Re:コード・ブレイカー ~落ちこぼれと嘲られた少年、世界最強の異能で全てをねじ伏せる~

たまごころ

文字の大きさ
3 / 40

第3話 同級生エリートたちの嘲笑

しおりを挟む
 次の日の昼休み。  
 教室の窓際でパンをかじりながら下を見下ろすと、グラウンドではA組の連中が異能訓練をしていた。  
 重力の渦、氷の槍、炎の斬撃。光の粒が踊り、轟音が絶えない。  
 俺たちC組の生徒にとっては、ただの見世物であり、越えられない壁そのものだった。

「すげーな、やっぱA組の御影は格が違う」  
「昨日の測定でもトップスコアだったらしいぜ」  
「同じ学校とは思えない……」  

 周囲のざわめき。  
 俺はパンを飲み込み、何となく笑った。  
 ――昨日、あいつの重力をねじ曲げたのは俺だ。  
 そのことを思い出すたびに、胸の奥がざわつく。だがあの光景は“なかったこと”にされている。  
 管理局の介入か、Rewriteによる改変か。どちらにしても、俺だけが覚えている。  

「早く食べなよ、レン」  
 咲良がトレーを持ってやって来た。  
 カフェテリア帰りらしく、湯気の立つスープを手にしている。  
「ありがと。……今日もA組の見学か?」  
「仕方ないよ。あの人たちは明日から都大会の模擬戦なんだって。見ておかないと」  
 咲良の口調は穏やかだが、目は真剣だった。  
 ――彼女は昔から努力家だ。俺とは違って。  
 そんな彼女だからこそ、A組に選ばれた。  
 それを羨ましいと思いつつ、どこか遠い世界を眺めているような虚しさもあった。  

「篠宮、昼から合同授業あるの知ってるか?」  
 背後から声が飛んできた。御影聖人の取り巻きの一人だ。  
「合同?」  
「そう、B組とC組が一緒に実戦演習。まあお前には関係ねぇけどな。無能見物でもしに来いよ」  
 笑い声を残して奴は出ていった。  

 ……実戦演習。  
 それは異能を実際にぶつけ合う、まさに“序列”を確認するためのイベントだ。  
 俺の出番などない。とはいえ、遠くから見届けることくらいはできる。  
 何かが――俺の力が、本当に存在するのなら。  

*****

 午後、第二フィールド。  
 観覧用の透明シールドが取り囲む中、B組とC組の生徒が向かい合って立っていた。  
 教師陣と管理局の監査員まで来ている。演習というより、もはや公開試験だ。  

「ルールは簡単だ。異能で相手を無力化したら勝利。実戦を想定して全力でやれ」  
 教官が指示を出す。  
 俺はC組の端、見学者として並び立ちながらも、胸の奥が微かに疼いていた。  
 Rewrite――この力が本物なら、ここで試せるかもしれない。  

「へぇ、篠宮も来たんだ?」  
 声をかけてきたのは、赤いハイライト髪の女子、葉月リノ。B組の異能、火流操者。  
「無能のくせに、また夢見てんじゃないの?」  
「見学だよ、邪魔はしない」  
「ならいいけど。あー、でもメンバーちょうど足りないな。どうせ弱いけど、人数合わせに入れとく?」  
 わざとらしい笑み。受けて立つというより、もう反射的に返していた。  

「……いいぜ」  

 教官に報告し、俺の名がC組補欠枠に加えられる。  
 生徒たちがざわつき、教官も目を丸くした。だが止められる理由はない。  
 自分でも驚くほど、心が冷静だった。  

「篠宮レン、B組・葉月リノチームと模擬戦を行え」  

 タイル状のフィールド中央に立つ。  
 目の前でリノが手を振ると、空気が熱を帯び、炎の竜巻が生まれた。  
 温度が一気に上がり、周囲の観客が息を呑む。  
 教官が合図の旗を下ろすと同時に、火流がうねって襲いかかる。

「燃え尽きなさい!」  

 炎が視界を埋める。  
 俺は真正面から一歩を踏み出した。  
 その瞬間、時間が引き伸ばされたように遅く感じる。  
 胸の奥で電子音が鳴り響き、言葉が脳裏に浮かんだ。

【Rewrite: 物理熱量再定義】  

 世界から熱が消えた。  
 炎の竜が空中で止まり、色を失って灰色の光へと変わる。  
 リノが驚愕の声を上げる間もなく、灰色の火は霧散して風に溶けた。  
 フィールド全体の気温が、真冬のように冷え込む。  

「なっ……何、したの……?」  
「お前の“熱”は、もう存在しない」  

 俺の掌から波紋が広がる。リノが身を退こうとするが、一歩遅い。  
 衝撃が弾け、足元の地面がひび割れた。  
 観覧席から悲鳴が上がる。  
 俺はかすかに息を吸い、意識的に力を閉じた。  

 次の瞬間、音と熱が一気に戻ってくる。  
 リノは崩れ落ち、気を失った。  
 静寂。誰も動かない。  
 誰も、俺が何をしたのかわからない。  

「勝者、……C組、篠宮レン」  
 教官の声が震えていた。  

*****

 控室に戻る頃には、もう学園中の話題になっていたらしい。  
 生徒端末には大量のメッセージが届き始めていた。  
 “無能が勝った”“新型能力?”“インチキじゃないのか”。  
 どれも好奇心と恐怖が混ざった文字列。  

「何をしたのよ、篠宮」  
 咲良が駆け寄ってくる。  
「説明してよ。異能測定ではゼロだったのに、どうして……」  
「……わからない。ただ、体が勝手に反応した」  
 嘘ではなかった。本当に考えるよりも早く、Rewriteが動いたのだ。  

 咲良が沈黙したまま、小さく拳を握る。  
「……ねぇ、気をつけて。異能管理局、見てたって聞いたわ」  
「管理局?」  
「模擬戦の監査データ。全部リアルタイムで送られてるの。あんな反応、普通じゃない」  

 その言葉に背筋が冷えた。  
 やはり、見られている。立花冴希の組織――管理局。  
 昨日の黒服の男の言葉が蘇る。  
 『あなたの存在自体が秩序違反だ』。  

「……レン、お願い。変なことには巻き込まれないで」  
「そうしたいけど、どうも向こうが俺を放っておかないみたいだ」  

 咲良は心配そうに眉を寄せ、それ以上は何も言わなかった。  

*****

 放課後。  
 人気のない廊下を歩いていると、横合いから誰かが肩を掴んだ。  
 振り向けば御影聖人が立っていた。  
 昨日の威圧感とは違い、目は妙に光を失っている。  

「……お前、何をした」  
「何のことだ」  
「リノを倒した。ゼロの雑魚がだ。ありえねぇだろ」  
「結果が全てだろ」  
「お前……異能を“盗んだ”のか?」  
「盗んでねぇ。俺のだ」  

 聖人が肩を強く掴み、重力がじわりと圧し掛かってくる。  
 床が軋む。  
 その力を、俺はゆっくり見つめた。  
 ――昨日と同じ種類の重力波。なら、もう一度できる。  

「Rewrite:重力方向反転」  

 空気が弾け、世界の上下が入れ替わる。  
 聖人の体が壁に叩きつけられ、そのまま床に落ちた。  
 呻き声。  
 俺は視線を落とす。  

「やめとけよ。俺を敵に回すと、もうただじゃ済まない」  

 聖人は顔を上げかけたが、何も言わずに拳を握り、去っていった。  
 その背中を見送りながら、胸の奥に不思議な静けさがあった。  

*****

 夜。  
 寮の部屋に戻り、ベッドに寝転びながら天井を見上げる。  
 Rewrite。  
 力は確かに存在し、俺の意志で世界の理を上書きできる。  
 だが、使うたびに空気が歪み、記録が失われる。  
 この力は、世界そのものの構造に干渉しているのかもしれない。  

 机の上の端末が光った。  
 発信者――立花冴希。  
 画面を開くと、音声だけが流れた。  

『初めての実戦、見事でしたね。ですが、近いうちに“警告”が届くでしょう。力の存在が露見した今、あなたはもう普通の生徒ではいられません』  
「……警告?」  
『Rewriteは本来、封印指定です。保持者が現れれば、管理局は必ず排除を試みる。その前に――私があなたを保護します』  

 通信が切れ、静寂が落ちる。  
 携帯の画面には、次のようなメッセージが残っていた。  
【明日午前零時、旧校舎屋上で待つ】  

 俺はしばらく無言でその文字を見つめた。  
 もう、引き返せない。  
 力を得た代償に、世界の裏へと踏み込むことになる。  

 窓の外には、崩れそうな月が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...