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第11話 謎の美女プロデューサー登場
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街を離れて数時間。
無人タクシーは黒い高速道路を滑るように進み、深夜の空を切り裂いていく。
街灯の灯りも途切れ、代わりに窓の外では霧が漂っていた。
リアモニター越しに流れるのは、立花冴希の事前プログラム。
「目的地――コード・ルーツ・ポイントまで残り三十二分」という音声だけが、静まり返った車内に響く。
俺はシートに体を沈め、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
Rewriteを覚醒させ、そのたびに何かが変貌していく世界。
学校という小さな箱庭はもう跡形もなく、現実はますます歪んだ速度を増している。
すべては、Rewriteという力の存在が明るみに出たその日からだった。
無人タクシーのデッキが突然軋む音を立てた。
計器がちらつき、機体が停まる。
霧の中に、ひときわ鮮やかな赤いネオンが浮かんでいる。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
黒のタイトスーツにロングコート。
筋の通った顔立ちに、光を宿す金色の瞳。
霧の中でもその姿は鮮烈だった。
「ようやく見つけたわ、篠宮レン」
その声はよく通る。
低音でありながら、どこか挑発的な柔らかさを含んでいる。
俺はドアを開けずに問い返した。
「……誰だ」
「神崎テクノロジーズ戦略顧問、朝倉ミレイ。けれど、あなたにとっては“スポンサー候補”のほうがわかりやすいかしら」
ネオンの明滅に照らされ、彼女の髪が光を帯びた。
その瞬間、視界の端の数字が跳ねる。
視聴力。
周囲の空間に存在する意識が一斉に彼女に集束していく。
まるで、生まれながらに視線を集める“構造”を彼女が持っている。
Rewriteが、彼女を認識した瞬間、情報の流れさえ補正されていく感覚があった。
「……お前も、Rewriteに関わる人間か」
「ええ、正確には“製作者側”。私たちは、あなたが今扱っている力を、理論上生み出した。」
「理論上……?」
「元々Rewriteは、私たちが開発した“観測者干渉プログラム”をベースに造られたの。あなたの能力はその実験体第零号が自己進化した結果よ」
立花から教わっていた情報とも矛盾しない。
だが、彼女の目は立花とは違う光を宿していた。
研究者というより、狩人に近い。
「私の目的は、あなたを企業の手ではなく、ひとりの“ブランド”として守ること。
世界にRewriteという現象を公にする。それが、私の仕事」
「公にする? そんなことをすれば、世界が崩壊する」
「もう崩壊しかけてるわ。なら、先に抑えた方が勝ち」
彼女がコートの懐から投影デバイスを取り出す。
空中に映し出されたのは、俺の戦闘映像だ。
御影との戦い、暴走事件、そして防衛構造での戦闘。
すべてが鮮明に記録されている。
「これはあなたが無自覚に発生させるRewriteノイズを解析したもの。
ここ数日で、あなたの“観測影響率”は東京周域全体に広がっているの。
つまり――」
「つまり、もう隠し通せないってことか」
「そう。なら、表の舞台に出るべき。あなたを“脅威”から“希望”に変える必要がある」
「……それで、プロデュースってわけか」
「理解が早いじゃない。今すぐ契約すれば、私はあなたを保護する。
企業にも政府にも管理局にも、誰にも渡さない」
彼女の瞳が夜の霧を貫く。
心臓が妙に熱い。
Rewriteが反応している。
この女の言葉は嘘じゃない。本気で俺を“ブランド化”し、世界にRewriteを定着させようとしている。
だが、それは違う。
世界を、人の都合で変えることが間違っているのを、俺は知っている。
「悪いが、契約はしない」
「あら、残念。でも拒否するということは、この先どうなっても自己責任よ」
ミレイはゆっくりと背を向けた。
霧の向こうへ歩き出しながら、指先で何かのスイッチを弾く。
次の瞬間、周囲の空間が歪んだ。
「これは……音障壁か?」
「テレミック・ヴェイル。Rewriteを模倣した防御フィールドよ。
あなたを捕獲しようとする連中には、これくらいの“見せしめ”が必要なの」
そう言い残すと、ミレイの背中から光の翼が広がった。
霧の中に消えていく姿を、俺は視線も動かせず見送った。
*****
タクシーに戻ると、立花からの通信が入っていた。
「レン、今どこにいるの?」
「高速道路の途中だ。今、妙な女に会った。神崎のプロデューサーを名乗る」
「……朝倉ミレイね。やっぱり動いたか」
「知ってたのか」
「彼女は“表の顔”。私とは別ルートでRewriteを管理するために派遣された。
あなたを商品にするために」
「冴希、お前はそれを止めようとしてる。けど、あいつは世界を取り込もうとしてる。正反対だ」
「けれど、違う道で同じ場所へ向かってる。Rewriteの最終段階――世界の再構築。
あなたを中心に世界の認識を一つにする。あれが完成すれば、現実は“単一の観測”になる」
「単一の……観測?」
「全員が同じ現実を見るようになる。争いのない世界に見えるでしょう。でも、違う。
それは個の死を意味する。多様性が消え、感情の揺らぎすらRewriteされるの」
俺は拳を握った。
咲良の笑顔、立花のまなざし、御影の怒り。
人間は揺らぐからこそ、生きている。
そのすべてをRewriteの帳で覆うわけにはいかない。
「……冴希。俺は、自分のRewriteを制御する」
「危険よ。あなたが完全にRewriteを支配するには、コードの“魂層”へ潜る必要がある。
世界の根幹に触れる。帰ってこれる保証はない」
「それでも行く。人の手に渡すくらいなら、俺が自分で終わらせる」
通信が途切れた。
風が吹き抜け、霧を裂いた。
タクシーの先に、巨大な海沿いの都市が見えてくる。
青白く輝く“コード・ルーツ・ポイント”――Rewrite誕生の地。
*****
夜明け前。
施設の入り口は、廃墟のようだった。
外壁には管理局の古い紋章が刻まれている。
しかし扉を押して中へ入ると、そこには信じがたい光景があった。
無数の光の管が壁一面を這い、床には円形の端末が並ぶ。
中央には、液体のように揺れる球体――Rewriteの中枢核。
俺の脳裏で微かな電子音が響いた。
【Rewrite:コアアクセス開始】
拒否もできない。
体が勝手に動き、視界がデータに埋め尽くされる。
コードの列が流れ、過去の映像が断片的に浮かび上がった。
子供のころ――病院のベッド。
実験装置の中にいる自分。
その傍らで、白衣を着た二人の研究者が何かを言い争っている。
一人は立花冴希、もう一人は――朝倉ミレイ。
俺の喉から声が漏れた。
「……まさか、立花とミレイは……?」
言葉が形になる前に、光が爆ぜた。
Rewriteの核が激しく脈動し、施設全体が揺れる。
【Rewriteシステム:自己更新を開始します】
世界が、また変わる。
崩壊ではなく再生成。
全てが光に呑まれ、白の中で咲良の声が聞こえた。
『レン……あなたは、どこまで行くの……?』
その問いに答えるより早く、意識が断ち切られた。
光の奥で、俺は再び“創造される世界”の中へと沈んでいった。
無人タクシーは黒い高速道路を滑るように進み、深夜の空を切り裂いていく。
街灯の灯りも途切れ、代わりに窓の外では霧が漂っていた。
リアモニター越しに流れるのは、立花冴希の事前プログラム。
「目的地――コード・ルーツ・ポイントまで残り三十二分」という音声だけが、静まり返った車内に響く。
俺はシートに体を沈め、流れていく景色をぼんやりと眺めていた。
Rewriteを覚醒させ、そのたびに何かが変貌していく世界。
学校という小さな箱庭はもう跡形もなく、現実はますます歪んだ速度を増している。
すべては、Rewriteという力の存在が明るみに出たその日からだった。
無人タクシーのデッキが突然軋む音を立てた。
計器がちらつき、機体が停まる。
霧の中に、ひときわ鮮やかな赤いネオンが浮かんでいる。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
黒のタイトスーツにロングコート。
筋の通った顔立ちに、光を宿す金色の瞳。
霧の中でもその姿は鮮烈だった。
「ようやく見つけたわ、篠宮レン」
その声はよく通る。
低音でありながら、どこか挑発的な柔らかさを含んでいる。
俺はドアを開けずに問い返した。
「……誰だ」
「神崎テクノロジーズ戦略顧問、朝倉ミレイ。けれど、あなたにとっては“スポンサー候補”のほうがわかりやすいかしら」
ネオンの明滅に照らされ、彼女の髪が光を帯びた。
その瞬間、視界の端の数字が跳ねる。
視聴力。
周囲の空間に存在する意識が一斉に彼女に集束していく。
まるで、生まれながらに視線を集める“構造”を彼女が持っている。
Rewriteが、彼女を認識した瞬間、情報の流れさえ補正されていく感覚があった。
「……お前も、Rewriteに関わる人間か」
「ええ、正確には“製作者側”。私たちは、あなたが今扱っている力を、理論上生み出した。」
「理論上……?」
「元々Rewriteは、私たちが開発した“観測者干渉プログラム”をベースに造られたの。あなたの能力はその実験体第零号が自己進化した結果よ」
立花から教わっていた情報とも矛盾しない。
だが、彼女の目は立花とは違う光を宿していた。
研究者というより、狩人に近い。
「私の目的は、あなたを企業の手ではなく、ひとりの“ブランド”として守ること。
世界にRewriteという現象を公にする。それが、私の仕事」
「公にする? そんなことをすれば、世界が崩壊する」
「もう崩壊しかけてるわ。なら、先に抑えた方が勝ち」
彼女がコートの懐から投影デバイスを取り出す。
空中に映し出されたのは、俺の戦闘映像だ。
御影との戦い、暴走事件、そして防衛構造での戦闘。
すべてが鮮明に記録されている。
「これはあなたが無自覚に発生させるRewriteノイズを解析したもの。
ここ数日で、あなたの“観測影響率”は東京周域全体に広がっているの。
つまり――」
「つまり、もう隠し通せないってことか」
「そう。なら、表の舞台に出るべき。あなたを“脅威”から“希望”に変える必要がある」
「……それで、プロデュースってわけか」
「理解が早いじゃない。今すぐ契約すれば、私はあなたを保護する。
企業にも政府にも管理局にも、誰にも渡さない」
彼女の瞳が夜の霧を貫く。
心臓が妙に熱い。
Rewriteが反応している。
この女の言葉は嘘じゃない。本気で俺を“ブランド化”し、世界にRewriteを定着させようとしている。
だが、それは違う。
世界を、人の都合で変えることが間違っているのを、俺は知っている。
「悪いが、契約はしない」
「あら、残念。でも拒否するということは、この先どうなっても自己責任よ」
ミレイはゆっくりと背を向けた。
霧の向こうへ歩き出しながら、指先で何かのスイッチを弾く。
次の瞬間、周囲の空間が歪んだ。
「これは……音障壁か?」
「テレミック・ヴェイル。Rewriteを模倣した防御フィールドよ。
あなたを捕獲しようとする連中には、これくらいの“見せしめ”が必要なの」
そう言い残すと、ミレイの背中から光の翼が広がった。
霧の中に消えていく姿を、俺は視線も動かせず見送った。
*****
タクシーに戻ると、立花からの通信が入っていた。
「レン、今どこにいるの?」
「高速道路の途中だ。今、妙な女に会った。神崎のプロデューサーを名乗る」
「……朝倉ミレイね。やっぱり動いたか」
「知ってたのか」
「彼女は“表の顔”。私とは別ルートでRewriteを管理するために派遣された。
あなたを商品にするために」
「冴希、お前はそれを止めようとしてる。けど、あいつは世界を取り込もうとしてる。正反対だ」
「けれど、違う道で同じ場所へ向かってる。Rewriteの最終段階――世界の再構築。
あなたを中心に世界の認識を一つにする。あれが完成すれば、現実は“単一の観測”になる」
「単一の……観測?」
「全員が同じ現実を見るようになる。争いのない世界に見えるでしょう。でも、違う。
それは個の死を意味する。多様性が消え、感情の揺らぎすらRewriteされるの」
俺は拳を握った。
咲良の笑顔、立花のまなざし、御影の怒り。
人間は揺らぐからこそ、生きている。
そのすべてをRewriteの帳で覆うわけにはいかない。
「……冴希。俺は、自分のRewriteを制御する」
「危険よ。あなたが完全にRewriteを支配するには、コードの“魂層”へ潜る必要がある。
世界の根幹に触れる。帰ってこれる保証はない」
「それでも行く。人の手に渡すくらいなら、俺が自分で終わらせる」
通信が途切れた。
風が吹き抜け、霧を裂いた。
タクシーの先に、巨大な海沿いの都市が見えてくる。
青白く輝く“コード・ルーツ・ポイント”――Rewrite誕生の地。
*****
夜明け前。
施設の入り口は、廃墟のようだった。
外壁には管理局の古い紋章が刻まれている。
しかし扉を押して中へ入ると、そこには信じがたい光景があった。
無数の光の管が壁一面を這い、床には円形の端末が並ぶ。
中央には、液体のように揺れる球体――Rewriteの中枢核。
俺の脳裏で微かな電子音が響いた。
【Rewrite:コアアクセス開始】
拒否もできない。
体が勝手に動き、視界がデータに埋め尽くされる。
コードの列が流れ、過去の映像が断片的に浮かび上がった。
子供のころ――病院のベッド。
実験装置の中にいる自分。
その傍らで、白衣を着た二人の研究者が何かを言い争っている。
一人は立花冴希、もう一人は――朝倉ミレイ。
俺の喉から声が漏れた。
「……まさか、立花とミレイは……?」
言葉が形になる前に、光が爆ぜた。
Rewriteの核が激しく脈動し、施設全体が揺れる。
【Rewriteシステム:自己更新を開始します】
世界が、また変わる。
崩壊ではなく再生成。
全てが光に呑まれ、白の中で咲良の声が聞こえた。
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