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第12話 同級生配信者の裏切り
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光がゆっくりと沈んでいく感覚の中、俺は目を開けた。
世界は確かに形を変えていた。
廃墟と化していたはずの施設が、いつの間にか整然とした研究区画に変わっている。
金属壁は新しく、足元の床は白く磨かれ、空中をホログラムの数列が流れていた。
Rewriteの発動が、世界を時間ごと上書きしたのだ。
俺は過去と現在が重なりあう奇妙な空間の中にいた。
耳の奥で声がした。
「……レン、聞こえる?」
咲良の声だ。
通信機の反応ではない。直接、意識のチャンネルに届いてくる。
Rewriteの補助機能――精神共鳴。前に立花が言っていたやつだ。
「咲良か。無事か」
「うん……でも動けない。外の世界は、何かに飲み込まれそうなの。
街全体が光の薄布で覆われてる……もしかして、あなたのRewrite?」
「……多分な」
言いながら、胸が痛んだ。俺が変えるたびに、誰かの世界が歪む。
「私、信じてる。レンは間違ってない。だから――」
そこまで言って、通信が一瞬で途切れた。
雑音の向こう側で、誰かの笑い声がした。
「へぇ、意外と優しいじゃん。お前でもそういう顔するんだな」
振り向くと、天井の光の粒子の中からひとりの影が現れた。
黒のパーカーにヘッドセット。目つきの悪い少年。
その顔を見た瞬間、記憶が繋がる。
「お前……風間亮(かざまりょう)か」
「覚えてたのか。まぁ、“無能の友人”って肩書きだった頃の話だけどな」
風間亮。俺と同じ学園のC組の生徒。
昔は俺と同じく落ちこぼれ扱いを受けていた。
しかし今、目の前の彼は全く違う。
Rewriteの流入データを頭の後ろに直結している――異能拡張装置だ。
「お前もRewrite研究に関わってたのか」
「関わってた? 違ぇよ。俺はな、お前から生まれた“失敗作”だ」
笑いながら、彼は掌を掲げる。
光の紋章が浮かび上がった。
だがそれは俺のRewriteと完全には一致しない。
不安定に揺らぎ、周囲の空気をノイズに変える。
「聞いた話だとよ、お前のRewriteは“世界を守るため”のコードらしいな」
「……何が言いたい」
「皮肉だよ。俺のRewriteは――“世界を壊すため”に作られた」
その声と同時に、施設全体の照明が赤く変わった。
ホログラムに流れるデータがぐしゃりと歪む。
周囲の機器が次々に爆ぜ、金属がよじれる。
風間は楽しそうに笑いながら続ける。
「お前と俺は、一人の生体データから作られた双極コード。
立花が“希望”を求め、ミレイが“絶望”を仕込んだ。
ふたつ合わさって初めてRewriteは完成する。だがそのバランスが崩れた。
お前が選んだ“守る”っていう制約が、俺をこの世界の外へ押し出したんだ!」
耳鳴りがした。空気が弾ける。
Rewriteの起動音が俺の体内から共鳴する。
「やめろ、こんなことをしても意味はない!」
「あるさ。俺はお前とは違う。世界に見捨てられた人間の側に立ってる」
風間のRewriteが暴走する。
床が黒く染まり、足元の空間がひび割れる。
虚無そのものが施設を飲み込み始めた。
防御を展開しようとすると、先に突風が走った。
螺旋状のコードが俺の腕をかすめ、熱が広がる。
皮膚の内側からRewriteが弾かれたような痛み。
「どうした? お前のRewriteは“守るためだけ”の力なんだろ。
俺の攻撃は“防御不能”。自分のコードで縛られる感想はどうだ?」
その挑発に、胸の奥が熱くなった。
視界の片隅に咲良の笑顔がよぎる。
彼女のためにこの力を制限したことを、後悔するわけにはいかない。
だが、限界はある。
「風間、俺はお前を倒したいんじゃない。止めたいだけだ!」
「綺麗ごとを……!」
風間が両手を融合させ、黒い光の球を生み出す。
空気が凍る。
次の瞬間、重力そのものが裏返るような衝撃が走った。
建物が軋み、床が宙へ浮かぶ。
【Rewrite緊急モード起動】
耳の奥に電子音。
意識の深層で、誰かの声がした。
「レン、力を解放して」
咲良の声。
彼女がここまで干渉できるはずがない。
しかし確かに、彼女の祈りがRewriteへ届いていた。
俺は拳を握った。
「Rewrite、防御制約を一秒だけ解除!」
【制限解除・許可】
一瞬で世界が反転する。
時間が凍り、風間の光球が動きを止めた。
静止した空間の中で、俺は光を掴み取る。
そして、その構造を書き換える。
【Rewrite:虚無変換→再生構造】
黒が青へ溶け、崩壊の波が消える。
凍った空気が解かれ、時間が再び動き出す。
風間の身体が衝撃波に弾かれて床へ叩きつけられた。
静かな破裂音。
立ち込める煙の向こうで、風間が息を切らしながら笑った。
「やっぱり……お前は人間をやめてるな……」
「人間をやめるつもりはない。けど、お前を止めるにはこれしかない」
「止める……ね。はは、また綺麗ごと言いやがって……」
風間は床に崩れ落ちながら、異能装置のコードを引き抜いた。
その手が震えている。
「なぁレン……俺だって、ただ見たかったんだよ。Rewriteの向こうの“自由な世界”を」
呟いた瞬間、風間のRewriteの紋章が淡く光り、空気に溶けて消えた。
沈黙が戻る。
崩れた壁の向こうで、朝日が差し込んでいた。
赤く染まる視界の中で、俺は息を吐く。
どれだけRewriteを使っても、失うものは増えるばかりだ。
守ることと消すことの境界は、すでに曖昧になりかけている。
*****
施設を出ると、外の空気の匂いが変わっていた。
湿った風が街の方角から吹き抜ける。
遠くの地平線に見えるのは、光の壁。
空全体が薄い膜で覆われている。
Rewriteが世界構造に定着した証拠。
「……間に合わなかったか」
ポケットの通信端末が震える。
立花の声が届いた。
「レン、よく聞いて。ミレイが世界中の通信網をRewriteに接続した。
あなたが戦っている間に、“観測統合計画”が始まったの。
全ての人間の認識を、一つの視点に統合する……」
「つまり、Rewriteを神の目に変えるってことか」
「ええ。その中心にいるのはあなた」
「俺が中心……?」
「あなたが視られる限り、統合は進む。今や全地球規模で“篠宮レン”という存在が記録されてる」
立花の声にも焦りが混じっていた。
前にミレイが言っていた。
「脅威を希望に変える」。
それが、こういう形だったとは。
「レン、あなたが消えなければ、世界はあなたという現象に置き換わるわ」
「……俺が、世界のRewriteそのものになる」
遠くで雷が鳴った。
空にひびが走り、光が滴り落ちる。
世界の境界が再び崩れ始めている。
風が頬を打つ。
Rewriteの紋章が胸の奥で鼓動を打った。
守るために使ってきた力が、今度はすべてを飲み込もうとしている。
「立花……咲良を頼む」
「レン、何をする気?」
「Rewriteの中枢に戻る。俺自身を“視られないもの”に書き換える」
「そんなことしたら、あなたの存在は消える!」
「それでいい。俺さえ世界にいなければ――Rewriteは止まる」
通信の向こうで立花が何かを叫ぶが、もう波の音にかき消されて聞こえない。
俺は光の壁に向かって歩き出す。
風間が最後に言った言葉が耳の奥で響く。
『自由な世界を見たかったんだよ』
「俺もだよ。けど、それは俺だけの自由だ」
足元が焼けるように熱くなり、視界が白に染まる。
Rewriteが最後の警告を鳴らした。
【Rewrite中枢接続開始】
俺は微笑んで目を閉じた。
誰かの声が遠くで泣いている。
咲良か、冴希か、それとも世界そのものか。
――Rewriteが再び、すべてを包み込んだ。
世界は確かに形を変えていた。
廃墟と化していたはずの施設が、いつの間にか整然とした研究区画に変わっている。
金属壁は新しく、足元の床は白く磨かれ、空中をホログラムの数列が流れていた。
Rewriteの発動が、世界を時間ごと上書きしたのだ。
俺は過去と現在が重なりあう奇妙な空間の中にいた。
耳の奥で声がした。
「……レン、聞こえる?」
咲良の声だ。
通信機の反応ではない。直接、意識のチャンネルに届いてくる。
Rewriteの補助機能――精神共鳴。前に立花が言っていたやつだ。
「咲良か。無事か」
「うん……でも動けない。外の世界は、何かに飲み込まれそうなの。
街全体が光の薄布で覆われてる……もしかして、あなたのRewrite?」
「……多分な」
言いながら、胸が痛んだ。俺が変えるたびに、誰かの世界が歪む。
「私、信じてる。レンは間違ってない。だから――」
そこまで言って、通信が一瞬で途切れた。
雑音の向こう側で、誰かの笑い声がした。
「へぇ、意外と優しいじゃん。お前でもそういう顔するんだな」
振り向くと、天井の光の粒子の中からひとりの影が現れた。
黒のパーカーにヘッドセット。目つきの悪い少年。
その顔を見た瞬間、記憶が繋がる。
「お前……風間亮(かざまりょう)か」
「覚えてたのか。まぁ、“無能の友人”って肩書きだった頃の話だけどな」
風間亮。俺と同じ学園のC組の生徒。
昔は俺と同じく落ちこぼれ扱いを受けていた。
しかし今、目の前の彼は全く違う。
Rewriteの流入データを頭の後ろに直結している――異能拡張装置だ。
「お前もRewrite研究に関わってたのか」
「関わってた? 違ぇよ。俺はな、お前から生まれた“失敗作”だ」
笑いながら、彼は掌を掲げる。
光の紋章が浮かび上がった。
だがそれは俺のRewriteと完全には一致しない。
不安定に揺らぎ、周囲の空気をノイズに変える。
「聞いた話だとよ、お前のRewriteは“世界を守るため”のコードらしいな」
「……何が言いたい」
「皮肉だよ。俺のRewriteは――“世界を壊すため”に作られた」
その声と同時に、施設全体の照明が赤く変わった。
ホログラムに流れるデータがぐしゃりと歪む。
周囲の機器が次々に爆ぜ、金属がよじれる。
風間は楽しそうに笑いながら続ける。
「お前と俺は、一人の生体データから作られた双極コード。
立花が“希望”を求め、ミレイが“絶望”を仕込んだ。
ふたつ合わさって初めてRewriteは完成する。だがそのバランスが崩れた。
お前が選んだ“守る”っていう制約が、俺をこの世界の外へ押し出したんだ!」
耳鳴りがした。空気が弾ける。
Rewriteの起動音が俺の体内から共鳴する。
「やめろ、こんなことをしても意味はない!」
「あるさ。俺はお前とは違う。世界に見捨てられた人間の側に立ってる」
風間のRewriteが暴走する。
床が黒く染まり、足元の空間がひび割れる。
虚無そのものが施設を飲み込み始めた。
防御を展開しようとすると、先に突風が走った。
螺旋状のコードが俺の腕をかすめ、熱が広がる。
皮膚の内側からRewriteが弾かれたような痛み。
「どうした? お前のRewriteは“守るためだけ”の力なんだろ。
俺の攻撃は“防御不能”。自分のコードで縛られる感想はどうだ?」
その挑発に、胸の奥が熱くなった。
視界の片隅に咲良の笑顔がよぎる。
彼女のためにこの力を制限したことを、後悔するわけにはいかない。
だが、限界はある。
「風間、俺はお前を倒したいんじゃない。止めたいだけだ!」
「綺麗ごとを……!」
風間が両手を融合させ、黒い光の球を生み出す。
空気が凍る。
次の瞬間、重力そのものが裏返るような衝撃が走った。
建物が軋み、床が宙へ浮かぶ。
【Rewrite緊急モード起動】
耳の奥に電子音。
意識の深層で、誰かの声がした。
「レン、力を解放して」
咲良の声。
彼女がここまで干渉できるはずがない。
しかし確かに、彼女の祈りがRewriteへ届いていた。
俺は拳を握った。
「Rewrite、防御制約を一秒だけ解除!」
【制限解除・許可】
一瞬で世界が反転する。
時間が凍り、風間の光球が動きを止めた。
静止した空間の中で、俺は光を掴み取る。
そして、その構造を書き換える。
【Rewrite:虚無変換→再生構造】
黒が青へ溶け、崩壊の波が消える。
凍った空気が解かれ、時間が再び動き出す。
風間の身体が衝撃波に弾かれて床へ叩きつけられた。
静かな破裂音。
立ち込める煙の向こうで、風間が息を切らしながら笑った。
「やっぱり……お前は人間をやめてるな……」
「人間をやめるつもりはない。けど、お前を止めるにはこれしかない」
「止める……ね。はは、また綺麗ごと言いやがって……」
風間は床に崩れ落ちながら、異能装置のコードを引き抜いた。
その手が震えている。
「なぁレン……俺だって、ただ見たかったんだよ。Rewriteの向こうの“自由な世界”を」
呟いた瞬間、風間のRewriteの紋章が淡く光り、空気に溶けて消えた。
沈黙が戻る。
崩れた壁の向こうで、朝日が差し込んでいた。
赤く染まる視界の中で、俺は息を吐く。
どれだけRewriteを使っても、失うものは増えるばかりだ。
守ることと消すことの境界は、すでに曖昧になりかけている。
*****
施設を出ると、外の空気の匂いが変わっていた。
湿った風が街の方角から吹き抜ける。
遠くの地平線に見えるのは、光の壁。
空全体が薄い膜で覆われている。
Rewriteが世界構造に定着した証拠。
「……間に合わなかったか」
ポケットの通信端末が震える。
立花の声が届いた。
「レン、よく聞いて。ミレイが世界中の通信網をRewriteに接続した。
あなたが戦っている間に、“観測統合計画”が始まったの。
全ての人間の認識を、一つの視点に統合する……」
「つまり、Rewriteを神の目に変えるってことか」
「ええ。その中心にいるのはあなた」
「俺が中心……?」
「あなたが視られる限り、統合は進む。今や全地球規模で“篠宮レン”という存在が記録されてる」
立花の声にも焦りが混じっていた。
前にミレイが言っていた。
「脅威を希望に変える」。
それが、こういう形だったとは。
「レン、あなたが消えなければ、世界はあなたという現象に置き換わるわ」
「……俺が、世界のRewriteそのものになる」
遠くで雷が鳴った。
空にひびが走り、光が滴り落ちる。
世界の境界が再び崩れ始めている。
風が頬を打つ。
Rewriteの紋章が胸の奥で鼓動を打った。
守るために使ってきた力が、今度はすべてを飲み込もうとしている。
「立花……咲良を頼む」
「レン、何をする気?」
「Rewriteの中枢に戻る。俺自身を“視られないもの”に書き換える」
「そんなことしたら、あなたの存在は消える!」
「それでいい。俺さえ世界にいなければ――Rewriteは止まる」
通信の向こうで立花が何かを叫ぶが、もう波の音にかき消されて聞こえない。
俺は光の壁に向かって歩き出す。
風間が最後に言った言葉が耳の奥で響く。
『自由な世界を見たかったんだよ』
「俺もだよ。けど、それは俺だけの自由だ」
足元が焼けるように熱くなり、視界が白に染まる。
Rewriteが最後の警告を鳴らした。
【Rewrite中枢接続開始】
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誰かの声が遠くで泣いている。
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