返す言葉を持たなかった。
しかし次の瞬間、彼の耳に異音が届いた。
――塔の最上層から。
イルミナの声が緊迫して響く。
「ルディウス! 上層に異常値! 魔力流が外部から侵入してる!」
同時に、空に亀裂が走った。
宴の音が止まり、人々が顔を上げる。
天蓋を覆う黒雲が裂け、その内部に金色の光が渦を巻いていた。
「何だ……また、天界の干渉か……?」アーシェが立ち上がる。
だが、現れたのは神ではなかった。
金色の外套を纏い、片腕に聖剣を抱えた一人の男――勇者アレンだった。
彼の全身からは、神の加護ではない、未知の力があふれている。
その背には、かつて聖女セリナが纏っていたはずの“聖翼”が生えていた。
「……アレン!」リシェルが思わず叫ぶ。
男はゆっくりと降り立ち、静かに剣を抜く。
その眼差しは、かつての誇り高い勇者のものではない。
だが憎しみも悲しみもない、ただ“決意”だけがあった。
「ルディウス。神に代わる理を掲げるお前の言葉を、俺は聞いた。
だが――それでも俺は“人”の側に立つ。
神も魔も、等しく滅ぼす。それが真の自由だ」
その言葉に、空気が凍りつく。
リシェルやアーシェ、イルミナでさえ息を呑んだ。
だがルディウスは一歩だけ進み、短く言った。
「そうか。なら、今度こそ“理”として戦おう。
お前は神の模倣ではなく、自らの意志で剣を取った。
それなら俺も、この手で応じる資格がある。」
二人の間に、再び光と闇の風が吹いた。
宴の華やぎは消え、世界は次の嵐を予感しながら息を潜めた。
これが勝利の晩餐ではなく、
世界の再構築を懸けた“誓い”の開戦の夜だった。
(続く)
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