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第4話 唯一の理解者・幼なじみ咲良
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夜の校舎は静まり、風が窓を揺らしていた。
旧校舎の屋上――錆びた柵の前に、俺は呼び出し通り立っていた。
時計の針が午前零時を指す。
そして、闇の中から銀色の髪が月光を反射した。
「こんばんは、篠宮レンくん。来ましたね」
立花冴希。白衣を羽織り、手にはタブレットを持っていた。
人間離れした容姿に、夜の光がよく似合う。
その瞳はどこか感情を排除しているようで、冷たくも神秘的だった。
「話っていうのは……俺を保護するってやつか?」
「ええ。あなたの中のRewriteは、ただの異能ではありません。今の世界に存在してはならない“構造を書き換える権限”です」
「権限?」
「この世界の異能はすべて、過去に“コード”と呼ばれる法則体系から派生しています。あなたの力はそのコードに直接触れる――つまり、因果そのものを編集できる唯一の存在」
言葉の意味を完全には理解できなかった。
だが、一つだけ確信できた。
俺は、普通の異能者ではない。
「なるほど。だから管理局は俺を“秩序違反”って呼んだのか」
「正確には“コードブレイカー”。封印対象です。ですが、私はその力を研究する立場にあります」
「研究?」
「あなたを実験体にする気はありません。ただ……その存在を放置すれば、必ず消される」
立花の声が静かに落ち着いているのに、どこか切迫していた。
彼女自身も管理局の中で立場が危ういのだろう。
「……俺があなたを信じる理由は?」
すると立花は目を細めた。
次の瞬間、足元の空気が揺れ、俺の視界が一瞬暗転した。
気づけば屋上の景色が完全に変わっている。
白い研究室、無数のモニターと青い光。
「転移した……?」
「ええ。安全な仮想領域です。肉体は屋上にありますが、精神は一時的にこの層に引き込んでいます」
「異能の……?」
「いいえ。Rewriteの残滓。あなたと干渉できるのは同質の波長だけ。つまり、私の研究もRewrite系統ということです」
立花の手が宙を滑ると、空中にデータが浮かぶ。
その中に映るのは、俺の全身を取り巻く光の紋章。
血管のように体を走る光の線――まるで生きている回路だ。
「このままだと、いずれ暴走します。Rewriteは対象を修復するために常に書き換えを続ける。あなたの精神が負ければ、世界規模の崩壊が起きる」
「……どうすればいい」
「制御を覚えること。それには“媒介”が必要です。あなたの力を穏やかに繋ぎ止める、人間的な錨(いかり)。」
立花がタブレットを操作すると、一人の少女の顔が投影された。
黒髪の瞳、柔らかな微笑――咲良だった。
「……彼女が、錨になるかもしれません」
「咲良が?」
「ええ。あなたのRewriteは、感情の揺らぎに強く反応します。あなたが最も強く“守りたい”と思う存在を意識すれば、力は安定するの」
「守りたい……」
あの日、笑われた俺の隣で唯一怒ってくれた彼女の顔が浮かんだ。
まだ小学生だった頃、怪我をした俺にハンカチを差し出してくれた時の温もり。
それを思い出すたび、胸の奥が熱くなる。
「それなら……俺にできるかもしれない」
「ですが、注意して。Rewriteは強制的に現実を書き換えるため、関係の記憶に干渉する可能性もあります。つまり――あなたが彼女を守ろうとするほど、彼女の“現実”が変わる」
立花の言葉は警告のようだった。
けれど、その場で迷うことなどできなかった。
俺は立花に頷いた。
「……それでも、守る。俺のせいで誰かが傷つくくらいなら、世界ごと変えてやる」
「まったく。あなたはやはりコードブレイカーらしい」
立花は微かに笑った。
その微笑みには人らしさがあったが、同時にどこか哀しげでもあった。
「いいでしょう。しばらくは私の監視下にいてください。そのあいだに制御訓練を行います。場所は――地下第七施設。あの夜の部屋です」
次の瞬間、白の世界が霧のように消え、再び屋上に戻っていた。
立花は背を向けながら手を振る。
「咲良さんには感情を誤魔化さないこと。あの子は、あなたよりもずっと鋭い」
彼女が階段を下りて消えると、屋上に月光だけが残った。
*****
翌朝、教室に入ると、想像以上の視線に包まれた。
昨日の模擬戦――「無能がB組トップを倒した」という噂は、すでに全校に広がっていた。
今まで俺をあざけっていた連中の視線が、畏怖に変わっている。
「篠宮、昨日のやつ……どうやったんだ?」
「お前の異能、なんて呼ぶんだ?」
「管理局が動いたってマジか?」
質問の嵐。だが俺は適当にかわしながら席についた。
視線の圧に気づいた咲良が小さく手を挙げる。
「みんな、篠宮くん困ってるでしょ」
「いいって、咲良。慣れてる」
そう言いながらも、心のどこかで少し救われていた。
彼女の声は、どんなにざわめいた空気の中でも、調律のように安らぎを与える。
昼休み、咲良が屋上に俺を呼び出した。
風が吹き抜け、髪が揺れる。
「昨日のこと……本当に大丈夫?」
「ああ……ちょっと、偶然だ」
「嘘。あの力、偶然で出せるものじゃない」
「……そうかもな」
視線がぶつかる。
咲良は真剣そのもので、俺はその目を見つめ返せなかった。
「昔から、レンは嘘つく時、目をそらすの知ってるから」
ふっと微笑む彼女に、息が詰まる。
「危険なことに関わってるなら……やめて。私、またレンが傷つくの、嫌だ」
「咲良……」
喉の奥に何かがこみ上げた。
言いたいことは山ほどあったが、どれも変に混ざって出てこなかった。
――その瞬間、再びRewriteが反応した。
風が止み、景色の色がわずかに失われる。
透明な波紋が咲良を中心に駆け抜けた。
「え……?」
彼女が驚いたように俺を見る。その頬が淡く光っていた。
コードの紋章が触れたのだ。
Rewriteが、俺の無意識を拾っている。
“守りたい”という感情を、現実の形に変えようとして。
「レン、今の――」
「なんでもない!」
必死に意識を切り離す。
風が再び動き、世界が色を取り戻した。
咲良は目を瞬かせ、それ以上は何も言わずに微笑んだ。
「……やっぱり無理に強がらないで。昔みたいに、困ったらちゃんと話して」
その言葉を聞くだけで、胸の奥の暴れ狂う力が静まっていくのがわかった。
――立花の言葉は本当だった。
咲良が近くにいるだけで、Rewriteは安定する。
「ありがとな」
その一言が、喉からようやく出た。
*****
放課後。
校門を出たところで、黒い車が止まった。
助手席に立花の姿。
窓越しに短く指を立てる。
「行くわよ。今日から訓練を始める」
「……分かった」
俺は咲良に「先に帰っててくれ」とだけ言い、車に乗り込んだ。
街の光が流れ、やがて地下トンネルへと入る。
車内のモニターに、立花がデータを映しながら言った。
「これから、Rewriteを意識的に使う訓練を行います。あなたの思考と感情を切り離す手段を覚える」
「……もし失敗したら?」
「世界がもう一つ増えるだけ」
息が詰まった。だが、立花はあくまで淡々としている。
「冗談よ。でも本気で集中して。Rewriteは希望の力であると同時に、破滅の力でもあるのだから」
その言葉に、小さく頷く。
車が地下第七施設へ滑り込むと、冷気が頬を打った。
俺の戦いが、ここから始まる――そう思いながら、俺は闇の奥へ足を踏み入れた。
旧校舎の屋上――錆びた柵の前に、俺は呼び出し通り立っていた。
時計の針が午前零時を指す。
そして、闇の中から銀色の髪が月光を反射した。
「こんばんは、篠宮レンくん。来ましたね」
立花冴希。白衣を羽織り、手にはタブレットを持っていた。
人間離れした容姿に、夜の光がよく似合う。
その瞳はどこか感情を排除しているようで、冷たくも神秘的だった。
「話っていうのは……俺を保護するってやつか?」
「ええ。あなたの中のRewriteは、ただの異能ではありません。今の世界に存在してはならない“構造を書き換える権限”です」
「権限?」
「この世界の異能はすべて、過去に“コード”と呼ばれる法則体系から派生しています。あなたの力はそのコードに直接触れる――つまり、因果そのものを編集できる唯一の存在」
言葉の意味を完全には理解できなかった。
だが、一つだけ確信できた。
俺は、普通の異能者ではない。
「なるほど。だから管理局は俺を“秩序違反”って呼んだのか」
「正確には“コードブレイカー”。封印対象です。ですが、私はその力を研究する立場にあります」
「研究?」
「あなたを実験体にする気はありません。ただ……その存在を放置すれば、必ず消される」
立花の声が静かに落ち着いているのに、どこか切迫していた。
彼女自身も管理局の中で立場が危ういのだろう。
「……俺があなたを信じる理由は?」
すると立花は目を細めた。
次の瞬間、足元の空気が揺れ、俺の視界が一瞬暗転した。
気づけば屋上の景色が完全に変わっている。
白い研究室、無数のモニターと青い光。
「転移した……?」
「ええ。安全な仮想領域です。肉体は屋上にありますが、精神は一時的にこの層に引き込んでいます」
「異能の……?」
「いいえ。Rewriteの残滓。あなたと干渉できるのは同質の波長だけ。つまり、私の研究もRewrite系統ということです」
立花の手が宙を滑ると、空中にデータが浮かぶ。
その中に映るのは、俺の全身を取り巻く光の紋章。
血管のように体を走る光の線――まるで生きている回路だ。
「このままだと、いずれ暴走します。Rewriteは対象を修復するために常に書き換えを続ける。あなたの精神が負ければ、世界規模の崩壊が起きる」
「……どうすればいい」
「制御を覚えること。それには“媒介”が必要です。あなたの力を穏やかに繋ぎ止める、人間的な錨(いかり)。」
立花がタブレットを操作すると、一人の少女の顔が投影された。
黒髪の瞳、柔らかな微笑――咲良だった。
「……彼女が、錨になるかもしれません」
「咲良が?」
「ええ。あなたのRewriteは、感情の揺らぎに強く反応します。あなたが最も強く“守りたい”と思う存在を意識すれば、力は安定するの」
「守りたい……」
あの日、笑われた俺の隣で唯一怒ってくれた彼女の顔が浮かんだ。
まだ小学生だった頃、怪我をした俺にハンカチを差し出してくれた時の温もり。
それを思い出すたび、胸の奥が熱くなる。
「それなら……俺にできるかもしれない」
「ですが、注意して。Rewriteは強制的に現実を書き換えるため、関係の記憶に干渉する可能性もあります。つまり――あなたが彼女を守ろうとするほど、彼女の“現実”が変わる」
立花の言葉は警告のようだった。
けれど、その場で迷うことなどできなかった。
俺は立花に頷いた。
「……それでも、守る。俺のせいで誰かが傷つくくらいなら、世界ごと変えてやる」
「まったく。あなたはやはりコードブレイカーらしい」
立花は微かに笑った。
その微笑みには人らしさがあったが、同時にどこか哀しげでもあった。
「いいでしょう。しばらくは私の監視下にいてください。そのあいだに制御訓練を行います。場所は――地下第七施設。あの夜の部屋です」
次の瞬間、白の世界が霧のように消え、再び屋上に戻っていた。
立花は背を向けながら手を振る。
「咲良さんには感情を誤魔化さないこと。あの子は、あなたよりもずっと鋭い」
彼女が階段を下りて消えると、屋上に月光だけが残った。
*****
翌朝、教室に入ると、想像以上の視線に包まれた。
昨日の模擬戦――「無能がB組トップを倒した」という噂は、すでに全校に広がっていた。
今まで俺をあざけっていた連中の視線が、畏怖に変わっている。
「篠宮、昨日のやつ……どうやったんだ?」
「お前の異能、なんて呼ぶんだ?」
「管理局が動いたってマジか?」
質問の嵐。だが俺は適当にかわしながら席についた。
視線の圧に気づいた咲良が小さく手を挙げる。
「みんな、篠宮くん困ってるでしょ」
「いいって、咲良。慣れてる」
そう言いながらも、心のどこかで少し救われていた。
彼女の声は、どんなにざわめいた空気の中でも、調律のように安らぎを与える。
昼休み、咲良が屋上に俺を呼び出した。
風が吹き抜け、髪が揺れる。
「昨日のこと……本当に大丈夫?」
「ああ……ちょっと、偶然だ」
「嘘。あの力、偶然で出せるものじゃない」
「……そうかもな」
視線がぶつかる。
咲良は真剣そのもので、俺はその目を見つめ返せなかった。
「昔から、レンは嘘つく時、目をそらすの知ってるから」
ふっと微笑む彼女に、息が詰まる。
「危険なことに関わってるなら……やめて。私、またレンが傷つくの、嫌だ」
「咲良……」
喉の奥に何かがこみ上げた。
言いたいことは山ほどあったが、どれも変に混ざって出てこなかった。
――その瞬間、再びRewriteが反応した。
風が止み、景色の色がわずかに失われる。
透明な波紋が咲良を中心に駆け抜けた。
「え……?」
彼女が驚いたように俺を見る。その頬が淡く光っていた。
コードの紋章が触れたのだ。
Rewriteが、俺の無意識を拾っている。
“守りたい”という感情を、現実の形に変えようとして。
「レン、今の――」
「なんでもない!」
必死に意識を切り離す。
風が再び動き、世界が色を取り戻した。
咲良は目を瞬かせ、それ以上は何も言わずに微笑んだ。
「……やっぱり無理に強がらないで。昔みたいに、困ったらちゃんと話して」
その言葉を聞くだけで、胸の奥の暴れ狂う力が静まっていくのがわかった。
――立花の言葉は本当だった。
咲良が近くにいるだけで、Rewriteは安定する。
「ありがとな」
その一言が、喉からようやく出た。
*****
放課後。
校門を出たところで、黒い車が止まった。
助手席に立花の姿。
窓越しに短く指を立てる。
「行くわよ。今日から訓練を始める」
「……分かった」
俺は咲良に「先に帰っててくれ」とだけ言い、車に乗り込んだ。
街の光が流れ、やがて地下トンネルへと入る。
車内のモニターに、立花がデータを映しながら言った。
「これから、Rewriteを意識的に使う訓練を行います。あなたの思考と感情を切り離す手段を覚える」
「……もし失敗したら?」
「世界がもう一つ増えるだけ」
息が詰まった。だが、立花はあくまで淡々としている。
「冗談よ。でも本気で集中して。Rewriteは希望の力であると同時に、破滅の力でもあるのだから」
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