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第19話 異能ハーレム計画、始動
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朝、目を覚ましたときには、部屋に柔らかい香りが漂っていた。
台所から聞こえるフライパンの音。
階下でレイナが朝食を作っている。
寝ぼけたまま階段を下りると、彼女がエプロン姿で手を振った。
「おはよう、寝坊助。ほら、ちゃんと起きないと出遅れるわよ」
「……出遅れる?」
「今日、冴希に呼ばれてるでしょ。新しいプロジェクトの説明」
言われて思い出す。昨日、冴希が暗号通信で「次のステージに入る」と告げてきた。
Rewriteの進化が止まらない以上、あいつはまた何かを企んでいるに違いない。
「朝食くらいゆっくり食えよ」
そう言うとレイナは笑いながらカウンターに皿を置いた。
目玉焼き、ソーセージ、コーヒー。
その手際が妙に家庭的で、数日前まで死線を潜り抜けていた女とは思えなかった。
「…これ、慣れてるな」
「まあね。格闘家って体作りが重要だから、料理もできないと困るの」
「なるほど、さすが合理的だ」
「でも、誰かのために作るのは久しぶり」
レイナの声が少しだけ掠れて、胸がざわついた。
誰かのため。その“誰か”に、今は俺が含まれてるのかもしれない。
そんな甘い錯覚を打ち消すように、通信端末が鳴った。
「立花冴希」からの映像呼び出しだ。
「……食後にするつもりだったが、もう来たか」
映像に映る冴希は、いつもの白衣姿ではなく、落ち着いたビジネススーツ姿だった。
「おはよう、二人とも。調子は?」
「まあ、悪くない」
「問題はこれからよ。今回のプロジェクトは《多次元同期試験》。Rewriteを“人”の間で共有する実験だわ」
嫌な予感しかしない。
「まさか、また俺を被験体に?」
「当然。あなた以外に適合者はいない。でも一人では限界がある。情動の制御には複数の“錨”が必要なの」
レイナが眉をひそめる。
「複数……ってまさか」
「ええ、あなただけじゃない。すでに数名の候補者が到着してる」
*****
昼前、俺とレイナは冴希の研究本部――元の学園跡地に建てられた新施設へ向かった。
入口のセキュリティゲートを抜けると、白い廊下の先に五人の人影が待っていた。
その中の一人を見て、足が止まる。
「……お前は、咲良?」
黒髪を肩で結び、白衣を着た彼女が静かに頷く。
「久しぶり、レン。研究支援チームに配属されたの」
思わず息を呑んだ。
あの優しい笑顔はそのままだったが、彼女の目の奥には、前よりも確かな意思が宿っていた。
その隣では、葵が腕を組みながら退屈そうに立っている。
「ほら、また顔に驚きって書いてるわよ。Rewriteが戻った以上、あなたの周りはこうなるのが必然」
「……どういうことだ?」
冴希が答えた。
「これは《異能ハーレム計画》よ」
「は?」
「名前が軽く聞こえるけど、中身は真面目なの。あなたのRewriteが暴走しないよう、相性のいい感情因子を持つ女性たちで“安定ネットワーク”を構成する」
「つまり……俺の感情を、彼女たちが支える?」
「そう。感情共有によるループ抑制。互いの心拍とRewrite波を共鳴させ、あなたの中にある“均衡”を保つ」
軽く言いやがるが、現実問題としてそれは――ハーレム以外の何物でもない。
咲良が小さく笑う。
「心配しないで。任務は科学的に行うから」
「いや、余計不安になるな」
冴希が端末を操作すると、背後の壁にそれぞれのプロフィールが浮かび上がった。
咲良・情動安定因子:信頼による平衡化
黒崎レイナ・身体同期因子:覚醒抑制
葵・精神触媒:情報波鎮静
そして見慣れぬ二人――白銀の髪を持つ少女ルカ、黄金の瞳をした異能解析者ミナト。
「この二人は新加入メンバー。ルカは異能干渉実験でRewriteの波動域に一致した、唯一の外部被験体。ミナトはデータ解析専門。
つまりあなたを“数字で支える”頭脳よ」
ルカは年下らしく、小動物のように警戒しながら近づいてきた。
「ほんとに……この人がRewriteの人?」
「やめろ、その呼び方は」
「だってニュースで見たよ。空の色を変える魔法使いって」
ミナトが笑を抑えながら眼鏡を押し上げる。
「まあ、魔法に近いわね。私の計算じゃ、彼のRewriteは量子思考を超えてる。理論的に説明がつかない」
「つまり興味の塊ってわけね」と葵。
「そういうこと。さあ、みんな、自己紹介は終わり。これから研究棟二階のラボで、“感情共鳴テスト”を開始する」
*****
ラボの中央には円形の装置が設置されていた。
六つのカプセルが円環状に配置され、中央には俺の小型Rewrite核が浮かんでいる。
「これが、《ハーレム・ネット》か?」
「そう。あなたを中心に、五方向の感情線で世界を固定する」
冴希の声がスピーカー越しに響く。
俺を含めた六人がカプセルに入り、ヘッドセットを装着する。
内部が閉じられると、静かな振動が全身を包んだ。
最初に流れてきたのは、咲良の穏やかな呼吸音。
次にレイナの力強い脈動。
葵の冷静な分析思考、ルカの好奇心、ミナトの観測指標――それぞれの心が、光の糸となって俺の内側に繋がっていく。
「レン、聞こえる?」咲良の声が心の中で響いた。
「ああ」
「怖くないよ。ちゃんと私たちがここにいる」
その瞬間、Rewriteの核が柔らかく脈動した。
暴発寸前まで不安定だった力が、わずかに安定する。
「面白いわね。これは……恋愛感情と近い周波数だ」
ミナトの観測データが流れる。
「つまり、“ハーレム理論”は理に叶ってるわけだ」葵が皮肉を漏らす。
レイナが吹き出して笑った。
「科学的にハーレム成立って、最高に胡散臭いわね」
俺も思わず笑った。皆の声が重なり、空気が揺れる。
Rewriteがゆっくり光り、その輝きは天井へ届いた。
冴希の声が響く。
「安定率、七十八パーセント。成功よ。レン、よく頑張ったわ」
息を吐き、目を開ける。
装置が静かに解除され、皆が外へ出る。
咲良が駆け寄って手を差し伸べた。
その温かさに、確かに、俺は“ひとりじゃない”と感じた。
冴希が端末を閉じる。
「これでRewriteは当面の暴走を防げる。あなたはもう、ただの脅威じゃない。希望の中心……そして、世界にとっての“繋ぎ手”よ」
*****
夕暮れ、施設の屋上で、俺たちは並んで夕陽を眺めた。
レイナが腕を組んで笑う。
「いつの間にか、女だらけに囲まれて。まったく、羨ましい男ね」
「勘弁してくれ。これが世界を救う方法らしい」
咲良が小さく笑う。
「なら、私はあなたを信じるだけ」
ルカが無邪気に叫ぶ。
「次はもっと絆を強くする! みんなで訓練しよう!」
葵はため息をつきながらも頷いた。
「まったく、世話の焼ける天才よね」
ミナトはデータパッドを閉じ、真顔で言った。
「この景色を計測できないのが残念だわ」
ふと空を見ると、Rewriteの光が虹のように散り、静かな風が吹いていた。
この瞬間だけは、確かに平和があった。
六人の心が繋がった世界――それが偶然であれ、奇跡であれ。
Rewriteは今、ようやく俺の中で「破壊の力」ではなく「守る絆」として形を取り始めた。
そして、次に来る嵐を予感しながらも俺は微笑んだ。
異能ハーレム計画。その名を冗談と笑える日が来ることを願いながら。
台所から聞こえるフライパンの音。
階下でレイナが朝食を作っている。
寝ぼけたまま階段を下りると、彼女がエプロン姿で手を振った。
「おはよう、寝坊助。ほら、ちゃんと起きないと出遅れるわよ」
「……出遅れる?」
「今日、冴希に呼ばれてるでしょ。新しいプロジェクトの説明」
言われて思い出す。昨日、冴希が暗号通信で「次のステージに入る」と告げてきた。
Rewriteの進化が止まらない以上、あいつはまた何かを企んでいるに違いない。
「朝食くらいゆっくり食えよ」
そう言うとレイナは笑いながらカウンターに皿を置いた。
目玉焼き、ソーセージ、コーヒー。
その手際が妙に家庭的で、数日前まで死線を潜り抜けていた女とは思えなかった。
「…これ、慣れてるな」
「まあね。格闘家って体作りが重要だから、料理もできないと困るの」
「なるほど、さすが合理的だ」
「でも、誰かのために作るのは久しぶり」
レイナの声が少しだけ掠れて、胸がざわついた。
誰かのため。その“誰か”に、今は俺が含まれてるのかもしれない。
そんな甘い錯覚を打ち消すように、通信端末が鳴った。
「立花冴希」からの映像呼び出しだ。
「……食後にするつもりだったが、もう来たか」
映像に映る冴希は、いつもの白衣姿ではなく、落ち着いたビジネススーツ姿だった。
「おはよう、二人とも。調子は?」
「まあ、悪くない」
「問題はこれからよ。今回のプロジェクトは《多次元同期試験》。Rewriteを“人”の間で共有する実験だわ」
嫌な予感しかしない。
「まさか、また俺を被験体に?」
「当然。あなた以外に適合者はいない。でも一人では限界がある。情動の制御には複数の“錨”が必要なの」
レイナが眉をひそめる。
「複数……ってまさか」
「ええ、あなただけじゃない。すでに数名の候補者が到着してる」
*****
昼前、俺とレイナは冴希の研究本部――元の学園跡地に建てられた新施設へ向かった。
入口のセキュリティゲートを抜けると、白い廊下の先に五人の人影が待っていた。
その中の一人を見て、足が止まる。
「……お前は、咲良?」
黒髪を肩で結び、白衣を着た彼女が静かに頷く。
「久しぶり、レン。研究支援チームに配属されたの」
思わず息を呑んだ。
あの優しい笑顔はそのままだったが、彼女の目の奥には、前よりも確かな意思が宿っていた。
その隣では、葵が腕を組みながら退屈そうに立っている。
「ほら、また顔に驚きって書いてるわよ。Rewriteが戻った以上、あなたの周りはこうなるのが必然」
「……どういうことだ?」
冴希が答えた。
「これは《異能ハーレム計画》よ」
「は?」
「名前が軽く聞こえるけど、中身は真面目なの。あなたのRewriteが暴走しないよう、相性のいい感情因子を持つ女性たちで“安定ネットワーク”を構成する」
「つまり……俺の感情を、彼女たちが支える?」
「そう。感情共有によるループ抑制。互いの心拍とRewrite波を共鳴させ、あなたの中にある“均衡”を保つ」
軽く言いやがるが、現実問題としてそれは――ハーレム以外の何物でもない。
咲良が小さく笑う。
「心配しないで。任務は科学的に行うから」
「いや、余計不安になるな」
冴希が端末を操作すると、背後の壁にそれぞれのプロフィールが浮かび上がった。
咲良・情動安定因子:信頼による平衡化
黒崎レイナ・身体同期因子:覚醒抑制
葵・精神触媒:情報波鎮静
そして見慣れぬ二人――白銀の髪を持つ少女ルカ、黄金の瞳をした異能解析者ミナト。
「この二人は新加入メンバー。ルカは異能干渉実験でRewriteの波動域に一致した、唯一の外部被験体。ミナトはデータ解析専門。
つまりあなたを“数字で支える”頭脳よ」
ルカは年下らしく、小動物のように警戒しながら近づいてきた。
「ほんとに……この人がRewriteの人?」
「やめろ、その呼び方は」
「だってニュースで見たよ。空の色を変える魔法使いって」
ミナトが笑を抑えながら眼鏡を押し上げる。
「まあ、魔法に近いわね。私の計算じゃ、彼のRewriteは量子思考を超えてる。理論的に説明がつかない」
「つまり興味の塊ってわけね」と葵。
「そういうこと。さあ、みんな、自己紹介は終わり。これから研究棟二階のラボで、“感情共鳴テスト”を開始する」
*****
ラボの中央には円形の装置が設置されていた。
六つのカプセルが円環状に配置され、中央には俺の小型Rewrite核が浮かんでいる。
「これが、《ハーレム・ネット》か?」
「そう。あなたを中心に、五方向の感情線で世界を固定する」
冴希の声がスピーカー越しに響く。
俺を含めた六人がカプセルに入り、ヘッドセットを装着する。
内部が閉じられると、静かな振動が全身を包んだ。
最初に流れてきたのは、咲良の穏やかな呼吸音。
次にレイナの力強い脈動。
葵の冷静な分析思考、ルカの好奇心、ミナトの観測指標――それぞれの心が、光の糸となって俺の内側に繋がっていく。
「レン、聞こえる?」咲良の声が心の中で響いた。
「ああ」
「怖くないよ。ちゃんと私たちがここにいる」
その瞬間、Rewriteの核が柔らかく脈動した。
暴発寸前まで不安定だった力が、わずかに安定する。
「面白いわね。これは……恋愛感情と近い周波数だ」
ミナトの観測データが流れる。
「つまり、“ハーレム理論”は理に叶ってるわけだ」葵が皮肉を漏らす。
レイナが吹き出して笑った。
「科学的にハーレム成立って、最高に胡散臭いわね」
俺も思わず笑った。皆の声が重なり、空気が揺れる。
Rewriteがゆっくり光り、その輝きは天井へ届いた。
冴希の声が響く。
「安定率、七十八パーセント。成功よ。レン、よく頑張ったわ」
息を吐き、目を開ける。
装置が静かに解除され、皆が外へ出る。
咲良が駆け寄って手を差し伸べた。
その温かさに、確かに、俺は“ひとりじゃない”と感じた。
冴希が端末を閉じる。
「これでRewriteは当面の暴走を防げる。あなたはもう、ただの脅威じゃない。希望の中心……そして、世界にとっての“繋ぎ手”よ」
*****
夕暮れ、施設の屋上で、俺たちは並んで夕陽を眺めた。
レイナが腕を組んで笑う。
「いつの間にか、女だらけに囲まれて。まったく、羨ましい男ね」
「勘弁してくれ。これが世界を救う方法らしい」
咲良が小さく笑う。
「なら、私はあなたを信じるだけ」
ルカが無邪気に叫ぶ。
「次はもっと絆を強くする! みんなで訓練しよう!」
葵はため息をつきながらも頷いた。
「まったく、世話の焼ける天才よね」
ミナトはデータパッドを閉じ、真顔で言った。
「この景色を計測できないのが残念だわ」
ふと空を見ると、Rewriteの光が虹のように散り、静かな風が吹いていた。
この瞬間だけは、確かに平和があった。
六人の心が繋がった世界――それが偶然であれ、奇跡であれ。
Rewriteは今、ようやく俺の中で「破壊の力」ではなく「守る絆」として形を取り始めた。
そして、次に来る嵐を予感しながらも俺は微笑んだ。
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