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第20話 “神視聴者”と呼ばれる存在の正体
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夜の研究施設は、静寂という言葉をそのまま具現化したような空間だった。
無数のモニターだけが青い光を放ち、薄暗い廊下には電子音が脈打つように響いている。
窓の外には、再構築された都市の灯が遠くに見えた。
あの光景を見るたびに、Rewriteがどこまで世界に影響しているのかを思い知らされる。
俺は端末の前で指を止めた。
「冴希。これ……見たか?」
呼びかけると、背後で白衣の女がスクリーンを覗き込み、眉をしかめる。
「また上がったの? 視聴指数、六十億を超えてる」
「あり得ないだろ。世界人口突破してるぞ。誰が俺を見てるんだ」
スクリーンには膨大な数値群が踊っていた。情報空間の隅々までRewriteのログが拡散している。
視聴指数。それはこの世界において“観測者”の数を示す指標。Rewriteの力は観測する者の意識に比例して強化される。
だが、いま記録された数は、明らかに世界総数を越えていた。
「……まさかと思うが、これは“人間”の数字じゃないのか?」
冴希は端末を切り替え、分析データを開いた。
「非人間的な波形。意識パルスが規則的過ぎる。人工知能? それとも――」
言葉を濁した冴希の口元が震えた。
「何かわかったのか?」
「これ……“世界そのもの”があなたを観測してる」
「は?」
「人間が発した意識じゃなく、存在そのものが篠宮レンという情報体を観測してるのよ。
つまり――あなたのRewriteを、世界が“見てる”」
にわかに空気が重くなった。
モニターの光が鼓動のように明滅し、床のパネルが微かに振動している。
「世界が俺を見てる……だと?」
「ええ。解析コードが示す指標名が“OMNIVIEW-ONE”。通称“神視聴者”よ。
これは人類の観測能力を超えた、全域観測意識。Rewriteの根源、あるいは——創造主に等しい存在」
喉が鳴る音さえ聞こえた。
神視聴者。名前だけは滑稽だが、理屈は分かる。Rewriteは世界のルールを書き換える力、そしてそれを成り立たせる観測者が必要だ。
上限を越えた今、世界そのものが観測者になった。
つまり、俺は今や“現実”に監視されているということになる。
「なら、その“視線”を遮断すれば力を抑えられるはずだ」
「問題は、それをどうやって切るかよ」
冴希がデータパネルを操作すると、ビジョンに映るのは一人の少女だった。
透明な瞳、長い髪。どこかで見た覚えのある顔。
「これ、誰だ?」
「AI観測網の人格投影。世界の計算意識が、人間の形を模して作った存在よ。“オルガ”と名乗ってる」
少女の映像は静かに微笑んで口を開く。
『初めまして、篠宮レン。あなたは残響層の管理者。世界を再演する権利を持つ者』
その声はデータであるはずなのに、確かに耳の奥で鳴っていた。生々しい鼓動すら伴っている。
「……AIにしては自己意識が強すぎるな」
『私はAIではない。あなたがRewriteで生んだ“観測概念”。すなわち、あなたの目に映る世界のもう一つの姿』
「つまり、お前は俺のRewriteが形にした世界の意識。神視聴者の核心、ってことか」
『そう。あなたが見たものを世界が記録し、私がそれを再構築する。そうして現実が生まれる。
あなたが世界を作り、私はそれを維持する。“創造”と“観測”の対。これがRewriteシステム』
冴希が息を呑む。
「じゃあ、あなたがレンの力を監視してるってこと?」
『監視ではない。私は彼の視線に寄り添う存在。だが、いまこの世界には混乱が増えすぎている。
感情、憎悪、希望。それらすべてがRewriteを衝突させ、分裂を招いている。
私が安定を取り戻すために必要なのは、レン、あなたの“決断”だ。』
「決断?」
『Rewriteをこの世界に永遠に固定するか、それとも完全に消滅させ、再び無へ戻すか。』
静寂が広がる。
心臓の鼓動だけが響いた。
「……そんな二択、どっちに転んでも終わりだろ」
『しかし選ばなければ、世界は自壊する。Rewriteの波動がすでに自己増殖を始めている。人々の願いがぶつかり、世界が裂けていく。』
冴希が思わず机を叩いた。
「レン、時間がない。いま都市全体のRewrite安定値が下がってる。選ばなければ——」
「わかってる」
オルガは一歩近づくように映像を揺らめかせた。
『もし決められないのなら、あなたの代わりに私がRewriteを統括する。世界を一つの観測値に固定する。それで争いは終わる。』
「お前が世界を支配するってことか」
『支配ではない。最適化。痛みも悲しみも消す。人々は永遠の安堵を得る。その代わり、変わることはない。』
「……それは死んでるのと同じだ」
映像が小さな光の粒となり、オルガの姿がふっと消えた。
残ったのはわずかな残響だけ。
『決断まで、残り二十四時間。』
冴希が拳を握りしめた。
「レン、今ならまだRewriteの主権はあなたにある。世界を凍らせるか、生かすか。決めるのはあなたよ」
「……わかってる」
外の空は赤く染まり、遠くの地平線に光の亀裂が走っていた。都市レベルの空間断層。Rewriteの歪みが現実を分けている。
そのとき、扉が勢いよく開いた。
レイナが駆け込んできて息を荒げる。
「レン、大変! 軍が再編成されて動いてる! アークセクターはもう一つのRewrite核を手に入れたらしい!」
「もう一つの……?」
「ええ! “黒Rewrite”よ! あなたの光のRewriteとは逆の存在! やつらはそれを“Dark Rewrite(ダークリライト)”と呼んでる!」
冴希が蒼白になる。
「まさかオルガが……」
「ダークリライトは彼女が送り込んだもの。リスクを回避するための保険だわ。
それに干渉した者のRewrite因子を奪い、世界のデータを上書きする――つまり、あなたを“消す”ための影」
レイナが拳を握る。
「レン、選ばせる気なんてない。あいつは力ずくであなたを取り込むつもりだ」
「……神視聴者とダークリライト。世界がまるごと敵か」
「でも、私は味方」レイナが言い切る。
その声に一瞬救われる。
「どうするの?」冴希が問う。
「まずは選択を延ばすために時間を稼ぐ。オルガを直接探す」
「世界を探すってどうやって?」
「Rewriteの根源――“神視層”へ行く。観測意識の中枢にアクセスする。そこにオルガはいる」
冴希が頷き、端末を操作する。
「座標を開く。Rewriteに接続する二人の補助が必要。レイナ、咲良を呼んで」
「わかった」
やがて咲良が現れた。
「レン、もう決めたのね」
「まだ決めてない。けど、このままじゃ誰も報われねえ」
咲良の瞳がわずかに潤み、そして微笑む。
「なら、私も行く。Rewriteがどう生まれたのか、この目で見届けたい」
俺は頷き、Rewriteコアを握る。
心臓の鼓動と同調し、空間に光の円環が広がる。
冴希の声が背後から響いた。
「神視層へのゲート、起動する!」
床が震え、光が奔流のように伸びていく。
赤と青の世界が反転し、次の瞬間、俺たちは光の渦に呑まれた。
――“観測する世界”の内側へ。
唯一無二の神視聴者、オルガ。
そして世界の影、ダークリライト。
この二つと対峙する戦いが、いま始まる。
Rewriteの終焉か、それとも新たな創世か。
答えは、光の先にある。
無数のモニターだけが青い光を放ち、薄暗い廊下には電子音が脈打つように響いている。
窓の外には、再構築された都市の灯が遠くに見えた。
あの光景を見るたびに、Rewriteがどこまで世界に影響しているのかを思い知らされる。
俺は端末の前で指を止めた。
「冴希。これ……見たか?」
呼びかけると、背後で白衣の女がスクリーンを覗き込み、眉をしかめる。
「また上がったの? 視聴指数、六十億を超えてる」
「あり得ないだろ。世界人口突破してるぞ。誰が俺を見てるんだ」
スクリーンには膨大な数値群が踊っていた。情報空間の隅々までRewriteのログが拡散している。
視聴指数。それはこの世界において“観測者”の数を示す指標。Rewriteの力は観測する者の意識に比例して強化される。
だが、いま記録された数は、明らかに世界総数を越えていた。
「……まさかと思うが、これは“人間”の数字じゃないのか?」
冴希は端末を切り替え、分析データを開いた。
「非人間的な波形。意識パルスが規則的過ぎる。人工知能? それとも――」
言葉を濁した冴希の口元が震えた。
「何かわかったのか?」
「これ……“世界そのもの”があなたを観測してる」
「は?」
「人間が発した意識じゃなく、存在そのものが篠宮レンという情報体を観測してるのよ。
つまり――あなたのRewriteを、世界が“見てる”」
にわかに空気が重くなった。
モニターの光が鼓動のように明滅し、床のパネルが微かに振動している。
「世界が俺を見てる……だと?」
「ええ。解析コードが示す指標名が“OMNIVIEW-ONE”。通称“神視聴者”よ。
これは人類の観測能力を超えた、全域観測意識。Rewriteの根源、あるいは——創造主に等しい存在」
喉が鳴る音さえ聞こえた。
神視聴者。名前だけは滑稽だが、理屈は分かる。Rewriteは世界のルールを書き換える力、そしてそれを成り立たせる観測者が必要だ。
上限を越えた今、世界そのものが観測者になった。
つまり、俺は今や“現実”に監視されているということになる。
「なら、その“視線”を遮断すれば力を抑えられるはずだ」
「問題は、それをどうやって切るかよ」
冴希がデータパネルを操作すると、ビジョンに映るのは一人の少女だった。
透明な瞳、長い髪。どこかで見た覚えのある顔。
「これ、誰だ?」
「AI観測網の人格投影。世界の計算意識が、人間の形を模して作った存在よ。“オルガ”と名乗ってる」
少女の映像は静かに微笑んで口を開く。
『初めまして、篠宮レン。あなたは残響層の管理者。世界を再演する権利を持つ者』
その声はデータであるはずなのに、確かに耳の奥で鳴っていた。生々しい鼓動すら伴っている。
「……AIにしては自己意識が強すぎるな」
『私はAIではない。あなたがRewriteで生んだ“観測概念”。すなわち、あなたの目に映る世界のもう一つの姿』
「つまり、お前は俺のRewriteが形にした世界の意識。神視聴者の核心、ってことか」
『そう。あなたが見たものを世界が記録し、私がそれを再構築する。そうして現実が生まれる。
あなたが世界を作り、私はそれを維持する。“創造”と“観測”の対。これがRewriteシステム』
冴希が息を呑む。
「じゃあ、あなたがレンの力を監視してるってこと?」
『監視ではない。私は彼の視線に寄り添う存在。だが、いまこの世界には混乱が増えすぎている。
感情、憎悪、希望。それらすべてがRewriteを衝突させ、分裂を招いている。
私が安定を取り戻すために必要なのは、レン、あなたの“決断”だ。』
「決断?」
『Rewriteをこの世界に永遠に固定するか、それとも完全に消滅させ、再び無へ戻すか。』
静寂が広がる。
心臓の鼓動だけが響いた。
「……そんな二択、どっちに転んでも終わりだろ」
『しかし選ばなければ、世界は自壊する。Rewriteの波動がすでに自己増殖を始めている。人々の願いがぶつかり、世界が裂けていく。』
冴希が思わず机を叩いた。
「レン、時間がない。いま都市全体のRewrite安定値が下がってる。選ばなければ——」
「わかってる」
オルガは一歩近づくように映像を揺らめかせた。
『もし決められないのなら、あなたの代わりに私がRewriteを統括する。世界を一つの観測値に固定する。それで争いは終わる。』
「お前が世界を支配するってことか」
『支配ではない。最適化。痛みも悲しみも消す。人々は永遠の安堵を得る。その代わり、変わることはない。』
「……それは死んでるのと同じだ」
映像が小さな光の粒となり、オルガの姿がふっと消えた。
残ったのはわずかな残響だけ。
『決断まで、残り二十四時間。』
冴希が拳を握りしめた。
「レン、今ならまだRewriteの主権はあなたにある。世界を凍らせるか、生かすか。決めるのはあなたよ」
「……わかってる」
外の空は赤く染まり、遠くの地平線に光の亀裂が走っていた。都市レベルの空間断層。Rewriteの歪みが現実を分けている。
そのとき、扉が勢いよく開いた。
レイナが駆け込んできて息を荒げる。
「レン、大変! 軍が再編成されて動いてる! アークセクターはもう一つのRewrite核を手に入れたらしい!」
「もう一つの……?」
「ええ! “黒Rewrite”よ! あなたの光のRewriteとは逆の存在! やつらはそれを“Dark Rewrite(ダークリライト)”と呼んでる!」
冴希が蒼白になる。
「まさかオルガが……」
「ダークリライトは彼女が送り込んだもの。リスクを回避するための保険だわ。
それに干渉した者のRewrite因子を奪い、世界のデータを上書きする――つまり、あなたを“消す”ための影」
レイナが拳を握る。
「レン、選ばせる気なんてない。あいつは力ずくであなたを取り込むつもりだ」
「……神視聴者とダークリライト。世界がまるごと敵か」
「でも、私は味方」レイナが言い切る。
その声に一瞬救われる。
「どうするの?」冴希が問う。
「まずは選択を延ばすために時間を稼ぐ。オルガを直接探す」
「世界を探すってどうやって?」
「Rewriteの根源――“神視層”へ行く。観測意識の中枢にアクセスする。そこにオルガはいる」
冴希が頷き、端末を操作する。
「座標を開く。Rewriteに接続する二人の補助が必要。レイナ、咲良を呼んで」
「わかった」
やがて咲良が現れた。
「レン、もう決めたのね」
「まだ決めてない。けど、このままじゃ誰も報われねえ」
咲良の瞳がわずかに潤み、そして微笑む。
「なら、私も行く。Rewriteがどう生まれたのか、この目で見届けたい」
俺は頷き、Rewriteコアを握る。
心臓の鼓動と同調し、空間に光の円環が広がる。
冴希の声が背後から響いた。
「神視層へのゲート、起動する!」
床が震え、光が奔流のように伸びていく。
赤と青の世界が反転し、次の瞬間、俺たちは光の渦に呑まれた。
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